This short storys

based upon "Ressya monogatari"

created (and illustrations) by  Mr. K.Murayama

 

 

 

 

 

 

 

 

Another Remembrance Train

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「切符を拝見したいのですが。」

 

 

 

その時、車掌の声が聞こえた。

 

 

 

「こういう規則とは言え、あんたも毎日ご苦労じゃね。」

 

 

 

儂はそう返事をした。

 

 

 

「いえ、もう息をしているのとそう変わりませんよ・・・はい、結構です。」

 

その声と共に儂の切符が帰ってきた。

 

「ほぉ・・・」

 

その時、延ばした儂の腕に巻かれた時計は昨日と同じ刻を示していた。

 

 

 

「ふう・・・」

 

そして過ぎ去る車掌の後ろ姿から儂は再び窓へと視線を移した。

外には夕闇に溶けかけた、昨日と何処か違う流れ行く景色。

そして車内は昨日と同じ顔ぶれが昨日と同じ様な会話を繰り返す空間。

 

そしてその空間を満たすものは・・・時間。

 

それは・・・次の駅までの長い時間。

それは・・・今日も変哲のない時間。

それは・・・ただ流れるだけの時間。

 

儂はそんなことを考えながら、幾日目かのそんな時間をぼんやりと過ごしていた。

 

「ふわぁぁぁぁ・・・」

 

欠伸を一つしながらの。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

その時、儂の耳に音が聞こえた。

いつの間にか微睡みかけた儂には少々煩わしくも感じたが、好奇心が耳を傾けさせた。

 

それは僅かに開いた窓から漏れる風の音では無かった。

 

・・・もっと・・・機械的・・・な?

 

それは線路を軋ませながら走る車輪の音でも無かった。

 

・・・もっと・・・小さな?

 

それはいつも儂が耳にするどの音でも無かった。

 

・・・もっと・・・解らん・・・

 

そして更なる好奇心が儂の目を開けさせたとき・・・

いつもと違う風景がそこにあることに儂はやっと気付いた。

 

 

 

1人の娘さんがそこにいた。

年の頃は13・・・4,5?儂の曾孫ぐらい・・・まあ、いればだが・・・に見えた。

いつもの連中はとうの昔に退屈さに余所へと姿を消していたようだった。

そしてその場所・・・車両の真ん中辺りに一人で座り、席越しにこちらを時々ちらちらと

見ながら盛んに両手を動かしていたのが儂の薄目に写っていた。

 

・・・?

 

何をやってるのかその時はさっぱり解らなかったが、相当集中していたのは確かだった。

何故なら・・・その娘さんは儂が近づくのに気付かん程だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

「何をしとるのかの?」

「えっ?・・・あっ・・・」

 

無遠慮そのままに斜め後ろの席に座った儂に「我に返った」を地で行くような表情が向けられた。

 

「え、ええっと・・・あの・・・その・・・」

 

その表情とともに音もとぎれた。

何のことはない。それは娘さんの膝に置かれたワープロから発せられた音だった。

 

「儂がどうかしたかの?気にするなら少し若い男の方がいいと思うが?」

「い、いえ、あ、あのそ、そうじゃなくて・・・」

「・・・違うのか。はは、そりゃ残念。で、本当は何かな?良かったら教えてくれんか?」

「あの・・・実は・・・さっき話を急に思いついて・・・」

「ん?」

 

 

 

儂の今一つ解らないといった表情を見て、娘さんはやや説明口調で答え直してくれた。

 

 

 

「私、今日はちょっと気分転換に場所を変えてお話を書こうと思っていたんです。それで

ここを通りがかったときにお姿を見て、急に思いついて、それで開いてる席で・・・」

 

その言葉でやっと儂も気付いた。

いや、前に乗客の雑談に出てきた話を思い出したと言うべきか。

次の駅までの長い旅路に退屈した乗客を相手に自作の物語を売る娘さんがいると。

 

・・・この娘さんがそうか。

 

「成る程、それで儂をモデルにした訳か・・・」

「・・・はい。」

 

幾分楽しげな気分になってきた儂とは対照的に、その娘さんは急にうつむいてしまった。

 

「ん?どうかしたかの?」

「・・・やっぱり・・・覗き見みたいだったですよね・・・すみません・・・」

「ん?・・・ああ、そうか・・・成る程、それもそうじゃの。」

 

そんな愁傷な態度に儂自身は素直に好感を覚えた。

だが、儂の飼っている退屈の虫はよほど腹が減ってらしい。

気付けばちょっとした<悪戯>が口から出てしまった。

 

「気にせんでもいい・・・モデル料の一つも貰えればの。」

「えっ!?そ、そんな・・・」

「何を驚く?農夫は種や苗を買うし、料理人は食材を買う。そしてあんたは物語を生業に

しているんじゃから、それを生み出す元には相応の代価は必要になるものじゃろ?」

「・・・はい・・・でもすみません・・・私には・・・」

 

真面目に困り果てた顔をする娘さんに、儂は自分の悪戯が過ぎたことに気付いた。

 

「はは、解らんかのう。あんたの作った話を読ませてくれって言ってるんじゃ。」

「えっ?」

「あんたは物語で糧を得とる。言わばあんたにとってはお金みたいなものじゃろ?」

「ちょっと・・・違うんですけど・・・あっ・・・」

「そういうことじゃ・・・駄目かの?」

「い、いえそれはいいんですけど・・・実は・・・」

「ん?」

「・・・まだ半分しか出来ていないんです。」

 

儂はその答えにひとしきり笑った後、結局「前編」と言うことでその紙束を受け取った。

 

 

 

どれどれ・・・

 

 

 

・・・ほほう、なんじゃ、随分のんびりした奴じゃのう。

 

・・・まあ孫や子がこんなに居ればそうなるもんじゃろう。

 

・・・畑仕事もほとんど趣味みたいになっとるようじゃからのう。

 

・・・おいおい、そんな間抜けなこと言ってどうするんじゃ。

 

・・・やれやれ、歳を取っても妻には頭が上がらぬか。

 

 

 

全く、はは・・・我ながら情けない・・・

 

・・・情けない・・・

 

 

 

・・・じゃが・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あの・・・」

「ん?」

「私の物語はどうでしたでしょうか?」

 

その声で儂はやっと紙の上の生活から戻って来られた。

 

「ああ・・・そうじゃな・・・これがモデル料か・・・」

「はい。」

「これではとてもモデル料としては受け取れんな。」

「・・・そう・・・ですか・・・」

 

儂の言葉に哀しげな表情で俯いてしまった娘さんに儂は言葉を続けた。

 

「・・・代価を払わねばならんのは儂の方じゃよ。」

「えっ?」

「今晩の夕食時で良いかの?フルコースでも何でも好きな物を頼んでくれてかまわんよ。」

「あ、ありがとうございます!」

 

先程の表情が嘘のような・・・見ているこっちが気分が良くなるような笑顔だった。

しかし不思議なことに儂が席を立とうとしても娘さんは座ったままだった。

 

「ん?食堂車に行かんのかの?」

「後編を書きます。頭の中にはあるんです。すぐ持って行きますから待ってて下さい。」

 

笑顔のままそう言うと娘さんは再びワープロに向かい始めた。

後は・・・はは、素直に従うことにしたよ。

なにせ、前編の分だけで充分報酬に値すると言う言葉も聞こえない程集中してたからのう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう・・・」

 

儂は一足早く食堂車のテーブルに座って少し悩んどった。

後編は確かに楽しみじゃが、やはりタダというわけにも行くまい。

 

・・・食事にデザート・・・うーむ、今一つ芸がないの・・・

 

困った。

儂の手持ちはバッグ一つ、他には・・・年寄りの専売特許のアレ・・・

たとえば、そう・・・儂が昔、某国の王女を守って1人で軍隊に立ち向かった時の話とか、

秘宝を各国のスパイと奪い合った時の話とか、ある孤島の収容所から脱出した時の話とか、

ちょうど乗り合わせていたボロ船を操り、襲いかかる海賊連中を叩きのめした時の話とか、

村に巣くった邪教集団連中を倒して生贄として囚われていた子供達を解放した時の話とか、

他には・・・美女を相手に・・・おっと、これはちょっとあの歳じゃ刺激が強すぎるかの。

とにかく<冒険>しか無かった儂の昔話・・・その程度しか思いつかん。

 

うーむ、それで勘弁してくれれば正直ありがたいが・・・

 

なにせ年寄りの昔話だからのう・・・

 

 

 

 

 

 

「ほぉ・・・」

 

そうして儂が考えを巡らせていると、扉の窓からあの娘さんの姿が見えてきた。

勿論、その手に紙の束を持ちながら。

 

しかし、正直何もそんなに急がんでも構わんでもらいたかったの。

 

なにせ儂の方と来たら・・・

前に流行作家とか呼ばれる連中に語った分を除いても、とにかく語るに相応しそうな話が

多すぎて、一体どれから語ったものやら決めかねている状態だったからのう・・・

 

 

 

 

 

 

                                     END

 

 

 

 

 

 

※ この作品はK.Murayamaさんの作品である「列車物語」を元に私が創作した

 作品であることをここに記しておきます。

  そしてこの作品を掲載することを快く承諾していただいた上、お忙しい中、挿絵まで

 描いていただいたことに対し心より感謝致します。

 

 

 

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