「くそ・・・だめか!?」

 

「眠りの砂」も、「戒めの棘」も、「紫電の槌」も、

 

奥の手の「死者の栄光」さえ、全く通じやしない。

 

都で占い婆から買い求めた「魔牌」も、もう残り少ない。

 

「魔牌」に篭められた魔法の力の強さは、使う者の資質に比例する。

 

僕だって、この近隣では、魔法を使わせれば、ちょっとしたものだと評判だった。

 

しかし・・・少々己惚れが過ぎたかもしれない。

 

どうして、こんなところに、こんな幻獣が?

 

幻獣ヒッポグリフ・・・グリプスと馬の合いの子。

 

鷲と獅子の混交した幻獣グリプスは、馬を好物とするが、

 

希に見事な馬に出遭うと交尾し、子を成すことがあるという。

 

そうして、生まれた幻獣の子には、生まれながらに魔力が備わっており、

 

なまじの魔法など、全く通じはしない・・・僕はもう腹を括るしかなかった。

 

ここに来た目的も果たさずに、幻獣の夕食に饗されるのは真っ平だった。

 

僕は、素人には禁じられた荒業を行う決心をした。

 

最後の手段として、持っていた短剣(ブロードソード)に、

 

残された「魔牌」の一枚、「煌煌たる聖火」の力を解き放つ。

 

「万物の根源たる「マナ」よ・・・我が剣に力を!!」

 

魔法の炎・・・高熱を孕んだ刃を、僕はまっすぐヒッポグリフに向けた。

 

ゲエエエ・・・・!!

 

内臓を煮え立たせた幻獣は、がっくりと膝を折り、無念そうに息絶えた。

 

ふうう・・・全身が安堵とともに萎えていく。

 

この幻獣も、何かを求めてこの森に来たのだ・・・それは何なのだろう?

 

しかし、それ以上・・・僕は想像力を働かせることは出来なかった。

 

僕の意識も、また・・・淀んだ深みに引きずり込まれつつあったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仮設雑貨商1000HIT記念」

 

幻 獣 の 森  ”Forest Of Unicorn”

 

 

 

BY 平 山 俊 哉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

額に当たる冷たい雫・・・僕は、再び瞼を開いた。

 

うすぼんやりとした人影・・・目の前に誰かいる?

 

慌てて身を起こすと、目の前の人影は、ぴくりと身を震わせた。

 

いや、正確には人ではない・・・僕の目の前ににいたのは、

 

半人半馬・・・古の伝承に聞くセントールの仔?

 

象牙のような艶やかな馬体と、それに劣らぬ、幼い少女のしなやかな上半身。

 

短く、緩やかなウェーブのかかった蒼銀の髪。

 

森の精エルフの血を引くかのような、尖った外耳。

 

生気の篭った紅い瞳・・・まるで都で珍重される紅玉のような・・・

 

可憐な唇と、淡い胸の頂きには、更に鮮やかな紅の色が配されている。

 

そして、決定的に巷で伝え聞かれるセントールと違うのは・・・

 

額から伸びる一本の、真珠のように美しい光沢を放つ小さな角だった。

 

僕の遠慮の無い好奇の視線に、少女は恥ずかしそうに顔を伏せた。

 

何という・・・何という美しい生き物だろう・・・

 

こんな生き物が、この世にいるなんて・・・

 

だが、同時に懐かしいような既視感を覚えるのは、何故だろう?

 

そうか、似ているのか・・・あの女(ひと)の顔に・・・

 

幼い時に、僕を置いて去っていった・・・少女のかっての面影を追い求めて、

 

僕は、この”陵(みささぎ)の森”に来たのだ。

 

長かった銀杯(シルバー=グレイル)戦争の日々・・・

 

国境の砦を守るため出兵した父は、幼かった僕を、遠縁のとある村の長の家に預けた。

 

その家の一人娘エリフォーナは、僕のちょうど一回り年上だった。

 

菫色の瞳・・・銀柳のような不思議な色の髪・・・華奢で魅惑的な容姿・・・

 

性格は明るく、些細なことでもよく笑った・・・透き通るような笑い声だった。

 

まるで、妖精の取り替え子のようだとよく言われていた。

 

エリフォーナは、その儚げな容姿に似ず、勇敢な少女だった。

 

思わぬところで勇気を奮い、よく皆を驚かせていた。

 

村より少し離れたところにある、古代の皇帝の墓所と噂されている”陵の森”。

 

(・・・呪いの地として、この近隣では、特に有名だったが・・・)

 

彼女は、そこによく薬草を採りに出かけていた。

 

それだけならば、まだしも・・・ある日、そこで、ユニコーンに出遭い、

 

しかも、刺さっていた棘を抜いてあげたという・・・

 

聞いた者が驚くか、または呆れて一笑に付すような話。

 

彼女は、ずっと、それを自慢にしていたが・・・

 

本当なのか、冗談だったのか、今では確かめようもない。

 

戦争が長引き、辺境の治安が目に見えて悪化し始めた時・・・

 

食い詰めた野伏(レンジャー)の一団が、村にやってきた。

 

野盗から村を守る代わり、酒や食料をもって饗せよと言いながら・・・

 

(だが、それは、事実上収奪と同じだった・・・当時はさして珍しくも

 

無いことだったが、野盗と彼等は、実はグルだったのである・・・)

 

下劣な野伏の長に夜伽を命じられた日、エリフォーナと僕は、村から逃げた。

 

あまりの暴挙に、覚悟を決めて、抵抗を決意した彼女の両親が逃がしたのだ。

 

しかし、幼い僕を連れて、女の足では、到底逃げ切れるものではない。

 

エリフォーナは、僕を薄暗い古井戸の跡に隠し、追手を引き付けたまま、

 

何処ともなく駆け去ってしまった。

 

臆病な僕は、恐ろしくなり、そのまま、その場所から3日も動けなかった。

 

空腹に耐え兼ねて、村に恐る恐る戻っトみると・・・

 

驚いたことに、野伏や野盗の死骸があちこちに転がっていた。

 

そして、エリフォーナの両親が涙ながらに、僕を出迎えてくれた。

 

王国から派遣された手練れの魔牌使い(カード=マスター)の一団が、

 

困窮にあえぐ辺境の村々を救済して廻っていたのである。

 

僕らは、それからエリフォーナを探した。

 

だけど・・・それっきり、彼女は姿を消したまま、帰って来なかった。

 

皆は、おそらく”陵の森”深く、足を踏み入れ、帰って来れなくなったのだと噂した。

 

あるいは、取り替え子が、森に帰ったのだとも・・・

 

それから後・・・あの森に足を踏み入れることは、本格的に禁忌となった。

 

それから、十年の時が過ぎたが・・・僕はエリフォーナを忘れられなかった。

 

僕の抱いている感情は、年の離れた姉に対する憧れのようなものかも知れない。

 

でも、僕は来たかった・・・一度でいいから来てみたかった・・・

 

儚げな容姿と、木洩れ陽のような微笑みを持つ・・・

 

あの女(ひと)を呑み込んだ”陵の森”に・・・

 

このセントールの仔は、もしかして・・・エリフォーナの?

 

そんな馬鹿な・・・少なくとも彼女は人間だったはずだ。

 

何故、こんな事を考えたのだろう・・・?

 

慌てて頭を振る・・・その時、僕は、ようやく自分のいる場所を確認した。

 

清冽とした水の溢れる美しい泉・・・そうか、さっきの雫は?

 

目の前の少女が、手にした小枝を水面に浸し、僕に注いでくれたものだったのか。

 

「・・・あ、ありがとう・・・」

 

この少女に、言葉・・・というか、謝意が通じるのだろうか?

 

僕の抱いた不安は、彼女が次の瞬間に見せた、花のような笑顔に拭われた。

 

素敵な笑顔だ・・・そうだ、やっぱり似ている、エリフォーナに・・・

 

ようやく、自分の足で、立つことが出来るほど回復した時。

 

セントールの少女は、僕の手を取った。・・・どうやら案内をしてくれるらしい。

 

森の更に奥へ足を踏み入れると・・・開かれた空間が唐突に現れた。

 

周囲を見回すと、綺麗に磨かれた石が、墓地のように整然と並んでいる。

 

滑らかな石の表面・・・よく見ると、そこには・・・

 

過去にこの森の中に迷い込んだ人々の刻んだ文字が残されていた。

 

(・・・この地方では、この世を去ることを予感した人間は、残される者に、

 

メッセージを残す習慣が、古くからある・・・)

 

これは?・・・確かに、印象通り、ここは墓地のようなものだった。

 

僕は、食い入るように、それらの文字の列を読み漁った。

 

そして、比較的新しいものに移った時・・・

 

・・・もう、どれだけの間、森を彷徨ったか、わからない・・・

 

・・・私は、何度も、この陵の森に足を踏み入れたことを皆に自慢していたが・・・

 

・・・実際のところ、この森の本当の姿の半分も知ってはいなかったのだ・・・

 

・・・ここは、不思議な場所だ・・・時の流れが外とまるで違う気がする・・・

 

・・・外の世界とは、別の理(ことわり)が存在するとしか思えない・・・

 

・・・もう、帰ることは出来ないだろう・・・さようなら、お父さん、お母さん・・・

 

・・・ニナ・・・エレイン・・・セリア・・・そして、小さなルロイ・・・

 

僕にとって周知の人達の名が連なる・・・そして、最後に書かれたこれは、僕の名?

 

これは・・・もしかして、エリフォーナの?

 

周囲を見渡し、他に彼女のメッセージが無いか、懸命に捜してみる・・・あった!!

 

・・・今宵、「彼」の求愛を受け入れることにする・・・

 

・・・まさか、「彼」があの時の・・・

 

・・・「棘」に苦しんでいた小さなユニコーンだったとは・・・

 

・・・今宵は、満月・・・「化身」の泉に身を沈める決意を固める・・・

 

・・・どうか、美しい「彼」と、契るに相応しい姿に変わりますように・・・

 

・・・今になって・・・私にも、ようやく判った・・・

 

・・・この森に足を踏み入れた人達は、皆、姿を変えていったのだ・・・

 

・・・自ら進んで、この美しい森で生きていくために・・・

 

ユニコーン・・・陵の森を守る美しい幻獣、それが、エリフォーナの「夫」?

 

僕は、振り返って「彼女」を見た・・・そして、全てを理解した。

 

そうか、そうだったのか・・・僕のエリフォーナ・・・

 

あなたは、さぞや、美しいセントールにその身を変じたことだろう。

 

「彼女」が、あどけない笑顔を、僕に向ける・・・なんて、綺麗な・・・

 

僕は、そっと「彼女」を抱き寄せる・・・

 

「彼女」が、愛らしい・・・小さな喘ぎ声で応えを返す。

 

おそらくは、「彼女」も、ずっと、この森で伴侶となる者を待っていたのだろう。

 

ああ、エリフォーナ・・・僕も、この森に魅せられてしまったらしい・・・

 

あなたの愛した、この美しい森に・・・

 

それから、数年の後・・・陵の森に迷い込んだ一人の吟遊詩人(バード)が、

 

騎士の槍ほどもある立派な角を持つ、黒く逞しい体躯の一角獣(ユニコーン)と、

 

それに寄り添う可憐な乙女の半身と、真珠のように美しい角を持つセントールを

 

見掛けたという・・・が、それがルロイと、あの時の乙女であるのかどうかは

 

定かではない。

 

 

 

 

 

 

(END)

 

 

 

 

 

 

 

 

「仮説雑貨商」管理人より

 

平山さん、ありがとうございました!

当ホームページの記念としてこの様な幻想魅に溢れた素晴らしい作品を投稿していただき、

管理人として感謝いたしますと共に読者として楽しませていただきました。

 

そしてお読みいただきました皆様、平山さんに是非感想と次作の催促を!