...In several years(今より何年か後・・・)
黄昏が満ちていた。
大地が夕の色に染まっていた。
幾ばくかの草木を生やした赤茶けた大地が夜へと染まりつつあった。
一人の子供がいた。
10歳に満たない少年が大地に横たわっていた。
土埃で汚れた髪と殴打の後を顔面に残しながら荒い息をしていた。
賢明に肩を動かし、全身で呼吸を続けるその姿は「生」への本能を証明するかの様だった。
やがて、幾ばくか息の整った少年は横たわったまま空を見た。
茜色に染まる空と流れ行く雲がその視界に入った。
その光景は少年にも夜の訪れを教えていた。
少年は帰路に付くため立ち上がろうとした。
だが全身を覆う苦痛が少年の身体を再び横たえさせてしまった。
少年は片頬を地面に着けながらそのまま横たわっていた。
瞳に沈みかけた太陽の光が写っていた。
全身を覆う苦痛に加え、内面を覆う惨めさと言う苦痛がその視界を滲ませ始めた。
・・・?・・・
その時、滲んだ光の中に何かが動いているのが見えた。
そのまぶしさを堪えつつ少年はその「何か」を捉えようとした。
その時、強く風が吹いた。
・・・!・・・
その「姿」を捉えた少年が息を飲んだ。
それは、記憶に残る絵物語に出てくるそのままの「姿」をしていた。
少年がかつて目にした・・・大翼を背に持つ天の御使いそのままのシルエットを・・・
・・・
しかし、それは一瞬のことだった。
そう・・・それはただの錯覚にしか過ぎなかった。
近づいて来たその姿がはっきり見えたとき少年はそう感じた。
それは1人の女性だった。
黒い瞳を持つ20代半ば程の東洋人の女性であった。
長期に渡る旅を続けていることを証明するように革のコートと大きな鞄を身につけていた。
風に流されたシルエットがまるで大翼に見える程の腰まで伸びた黒く長い髪を持っていた。
失望と安堵が少年に冷徹な視線を作らせた。
だがその女性はそれらすら包み込むような慈愛そのものの笑顔で少年を見ていた。
やがて、幾ばくかの沈黙の後、女性はコートから一通の封書を取り出した。
「ちょぉっとお訪ねしたいんだけどぉ〜・・・この人ご存じ無いかしらぁ〜」
のんびりとした口調だった。
女性は差出人の部分を見せながら場違いとも感じられる陽気な口調でそう訪ねた。
「・・・」
続く言葉はなかった。
だが少年は返事をした。
その無言で差した・・・墓場へと向けられた一本の指によって・・・
Several years western
GUN SMOKE MAGICIAN
Epsode01:”Amazing Alone”
ある日のことだった。
その日少年はいつものように頼まれた買い物を無事終え帰宅した。
そして扉の向こうにその光景を見た。
それはいつもの光景ではなかった。
誕生日を迎えた幼い妹がもう二度と次の誕生日を祝えない姿になっていた。
自分と妹をいつも抱いてくれたその胸から大量の血を流して祖父が横たわっていた。
少年の知識では未だ理解し得ない仕打ちを受け、息を絶やした母親の姿が目に写った。
少年は叫ぼうとした。
しかし外部から響いた銃声がその感情を一瞬凍り付かせた。
まるで導かれるようにその方向へと駆け出した。
そして本能的に身を乗り出した窓からその光景を見た。
いつも自分に向けられていた厳しく逞しくそして優しい表情・・・
それら全てを文字どおり砕け散らせ、地面に倒れた父親の姿を。
恐怖ではなかった。
それ以上のものが少年の全てを凍り付かせた。
窓に立ちつくす少年を一人の男が見た。
20人程の屈強そうな男達を従えていた。
唇を陰湿に歪ませ、その手に少年から全てを奪った銃を持っていた。
そしてその唇を更に歪ませながら銃口を少年に向けた。
少年は動くことそのものすら忘却したかの如く唯立ちつくしていた。
しかし・・・
男は撃つ真似だけをすると高笑いをあげ、やがてその場から去っていった。
そして、その表情がまるで網膜に焼き付けられたかのように残った。
そして、その嘲笑が鼓膜に刻み込まれたように残った。
そして・・・
少年はベッドから飛び起きた。
途端にあちこちに走る痛みがその幼い顔を歪ませた。
そしてぼんやりとした頭を冷まさせるために数度頭を振った。
自分の部屋だった。
そこは簡素な調度品や幾ばくかの玩具が朝日に照らされた見慣れた部屋だった。
うっすらと汗で滲んだ全身が幾ばくかの違和感を少年に訴えていた。
それは塗られた薬品や巻かれた包帯・・・いつの間にか施された手当によるものだった。
そしてその耳と、その鼻孔にも違和感を感じた。
やがて少年は苦痛に再び顔を歪ませながら自室を後にすることとした。
枕の下に置かれたままの・・・一丁の拳銃を携えて・・・
やがてキッチンへと通じるドアノブに少年は恐る恐る手を掛けた。
少年の記憶にあるドアの向こうには誰もいないはずだった。
あの日から荒れ果てた光景のままの筈だった。
「・・・!・・・」
しかし扉を開けたそこは、まるで以前のまま・・・いやそれ以上に整然としていた。
一欠片の埃さえ見つけることが出来ないほど磨かれた戸棚。
その中に整然と並べられた輝きさえ発するほどに洗われた食器。
文字どおり呆然となる少年の目に続けて写るテーブルの上に湯気を立てて置かれた食事。
そしてそのテーブルの向こうの・・・
「ぐっもぉにんぐぅ〜」
少年を招く暖かな笑顔の女性の姿があった。
「!」
だがその笑顔の答えに少年は反射的に右手を挙げる!
その引き金に指を掛けながら一直線に銃口を向ける!
しかし・・・
「どぉかしたかしらぁ〜」
呑気な声だった。
「あらぁ〜、私はちゃぁんと昨日断ったと思ったけどぉ〜」
殺意の射線を目の前にしているにしては明る気な口調だった。
「私の名前はサキ。サキ・ヤハギ・・・はらぁ〜、ホントに覚えてないみたいねぇ〜」
その言葉に答えることなく、少年は猜疑心を満たした視線を向け続けていた。
「それじゃぁ、私があなたのお爺さんのちょっとした知り合いだってこととぉ、それから
しばらくここにお泊まりするって言ったことも忘れちゃってるみたいねぇ〜」
その言葉に少年は記憶を探り出した。
地面に横たわったまま遠くなった気・・・それから・・・抱きかかえられた暖かい感触、
背中で揺られる安堵感、そして幾ばくかの・・・言葉・・・
そういった断片的なものしか浮かんでは来なかった。
だが、今目の前にいるサキと名乗った女性はそのままだった。
引き金に指をかけ、銃口を向ける自分を笑顔で見ていた。
痣と包帯だらけの、赤の他人である筈の自分を慈愛の瞳で見続けていた。
そう、サキは少年の記憶の・・・正に断片そのままに目の前に存在していた。
「・・・」
やがて、ゆっくりと少年は銃を降ろした。
「はぁい、それじゃあご飯にしましょうかぁ〜」
その言葉に引き寄せられるように少年も目の前の椅子に座った。
その途端、目の前にある料理が発する香りが忘れかけていた食欲を刺激した。
「いただきまぁす。」
サキがその言葉を発すると同時に少年は文字どおり料理を貪り始めた。
それはまるで生きていることを必死で証明するかの如き勢いだった。
故に・・・自分を見つめる瞳に安堵が混じっていたのに気付かなかった・・・
「あははー、今日はいい天気で良かったわぁ〜」
朝食を終えた後、サキは少年を連れだって屋外へ出ていた。
と言っても遠くへ出掛けた訳ではない。
そこはサキが逗留を始めた少年の家の裏、平原を塀で仕切っただけの庭だった。
朝と呼ぶには少々進んだ陽光が白を光らせていた。
その一面に広がると言っても過言ではない白をサキは楽しげな表情で見ていた。
その足下に水をたたえた桶と順番を待つかの如く置かれた籠があった。
水を汲みに行かせた少年は未だ戻っては来ていない。
しかしそんなことを気にする様子もなく、サキは再び洗濯を始め出そうとした。
「姉さん、あんたどっから来たんだい。」
その時、不意に塀の向こうからその声が聞こえた。
「どちらさまかしらぁ?」
その声に手を止めると洗いかけの洗濯物を持ったままサキは立ち上がった。
そこには3人の男がいた。
年齢はどの者も20代後半程、がっしりとした大柄な体格と、そして三者三様の、とても
善人とは言い難い顔つきが共通した3人だった。
そして、その腰と背中にこれ見よがしに小銃や拳銃を携えていた。
そう、銃を持っていたのである。
かつては他国と同様、この国でも民間人の銃の所持は厳しく禁止されていた筈であった。
だが今ではこの国の政府が治安維持に窮した挙げ句「自衛」という名の元に「許可制」を
取った為に銃器そのものがごく当たり前の道具として日常に溢れていた。
勿論、犯罪歴を有する者や精神障害者等、犯罪を誘発するものには許可は下りないことと
されてはいたが、この様な無責任な施策の元では・・・金や力さえあれば・・・
「へっ、誰かって?そりゃ余所者が訪ねるこっちゃねえぜ。姉さん。」
「あははー、それもそぉねぇ〜」
「ま、名乗りたくねえならそれも構わねえがな、だが俺達は一応この辺の治安ってヤツを
考えなきゃいけねえ立場ってことで余所者にゃ気がかかるってのは勘弁しなよ。」
「あらぁ〜、私が何かしたかしらぁ〜?」
「・・・何もやっちゃいねえ。しかしな・・・ん!」
その時突如鳴り響いた音に男が言葉を止めた。
銃声。その場にいた全員が一斉にそこを見る。
「・・・」
暗い瞳がそこにあった。
伸ばした幼い右腕にたった今銃弾を放ったばかりの拳銃を握った少年だった。
汲んできたばかりの水をたたえた桶が足下に転がっていた。
その姿は桶からこぼれた水を吸い取り始めた大地より乾いた心を表すかのようだった。
「このガキ!」
一人が怒号とともに腰の拳銃に手をやる!
だがその瞬間、その手がまるで凍り付いたように静止する。
振り向く際に目に留まった女の姿・・・いや、こちらに向けて伸ばした手に。
その手をくるんだ洗濯物が形成していた・・・はっきりとした銃のシルエットに!
「・・・今日は出直しにした方が良さそうだな。」
やや腹立たしげな口調のその言葉にサキは僅かに頭を垂れるだけで答えた。
その先程と変わらぬ笑顔に挑戦的な視線を乗せながら。
「クソッ、ふざけたガキだぜ。」
「おいガキ!この距離で不意をついて当てられねぇんじゃどうしようもねえぜ!」
やがて幾ばくかの捨て台詞の後、男達はその場を去り、後にはサキと少年だけが残った。
少年は無言ながら不満そうな視線でサキを見ていた。
それは「何故撃たなかったのか?」ということを如実に訪ねる視線だった。
そんな少年にサキは何処か悪戯っぽい視線を送ると、その手を覆っていた洗濯物をまるで
魔術師のように残る腕で軽やかに取り去った。
「!」
少年の表情に驚きが現れた。
その手に銃は何処にも無かった。
唯、銃のシルエットを作るに使った数本の枯れ枝が握られているだけだった。
「あはは、まあこんなこともあるわよ。」
サキは片目を瞑りながらいつものようにそう言うと楽しげな表情を向けた。
だが、少年はそんなサキに背を向けるとそのままどこかへ走り去ってしまった。
何故かはよく解らない。
唯、落胆と愉快さ、そして不思議さの交じった表情をしていたことからある程度は伺える。
そしてそんな少年をサキは追いかけようとはしなかった。
暖かい視線で小さくなる少年の姿を見送っただけであった。
まるで・・・そのプライドを守るかのように・・・
それは・・・その日の午後が訪れる直前だった。
・・・
家に帰ってきた少年は綺麗に折り畳まれた洗濯物の束を見つけた。
以前よりも昨夜よりも、そして今朝よりも屋内がきちんと片づけられているのを知った。
それを誰が行ったか、それは少年にも充分理解できた。
だが、あの奇妙な滞在者の姿は家の何処にも見つけられなかった。
・・・
その代わりにテーブルの上に一人分としてはやや多めの昼食を見つけた。
そしてその横に堅く乾いた拳大のパンと、それを重石にした一枚のメモ用紙を見つけた。
そこにはそれが自分のための昼食であることと、そのパンがこの家に残った最後の食料で
あること、そして宿代の代わりに買い出しに行くことが書かれていた。
・・・
少年はそのメモをじっと見ていた。
そしてゆっくりと用意された食事を取り始めた。
幼さ故に上手く表現できない、そういった感情が少年に複雑な表情を作らせていた。
ただ、この食事の支度をし、そしてこの場に姿の無いあの女性の荷物を見つけたことが、
その表情に僅かながら安堵の色を加えていた。
少年の手が止まった。
料理が盛られた皿には半分近い量が残っていた。
そして満腹と言うにはやや不足を感じながらも席を立ち、食器棚からコップを取り出すと
水を汲み、やがて少年は再び屋外へと出掛けていった。
そして・・・後にはテーブルの反対側に置き直した料理と、横に置かれたコップが残った。
同じ頃・・・
「あらぁ〜、お久しぶりねぇ〜」
町外れにサキはいた。
その両手に大きな買い物袋を抱えるように持っていた。
それは、無事買い物を終えたことの証明であった。
「久しぶりって・・・今朝会ったばかりじゃねえかよ。」
サキの歩調に合わせるように歩いていた3人の内の1人がそう言った。
あの3人だった。
その3人はり今朝ほどサキ達の目の前に現れたあの3人だった。
「そぉだったかしらぁ〜・・・そんなに昔のことじゃよく覚えて無いわねぇ〜」
「・・・まあいいさ。で、姉さんは何時まであのガキんとこにいる気だい?」
「さぁねぇ〜」
その時サキの後ろを囲むように3人は歩いていた。
買い物を終え、サキが最後の店から出てきてからずっとそうだった。
それは少年の家までの帰路・・・人気のないこの場に来るまでそうだった。
不意に一人がその手を動かした。
その手がサキの持つ買い物袋の一番上にある果実へと伸びた。
しかしその瞬間、僅かに動いたサキの腕によりその手は空を切るだけで終わった。
「・・・くっ!」
思惑の外れた男の顔が屈辱で歪んだ。
「あははー、角のお店にはまだあったわよぉ〜」
先程と同様、男達に背を向けたままサキは快活な口調でそう答えながら歩き続けていた。
「今朝も聞こうとしたけどよ・・・姉さん、あんた何者だい?」
「皆さんが言ったとおりの余所者よぉ〜」
「何処から来た?」
「余所者だから余所からぁ〜」
「これから何をしようってんだ?」
「そぉねぇ・・・とりあえず晩御飯の支度かしらねぇ〜」
そんな怒気を含んだ男達の言葉に気の抜けるような返事が続けられた。
その態度に男達は一様に不機嫌な態度を増加させていった。
しかしサキは相変わらずその何処か浮世離れした笑みを絶やさないままだった。
「ところでよ姉さん、町の連中に明後日のこと聞いたろ?」
「なんのことかしらぁ?」
「またおとぼけかい?はは、連れねえな姉さんも。」
「どうせ明後日にゃ俺達は仲間なんだからもちっと愛想・・・だけは良いなあ。」
そして三人分の下卑た笑いが響いた。
だがサキは相変わらずのまま歩き続けるだけだった。
「?・・・よくわかんないわねぇ?」
「・・・聞いてんだろ。明後日ボスが仲間を引き連れて帰って来るって。」
「そん時使えそうなヤツを仲間にするからよ・・・姉さんも売り込むつもりなんだろ。」
「解ってるって。まともな頭のヤツなら強ぇ連中について当然だものな。」
「そうそう、あんな馬鹿な負け犬連中に同情したって始まんねえからなあ。ははは。」
馴れ馴れしい言葉が続けられた。
内容以前に口調そのものが不快さを催すような言葉だった。
しかしそれでもサキは相変わらずの表情のまま歩き続けるだけだった。
「はらぁ〜、そぉだったのぉ〜・・・ごめんなさぁい、全然聞いて無かったわぁ〜」
その変わらぬ態度に苛立ちを感じだした1人の男がその感情のまま言葉を発した。
「・・・だったら何聞いてきたんってんだよ・・・ええ!言って見ろ!」
しかしサキはやはり変わらぬ歩調と笑顔のままで返事をした。
「そぉねぇ〜・・・私が聞いたのはその人達があの子や町の人に何をしたかってこととぉ、
あなた方がその人たちに取り入ったお陰で今そうしてるってことぐらいかしらぁ〜」
平然とした口調で語られた言葉が男達の耳に入った。
「・・・何が言いてえんだ?」
「・・・言いてえことはそれで終わりか?」
苛立ちが怒気へと変わるのがありありと解る口調で男はそう言った。
しかし全く意に介することなくサキは言葉を続けた。
「それとぉ〜、あの子を酷い目に遭わせた3人の大人のことぐらいかしらねぇ〜」
それは確かに先程と変わらぬ笑顔から発せられた言葉だった。
だが男達から見えぬその瞳に怒りを満たして発せられた言葉だった!
「・・・うるせぇ!」
反射的に男が拳を奮う!
先程伸ばした手より遙かに暴圧的な勢いを載せた拳がサキの後頭部に向かって伸びる!
だが!
「なっ!」
サキは先程と同様ほんの僅か状態を動かしただけで再びその拳に空を切らせた。
「くっ!」
更なる屈辱を一瞬に感じた男が再び力を振るおうとする。
「やめろ!」
しかしその時別の男がその動きを制した。
「止めるな!」
「うるせえ!一々面倒くせえことすんじゃねえ!」
その男はリーダー格だったのか、その一喝で男は渋々とながら動きを沈めだした。
「あははー、お話し合い終わったかしらぁ〜」
「姉さん・・・これは仲間になると思ったサービスだぜ。」
「あらぁ〜そぉなのぉ〜」
「そうじゃねぇってんなら・・・俺達の前から姿を消してもらいてえな。」
男はその言葉を静かに吐いた。
だがその静かさと共に殺意が辺りに満ちる言葉だった。
「・・・それじゃこの辺で分かれましょうかぁ〜」
「・・・解った。」
その言葉と共に男達は踵を返し元来た道を戻り始めた。
サキは歩みを変えず家へと歩を進め続けた。
2つの距離がそれぞれの歩みとともに離れていった。
不意に男達が歩みを止めた。
そして男の一人が背負った銃を降ろすと振り向き様に構えた。
銃口の向こうには両手に荷物を抱えて歩き続けるサキの姿があった。
・・・姿を消してくれって言ったよな・・・
そしてその動きに照準を併せつつ引き金に指を掛けた・・・
・・・?・・・
その正に瞬間、サキの動きが止まった。
そしてそれに呼応するように男の指も止まった。
「ひとぉつ・・・言い忘れてたけどぉ〜」
その声は背を向けたまま男達に伝えられた。
「・・・?」
「さっき町の人たちのこと・・・負け犬って言ってたわよねぇ〜」
「それがどうした。強え奴らに逆らって結局負けた上にお情けで生きてんだぜ・・・へっ、
負け犬そのもんじゃねえかよ。」
男は銃を構えたまま得意げな口調でそう答えた。
「あははー、そぉかもしれないわねぇ〜・・・でもぉ〜」
「・・・なんだ?」
男はそう訪ねた。
少しの間が空いた。
そして・・・
「闘わなきゃあ・・・負け犬にもなれないわよぉ!」
響いた!
その強い意志を示すかの如くはっきりとその声が男の耳に響いた!
「くたばれ!」
瞬間!
怒気を露わにした男が指に力を入れる!
呼応した残る2人も銃を構える!
・・・!・・・
だが、その動作の直後、男達は目にした。
まるで瞬きの合間に行われたとしか思えない光景を。
先程まで背中を見せていた筈の女がいつの間にか全身を振り向かせていた光景を。
抱えていた買い物袋を宙に飛ばし、その腕をこちらに伸ばしていた光景を。
そしてそれは・・・男達が最後に見た光景だった・・・
・・・銃声!
銃声が響いた。
茜色の空に微かに響いた。
それはその幼い手に持った小型拳銃から生み出された銃声だった。
辺りを夕日が包み始めていた頃だった。
そこはかつて人の営みがあった・・・今では朽ちかけたアスファルトの道路を挟んで幾つ
かの廃屋だけが残る、文字どおり廃墟だった。
全ての建物が陽の色に染まっていた。
その破壊されて僅かに土台を残す程度の廃墟も同様だった。
だが、そこに唯一残った柱を睨む少年の瞳は別種の色のままだった。
よく見るとその柱には丁度少年の頭ぐらいの位置に丸く傷が付けられていた。
少年の立つ位置から10メートル程先にあるそれは周りの朽ちた情景に比べて新しかった。
そして少年は再び呼吸を整えるとその「丸」を更に注目し、その手に持つ銃を再び向けた。
銃声・・・だがその放たれた弾丸は先程と同様、空しい軌跡を描いただけだった。
「・・・」
落胆と失望が少年の表情に一層暗い色を宿し始めた。
足下に散らばった空薬莢の数と、無傷に等しいその「丸」が力量を思い知らせていた。
少年の肩が疲労で震えていた。
その銃を持つ手は僅かながら血がにじみ始めていた。
そして、ここまで持ってきた弾丸も後一発を残すのみとなっていた。
何時しか落胆が恐怖へと変貌しつつあった。
失望が絶望へとその姿を変えようとしていた。
暗雲が少年の心を覆い出そうとしていた。
しかし少年は幼いなりに必死でそれを払うため、再び銃を構えることを決心した。
そして再び呼吸を整える。
「丸」に視線を集中させる。
右手、右腕、右肩に残る力を全て託す。
その時の少年からは、まるでその最後の一撃が外れれば全てが終わるかの如き悲壮感さえ
感じられる程だった。
右腕を揚げる。
親指が撃鉄を引くと同時に人差し指を引き金にかける。
そして、少年は人差し指を思い切り引いた・・・その瞬間!
・・・!・・・!!!・・・
少年の腕に暖かいモノが触れる!
幼くか細い腕を包み込む!
そしてその温もりに誘われるように腕が動くと同時に弾丸が放たれる!
走る!
少年が全てを乗せた弾丸が走る!
直後!
着弾!
その弾丸は狙い違わず的の中心を一直線に射抜いた!
その結果が少年の目に写る。
その時、少年の表情は歓喜と驚愕が入り交じった表情へと変わっていた。
先程の暗雲は・・・まるで風に吹き飛ばされたように消えていた。
「あらぁ〜、凄いわねぇ〜」
「!!!」
いきなり後ろから聞こえてきたその声に思わず少年はその場を飛び退いた。
そして高鳴る鼓動を押さえきれないまま振り向いた先に見たものは・・・
「あははー、やぁっと見つけたわぁ〜」
まるで我がことのように喜ぶ表情のままで少年を見ていた女性だった。
その束ねた長い髪を風に僅かに遊ばせて立つ、自らをサキと名乗ったあの滞在者だった。
そして、当の少年すら気付かぬ合間に真後ろに近づいた上、その幼い腕を瞬間的に動かし、
少年が気付かぬ程の一瞬で弾丸の射線軸を調整した驚愕の技量の持ち主だった。
「・・・」
その様子に少年は再び今朝と同様の複雑な表情を作った。
そして今朝と同様にどこかへ駆け出そうとした。
「!」
だが、サキは今朝と同様ではなかった。
それも一瞬のことだった。
少年が駆け出す前にその全身を持って少年を抱きすくめた。
「・・・」
一瞬の動揺があった。
サキの力は少年を押さえるにはやや物足りない力だった。
しかし少年は結局その背中から伝わる暖かさに身を委ねるようにその場に止まった。
その行為が自分に対する拘束ではなく唯の抱擁だったことを感じ取ったからかも知れない。
そして少年を抱いたままサキは幾つかの話をゆっくりと語りだした。
まず昼食のお礼、そして買い物の際に町で聞いたこと、そして明後日・・・問題の連中が
町に再びやって来たら殺されても戦う決意を町の人達がしていることと、そしてその前に
少年を連れて逃げるように頼まれたことを語った。
「・・・」
その言葉は全身を通じて伝わってくるように感じていた。
少年はやはり黙したままだった。
やがて無事家へと戻り、サキの言葉どおり確かに昨日と比べて豪勢な夕食を前にした。
だが、それを口にする少年には昨夜とは別の意味で空腹を満たすだけのものだった。
食事を終えた少年はそのまま自分の部屋へと戻って行った。
次の日、幾分天候が悪かったこともあったかも知れない。
サキが何度か呼びかけても少年は中々その姿を部屋から出そうとしなかった。
結局少年が再び部屋から出てきたのは次の日の夕暮れが過ぎた頃だった。
その時のサキの目に、銃をテーブルに置き、まとめた荷物を持った少年の姿が写った。
それは一日が始まろうとしていた頃だった。
昇りかけた朝日が地平線から空を染め始めていた頃だった。
集団がいた。
数台の車両と数台のモーターサイクルに便乗した20人程の集団だった。
町はずれのあの廃墟の通りをゆっくりとしたペースで進んでいた集団だった。
彼らは町に向かっていた。
何処からかと言えば、違う集落からとしか言えない集団だった。
ただそれは、その集落に居を構えているということではなかった。
彼らはこうして集落から集落へと移動しつつ糧と休息を得て暮らす集団だった。
しかし、その代価は現金や物資では無かった。
もう一度言う。
今は地方の治安維持が事実上「自衛」に任されている時代である。
それは暴力と恫喝だった。
そう、彼らは無法を生業とする集団だった。
自分達が襲撃可能な集落を見つけては裏で同調者を募ると共に、抵抗しそうな者を抹殺、
そして定期的に略奪を行うための餌場とすることで生きる、寄生虫の如き存在だった。
そしてこの時代においてはありふれた・・・珍しくもない集団だった。
「・・・」
誰かが彼等を見ていた。
廃屋の陰に隠れて彼等を見ている人間が一人いた。
町への近道であるこの廃墟を通る彼らに殺意と憎しみを込めた視線を放っていた。
その者は早朝、自宅のソファーの上に人のシルエットを持つ毛布のくるみを見た。
そこはあの滞在者が訪れて以来寝床に使っているソファーだった。
そして、動かない毛布を見た後、テーブルに置かれたままの銃をそっと持ち出した。
そう、それはあの少年だった。
まだ薄暗い中をやって来てこの場でずっと待っていた。
偽りの材料とした、昨日まとめた荷物を置いたままここに来ていた。
その幼い体躯を小刻みに震わせながら、たった一人でその場所にいた。
・・・仕掛けた罠で集団を混乱させ、そしてその隙に目指す相手を撃って逃げる・・・
緊張を誤魔化すためにこれからの手順を何度も何度も頭の中で繰り返していた。
少年の手にロープが握られていた。
それはあの日から今までたった一人で準備してきた罠だった。
この日のために準備してきた罠を作動させる引き金だった。
そして目の前で正にその時が訪れたのを確認した少年はその腕に力を入れた・・・だが!
・・・!?・・・
反応がない!
再び引く。
引く、引く、引く!
先程の緊張感がそのまま焦りへと転化されたかの如く少年は綱を何度も引き続ける。
しかし相変わらず何もどうにもならないままであった!
「へへへ・・・折角準備してたのに残念だったな。」
その時少年の後ろからその声が聞こえた。
驚愕と共に少年は振り向いた。
そしてその先に陰湿な笑顔を浮かべた男の姿を見た。
「ははは、結構良く出来てたぜえ。正直壊すのが勿体無かったぐれえさ。」
「!」
「一応俺達も用心深いんでな・・・こうして先に様子を見に来るのさ・・・昨日な。」
「・・・」
男は得意げにそう言葉を投げつけた。
少年はその場で肩を落とし項垂れた姿を作った。
その様子に男は更なる得意げな表情のまま少年に近づこうとした。
「!」
その瞬間、少年は後腰に手を伸ばし男に銃を構えようとした!
「このクソ餓鬼!」
しかしそれよりも速く男は銃声を放ち少年の銃を遠くに跳ね飛ばす!
「お遊びは終わってんだよ!」
衝撃に右手を押さえてうずくまった少年に男が近づく。
そしてその激情のまま拳を奮う!
何度も何度も奮う!
小さな子供に向かって暴力を奮う!
弾かれる!
更に奮われた足の勢いで弾かれるように傷だらけの少年の体躯が地に這わされる!
「・・・そいつか?」
先頭車両の後ろ側に座った一人の男がそう訪ねた。
「そうですぜ・・・おい、暴れるな!」
抵抗する少年を少々持て余し気味に立たせた男はそう答えた。
「!」
そして無理矢理立たされた少年が見た車両後部に座る男・・・それは正にあの・・・
「おい、暴れるな!暴れるなってんだろこのガキ!」
少年は急にもがき始めた。
押さえつける男から逃れようと残る体力を振り絞るようにもがき続けた。
だが男の腕の力は万力の如く少年の頭を押さえたままだった。
「!!!・・・痛ってぇ!」
その瞬間、男が苦痛でその腕を解き放った。
腕を押さえた男を後目に咄嗟に少年が走り出す。
その口に男の腕の肉片と血液を僅かに付けながら反対方向へ向かって走る!
撃ち飛ばされた銃が転がっているそこへと一心不乱に走り続ける!
「クソ・・・やりやがったな!」
咬まれた痛みと沸き上がった仲間の嘲笑が与える屈辱が男の感情を激化させる!
銃口が少年に向く!
「舐めんなこのガキ!」
怒号と共に放たれた銃弾が少年の足元を掠る!
転倒。
僅かな土埃をあげて少年の体躯が再び地に這わされる。
瞬間、少年の周りに数発の弾丸が穿かれる!
「餓鬼だと思って甘い顔してりゃ・・・ブッ殺してやる!」
そして怒気と殺意と・・・そして加虐心の混じった銃口が向けられた。
「!!!・・・ふぐぁぁぁぁぁぁ!」
鳴り響く銃声と共に叫び声が上がる!
だが、その叫びは少年のものでは無かった!
「なっ!?」
反射的に周りの男達が銃口と共にその眼を向けた。
伸ばした腕から肩まで一直線に貫通された衝撃で倒れ伏した男の更に向こうに眼を向けた。
太陽。
そこに生まれたばかりの朝日があった。
地平線から昇り始めた朝日が全員に降り注ぎ始めた。
そしてその眩しさが全員の視野を一瞬曇らせた。
そして風。
その時風が吹いた。
その視野が回復し始め朧気な像を結び始めたとき、強い風が通りを吹き抜けた。
「・・・」
静寂が包む中、地面に倒れた少年がゆっくりと顔を上げた。
咄嗟に自分を庇うように男達の前に現れたその姿を見上げた。
そこには先日と同様の・・・あの大翼を持った御使いの「姿」が写っていた。
・・・
その「姿」に言いようのない安堵を感じた少年は緊張が解けたのか、そのまま気を失った。
男達はその姿を正面から捉えていた。
少年の横の廃屋から突如出てきたその「姿」を視野に入れていた。
だが、少年とは逆にその「姿」に言いようのない不吉さを感じただけだった。
何故ならその目に写ったのは・・・大鎌を携えた死神の「姿」そのものだったからだ!
その瞬間の出来事に残る全員が静止した。
沈黙が風と共に通り抜けた。
やがて・・・その影がゆっくりと男達の目に像を結びだした。
それは20代半ば程の東洋人の女性だった。
その束ねられた・・・風が流した形が大鎌に見える程の腰まで伸びた黒髪を揺らしていた。
柔和そのものの表情と、先程生まれたばかりの硝煙を僅かに燻らす銃を片手に下げていた。
そう、それは少年に自らをサキと名乗ったあの女性だった。
「ぐっもぉにんぐぅ〜」
そしてサキは呑気としか言えない声で男達に挨拶を行った
殺伐とした周囲の雰囲気にそれは余りにもそぐわな過ぎる声だった。
その余りの落差と先程の出来事が、何処かこの世の出来事では無いような感覚を与えた。
「・・・なんだ・・・お前は?」
車両の後部座席から抑揚のない声が訪ねた。
それは先程少年を激情に駆らせた・・・あの「記憶」に残る男であった。
「私ぃ〜?・・・そぉねぇ〜、とりあえずこの子んとこの居候ってとこかしらぁ〜」
「・・・その居候が何の用だ?」
「用ぉ〜?・・・そぉねぇ〜、とりあえずこの子の言葉を伝えるってことかしらぁ〜」
「・・・言葉だと?」
「あははー、そぉ〜」
「・・・なんだ?」
幾分苛立ちを感じさせる声で男がそう訪ねた。
周りを固める男達もその手に持つ銃器に殺意を載せていた。
「それじゃ、いっぺんしか言わないから皆さんよぉく聞いててねぇ〜」
「・・・早く言え。」
そしてサキは言葉を口にした。
相変わらずの柔和な表情と陽気な口調で。
その挑戦的な視線を発する、その怒りを満たした瞳で答えた。
「...GO TO HELL!!!」
「ふざけるなぁ!!」
怒号と共に数人が銃を向けようとする!
だが銃口が向いた瞬間、飛散した脳漿ごと意識を吹き飛ばされたのは男達の方であった!
「!!!???」
速い!
余りの出来事に残る全員が一瞬その場で凍り付く!
それは倒された男達ですら動作を感知出来なかったほどの速さであった。
そして常人にはその数発分の銃声が一度しか認識できないほどの速さであった。
・・・この間、僅か・・・0.2秒・・・
「く、くそっ!」
呆然から開放された男達がその姿を目で追う!
しかし男達が目にしたのは気絶した少年を抱えたまま廃屋に駆け込む後ろ姿のみだった。
「逃がさねえぜ!」
入り口に向かって駆け寄った数人が弾丸を注ぎ込む!
まるで豆を煎るような音が断続的に響き渡る!
だが全くと言って良いほど手応えがない。
「手前らぁ!なにビビッてんだよ!」
その怒号と共に機械のうなり声が響く!
モーターサイクルを駆る一人が文字どおり入り口に向かって突進して行く!
「轢っ殺してやるぜぇ!!」
だが屋内へと入っていた男は機械が転倒する音を響かせただけで戻っては来なかった。
いや、戻ってこなかったというのは誤りかも知れない。
何故なら・・・入り口から伸びる通路上部に張られた一本の鋼線を赤く染め、
その切断された頭部だけが転がりながら屋外へと出てきたからだ。
「クソッタレ!」
別の一人がそう叫ぶと背中に背負った擲弾筒を構えた。
「ならぶっ飛ばしてやるぜ!」
撃つ!
寸分違わず窓から飛び込んだ弾頭が内部で爆発し辺りに破片と埃を撒き散らす。
窓から連続で弾丸が放たれる!
しかし、その弾丸は男をかすめて後方へと進んだだけだった。
「盲撃ちじゃ俺は倒せねえぜ!・・・なっ・・・」
後方に向けた自慢げな表情が一瞬にして凍り付く。
先程自分を外れた弾丸が作った仲間の屍を目にして!
「く、く、クソがぁ!」
男は怒りに肩を奮わせつつ次弾を装填し始める。
「ふざけやがって!」
そして装填完了と同時に振り向く!
だが構えた正にその瞬間、その弾頭そのものに向かって弾丸が放たれる!
「!・・・!!!」
閃光!
爆発!
そして飛散!
後には・・・肉片と・・・立ちつくす下半身だけの屍が残っていた・・・
「な!なんだ!?」
呆然とする間もなくその音が残る男達を現実に引き戻す!
その遠ざかる高音域のエンジン音に!
明らかに廃屋内後部へと疾走する、先程放置されたばかりのモーターサイクルの音に!
「逃がすかぁ!!」
同時!
残る4台のモーターサイクルがその音を追って走り出す!
2台が先回りをする。そして残り2台が併走する。
併走していた男が横目で廃屋を見る。
窓から女の姿が時折見える。
女も外部を見る。
その銃口と共に!
「馬鹿が!んなもん当たるわきゃ・・・」
それは男が横目でかいま見た一瞬だった。
廃材と朽ちた家具が散乱する内部。
その中をそれ相応の振動と共に外部と同様の速度で走り続けるモーターサイクル。
そして反対側の仲間が撃ち倒される光景と、寸分違わず己に向かって来る弾丸だった!
直後!
サキと少年を乗せたモーターサイクルが速度を落とさず外部へと姿を現す!
先回りしてきた2台が取り囲むように突っ込んでくる!
もはや数発の弾丸程度では止まらない程の勢いで!
だが男達の前でサキはその車体をいきなり倒す!
Accelerator Turn!
倒した車体の後輪が激走してきた1台の真下に楔のように入り込む!
その勢いと付けられた角度がそのまま男を車体ごと宙にやる!
銃声!
車体を立て直すと同時に放った銃弾が燃料タンクを穿つ!
発火!
加熱した車体がそのまま火に包まれる。
そして後部から爆走してきたもう一台にそのまま突っ込んだ!
後に残ったのは・・・激しく沸き上がる葬送の黒煙だけだった・・・
「あらぁ〜、随分数が減ってるわねぇ〜」
数分後、モーターサイクルを駆りながら戻ってきたサキが通りの真ん中でそう言った。
「・・・そうだな。」
10メートル程先に止まったままの車両からあの男がそう言った。
その車両には後2人の人間が男を挟むようにして座っていた。
そして後ろの車両を含め、その車両の周辺には人影が感じられなかった。
「皆さん逃げちゃったのかしらぁ?」
「・・・かもな。」
それは勿論、半数以上が倒された結果であるが、それだけでもなかった。
・・・
元は商店か何かだったのだろう、破損したショーウィンドーの奥で一人が潜んでいた。
その奥からハンドルバーに頬杖をつきながら「頭」と対峙するサキを見ていた。
そしてサキの腰に手を回す少年の姿が同時に見えていた。
少年はぐったりとした様子だがその顔からは生気は失われてはいなかった。
ただ、その腰に廻した両手がハンカチで縛られていた所から気絶はしているようだった。
・・・嘘だろ・・・漫画やアニメじゃねえんだぜ・・・
元は酒場だった廃屋の奥のカウンターの影からも見ている者がいた。
二人いた。
その内一人は先程の出来事に何処か現実感を喪失したかの如き感覚を感じていた。
無理もない。
目の前に写るその姿を最初に見たときから・・・僅か数分が経過しただけなのだから。
そしてその合間に・・・既に仲間達の半数が屍へと姿を変えていたのだから。
・・・あんな女に・・・何で勝てねえんだよ・・・
もう一人は幾分現実的だった。
ただ、納得は出来なかった。
とてもその外見・・・どちらかと言えば美人に分類されるであろう表情と、細身の体躯を
持つあの女がここまで行ったとは納得が出来ないと言った表情を作っていた。
・・・どうして・・・あんな拳銃で・・・
事務所だった廃屋に残された机の影から見ている者もいた。
その細く白い手に軽やかに握られていた、あの恐るべき結果をもたらした銃を見ていた。
疑問が頭の中で充満していた。
男の経験からはそれはあり得ないことに判別されるものだった。
女の銃は撃鉄を起こして初めて弾丸を放つことが出来る引き金が役に立つという、今時、
とても実戦には向かない筈であろう程の旧式この上ない機構を持つ、西部劇でおなじみの
コルト・ピースメーカーと呼ばれし拳銃そのままでありながら、6発という装填限界弾数
を軽々と超える弾丸を放ちつつ、日頃訓練を欠かさない警官や兵士が扱っても通常拳銃の
有効射程は精々15メートルが良いところであるにも関わらず、それを遙かに凌ぐ精度を
叩き出したことから来る疑問だった。
あり得ない・・・男の常識は男自身にそう教えた。
デタラメだ・・・男の経験は男自身にそう教えた。
だが「現実」は男の本能に<言いようのないモノ>を告げただけだった・・・
廃屋に4人の男達が潜んでいた。
先程モーターサイクルが走り出したと同時に「頭」の指示によりそうしていた。
「あははー、逃げちゃったのならそれはそれで良かったわぁ〜」
「・・・そうか。」
そう言いながら男はサキに見えない場所で片手で小さく動かした。
潜んでいた男達はその動きをしっかりと捉えた。
そして指示どおり動き始めようとしていた。
「・・・ところでぇ〜、今日私が何時起きたかご存じかしらぁ〜」
「・・・俺達が知るわけないだろう。」
「あははー、それもそぉねぇ〜・・・それじゃぁ〜・・・」
その言葉は陽気な口調で語られた。
「さっきの人が壊した罠ってぇ、ホントに壊れたままかご存じかしらぁ〜」
「?・・・!!!」
だが耳にした全員を驚愕させるに充分な言葉だった。
そう、やっと気が付いたのである。
本来なら残っている筈のない・・・先程廃屋に突入した仲間の首を切断したあの鋼線に!
「・・・」
その言葉に車上の男達はあからさに困惑の表情を作っていた。
相変わらず頬杖の上に涼しげな表情を載せたままのサキとは余りにも対照的だった。
・・・ま、まさか・・・
・・・こ、ここに来るまで何とも無かったぞ・・・
・・・ハ、ハッタリに決まってる・・・
・・・し、しかし・・・
廃屋の中でそれ相応の葛藤が行われていた。
次の指示が中々来ないことも一つの原因だった。
焦り。
その静寂の間が生み出した焦りがじわりと浸透し、やがてある答と化した。
・・・そ、そうだ・・・来た所をそのまま辿りゃ・・・
何時までもじっと隠れている訳にも行かない・・・故に確かにある意味正しい答だった。
だが、それは受けた指示とは違う答だった。
そして・・・自分たちの正解でもなかった。
「ば!馬鹿野郎共がぁ!!」
先程の態度とは裏腹に怒号を発した男の目に廃屋から飛び出してくる男達が写っていた。
そして・・・銃声が響いた・・・
「こ、こ、こ、この、このクソ女がぁ!!」
爆音!
怒号と共に運転席の男がアクセルを踏む!
男達の乗る車両のエンジンが一気に巻き上がる音が響く!
突進!
目の前のモーターサイクルに向かって車両が突き進む!
だがその瞬間、サキもアクセルを全開にする!
瞬発!
そして間一髪!
2台の車両が瞬間的にすれ違う!
車両が双方へと走って行く!
モーターサイクルが急停止する!
だが!
「何ぃ!?」
男が運転席を驚愕の眼差しで見る!
そこに座ったままアクセルを踏み続ける部下を。
すれ違った瞬間サキが放った弾丸により頭部を撃ち抜かれた屍を!
後部座席から身を乗り出す!
屍をどけてハンドルに手を伸ばす!
サイドブレーキに手を伸ばす!
しかし・・・それは男の座った場所からは余りにも遠かった・・・
そして・・・
廃屋に突っ込んだ車両があった。
頭部を粉砕された屍と、衝突の際の衝撃で奇怪なオブジェと化した屍が2つ乗っていた。
「・・・何故・・・殺さなかった?」
その前に男が立っていた。
衝突の直前、とっさに車外へと身を飛ばした男であった。
全身を走る痛み以上に怒気と屈辱がその表情を歪ませていた。
「あらぁ〜、解らないかしらぁ〜」
男の目の前で女はこともなげにそう言った。
その傍らに立つ子供が男に匹敵、あるいは以上の殺意を秘めた視線を男に向けていた。
銃を持ち、先程廃屋で受けた痛みで再び気を失いそうになるのを必至で耐えていた。
・・・あの餓鬼と俺を決闘させようってのか・・・
「・・・その餓鬼じゃ俺に勝てねえぜ。」
「それがこの子の望みだからぁ・・・でもハンデは付けさせて貰うわぁ〜」
「ハンデだと?」
「あははー、この子の銃より一発だけ弾を減らすだけよぉ〜」
そういうと拾ったばかりの銃を驚異的な速度で操作し、一発の弾丸を地面に落とした。
「・・・ふん。」
その銃は見覚えのある・・・車外に飛び出した際に落とした自分の銃であった。
「・・・面倒臭えお膳立てしやがって、どうせ俺が撃った後で手前が俺を撃つんだろ?」
「一応勝負のつもりだからぁ、そぉいうパターンは無しにしておくわぁ〜」
「なんだと?」
「あなたがもしもこの子を撃ってもぉ、私はあなたになぁんにもしないってことよぉ〜」
「そりゃ随分と剛気だな。」
「さっきも言ったとぉり、それがこの子の望みだからよぉ〜」
その会話は淡々とした歩調で行われていた。
屈強を絵に描いた様な男と、もたらした現実に似合わぬ雰囲気を持つ女性とが。
そして、その女性の傍らにいた少年は強い意志を示す視線のまま男を睨んでいた。
「・・・よく見ると結構なツラ構えの餓鬼だぜ。」
少年の悪夢の元凶である男はこともなげにそういった。
そして女性は先程拾った男の銃を男に向けて放り投げた。
「ルールはどうするんだ?」
その銃をこともなげに受け取ると同時に男はそう言った。
「るぅるぅ?そぉねぇ〜・・・ところで一引く一は幾らか解るかしらぁ?」
「なんのことだ?」
その言葉に男は一瞬困惑し拍子抜けといった表情を作った。
だが、続いて耳にした言葉にこれ以上ない怒気と屈辱を感じただけだった。
「あははー、この子の銃には一発しか入ってないってことよぉ〜」
その言葉はこともなげに語られた。
傍らに立つ少年の腕の動きに合わせるように!
「またハッタリか・・・その暇は無かった筈だぜ!」
その言葉を放った直後男が腕を伸ばす!
銃口を少年に向け引き金を引く!
だが!
轟くはずの銃声の代わりに響いたのは虚しい金属音のみであった!
「・・・?・・・!・・・!!!」
引く、引く、引く!
<まさか>を否定するが如く男は引き金を狂ったように何度も引き続ける。
「・・・あなたが奪ったこの子の言葉を代わりにお伝えするわぁ〜」
まるで審判を告げるような言葉だった。
そして、少年の銃口と共に虚音を出し続ける男にその言葉が語られた。
「GO AHEAD...MAKE MY DAY!!!」
「・・・くそったれぇぇぇぇぇ!!」
・・・そして、銃声が一つ響いた・・・
その日の午後・・・
「列車は予定どおりみたいねぇ〜」
その声が駅の構内にあった。
町から徒歩で半日ほどの距離に設けられた小さな駅だった。
「ああ、後ちょいで出発だ。」
その改札に座る、この駅唯1人の駅員がそう言った。
「なぁんとか間に合ったみたいねぇ〜」
その改札の前で本日唯1人の客はそう言った。
「だな・・・で、どうだった?問題なく泊めてくれたろ?」
そういうとその初老の駅員は人なつっこそうな表情を作った。
「俺もこうなっちまってから久しく会っちゃいねえが・・・割と親切なヤツだったろ?」
その両目にまかれた包帯の古さが、その男の隔絶の時を物語っていた。
「確かに私みたいな見ず知らずの人間でも泊めてくれたわよぉ〜」
ここ数日を全く面識の無かった赤の他人の家で過ごした女性・・・サキはそう言った。
それだけしか言わなかった。
「ははは、そうだろ。それを聞いて俺も安心したよ。」
「・・・それじゃこれはお返しするわぁ〜」
そういうとサキは一通の封書を男の手にそっと握らせた。
それは最初、少年に出会ったときに見せたあの封書であった。
「無いよりゃマシと思って渡したが・・・紹介文の代わりにゃなったみたいだな。」
その封書の感触を受けた男は何処か感慨深げにそう漏らした。
その姿はもう読むことの無い封書の内容に何処か思いを馳せているようでもあった。
「おっと、エンジンの音が変わってきやがった・・・早く乗んなよお嬢さん。」
「はぁい、じゃ、お世話になりましたぁ〜」
そしてその言葉と共にサキは列車に乗り込んだ。
やがて、初老の男の耳に走り去る列車の音が小さくなっていった・・・
その頃・・・
少年は眠っていた。
自分のベッドで眠り続けていた。
町では久々ににぎやかな雰囲気に包まれていた。
立ち上る煙を見て廃墟にやって来た町の住人がここまで運んだ。
町の住人は廃墟で全ての無法者の屍と気力が尽きて倒れている少年を見た。
何時しか少年は機転により一人で無法者と戦い、町を守ったということになっていた。
だが少年はそうなっていることも知らずベッドで眠り続けていた。
何処か複雑な表情であった。
仇を打った満足と、人を殺した恐怖と後悔が入り交じっていた表情であった。
だから目覚めるまで気付かなかった。
あの奇妙な滞在者が何時しか姿を消していたことを。
キッチンのテーブルの上に乾いたパンと一発の弾丸が残っていたことを。
その弾丸の弾頭は少年の銃に装填されたのと同様、乾いたパンで造られていたこと・・・
その後、少年は町の住人の手助けもあり無事この時代を乗り切ることが出来た。
そして他の人間と同様、家庭を持ち、年を経た後長い生涯に幕を下ろした。
そして・・・その天寿を全うするまで人を殺すことは無かった。
そう、その長い生涯において・・・唯の一度も・・・
G.S.M.Epsode01:" Amazing Alone "...THE END
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...Tomorrow will take care of itself