This short storys

based upon " Ressya monogatari "

created by  Mr. K.Murayama

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Pin Hole Flower

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初にそのお嬢さんと会ったのは・・・そう、昼食を終えた午後の頃だったかな。

 

 

 

「何時から?・・・うん、そういえばもう何十回目かはこの列車で往復しているね・・・

まあ、僕も足に地を付けてないと出来ないこともあるから乗らなかった年もあったけど、

大体人生の三分の二ぐらいはこの中で過ごしているね。」

 

僕を乗せた列車はその日も規則正しく走っていた。

次の駅まで一年もの軌跡を描き続けるこの列車・・・だから【常連】たる僕にとっては、

その日も見慣れたいつもの年と似たような景色が流れてゆくのを視界に収めていたね。

 

「家族?・・・ああ、妻はもう15年も前にこの世を去ったけど息子が一人いてね、まあ

滅多に会うことはないが元気にやっているようさ・・・なに孫?はは、息子にはまだ伴侶

がいなくてね。お陰でまだ五十そこそこで【お爺ちゃん】と呼ばれなくて済んでるよ。」

 

・・・え?誰と話していたのかって?

 

いや実はね。その日も僕はいつもの様に昼寝混じりの午後を過ごそうとしていたんだけど、

ちょうどそんな時にそのお嬢さんの声・・・その話の内容とか、それからその風貌とか、

僕は前に食堂車とかで時折噂話にあんまり聞いたとおりだったからね・・・

ま、折角だから少しばかりお茶にでもと誘わせていただいたのさ。

 

「ん?・・・ああ、あの鉢植えかい?僕はこう見えても植物で幾つか本を出している学者

の端くれでね・・・たとえば水なんか無くても立派に綺麗な花を咲かせる苗とか、どんな

荒れ地でも美味しい実を付ける木とかを研究してるんだ・・・まあ現実は見てのとおり、

雑草同然の植物ばかりしか作れなかったけど、ここみたいな特殊な環境だと研究に役立つ

かも知れないし、それに暇つぶしにもなるからああして幾つかを持ち込んでるのさ。」

 

そんなことを聞かれるままに答えていたよ。

考えたら結構楽しい一時だったような気もするね。

まあ座席に幾つも置かれた鉢植えに囲まれているナイスミドルってのも・・・

はは、ちょっとは魅力を感じてくれたからかな?

 

・・・えっ?

 

おいおい、そのお嬢さんてのは13か14ぐらいのお嬢さんだよ。

幾ら何でも【そういう趣味】は僕にはないよ。

 

ふむ、じゃあ話ついでにそのお嬢さんのことを少し話そうか。

と言っても私もそんなに詳しく聞いたわけじゃないんだが、他の乗客から耳にした噂話や

本人に聞いたところによると、そのお嬢さんは確か作家志望か何かで、なんとこの列車に

ワープロだけを持ち込んで、それで綴った自作の【物語】を商売にしている子だったんだ。

 

・・・ああ、勿論私も一編を所望したさ。

 

それでそのお嬢さんが貸し切り同然だった僕のいる車両を通りがかってね。隣の車両から

聞こえてきた、そのお嬢さんが売り込みで話していた物語のあらすじに結構興味を覚えた

こともあって僕は声をかけさせて頂いたって訳さ。

 

・・・ん、どんな内容だったかって?

 

はは、それはまた今度の話題に取らせて貰うよ。

正直、まだまだ荒削りの部分はちらほらあったけど【光るモノがある】って言うのかな?

だから、結構楽しませてもらったってことぐらいは伝えておくよ。

 

 

 

「車掌さんとかから聞いたこともあるかも知れないが、昔と違ってここも随分広く使える

ようになったお陰であの車両は事実上僕一人の貸し切り状態でね。だからまたお嬢さんが

通りがかった時にこのしがない中年紳士に遠慮なく声をかけてくれると嬉しいね。」

 

ま、それで最後にそんな言葉を残して僕は食堂車を離れたわけさ。

勿論、二人分の代価を払って一人でね。

 

 

 

ただ、去り際にもそのお嬢さんは溌剌とした笑顔で会釈をしてくれたんだが・・・

 

それを目にしたとき、僕は面白い出会いをしたということから来る良い気持ちを感じつつ

・・・そう、幾分沈んだ気分というのを同時に感じてしまったのを覚えているよ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の午後も晴天だった。

晴れ渡って遠くまで伸びた光が僕の視界を最大限に広げていた。

 

ただ、僕はその好天に何処か居心地の悪さを感じてもいた。

それは多分・・・いっそ嵐にでもと内心僕が願っていたからかも知れない。

 

だが無常なる太陽の元、走り続ける列車と共にその場所が近づいてくるのが見えたとき、

僕は足下に広がる幾つかの鉢植えに手を伸ばしていた。

 

それは僕が自分の研究と退屈しのぎを兼ねた鉢植え。

そして、どれ一つ取ってもここに持ち込むことに何の支障も無いありふれた鉢植え・・・

 

 

 

『息子よ・・・お前が小さな頃、私に小さな手を振ってくれた姿を今も覚えている。』

 

 

 

まず苗床に使っている腐葉土の一部を少しずつ取り出し、そして常備している何種類かの

科学肥料と練り合わせると、僕の手には小指一本分ぐらいの黒っぽい塊が出来ていた。

 

 

 

『十五年前、妻の遺影を抱きながら涙を必死で堪えている姿を今も覚えている。』

 

 

 

それから別の鉢に実っていた堅くて小さな実を幾つかもぎ、その内の一つを慎重に選ぶと

残りを窓から捨てた。

 

 

 

『十年前、私と同様にそこに疑問を持ち、決意を示した姿を覚えている。』

 

 

 

更に別の鉢植えに何本も差していた添え木代わりの金属パイプを全部引き抜き、それらの

先端部分の土を丁寧に取り払ってから、切られていたネジのまま全てを一本に繋ぐ。

 

 

 

『そして・・・去年・・・』

 

 

 

 

 

 

「・・・ふう。」

 

やがて先程の土と実をそのパイプに詰め終わったとき、僕は思わず溜息を一つついた。

・・・その疲れ切った響きはまるで今の僕自身を象徴しているかのようだった。

 

 

 

やがて列車は規則正しい軌跡のまま、ある街の外れへと差し掛かる。

他の列車と違ってこの列車だけがその特質故に通過が可能なのは今も変わっていない。

不穏分子として街から永久に追放された僕にはそれ以外この街に入る手段が無かった。

だから三十年前から一年の間にわずか一分程度・・・

予定された時間に正確に走るその瞬間だけの僕と僕の家族・・・今では息子一人だけとの

対面の時間が今年ももうすぐ近づいてきていた。

 

 

 

だが・・・

 

 

 

・・・最初に聞いたときは酷い噂としか思わなかった。

だが、あの街に残ったかつての友人からの情報や、相変わらずの鎖国状態ながら出入りを

許された数少ない人々から聞いた話はそれを残酷に肉付けするだけだった。

 

そして一去年、僕は車窓からそれを目の当たりにした。

 

その悪夢のような事実を。

そして信じがたい現実を。

 

 

 

 

 

 

・・・何故だ。

 

 

 

・・・解らない。

 

何が原因でそうなってしまったのか僕には解らない。

 

 

 

 

 

 

・・・だから

 

 

 

・・・だから教えて欲しい。

君が知っているなら教えて欲しい。

君がこの世を去ってから・・・僕の、いや【僕たちの子供】一体何があったのかを・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今回を最後の旅にする。だから戻るのは終着駅からにさせてもらいたい。』

 

この列車に乗る前に来た息子からの手紙に僕はそんな返事を書いて送った。

 

・・・ああ、医者は黙っていたが自分の身体のことぐらい解っているよ。

病魔に蝕まれた僕には次の年の列車に乗ることも、この列車に乗る前に手紙で知らされた

息子が寄越す筈の町へ戻るための臨時列車に乗ることはないからね。

 

 

 

だから・・・多分これが最初で最後のことだろうと思う。

 

そう・・・親として僕が出来るであろうことは・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなことを考えている僕の耳にある響きが聞こえてきた。

それは一つ一つは大したことのない音・・・だが、ある種の感情を代弁する響き。

 

そう、それは車窓に設けられたブラインドが乗客分だけ一斉に閉じられた音。

そして・・・はは、僕から言わせれば今年の乗客もまともな神経のお客さんばかりだって

僕に教えてくれた響きってところかな。

 

まあ、実際それは嫌悪というか滑稽というか・・・

 

 

 

『自由と友愛』だって?

 

おいおい、その言葉の意味を分かっているのかい?

もう少し言葉を勉強しないと他の社会では通用しないんじゃないかな。

 

『未来の子供達へ』だって?

 

裏切りと密告と暴力と支配。そして歪んだ狭量な小さな世界・・・

それは是非君らが煉獄へでも持って行くべきだと僕は思うんだけどね。

 

『団結こそが勝利への道』だって?

 

勝利ってなんだい?誰に勝とうっていうんだい?

貧困と立ち後れをいつまでも他人のせいには出来無いよ。

 

 

 

・・・

 

 

 

多分唯一ブラインドを閉じなかった故に目に写ったその光景にそんなことを思い続けた。

 

全く・・・町の様子を僕たちから見えないようにすると共に【如何にも】といった感じで

僕たちに【街の素晴らしさ】を伝えようとするそんなスローガンが書かれた巨大な看板が

連続する光景に普通ならうんざりするってことに気付かないものだろうか。

 

 

 

だが・・・

 

人々の中心に輝くように描かれたその姿・・・

子供達の笑顔を一心に集めているその姿・・・

まるで宗教画の救世主のように描かれたその愚かで滑稽な姿・・・

 

そう、それは僕にとって目眩がするほどの現実の姿。

一昨年目にしたそのままの、僕の・・・僕の息子の姿だった!

 

 

 

 

 

 

・・・約束の場所が見えてきた。

そこは毎年ほとんど一瞬とも言える逢瀬の為に息子が現れる場所。

入り組んだ地形故に向こうからは余り知られず、醜悪な看板も設置されていない場所。

そして一昨年、僕の脳裏に【変わり果てた自慢げな姿】を焼き付けた場所・・・

 

 

 

・・・

 

 

 

僕は鞄の中から小さな箱を取りだし、その中から更に一本の小さな棒きれを取り出した。

そして先ほど一本にした長いパイプを構えながら窓の外に覗かせる。

 

その中には先ほど詰めた単純な化学式により即座に燃焼する物質・・・

ハンマーですら割ることの出来無い、真球に程近い結晶の如き木の実・・・

 

 

 

そう、それは・・・

 

 

 

そして・・・

 

 

 

・・・

 

 

 

列車がカーブに指しかかる。

轍のこすり合う音と振動が辺りに満ち溢れる。

歴年と同様にここを通過する為にこの列車が起こす行動が寸分違わず今年も行われた。

そう、カーブを曲がるために極端に速度を落とした列車が一瞬だけ車窓を制止させたのだ。

 

その瞬間確かに全てが制止していた。

 

車外に広がる光景も。

側近も護衛も付けず一人でいた姿も。

僕の姿を確認すると同時に陽気に手を振るその姿も。

その僕に向けられた・・・昔の面影のままの笑顔も・・・

 

 

 

そして僕は片手に摘まれていた一本の小さな棒・・・マッチを座席に擦り付ける。

僅かな音とともに生まれたオレンジ色の小さな炎を手前に近づける。

 

 

 

そして・・・私の意識もその瞬間、透明な氷塊そのものの様に制止した・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ちょっとまずいところを見られたかな。」

 

僕はおどけた口調でそう言った。

まるで子供が悪戯を見つけられた時のようにね。

・・・視線は変わってくれなかった。

 

「・・・やっちゃいけないってことは解っているんだが・・・ついね。」

 

そして詫びるような口調になった僕に・・・やっぱり呆れたような視線が向いていた。

 

そう、その視線の主は、つい先程再びこの車両にやって来たあのお嬢さんだった。

真新しい物語が綴られた紙束を片手に持っていたのは前と同じだが、この前と少し違って

先程鳴り響いた車輪の軋む音に対して【何も聞こえない様にと】強く抑えすぎた耳が幾分

赤みを刺していたのと、今、車内に立ち込めている【煙】に対して幾分不快さの混じった

表情が印象的だった。

 

 

 

 

 

 

だから・・・僕は・・・

 

 

 

 

 

口にくわえたままの【煙草】を足の裏でもみ消し、車窓を開放した。

嗜好物の体験の無いお嬢さんには【不快感以外に判別の出来無い】煙が外へと流れて行く。

 

そして今度は幾分緩慢な動きで周辺の整理にかかった。

先程の振動の余波としか見えない【まるで蹴り飛ばしたように】床に散乱した鉢植えと土、

それから添え木代わりのパイプを一箇所に寄せ集める。

 

 

 

「まあ、こう言うこともあるとヤケの一つも起こしたくなるっていうのが理解頂けるなら

・・・車掌さんにはこの【喫煙】のことは黙っていてくれるとありがたいね。」

 

 

 

そう言って僕は立てた人差し指を口に当てながらお嬢さんに笑いかけた。

周辺の惨状と僕のその戯けた仕草にお嬢さんは『やれやれ』混じりの笑顔を向けてくれた。

 

その表情は【列車の急な揺れにより長年の成果を駄目にして幾分落ち込み、一寸した禁則

を犯したんだ年輩の男】という、お嬢さんにとって、この長い旅路のありふれた出来事の

ほんの一つに僕が加わったということを示す表情だった。

 

 

 

 

 

 

『・・・それでいいんだよ。』

 

 

 

 

 

 

その言葉は僕の口から出ることはなかった。

だからその代わり・・・打ち捨てられたように床に転がる、もうすぐ花を咲かす筈だった

一本の苗木を残念そうな目で見ていたお嬢さんに僕はそっと呟いた。

 

 

 

「花なら咲いたよ・・・とても小さくて・・・とても鮮明な紅い花が一つね・・・」

 

 

 

 

 

 

列車は今日も走り続けていた。

 

その呟きを掻き消すような轍の響きと共に・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

この作品はK.Murayamaさんの著作列車物語を元に私が創作した作品です。

なお、この作品を掲載することを快く承諾していただきましたこと、そしてお忙しい中、

この作品に対しても挿絵を描いて頂いたご本人に対し、この場を借りてお礼申し上げます。

 

K.Murayamaさん、ありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

                    ご意見、ご感想等、何かございましたら掲示板まで。