それは今より遙かな昔のこと。

 

 

 

『剣』と『魔法』が当たり前の時のこと・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮説雑貨商2,000ヒット記念作品

 

Curses  Sabre

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・という訳じゃ。どうじゃ、お主この話受けるか?」

 

人里からやや離れた小屋の中でその声が語りを終えた。

それは黒い法衣に身を包んだ老人が発した言葉だった。

 

「・・・済まないがもう一度言ってくれ。」

 

その声が向けられた相手である人物はまるで余所事のようにそう言った。

それは半裸を剥き出しにし、筋骨隆々とした肉体を汗で飾っていた一人の男だった。

 

「・・・」

 

その言い方に何かを感じたように老人は幾分の沈黙を作った。

 

「・・・」

 

そうすると男は、まるでもう何も聞きたくないかの如く、先程から行っていた<焼き>を

終えたばかりの未だ金属の板にしか過ぎないそれを、その肉体に見合わない程の丁寧さで

剣へと変えて行くという、一度は中断した作業を再開し始めた。

 

「・・・こいつは明後日までに仕上げなきゃなんねえんだ。」

「・・・」

「それにこの後も約束が結構あってな・・・当分仕事の約束はもう出来ねえ。」

 

それは何処か怒気を孕んだような物言いだった。

この辺りでは知の探求者として尊敬を集めている老人に対しての言い方ではなかった。

 

「・・・その者達が誰か知らんが・・・この話を知れば皆金を払っても断ってくるぞ。」

「・・・」

 

そして老人は男の態度に怒る様子も見せず、まるで諭すように言葉を続けた。

 

「お主は今はこのような寂れた暮らしじゃが、元は代々王家専属の刀鍛冶の血統じゃ。」

「・・・どうせ俺の代で終わりだ。もう名誉とかそんなものに未練は無え。」

「・・・それでも王の命・・・勅命じゃ。」

「・・・」

「もう一度言う・・・今度王子が成人の儀式を行う際に使う為の王の新たな祝剣を一ヶ月

以内に一振り作れ。職人と材料は必要なだけ言って構わない。」

 

老人はそう言って王の使いの代理としての役割の言葉を終えた。

 

「・・・成人の儀式か・・・ふん、もうそんなもんとっくに終えてんじゃねえか?」

 

男は手を止めると改めて老人の方に皮肉めいた表情を向けた。

 

「・・・断るつもりか。」

「覚えてるだろ?あのガキが俺の娘に何しやがったか。」

 

老人はその言葉に一つのありふれた醜聞を脳裏に浮かばせた。

いや、それはここまでの行程の合間ずっと浮かばせていた醜聞だった。

 

その昔、まだ少年と呼んで差し支えない頃の王子が一人の侍女と関係を持った。

ただそれは愛どころか合意すら無く、ただ興味と性欲を満たすものでしかなかった。

そして嫌がる侍女を腕力と権力でねじ伏せ・・・挙げ句・・・

 

それは多分・・・何処の王家でも珍しくもない、ありふれた醜聞だった。

ただ一つのことを除けば・・・

 

 

 

「・・・その言葉、充分不敬に当たるぞ・・・」

「構うか!何なら今から城に出向いて大声で言ってやるぜ!」

 

男は小屋の外に届くほどの声でそう叫んだ。

それは獣欲の果てにその侍女が、いや男の実の娘が悶死したのを知った時に王に向かって

抗議を行ったのと同様の態度だった。

 

「・・・そんなに嫌か?」

「決まってるだろうが!」

「儂も子供の使いではないのじゃぞ。」

「知るか!殺したいなら殺せ!そう王に言ってくれ!それでも作って欲しけりゃ娘を帰せ!

あの鬼畜のガキにもそう俺が言っていたととっとと伝えろ!」

 

男は拒絶の意志を示し続けた。

その半身を振り乱すような示し方だった。

数々の名剣を作り続けた歴代と男の類い希なる技術に免じて死一等を減じられた代わりに、

その半身の全面に広がる罪人たる証の入れ墨を老人は目に写していた。

 

「・・・」

 

そして男の言葉が終わり幾ばくかの沈黙が訪れた時、老人は言葉を発した。

 

「・・・それほど嫌ならば・・・お主なら作れるだろう。」

「・・・あ?」

 

男は老人の言葉の意味が解らなかった。

だがその言葉を聞くに連れ、その瞳を満たす物が膨れ上がってきた。

 

「儂は魔導を学び色々な形をこの世に残しているのは知っておろう。」

「ああ。」

「その多くは魔物を退ける武具であったり護符じゃったりした。じゃがそれを作るために

儂が学んだ中にはその全く正反対の物もある。」

「・・・なんのことだ?」

「この世は全て陰と様、光があれば陰もある。故に持ち主に幸運と繁栄をもたらす道具も

あれば持ち主に厄災と破滅をもたらす、いわば呪いの道具があるのもまた道理。」

「・・・何だと・・・」

「そう、『祝剣』では無く『呪剣』・・・じゃがそれを作ることが出来るのは卓越した腕を

持ちながら、恨みと憎しみを相手に持ち続けている人間だけじゃ。」

 

老人はそう言いきると改めて男を見た。

 

「まさか・・・しかし・・・いいのかそれで?」

 

男はあっけに取られたような表情を老人に向けた。

その様子に今度は老人が何処か皮肉めいた表情を男に返した。

 

「・・・長いこと王宮に出入りしているとな。気に入らぬことばかり目に付くようになる。

それに王宮の外では圧制により苦しみの声が溝泥のように渦巻き、諸国から来た商人ども

は他国の良さばかりを口にする・・・老い先短い儂もこのままでは口惜しい限りじゃ。」

 

そう老人が言い終わったとき、辺りには短い沈黙が立ちこめた。

やがて、炉の空気の爆ぜる音のみが響く中、男がゆっくりと口を開いた。

 

「・・・で、それを作るにはどうすればいい。」

「おお!作ってくれるか!」

「・・・ああ・・・」

 

男はそう短く返事をした。

そして・・・作りかけの剣は多額の詫び金と共に注文主へと送られることとなった・・・

 

 

 

それから男は小屋に籠もりっきりとなった。

老人もほぼ毎日のように様子を見るという名目で通い詰めた。

他の王宮に連なる者は様子を見ようともしなかった。

それは多分、仮にも王の所有物になるかも知れない祝剣をお披露目前に見るという行為が

どれほどの罪に当たるかを知っていたためであろう。

 

 

 

男は持てる技術と感覚をすべて注ぎ込んでいた。

老人がつきっきりで指導するその方法に沿う形で全てを行っていた。

ただ、仮にも祝い用の宝剣である。

ありふれた剣では儀式どころか一目で拒絶されてしまう。

故に刀身のみならず、そのあちこちに施す宝飾にも、届けられた宝石や男が山で見つけた

何色もの石を使って特別に飾り立てた剣としていた。

勿論、その配列や文様も老人の指導に沿うものであったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

そして・・・時が過ぎた・・・

 

 

 

 

 

 

「・・・これがそうか・・・」

「・・・はい。」

 

その日、王宮の謁見室にて一人の男が剣を明かりに翳していた。

それは豪奢な椅子に座り豪奢な衣装に身を包んだ壮年の男・・・この国の王であった。

 

「・・・なるほど、やはり見事なものじゃ。」

「・・・」

「刀身も美しいが施された意匠も見事。これなら諸国の連中も目を奪われるであろう。」

「・・・」

 

その様子の前に一人の男がひれ伏していた。

多種多様の感情を渦巻かせたままその場にいた・・・あの刀鍛冶の男であった。

 

「・・・褒美は何が良い?」

「・・・何も。ただ私が心血を注ぎしその剣がお気に召されたのみで満足でございます。」

 

男は顔も上げずにそう言った。

それは命が出ていなかった故でもあったが・・・その暗い喜びに満ちた表情ではどのみち

上げることは出来なかったであろう。

 

「・・・ふむ。欲がないの・・・あれほど・・・儂を呪っていた癖にの。」

 

何気なさそうな言葉だった。

だがその一言は男の心臓を貫くような一言だった。

 

「!・・・な、なんのことでございますか?」

 

焦り。

その感情が男の口中から水分を急速に奪い、その言葉を断片的なものへと変えようとする。

 

「・・・わ、私はそのようなことは・・・」

 

慣れぬ偽り。

それを行っていたが故に伏せたままのその顔は蒼白へと変わっていった。

 

そして沈黙。

重苦しい空気が男に言いしれぬ重圧を与え続ける。

だから王がその時小声で命じたことは聞こえなかった。

そして伏せていたが故にその姿にも気をやることは出来なかった。

だが、その声を聞いたとき、男はまるで氷壁の如く凍り付いた。

 

「安心せい!お主が作ったのは『呪剣』ではないぞ!」

 

その声に男は反射的に顔を上げた。

周りで諫める声も、それを制する王の声も聞こえないまま顔を上げた。

そこには・・・そこに得意そうな顔のまま立っていたのは・・・

 

「何故なら儂は持てる限りの技をお主に教えたのだからな・・・そう、祝福の技をな!」

 

男に剣を注文し、そしてこの一ヶ月男につきっきりだったあの老人だった!

 

「最も呪う者によって祝福される剣、これ以上の『祝剣』はないのじゃ、ははははははは。」

 

その笑いが響いた。

それは卑劣を音にしたが如き耳障りな響きだった。

そして・・・その音が男の胸中にあったどす黒い物が一気に出口めがけて噴き出させる!

 

「手前ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

立つ!

そして駆け出す!

その激情のまま男が玉座に向かって一気に走り出す!

 

だが!

 

「乱心者がぁ!」

 

周りの衛士が駆け出す!

男の激情を上回る速度で瞬発的に走り寄る!

瞬間!

全ての剣が口火を切る!

走り行く男に向かってそれぞれの煌めきが集中する!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・愚か者め。」

 

 

 

その言葉を残し、血肉で汚れた謁見室を王は老人達を従え後にした・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその後、王子の成人の儀式、及びそれを祝う宴は滞り無く終えた。

その際、王の所有する剣の見事さに周辺諸侯は大層関心を見せたとのことである。

 

 

 

ただ・・・

 

 

 

それが正しく栄光の頂点だったとはその時誰も知る由もなかった。

 

 

 

 

 

この時より数年の後、王は錯乱の兆候を見せ始め、意味不明の言動を繰り返した挙げ句、

あの老人を含む家臣や側近を惨殺し、最後にはその全身が腐り果てるという奇病により、

最後には肉塊同然となっておぞましき死を迎えた。

そして後を当然のように継いだ王子、いや新王も同様の運命をたどった。

 

・・・ある意味更に悲惨な末路だったかもしれない。

 

ある日、新王の后が狂死したのをきっかけに新王と通じた全ての女が命を絶った。

后が産んだ実子、及び通じた女が生んだ子供は全て奇形児ばかりで短命だったからである。

そう、王家の血が悪夢のような形で終わるのを目撃しての末路だったのだから。

 

そしてあの剣は・・・やはり肉塊と化した新王の傍らに置かれていた剣は・・・

臨国に攻め込まれた際、城に立てこもる重臣達と共に炎の中に消えたという・・・

 

 

 

 

 

 

・・・以上でこの物語は終わりである。

 

 

 

しかし、このおぞましき物語をもたらしたものは何であろうか?

唯の偶然か、何かの疫病が発生したのであろうか?

あるいは何かの謀反が起きたことを比喩して語られているのであろうか?

それとも正しくあの男の呪いであったのだろうか?

いや、そもそもこれは事実に則った物語なのであろうか?

この物語が出典も歴史的背景も定かでない口伝えである以上、それを今では知る術もない。

 

 

 

ただ・・・一つの事実もある・・・

 

 

 

この話が伝わっている地方の現在最大の産業はある鉱石の採掘である。

そしてそれは他の神話に登場する天の神から名付けられたと言われるほどの希少な鉱石故、

あの剣の装飾素材としては<ある意味>最も相応しいとも言えるかも知れない。

 

 

 

その神の名は”URANOS”

 

 

 

そして、その鉱石の名は・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                     END

 

 

 

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