Rein−Cer−Nationers
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
僕はその時あいつに負けないほどの声で叫んでいた。
度重なる戦闘で切れかけの息を整えるために。
剣を握った両手から抜けて行く力を取り戻すために。
ガギィ!
火花が散る!
それは僕の振るった剣がヤツの爪から奪った光。
ヤツは造られた兵士。
僕より二廻りもの大きな体に金属の爪を手足に植え付けられた怪物。
悪しき技術より生み出された獣!
剣を振るう!
豪雨のように繰り出される爪を弾き続ける!
そして火花。
終わることのないかのように思える繰り返し。
僕の心の中で「早く楽になれ」と死神の声が聞こえてくる。
残っているのはこいつだけ。
後のヤツはもう全て僕たちが倒した。
でも・・・
闘っているのももう僕だけだった。
僕の親友は最後に斧を振るって相手を倒したまま地面に伏せていた。
僕の幼なじみは気力が尽きるまで術を使ってしまった。
皆・・・この国の人達を守るために必至で闘った僕の仲間だった。
だから僕は負けてはいけない。
こんなことを考える余裕があるなら!
「ええぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
この一撃に一念を!
僕は剣を一直線に構え、防御も考えず飛び込んだ!
それから・・・
・・・
・・・
・・・土曜日の朝。
「・・・なさい。」
「・・・ん?」
「起きなさい。」
「・・・えっ?」
「何時まで寝てるの!起きなさい!もう何時だと思ってるの!」
朝のさわやかさを一気に消し去るような金切り声が今日も私を起こした。
とろんとした眼とぼさぼさの頭のまま私はゆっくりと起き・・・
その声に逆らうかのように私は机に座ってパソコンを立ち上げた。
「・・・何してるの!?下へ来てさっさとご飯済ませて!」
「・・・また見たのよ・・・お母さん・・・本当の私・・・」
私はめんどくさそうにそう言うと立ち上がったばかりの画面に向かって
消えゆく記憶の記録を書き留める作業に没頭し始めた。
「またって・・・あんたまだあんな馬鹿なこと言ってんの!」
最初に話した時に信用してくれるとは思ってなかった。
でもどうして証拠も無しにそんなに強く否定できるの?
「所詮お母さんには解らないわ・・・」
テレビを見ても大人の話を聞いても地球が悪くなってゆくイメージばかり・・・
間違いない・・・必ず滅びは来る。
でも・・・
「お母さん、前にも言ったけどもうすぐ滅びの使者が地球に来るのよ。
私は戦士としてリーダーとして前世の仲間を集めてそいつと闘わなきゃならないの。」
前に本で知った言葉「転生」・・・前世の仲間・・・あれが夢ならあんなにはっきりする筈はない。
間違いない・・・私は選ばれた者。
この世を救う定めを背負った戦士なの・・・
「何が戦士よ!リーダーよ!あんた唯の中学生じゃない!」
否定のための否定・・・そうとしか感じられない言葉だった・・・
「・・・ご飯いらない。それと今日は気分が悪いから学校休む・・・」
「もういい加減にしなさい!」
そういうとお母さんは思いきりドアを閉めて下へ降りていった。
そして数分後・・・思った通り・・・
「馬鹿野郎!とっとと飯喰って学校に行け!」
お父さんの声・・・
言葉じゃなくて力でひとを従わせようとする声・・・
言葉で語れなかったお母さんと同じ声。
「・・・着替えて降りるから。」
「何でもいいから早くしろ!」
そうしてお母さんと同じようにいきなりドアを閉めて降りていった。
そして私は書き終わったデータを保存して電源を落としながら服を着替え始めた。
・・・どうして・・・どうして解ってくれないの!
どうして私の言っていることが馬鹿なことだって言えるの?
生まれ変わりが本当は無いって言えないのにどうして頭ごなしにそう言えるの?
どうしてよ!
・・・
・・・
「・・・行ったか。」
「・・・何とかね。」
どんよりとした足取りを見送って閉めたドアの中に2つの溜息が重なる。
それは馬鹿娘の親の・・・つまり俺と妻の2人が発した溜息だった。
「もう今からじゃ完全に遅刻だろうな。」
「でも朝御飯は食べささないと。」
出掛ける支度もそこそこに夫が何処か疲れた顔をしている。
多分・・・私も似たような顔をしているだろう。
「そうだな。前みたいに貧血で倒れるなんてのも困るからな。」
「特に女の子はねえ・・・ところであなたは時間、大丈夫なの?」
「ああ、今日は直接得意先を回るからまだ時間はある。」
「・・・取り敢えず一息入れましょうか?」
「ああ、頼む。」
そういうと俺は何だか急に疲れて椅子に座り込んだ。
思わず眉間を押さえる俺の脳裏に娘の嫌悪の表情が浮かんだ。
「コーヒー?牛乳?」
「・・・コーヒー牛乳。」
「・・・」
「・・・コ、コーヒー。」
私はその声を受けて2人分のカップをテーブルに置いた。
テーブルの上には全く手が付けられていない料理が2人分。
そしてほんの少ししか手を付けてくれなかった料理が1人分・・・
私の溜息に合わせるような夫の溜息が聞こえた。
「にしても前世の戦士か・・・今時またあんなものが流行るとは思わなかったよ。」
それから半時間後、俺は身支度をしながら鏡に映る妻にそう話しかけた。
結局話題はこれしか出てこない。
「古代に滅んだ王国に使えた美形の戦士が転生して今の世界を救うね・・・
ホント、私があの子ぐらいの時とあんまり代わり映えしないシチュエーションね。」
私はキッチンで洗い物をしながら背中越しにそう答えた。
「そんな馬鹿な話に懲りもしない奴らもいるんだなあ。」
「インターネットじゃ今も盛んにやってるところもありますからね。」
どちらかと言えば<吐き捨てる>ような言葉が私の口から出た。
半年前、夫の説得に応じてしまった我が身も少々恨めしい。
「?・・・おいおい、じゃ俺のせいだって言うのか?」
「あの子に使わせるのは少し早いって言ったわ。」
「今時あんなのは一般知識だ・・・それに無くしたところで事態は変わらん。」
鏡の中に写る妻は・・・手を止めながらその時明らかに俺を睨んでいた。
・・・話の筋を戻すべきだろう。
「あれだけ熱中してるんだから別の手段を探すだけだ。」
「・・・それもそうね。」
何だか段々恨めしげな声に変わってしまう。
・・・話を元に戻すべきね。
「で、どうするの?このままじゃあの子・・・」
「どうするかなあ・・・口で言ってどうこうなんて出来そうにもないしなあ。」
「でも力ずくってのもちょっと・・・」
「解ってる。俺も出来るならそうしたくはないと思ってるさ・・・じゃ、行って来る。」
「行ってらっしゃい。」
そうして俺は仕事に出掛けた。
しかし頭の中はあの馬鹿娘のことばかりで仕事の段取りなんかこれっぽっちも浮かばない。
・・・人に心配ばっかりかけやがって!
・・・
・・・
屍が溢れていた。
森のあちこちに僕たちが倒した怪物達の骸が散乱していた。
その様子に援軍に到着した兵士達が感嘆の声を上げていた。
・・・さすがは勇者と呼ばれる方々ですね・・・
・・・選ばれし者とはこれ程凄いとは思いませんでした・・・
・・・あなた方こそ真の勇者です。私はそう確信してます・・・
岩に腰掛け休む僕に通りすがる兵士達がそんな賛辞の声を投げかける。
でも心底疲れ切っていた僕は力無い返事をするのが精一杯だった。
幸いにして僕の仲間は2人とも命に別状無く、今手当を受けている。
・・・へっ、なにシケたツラしてんだよ・・・俺は手前ほどヤワじゃねえぜ!・・・
・・・大丈夫です・・・力を少し使いすぎただけですから・・・少し休めば・・・
でも、僕が見ても2人ともすぐに元気になれるとは思えない。
・・・僕・・・一人か・・・
思えば僕がまだもっと小さい頃・・・
空に浮かんでいる星が宝石だと信じるぐらい小さな頃は
皆を守って闘う戦士というのは唯のおとぎ話にしか思ってなかった。
こんなに疲れて痛くて・・・辛いものだとは思ってなかった。
「・・・様・・・戦士様?」
「・・・ん?」
「お疲れ・・・なのですか?」
いつの間にかそんな僕の前に12歳ぐらいの子供が立っていた。
多分近くの村に住んでいる子供なんだろう。
「・・・ちょっと闘い方を考えてたんだ。」
「さすがですね。こんな大勝利なのに奢らず反省するなんて。僕尊敬しちゃいます。」
その子はそういうと僕を疑いの欠片も無い目で見ていた。
・・・そうか、そうなんだ。
僕はこんな子供達の為にも闘わなくてはならないんだ。
くじけては駄目だ。
これからも僕たち・・・いや僕は皆のために頑張らなくちゃ・・・
・・・
・・・
・・・日曜日の朝。
「・・・今日は休みでしたから。」
「・・・そうだな。」
そういうと机に突っ伏したままの娘を俺はベッドに抱えていった。
その軽さが怒るよりなにより悲しさを感じさせて仕方がない。
正直、俺がもっと若いかもっと年を取っていれば泣いていただろう。
「・・・」
横になって寝息を立てる娘の髪をなでつける。
私の手に残るかさかさとした感触が悲しさとなって私に伝わってくる。
「言葉じゃ・・・もう駄目みたいだな。」
「あなた・・・」
「子供には夢が大事ってのは解ってる・・・だがもう見ていられない。」
そう言うと俺は電話を取った。
「あいつに頼んでみる。」
「あいつって?」
「俺達の結婚式に友人代表で出たろ。あいつだよ。」
「・・・あの人確か・・・あなた!幾ら何でも精神科医なんて!」
「大丈夫だ。俺の昔からの友人だから他の医者よりずっと信用が出来る。」
「でも・・・」
「それにああ見えても医者としては優秀な方・・・あ、もしもし・・・」
今の私達の力ではどうしようもなくなっていることは解っていた。
でもそれよりも電話に向かって話す夫・・・私達に恨まれても構わないと言う姿勢・・・
私には止めることは出来なかった・・・
・・・
・・・
・・・
「戦士よ、この度の闘い大儀であった。」
その声は玉座から静かに僕に届いた。
あの闘いから数日後、傷を癒していた僕は今日、王に呼ばれた。
「は、はい。」
乾いた僕の喉から掠れ気味の声が出てしまう。
僕の身分は勿論王に仕える戦士だけど、普段はたまに全体の謁見式で遠目に見る程度で、
こうして直接お目通りが叶うことなど・・・あり得ないと思っていたから・・・
「今日お前を呼んだのはこの度の働きに対しての褒美を授けたかったからだが、もう一つ、
そちに会わせたい者がいるからでもある。」
「は?」
「・・・説明はその者にさせるとしよう。」
王のその言葉と共に一人の・・・見たことのない男が袖の方から出てきた。
「貴公のことは色々知っているが・・・会うのは初めてじゃな。」
他国の貴族か何かだろうか?
王と年齢は同じぐらいのその男は僕を見るなり何処か親しげな口調で話しかけた。
「あなたは・・・」
「隣国の主・・・と言えば解るか?」
「!」
僕はその瞬間頭の中が真っ白になった。
「・・・よ!剣を納めよ!王の前であるぞ!」
衛視のその声がなければ・・・僕は・・・・
「お、王よ・・・これは一体?」
「先程儂はこの者に語らせると言ったがお主は聞いていなかったのか?」
「・・・」
少しの間の重い沈黙が流れた。
「勇者よ・・・話をさせてくれぬか?」
「・・・ええ。」
「元々儂の国はここに比べてさほど豊かな方ではない。家畜も痩せ、作物も貧弱な上、地
の利が悪く商売も盛んにはならぬ。じゃから民草はいつも餓え、僅かな天変地異に怯える
日々を送っておる。」
「・・・」
「唯、儂には群を抜きん出るほどの魔導の才があった。」
「そ、それじゃあ。」
「そうじゃ、本来ならばもっと有益な使い道がある。怪物達に土地を開墾させたり、新た
な道を築かせたり・・・じゃが儂はそれに気付くのが、いや気付いてはおったが、己の力
を鼓舞したかったのじゃろう。この国を力で攻め取ることしか考えなんだ。」
「それで・・・それであんな酷いことをしてきたのですか!」
僕は思わずそう叫んでしまった。
王宮の中で王の客人に対して・・・
だが、駆け寄る衛視達を止めたのは他ならぬ目の前の人物であった。
「済まぬ・・・儂が愚かであった・・・」
そして僕の非礼を咎めるどころか、詫びの言葉すら交えて話を続けだした。
「儂は愚かじゃ。后も家臣も民草も誰も勝利など望んでいないのに気付かぬほどにな。」
「・・・それは?」
「お前達に負け続けた儂は最初の目的を忘れ、何時しか勝つことしか考えなくなっていた。
そして更なる術、更なる力を求めて日々を送っていたある日・・・儂は諫められた。」
「諫められた・・・それは?」
「儂の身を案じる后、必至に国を支えようとする家臣。そして以前よりも暮らしが悪くな
ったにも関わらず恨み言無く暮らす民草・・・その姿に気付いたのじゃ。」
「・・・」
この人は悔いている。
僕は直感的にそう思った。
そしてやはりこの人も王であると確信した。
だから敵国のしかも一番の敵である僕に対してこんな態度を取れるのだろう。
「じゃあ・・・僕の・・・僕たちのしてきたことは・・・」
「無駄ではない。お前達がいなければ儂は今も無益な闘いを続け、この国の罪なき者を害
し続け、自国の民を苦しめ続けたであろう。」
その言葉を聞いたとき僕の中の何かの力がすうっと・・・そう、軽くなった感じがした。
「勇者よ。褒美を取らせる。西方の我が領地の一角に肥沃な土地がある。」
そんな僕に対しての我が王の声がその場に響きわたった。
「そこで一族と仲間と共に栄えよ。それが儂の命である。」
「はい!」
僕は何の躊躇いもなく大きな声で返事をした。
それは、僕が王宮に上がった最初で最後のことだった。
その後・・・私は仲間達とその命を守り続けた。
そして・・・儂は大勢の家族達に囲まれて・・・静かに目を閉じた・・・
・・・
・・・
・・・そして月曜日の朝。
「じゃ、いってきまーす!」
「おう。」
「車に気を付けてね。」
元気の良い朝の挨拶。きちんと片づけられた朝食のテーブル。
私達には当たり前の出来事・・・それが今はとても嬉しい。
「・・・なんとかなったみたいね。」
「・・・なったみたいだな。」
窓から学校へ向かって小走りに小さくなる娘の姿を見て俺は安堵の溜息を付いた。
・・・後でアイツにも上手くいったと連絡しなくてはならないな。
「でも・・・結局力ずくだったわね。」
「力ずくか・・・確かにちょっと強引だったな。」
「でも結果は上々だったからこれでいいのかも知れないわね。」
「そうだな・・・ま、何にせよ助かった。アイツに感謝しなきゃな。」
思えば律儀なヤツだ。
それなりに忙しい身だというのに何の文句も言わずに来てくれたからな。
・・・昔の借りなんかもうとっくに時効だってのに。
そうだな・・・今日は帰りにアイツを飯にでも誘ってみるか。
幾ら今でも夢に干渉する力は残ってるって言っても相当疲れていた様子だったしな。
かつての敵同士・・・たまにはお互い王として巨頭会談も悪くは・・・
「・・・なにしてるの?そろそろ時間じゃない?」
「おっと。確かに・・・じゃ行って来る。」
「はい、いってらっしゃい。」
そうして駅に向かう夫を私は見送った。
それにしても前世の王と王妃・・・腐れ縁もここまで長い人はいないわね。