仮説雑貨商カウンター三桁上乗記念作品

Small Toy Shooter

 

 

 

 

 

 

それは、年号で言えば1990年代初頭の出来事であった。

そして、季節で言えば冬、場所で言えば北米のある州での出来事だった。

 

そこは小規模な店舗が無数に隣接するショッピングモールと呼ばれる商店街だった。

幾重にも別れた階層を内包する巨大な空間に多種多様のデコレーションと多種類の音楽、

そして無数の人々の声が入り交じり、一種夢幻の如き錯覚を与える空間でもあった。

 

その中に一軒の玩具店があった。

他の同種の店舗からすれば、ここでは比較的狭い部類に位置していた。

場所も比較的隅にあり、人々の流れからは離れた場所に位置していた。

それでも他店舗と同様、無数の色と光と音楽、そして最新流行の玩具が溢れた空間であり、

子供達の歓声と親の溜息がいつも聞こえる空間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが・・・その日は少しばかり様子が違っていた・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

店員の一人はカウンターの中で座り込んでいた。

営業用の笑顔のままで。

額に大穴を穿かれたままで。

 

もう一人の店員は崩れた商品にもたれかかっていた。

その手にコードのちぎれた内線電話が握られていた。

背中に穿かれた穴から漏れる暗朱が空色のシャツをどす黒く染めていた。

その声は届くことはなかった。

 

褐色の肌を持つ少年が床に寝ていた。

探し歩いてやっと見つけた目当ての玩具を持ったまま寝ていた。

貯めたばかりの小遣いを入れた財布をポケットから僅かに覗かせながら。

撃ち抜かれた胸から出尽くした命で床を朱に染めながら。

 

幼子の鳴き声が響いていた。

一緒にやって来た母親にしがみつきながら泣いていた。

その身体から失われ行く温もりの代わりに与えられ始めた死の臭いを感じて泣いていた。

我が子を守るためにポーチから取り出そうとした銃が空しく床に転がっていた。

 

 

 

空間に死が展開されていた。

店内に溢れるざわめきの中を沈黙が覆っていた。

 

1人の男が笑っていた。

意味不明の言葉を喋りながら笑っていた。

焦点がぼやけ曇った目を持つ表情が悪鬼の如き笑顔を作っていた。

その手に小型自動小銃を持ちながら、歪んだ価値観と矮小な自我に快楽を感じていた。

増量された陽気な音楽が溢れ、他店への配慮から店内の音は極力漏れない造りの元で。

 

 

 

だが、男は完全な満足を感じていなかった。

何故ならば男の銃には未だ多数の弾丸が残されており、そして目の前に・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の少女がいた。

長い黒髪と黒い瞳の6歳ほどの東洋人の少女だった。

廻りに両親の姿はなく、一人でここに来ていたようだった。

 

不思議なことに少女は泣いていなかった。

この凶行を目の当たりにしても怯えていなかった。

それは、常識で考えれば一瞬にして行われたこの凶行が余りに唐突だった為とも言えよう。

 

だが、そうではなかった。

その黒い瞳は男の濁った眼を真っ直ぐに見据えていた。

一点の曇りも無いその瞳から、まるで男を射抜くような視線が発せられていた

それは、ここで何が行われたのが理解し、そして怒りを露わにした瞳だった。

 

 

 

その様子に男の不満は不快に代わり、やがて怒りへと変わっていた。

口汚い罵りと脅すような視線が少女に加えられた。

 

少女の身体が動いた。

少女は横に移動し僅かながら後ろへ下がった。

 

その様子が少女の怯えを示していると男は感じた。

再び矮小な満足を感じだしていた。

しかし、自分に向けた先程の態度は許されるべきでは無いとも思っていた。

何故ならば、男にとってはここでは自分は「王」であるはずだった。

 

店員はたとえ商品が尽きていても、自分に商品を差し出すべきであった。

その「正当な要求」をあざ笑うことは、たとえ少年でも許されるべきではなかった。

その「正当な要求」を非難するものは、たとえ子連れの母親でも容赦すべきではなかった。

 

それが、今の男の価値観の全てだった。

安価な薬物に委ねた精神が造った男の国の法律だった。

 

そして・・・王として唯一の家臣である己自身に向かって再び命を下した!

 

KILL!

KILLKILLKILL!!!

 

男の腕が上がる!

片手が添えられ銃口が少女に向けられる!

だが、引き金を引ききる直前!咄嗟に少女はその射先上から転がるように移動する!

間一髪!

その勢いでディスプレイの棚を一つ倒した少女の身体のすぐ横を弾丸が通り過ぎる!

そして穿つ!

棚を!床を!壁を!

死の勢いを内包したそれらが各所に爪痕を残す!

男の視線が少女の軌跡を追尾する!

倒れた棚、飛び散った商品、色とりどりの玩具に溢れた空間が写る。

が、しかし、そこに男は一瞬少女の姿を確認できなかった。

少女が今日、色彩に溢れた衣服を身に纏ってたのも幸いしたのかもしれない。

 

故に凝視。

そして確認。

だがその直後!感じたのは衝撃!

再び銃口を向けようとした男の顔面に痛みが走る!

 

続く!

痛みが続く!

思わず顔を押さえたその手の甲にすら更なる痛みを感じさせる!

 

何?

それは床に転がるプラスチック製の玩具の弾。

誰?

それはあの少女。

男の顔面に向けて玩具の銃を撃ちながら大胆にもその前を通り過ぎたあの少女!

 

男が叫び声を上げる!

更なる怒りが男の精神を支配する!

口から泡を飛ばし、意味不明の言葉の羅列を矢継ぎ早に吐き出しながら走り出す!

少女も走る!

狭い棚を駆け抜けながら、全ての棚を力任せに倒しながら!

足場を崩され行動に次々に制限を加えられ続けた男の足が鈍る!

やがて少女の目前に裏口のドアが近づいてきた。

 

だが!

男の足より遙かに早い弾丸が先にドアに到達する!

咄嗟!

少女は近くの柱に身体を寄せる!

更なる弾丸がまるで少女を脅すように柱を覆った樹脂を剥ぎ取る!

そして・・・

 

 

 

陰鬱な声が響いた。

鼠をいたぶる猫の如き声が響いた。

銃を構えながら余裕を持って近づいてきた男が発した声だった。

やがて男は、少女の体躯を隠しきれない程度の柱を挟んで3メートルの場所にやって来た。

 

か細い柱の向こうでその体躯を隠そうとする少女の様子に男は歪んだ笑顔を作った。

そしてからかうように武器を棄てるように少女に話した。

 

やがて・・・その声に答えるように少女の手がゆっくりと伸びた。

床に乾いた音を響かせ、玩具の銃が足下に転がった。

その様子にこれ以上無い程の歪んだ笑顔を男は作った。

そして更なる勝利を感じるために足下に転がる玩具に手を伸ばした・・・その時!

 

驚愕!

男の眼がその光景に見開かれる!

ふと見た少女の姿・・・いやその手!

柱を抱きかかえるように廻したその両手の先に持たれていた物に対して!

 

それは銃!

本物の銃!

少女が咄嗟に拾った・・・力無く手折れた母親の無念を具象化した一丁の銃!

 

男が反射的に銃を構え直す・・・だが全てはもう遅かった!

 

銃声!

怒りの結晶と化した弾丸が男に向かって一直線に空間を駆け抜ける!

 

一瞬の閃光が男の視界を覆う!

その眉間ごと歪んだ精神を打ち砕かれた男の体躯が弾かれ床に転がる!

そして僅かな痙攣を起こした後、そのまま男は動かなくなった。

最後まで己を王だと思い込んでいるかの如き愚かな表情のままで・・・

 

 

 

騒がしく陽気な音楽が流れ続ける中に静寂が訪れた。

空調が起こした風が立ちこめる硝煙を巻き、一人の少女を包み込んだ。

それはまるで、その小さな手に余る銃を持ち、今の少女に余る反動を押さえる為に咄嗟に

利用した柱に抱きついたままの少女を労るようにも見えた。

 

騒がしき静寂の中に小さな溜息が混じった。

 

 

 

 

 

 

やがて少女は柱から離れると、泣き叫び続けていた幼子の元へとやって来た。

そしてその思いを叶えたことを告げるが如く、傍らに眠るその子の母親の手に持っていた

銃を握らせ、その幼子に慈愛そのものの笑顔を向けると、振り向くことなく店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜のニュースで薬物依存症の男がショッピングモールで銃を乱射し、我が子を守

る母親の必死の一撃で倒されたという事件が報じられたが、あの少女のことは当然ながら

一言も語られることはなかった。

 

 

 

 

 

 

唯・・・

 

 

 

唯一生き残った幼子の朧気な記憶の中に、少女が向けた柔らかい眼差し、そして立ち去る

ときに向けたその背に流れるように腰まで伸びた長い黒髪が残っていた。

 

 

 

鮮明に残っていた・・・

 

 

 

 

 

 

                                      END

 

 

 

 

 

 

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