何時の頃からこういうやり方をしてきたか、正確には覚えていない。
だから「何故お前はそんなことを始めたのか」という問には答えられない。
ただ、だからといって自身の過去を取り戻そうと思ったこともない。
今の儂にとってはその様なものはチップの欠片一枚の価値もないからだ。
そう、大抵の人間と同様に必要なのは今と次、そして・・・
勝つことだけだからだ。
「場末」だった。
そう呼ぶに相応しい場所だった。
饐えた紫煙と安価なアルコールの臭いが所々に染み付いていた。
そして薄曇ったランプの灯りが、内包する闇に対して頼りなげに抗うだけの空間だった。
幾人かの姿があった。
この空間の調度品として相応しいテーブルやカウンターに座していた。
風貌も性別も一様に違っていたが、皆一様に目前に琥珀色の液体をたたえたグラスを置き、
そして一様にこの空間に相応しい虚無的な雰囲気を纏わせた者達だった。
いや・・・
「・・・」
それは50代を目前にしたかのような風貌を持つ男性だった。
細身の体躯をこの場所にはいささかそぐわない上質のスーツに身を包んでいた。
唯、一見すると紳士さながらの印象を受けつつも、その神経質そうな雰囲気に延長される、
何処か危険な得体の知れ無さを内包した<警戒心を抱くに相応しい>人物だった。
そして・・・
その前に一人の人物が居た。
男性が座したテーブルの対面に同じく座す、20代半ば程の人物だった。
それは腰まで伸びた長い黒髪と黒い瞳を持つ、柔らかな物腰の東洋人だった。
そして、男が発する圧気はおろか、取り巻く饐えきった雰囲気すらも意に介さないが如き
呑気そのものの表情、だがその中から挑戦的な瞳を男性に向け続ける一人の女性だった。
「・・・良かろう・・・」
<ぼそり>とした声だった。
先程以上の鋭利さ以外、感情というものを感じさせない声だった。
そしてその言葉と共に男性はグラスを傍らに置くと、その声に相応しい鋭い視線のままに、
一組のカードを持った右手をテーブルの中央へと動かし始めた。
そして・・・
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勝つことは簡単だ。
剣聖と賞された東洋人が言っていたように「勝てる相手としか闘わない」ことだ。
では、勝てない相手と闘わなくてはならなくなったらどうするかというと・・・
手段を選ばないことだ。
「・・・器用だな。」
男はその言葉で口を開いた。
「・・・ところで・・・それに一体何の意味がある?」
何処か小馬鹿にした様な口調で言葉を続けた。
「あらぁ〜、イベントの前にはせれもにぃが付き物よぉ〜」
悪びれの欠片もない口調だった。
男の使い込んだそれではなく、持参した一組を裁き終えての言葉だった。
そしてたった今、その手で確率を無視した出札を披露した女性の言葉だった。
「・・・確かにな。だが老婆心ながら言っておくと失敗すれば客の前で照れ笑いをすれば
許して貰える手品屋に比べると、バレれば殺されても文句の言えないイカサマ野郎の方が
遙かに優秀な技量と眼を持っているんだがな。」
そして幾分苛つきと饒舌の混じった言葉を男は口にした。
それは目前の相手の力量を計り終えた余裕・・・
もしくは<愚か者>に対する侮蔑の意味が含められていたからかも知れない。
「あははー、率直なご意見感謝するわぁ〜」
しかし当の女性はそれに臆するどころか、まるで挑発にも似た会釈を返しただけだった。
事実、賭事の始めにその道具を使って手品や曲芸紛いのことを行う勝負師はいる。
それはそのようなことを行える技量を見せることで自分が精通しているかの如く思わせ、
相手を心理的に萎縮させる効果を出そうという行為であるが、少し考えれば解るように、
それは<勝負>には無意味なだけの、そう「ハッタリ」にしか過ぎない行為である。
・・・故に!
「・・・茶番はその程度にして貰えるか?」
それは直後だった。
女性が言葉を発し終わった、正にその時だった。
二人が対峙するテーブルの上に鈍い輝きがあった。
それは男性が胸元から取り出した一本のナイフの輝き・・・そう、女性が持参した一組の
カードを恐るべき手際で一直線に貫いたナイフが放つ冷え切った輝きだった。
「・・・こちらのカードの検分も・・・さっきので充分だな?」
そして、何事も無かったかの如きの言葉が女性に向けられた。
それは鈍く輝くナイフよりも更なる鋭利さを聞く者に感じさせる響きを持っていた。
「・・・」
返事は無かった。
ただ先程とやはり変わらぬ楽しげな会釈を女性は返しただけだった。
「では・・・始めるか・・・」
その言葉と共に男性はカードを配り始めた。
先程から見ていた者にとっては女性が見せたそれよりも遙かに慣れた手つきだった。
それはまるで、それまでのやり取りに全く影響を受けない精神状態を示すが如くだった。
唯、その視線は・・・気付く者には蔑視から殺意そのものへと変貌していたが・・・
勝負事というのはいずれにせよ心理戦が要となる。
但しその為には今何をやっているかをきちんと把握する必要がある。
そう、時にはカードのつもりで実はチェスをやらされている場合もあるのだ。
当人の技量のみが大半を左右するチェスを・・・
幾ばくかの時が過ぎた。
二人はそれぞれ二枚のカードを持っていた。
そしてテーブルの中央には既に表にされた二枚のカードがあった。
それは”テキサスホールデム”と呼ばれるゲームだった。
手元には二枚だけが配られ、そして残り三枚をお互いの共有のカードとして扱うという、
幾分変わった、だが本来はこちらの方が遙かにメジャーな”ポーカー”であった。
「さて、次はいよいよ最後の一枚だがどうするね。」
文字通りのポーカーフェイスから発した言葉だった。
その視線と、そしてテーブルに刺さったままのナイフにも似た鋭利な口調だった。
ただ、既に勝利が決定したかの如き印象を聞く者に与える饒舌さを含んだ口調でもあった。
「そぉねぇ〜、それじゃ上乗せをさせていただこうかしらぁ〜」
まるで遊び半分そのままの表情から発した言葉だった。
ただ、欠片の重みも感じさせないその申し出は相手にとって幾分意外なものであった。
「ほう、随分と強気だな・・・よほど良い手になったのかな?」
「あははー、降りていただけた方が賢明かもねぇ〜」
「はは、そうかもしれないな。」
男性が変わらぬ口調で言葉を発した。
女性が「ハッタリ」という虚しい抵抗を続けることに哀れみすら感じているが如きだった。
「・・・しかし上乗せと言ってもこの勝負で一体何を・・・」
だが嘲笑をもって続けようとしたその時、それを打ち切るように軽やかな金属音が響いた。
「これじゃ駄目かしらぁ?」
やはり平然とした口調だった。
まるで子供が持ち物の一つを見せびらかす程度の態度だった。
だがその場に出されたものは男の眼に僅かながら驚きを走らせるのに充分な品物だった。
「・・・拳銃だと・・・」
「他に持ってないんだけどぉ〜」
男性の目の前に一丁の銃が写っていた。
形こそ西部劇でおなじみの古銃・・・コルト・ピースメーカーそのままだった。
だがその光沢が発する材質や仕上げはそれだけではないことを如実に示していた銃だった。
「・・・俺はそういう無粋な品は持っていないが。」
平静さを取り戻したかの如き口調だった。
それはテーブルに置かれた銃の銃床が自分に向けて置かれたことで、それを行った女性が
「唾棄すべき手段」で勝敗を決さないことを感じての態度だったのかも知れない。
「あははー、だったらそぉねぇ〜・・・それじゃこのカード一式でも良いわよぉ〜」
何処か楽しげな、悪戯っぽい口調だった。
まるでそんな男性の心理状態を把握し尽くしたかの如き、からかうような口調だった。
「・・・その銃に見合う程の値打ちは残念ながら無いと思うんだがな。」
「そぉなのぉ〜・・・それじゃ足りない分の代わりに<さぁびす>はいかがかしらぁ?」
「・・・サービス?・・・なんだそれは?」
男は変わらぬ口調でそう訪ねた。
そして女性はさりげない、だがある意味非常識極まりない仕草で答えた。
「・・・!?」
それは確かに一瞬、だが男の顔皮寸前まで驚愕をもたらすに十分な一瞬だった。
「あははー、如何だったかしらぁ〜」
女性は先程以上に楽しげな口調でそう言った。
まるでかざすようにその華奢な手を動かしながらの言葉だった。
それは瞬間だった。
だが男性の目にははっきりとその「非常識」が写っていた。
そう、その一瞬、二枚の内の一枚が惜しげもなく曝された女性のカードが!
「・・・見せるのは勝手だ・・・承知すると言った覚えは無いがな。」
「あらぁ〜、さっき<さぁびす>が何かって訪ねたんじゃなかったかしらぁ〜」
「なんだと・・・どういうことだ?」
「だぁってぇ〜、確かそれも上乗せ分の一つって言ったものぉ〜」
その言葉に返事は無かった。
ただ訪れた沈黙の中、確かにそれは走った。
そう、男性の表情上を驚き、もしくは恥辱がもたらした激怒そのものの色が・・・
「・・・受けるしか無いと言うことか。」
「嫌なら降りても良いと思うけどぉ〜・・・あははー、それは無しだったわねぇ〜」
「・・・ふん、随分楽しそうだが低俗な奇行で人を呆れさせて勝ったつもりか?」
「あらぁ〜、表情は豊かな方が人生楽しいものよぉ〜」
「・・・ふざけるな!」
男が怒号を発した。
それだけで大抵の人間が硬直してしまうであろう程の響きを持っていた。
だが、やはりそれを向けられた女性は欠片の怯みを見せるどころか、その露になって行く
男性の心相を何処か楽しげな表情のまま見ているだけだった。
「ごめなさぁい、こぉいう<ぱほぉまんす>はお好きと思ったんだけどぉ〜」
「パフォーマンスだと・・・何のことだ?」
「あらぁ〜、それじゃこれに何の意味があったのかしらぁ〜」
そう言うと女性は細い指を軽く、そしてしなやかに伸ばした。
その先にランプの灯りで鈍色の光沢を放つ一本のナイフがあった。
そう、それはこのゲームの開始直前から刺さったままだった男性のあのナイフだった。
「・・・それは警告だ・・・あの下らない手品に対してのな。」
不愉快そのものといった口調の言葉だった。
それは男性が先程までの体裁に再調整しつつある風にも聞こえ無くはない声だった。
「あははー、それじゃ警告でここまでする人を怒らせたらどうなるのかしらぁ〜」
「・・・」
「それとぉ〜、ここのランプの明かりとぉ、それから私のカードをぜぇんぶ使えなくした、
少しだけ色の違う隣のランプで光ってるこれってぇ、一体何を照らしてるのかしらぁ?」
「・・・」
女性は言葉を続けた。
やはり相変わらずの穏やかな口調のまま言葉を続けていた。
だが、その言葉は発せられる毎に向けた当人を不安にさせる断罪の言葉となっていた。
「・・・勝てないと思った挙げ句の狂言か・・・茶番も度を過ぎると死を招くぞ。」
男性はそう答えた。
だがその声はもはや当初の強さは感じないものだった。
全てを知られた焦りか、もしくはこんな愚か者としか思えない相手に気付かれたことへの
驚愕かは解らないが、いずれにせよその声は・・・もはや敗北者そのものの声だった!
「それもそぉねぇ〜・・・それじゃお互い気を取り直してげぇむを続けましょうかぁ〜
・・・残りの一枚が・・・見えてるとおりって自信がおありならねぇ!」」
一喝!
それは強き瞳の持ち主が発した純血の怒り。
暴圧的なものを含まない、だがそれすらも駆逐するが如き強さを含んだ言葉!
直後!
「くそっ!」
男性が手を伸ばす!
テーブルに置かれたままの女性の銃に向かって!
だが!
「なっ!?」
その瞬間、男性の眼に驚愕が溢れる!
男性の動きはおろか、動体視力をも凌駕した女性の手が男性に空のみを掴ませる!
そして・・・
「次の勝負は・・・<ろしあんるぅれっと>がよろしいかしらぁ〜」
女性はそんな言葉を流した。
肩肘で頬杖を付いたまま、そしてもう片方の腕で銃を構えたままで・・・
・・・この間、正に・・・0.2秒・・・
負けたときは潔く・・・と言ってもなかなかそう割り切れるものじゃない。
特に勝負の世界に生きる者達は勝つことのみに執念を燃やしているものだ。
だからたとえ卑怯と言われようが敗北をなんとしても回避しようとする。
そう、勝負を行うということはそれをも含めてのことなのである。
・・・さて・・・能書きはこれくらいにしておくか・・・
「・・・お嬢さん・・・あんた、見かけによらずやるねえ。」
その声が響いた。
それは何処か陽気な、それでいてその場の陰鬱さを更に増すような声だった。
「あははー、それ程でもないわよぉ〜」
そう言いながら女性は手元に伏せられた二枚のカードを右手で開いた。
それは、男性側で同時に開かれたカードより確かに劣る組み合わせだった。
ただ、女性は一枚のカードをごく自然な仕草でその左手に持っていた。
そして何処か悪戯っぽい仕草で舞わせるように動かし続けていたカードだった。
安っぽいカードだった。
今までゲームに使われていたのとは雲泥の差が明白なカードだった。
だが、それこそ対面から内容を知りえる男性を驚愕、そして敗北へと導いた図柄を有する、
そう、僅かな一瞬の隙に配られたカードに寸分違わず重ねた三枚目のカードだった!
「しかしお嬢さん、イカサマは死がルールじゃなかったかい。」
「あらぁ〜、私は<さぁびす>としか言わなかったけどぉ〜」
「サービス?おいおいお嬢さん。それの何処がサービスなんだ?」
「だぁってぇ〜・・・<手品>はあれで終わりじゃ無かったものぉ〜」
悪びれる様子もなく女性はそう口にした。
それはやはり、普段の女性を知る者にとってごく自然な姿だった。
「・・・つまり、そのカードはカードを隠すのに使っていただけってことか。」
「そのとぉりぃ〜」
「成る程ね、最初にショウとして手品を見せたと言った以上、サービスってのはそれより
高度の芸当を見せることという意味にも取れるし、それに大体、その重ねた方のカードで
勝負していない以上・・・確かにイカサマとは言えんなあ。」
何処か興味深げな口調だった。
この雰囲気そのものを楽しんでいるような声だった。
先程の男性とは根本的に違う<余裕>を聞く者に何故か感じさせる口調だった。
「・・・ということで当初の約束は守らせて貰うことにするよ。」
「あらぁ〜、それでよろしいのかしらぁ〜」
「・・・まあ<約束の品>については手持ちのどれよりも正直ずっと期待出来そうなんで、
渡さなくてはならないってのは惜しいのも本音なんだがな。」
「あははー、そぉいうとこもきっちりしてこそげぇむは面白いのよぉ〜」
「確かにな・・・ま、正直今の儂の手持ちではお嬢さんは手に負えないというのもあるが、
今度会う時にはこの雪辱を果たさせて頂くってのを<捨台詞>にさせてはもらうがね。」
余裕めいた口調が続いていた。
そしてやはり変わらぬ楽しげな口調も続いていた。
それは確かに一聴しただけならば<和やかな>と言え無くもない会話だった。
だが・・・
「あははー、それは無いからご安心よぉ〜」
「ん?いやにはっきり言うね・・・はは、何か根拠でもあるのかい?」
「だぁってぇ〜、確かさぁびすを見せたときに「受けるしかない」って言ったから勝負は
成立してるしぃ〜、その勝敗も私の勝ちって貴方は確かに言ったものぉ〜」
女性はそう口にした。
それは当初からの物腰そのままにさりげなく発したような言葉だった。
ただ、その言葉は発した直後、今までの流れを根底から変えてしまった言葉でもあった。
「・・・何が言いたいんだ?」
一変した響きだった。
先程までの余裕を全て不快さに変えたか如き口調だった。
まるで下層者より身の程知らずの要求を受けた傲慢な高位者のそれに酷似していた。
しかし・・・
「・・・上乗せ分って・・・何だったのかしらねぇ?」
女性は言葉を続けた。
「私の銃にさぁびすを足した分に対してぇ〜、一体何で受けたんだったかしらぁ?」
先程の会話そのままに言葉を続けた。
臆するということを微塵も感じさせないままに続けた。
「・・・」
返事は無かった。
ただ、代わりに凄まじい緊張が辺りに満ち始めた。
それはまるで、女性にこれ以上言葉を続けさせないが為の警告であるかのようだった。
「上乗せ分ってぇ〜・・・確かこのげぇむに使ったカード一式だったわよねぇ〜」
しかし女性は言葉を続けることを止めようとはしなかった。
もはや取り巻く緊張は常人ならば耐えきれないほどに辺りに充満しきっていた。
「ということはぁ〜・・・」
もはや発狂・・・いや、そうでないことは誰の目にも明白だった。
その瞳には狂気や恐怖といった不純物には無縁な程、深い理性が満ちているだけだった。
そして何より、ゆっくりとだが確かな意志を示すが如く最後の言葉を続けたからだ。
そう、「許されざる者」に対する・・・断罪以外の何者でもない言葉を!
「<貴方自身>ってことよねぇ!」
直後!
女性が声を発した直後、全てのカードが宙に舞う。
そして男性が居た辺りに球陣を作ったかと思うと女性に向かって一気に宙を走る!
咄嗟!
その猛禽類の如き勢いに女性は咄嗟にしゃがみ込む。
振り向いた女性の視界に上部へ向かって一直線に飛ぶカードの軌跡が写る。
<空>があった。
周りは地上への長い階段を有する地下店舗そのままだった。
だがその時、そこだけ周囲を無視したが如き<空>が確かに存在していた。
「ははははは、面白かったよお嬢さん、また何時かお会いしよう!」
そして響く。
虚空を満たさんが如き声が響く。
正にこの世に有らざるカードの嘲笑が辺りに響き、そして遠ざかり始める。
・・・だが!
「!?」
銃声!
それは正に破邪の瞬撃!
「ば、馬鹿な。」
そして射抜く!
「馬鹿な馬鹿な!」
射抜く射抜く!
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な・・・そんな馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
射抜く射抜く射抜き尽くす!
寸分違わず虚空を飛ぶカードを撃ち抜き尽くした一発の銃弾が天空へと更に駆け上る!
やがて・・・
矮小な紙切れが大地に舞っていた。
かつてそれは<邪なる者>のある種の姿であった。
だが今、それはもはや紙切れ以外の何者でもなかった。
周りに点在していた客達の姿は既に何処にも無かった。
・・・だが、その場所には朽ち果てた白骨の欠片が散らばっているだけだった。
そこは確かに地下数階分の距離のあった部屋の筈だった。
・・・だが、その場所は既に荒涼たる大地を見せる墓場の一角だった。
それにあの男性・・・つい先程まで女性と戦い、そして自滅したあの男性・・・
・・・だが、その場所には古き骸が一つ転がっているだけだった。
全てがあるべき姿へと戻っていた。
全てが虚しい幻影としてそのかりそめの姿を終えていた。
一陣の風が吹き抜けた。
その手にあの銃を持ち、瞬撃の技量を放った女性を包むように吹いていた。
何が起きていたのか、そしてあのカードが何者だったのか・・・知る術は既に無い。
だが、それだけで充分だった。
それが終わりを告げ、そして二度と再び繰り返されないであろうことだけで充分だった。
そう、少なくとも・・・
風撒く硝煙を纏いながら一人立つ、あの女性にとっては・・・
そして・・・
それは太陽が午後の色へと染まっていた頃だった。
多種多様の人々が大勢行き来する雑踏の一角の光景だった。
「へへへ残念でした。またまたオレの勝ちだぜ。」
10歳を過ぎた辺りの一人の少年の声だった。
汚れたカードが数枚並べられた貨物用の木箱を前にしていた。
そして安価なコインを十数枚手元に置きながら活発そうな表情を向けていた。
「んもー、だから右だって私が言ったのに。」
8歳程度の少女の声だった。
何処か間近の少年に似た表情をしていた。
その木箱の横でその結果の残念さをそのまま表す子供らしい仕草を見せていた。
「あははー、ごめんなさぁい。」
あの女性の声が聞こえていた。
木箱を挟んで少年と対峙するようにその場に立っていた。
そして得意げな表情を向ける少年と、まるで幼子を注意するような表情を向ける少女の
二人に向かっていつもと変わらぬ柔らかで楽しげな表情を向けていた。
「しっかし姉ちゃん・・・弱いなあ。」
「お兄ちゃん!ちょっと言いすぎよ!」
「だってよお・・・」
「お姉ちゃん、お兄ちゃんの命の<おんじん>なんだよ。」
「解ってるって、だからオレはさっきから・・・」
少年は言葉を詰まらせながら困った表情を作った。
昨日の今頃、通りすがっただけの赤の他人である目の前の女性・・・
その女性が何故か墓場で一晩を明かしていた自分を捜し出してくれた上、妹の待つ家まで
送り届けてくれたことに対するお礼の意味で旅立つ直前の記念にと勝負を希望したことに
<どんな相手でも間違いなく勝てる>手札を配ったのであるが、その結果はどういう訳か
まるで<確率を無視したが如く>自分の勝ちばかりであったからだ。
「・・・」
その表情は不思議そうなそれへと変わっていた。
それは幼く、そして微笑ましい、正に少年らしい表情だった。
ただ、その<不思議>さはたった今受けた疑問のそれからだけでは既に無くなっていた。
少年は昨夜のことを思い出していた。
しかし上手く説明出来ないと言う言葉どおり、既に断片的な物しか浮かんでこなかった。
たまたま通りがかった初老の男性の声のままにこの町にあるはずもない地下へと誘われ、
そして得意のゲームで次々と大勝したが最後の大勝負に<何か>を賭けそれから・・・
「・・・」
言いしれぬ恐怖が浮かび上がりつつあった。
まるで人形、いや「ゲームの駒」にされ一生を遊具として過ごす・・・
そんな運命を強制的に背負わされてしまったかの様な感覚が何故か浮かんできた。
「あはは。まあこんなこともあるわよ。」
女性はそう言って二人に笑みを向けた。
それは春風のように二人を暖かく包み込む慈愛そのもののようだった。
そして少年のその悪夢の如き感覚を文字通り一夜の夢程度に変えるが如きだった。
そんな午後の光景がありふれた町の片隅にあった。
それは旅立った女性と同様、幼い兄妹にとってほんの些細な一こまとなっていた。
そう、その二人にとって・・・長い人生の中の・・・
GUN SMOKE MAGICIAN another epsode 01 " Jadge of Phantom "...THE END