...In several years(今より何年か後・・・)

 

 

 

 

 

 

夜が放たれていた。

黒を裂く刃のような三日月が紅い光を撒き散らしていた。

 

その光に一つの集落が照らされていた。

いや、もはやそこは集落と呼ぶべき場所では無かったかも知れない。

何故ならばそこではもはや誰も営みを行っていなかったからだ。

 

 

 

無人だったという訳ではない。

それが証拠にかつてそこで暮らしていた者達は全て中央の広場に存在していた。

 

 

 

その数は100人程度だった。

男も女も老いも若きも全てがそこに存在していた。

 

そう、存在していた。

物言わぬ変わり果てた姿として・・・堆く詰まれた屍として・・・

 

 

 

だが、そうではない者がいた。

 

一人の男だった。

その屍の山の前に立つ、50歳始め頃の浅黒い肌をしていた。

がっしりとした肉体を包む衣服を屍達から剥ぎ取った金品で膨らませていた。

延ばした右腕に松明を持ち、発せられる橙色が照らす屍の山を無言で見ていた男だった。

 

そして放った

その松明を叩き付けるように屍の山に向かって男は投げた。

 

炎上。

 

既に何かの燃料が仕込まれていたのか一気に炎が燃え上がる。

同時に凄まじい業臭が一気に辺りを満たす。

 

それは常なる精神状態ならば耐え難いとしか言えない状態だった。

だが、その男は炎を見つめる視線を先程よりも強めただけだった。

 

 

 

やがて幾ばくかの時が過ぎた。

炎もそれ相応の物へと変貌を遂げた頃、男はそれに背を向け何処かへと歩みを始めだした。

 

満身創痍を物語るかの如き歪んだ足取りで。

 

そして、先程より尚一層強めた・・・失った片目の分まで満たした殺意の目で・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Several years western

GUN SMOKE MAGICIAN

 

 

 

Epsode02:”Blameless Blemish”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは数ヶ月後の、ある日の午後のことだった。

 

 

 

喧噪が溢れていた。

行来の流れからやや外れた場所に位置したその町の中程にある一軒の店に溢れていた。

その店はいつの時代でもある宿屋と酒場を兼ねた、この町ですら幾つかの商売敵が他にも

存在するという、別に珍しくもない種別の一つだった。

 

ただ、今日この時だけは幾ばくかの相違を見せてはいた。

それは、いくら酒場と言っても普段この時間では余り見られない10数人の陽気な酔漢が

振りまく喧噪と・・・そして、その喧噪をもたらした張本人がそうであった。

 

唯、確かに相違はあったが不思議なことでもなかった。

 

それは一人の人物によってだった。

それはほんの数時間前に何処からともなくこの町にやってきた人物だった。

細身の体躯に何処か頼りなさそうな印象を感じさせる20代半ば程の人物だった。

だが、数日前からこの町に居座り、狼藉を繰り返し続けていた4人組に対し、目にした者

を驚嘆させる銃技であっと言う間にこの町から叩き出した人物でもあった。

 

薄汚れた衣服を身にまとい、店舗を荒らし、制止させようとした警官や勇気あるこの町の

住人に重傷を負わせ、文字通り我が物顔の振る舞いを続けていた男達・・・

この町にやってきて程なくそんな男達を見かけたときに口頭で注意を促し、当然のように

銃口を向けられたときに、その早技で男達を打ち倒したのだ。

しかも衝撃は与えたが、誰一人として殺すことなく・・・

 

それは、その様子を目の当たりにした者達の胸を透かせるには充分な出来事であった。

故にその人物を囲んでの酒宴が勢いで催され始めたとしても不思議ではなかった。

 

 

 

 

 

 

「やあ。」

 

軽い口調の挨拶だった。

その口調に相応しそうなその人物・・・一人の青年の口から出た言葉だった。

宴に幾ばくかの疲れを見せ、カウンターに水を求めにやってきた時にそこに座って食事を

取っていた一人の人物へ向けた言葉だった。

 

 

「はぁい。」

 

軽やかな口調の返答だった。

その口調そのままの雰囲気を持つその人物・・・一人の女性が口にした返答だった。

 

それは20代半ば程の女性だった。

黒い瞳と腰まで伸びた長い黒髪を後ろ手で束ねた東洋人風の女性だった。

そして、辺りに立ち込める喧噪とは別種の陽気さを醸し出す女性だった。

 

「お嬢さん、一人かい?」

「何かご用かしらぁ〜」

「いや、良かったらこっちで僕たちとどうかなって思ってさ。」

「あらぁ〜、お邪魔じゃ無いのかしらぁ〜」

「パーティは人が多い方が楽しいものだし、それになんと言ってもタダだからね。」

 

そう言って青年は片目をつぶって笑みを向けた。

それは何処か手慣れた、特に異性に好感を持たれそうな表情だった。

 

「あははー、ご飯も終わったしぃ、お酒の時間でもないからご遠慮させて頂くわぁ〜」

 

だが、それを向けた当の女性の反応は陽気な口調ながら拒絶の意志を伝えるだけであった。

 

「そ、それじゃ他に何か無いかな?今なら何でもOKだよ。」

 

酒の勢いか幾分上気した口調で青年はそう言葉を続けた。

それは、その予想外の態度に沸き上がったごく僅かの動揺を隠すような言葉でもあった。

 

「そぉねぇ〜・・・それじゃ代わりに一つおねだりしても良いかしらぁ〜」

「どうぞどうぞ、何でも言ってよ。」

 

女性がそう言ったことに青年は再び先程の調子で語り始めていた。

だが次に聞いた言葉は青年の期待を完全に裏切るものだった。

 

「じゃ、ここのキャンセル料をお願いするわぁ〜」

「・・・えっ?」

「あははー、女性を誘うならご自分のお金が印象が良いわよぉ〜」

 

そうこともなげに言うと女性は荷物を持って平然と店を後にした。

 

「・・・」

 

後には呆然と訝しみの混じった表情の青年が残っていた。

 

その様子をカウンターの奥から見ていた店の主人は言葉どおり、店内で行われている酒宴

の請求に部屋のキャンセル料を含めることを考えつつ、宿帳に一本の線を引き始めていた。

 

先程女性が自ら書いた[サキ=ヤハギ]の流麗な文字の上に・・・

 

 

 

 

 

 

「姉さん・・・ちょっと聞きたいんだがな。」

 

それは一人の男が発した言葉だった。

人通りの多い往来にて先程店を出てきたばかりのサキとすれ違った際に発した言葉だった。

 

「何かご用かしらぁ?」

 

サキは振り向きながらそう答えた。

それは先程の出来事や歩みを止められたことなど気に止める様子すら見せない、いつもの

柔らかな表情から発した答えだった。

そして目の前に立つ男・・・血膿すら混じる薄汚れた衣服に身を包み、その半分を傷病で

失った表情から発する鋭い眼光を目にしてもそれは微塵も変わることはなかった。

 

・・・

 

男はその態度に不可思議な感覚を内心感じていた。

それは今の自分の姿・・・いつの世でも変わらぬ、異形の者に対する嫌悪と恐怖と白眼に

慣れてしまったが故だった。

 

「ああ、昨日から何も喰ってねえ・・・そこは金で飯を喰わせてくれるのか?」

 

そう言って男はサキが後にしたばかりの店を軽く指さした。

その感覚よりも、自分を苛む空腹という苦痛を解消することを先決するが故であった。

 

「そぉねぇ〜、やってるって言えばやってるけどぉ・・・ちょぉっと煩いかもねぇ〜」

「・・・パーティでもやってるのか?」

「あははー、似たようなものだから今ならタダでご飯が食べられるかもよぉ〜」

「・・・とりあえず入れてはくれるってことか・・・邪魔したな。」

 

男はそう言って背を向けると歩を進めだした。

そしてサキも先程の歩みを再会することでお互いその場から別れた。

 

 

 

 

 

 

そして・・・

 

 

 

 

 

 

 

その日の・・・夕刻というには闇が多すぎる頃のことだった・・・

 

 

 

 

 

 

「・・・酒と・・・飯だ。」

 

男はそう呟くように言った。

町外れに位置する場末の店にその声が響いた。

 

それは昼頃サキとすれ違ったあの男の声だった。

客の姿が一人もない、寂れた雰囲気の店内に何処か相応しい一言だった。

 

だが、男を知る者ならばその声が男の精一杯の声であったと感じただろう。

何故ならば全身を覆う傷病だけでも存命が奇蹟に近いと言えるのに、今のその男は余程の

暴行を受けたのか、その傷病でも覆いきれない程の新たな傷跡が残されていたからだ。

 

「・・・酷くやられたな。」

 

その声は店の奥から響いた。

カウンター近くにある安楽椅子に身体を休める一人の老人が発した言葉だった。

 

「・・・」

 

その声に答えることもなく男はがら空きの店内の一角のテーブルに座った。

この店の主人である老人が動く様子が無い所から要求が満たされないことを知ったように

それは酷く重苦しい動きだった。

しかし疲労が空腹を打ち勝ち男をテーブルにうずくまらせようとした時、その声が響いた。

 

「はぁい、おまちどぉ〜」

 

場違いな程の明るい声だった。

その声に疲労と痛みを一瞬忘れたかのように男は反射的に目の前のテーブルを見た。

そこには暖かな湯気を立てる豪華そうな食事と、そして・・・

 

「あらぁ〜、またお会いしたわねぇ〜」

 

昼間すれ違った・・・その明るい声そのままのサキがそこにいた。

 

「姉さん・・・ここの人間だったのか・・・」

「あらぁ〜、私は唯の余所者よぉ〜」

「・・・雇われか・・・しかしこのご時世でよく雇われたな。」

 

それは昼間の不可思議さをそのまま再現したかのような口調だった。

そんな様子をサキは相変わらずの笑顔で見ていた。

恐らくこの店の物であろう、やや古びたエプロンドレスに身を包みながら・・・

 

「・・・今雇われているのは・・・儂の方だ。」

「・・・?何のことだ?」

「・・・クソッ、思い出すのも腹立たしい!サキ!後でもう一度勝負だ!」

 

その様子を見ていた老人は男の漏らした言葉を無視するようにそう言葉を投げつけた。

 

「あははー、直ったらねぇ〜」

 

しかし怒気さえ混じるその声にすらサキは何処か楽しげに反応するだけだった。

 

・・・くそっ、まさか儂が負けるとは・・・

 

老人はその言葉を口にしなかった。

その対応に幾分怒気を抜かれた為かも知れない。

その代わりこれまでのことを改めて思い浮かべだした。

 

 

 

妻の入院に続いて先日より続く自らの体調不良。

それでも頼る者無き故、押してこの店を開け続けていたが、

それが限界近くになり、目の前に座る客の分はおろか

自分の食事すら作れなくなった今日・・・

 

だが、夕刻前ふらりと現れたその東洋人の女性が来てから・・・

その女性と何気なくの会話の後、気が付けば店の権利を賭けた勝負を行ってから・・・

 

・・・老人には未だにそれが信じられなかった。

その為改める意味で今度はカウンターの方へと目をやった。

その後ろの壁に飾られたトロフィーの数々や写真と言った栄光の名残を改めて見た。

そして、こんな時代でなければこの老人には確実に別の人生が与えられていたであろう、

かつて自らが実力で勝ち取ったその証拠と、今も時折訪れる友人に対し、その実力が全く

衰えていないことを証明し続けた、その隅に置かれた一枚のチェス盤を視界に入れた。

 

・・・

 

その盤の上には詰み上がったばかりの、勝敗の果てがそのまま置かれていた。

それは老人を完膚無きまでに敗北させつつ、見事としか言い様のない形が残っていた。

 

「・・・」

 

老人は次に軽快に動く女性の姿を目に入れた。

ああ口にはしたが、不思議なことに負けたことに対する不快感は全くなかった。

それはまるで孫と遊ぶためにわざと負けてやった時の感覚に近い物があった。

勿論老人は勝負である限りいつもと同じように全力で挑んだ。

しかしその驚異的な能力で自分を負かし、その代償としてこの店の一日の権利を得たが故、

主として自分に完全なる休息を命じた上、老人が今まで放置せざるを得なかった店の隅々

への配慮を主として当然のように全て無償で行っている、自らをサキと名乗ったその女性

の姿を目にしていると老人にはどうしてもそういった感覚しか感じなかった。

 

「・・・すまん。」

 

そして・・・老人は微かにそう呟いた・・・

 

 

 

「・・・成る程な。」

「あはは、まあこんなこともあるわよ・・・ところでご注文はそれだけかしらぁ?」

「・・・ああ。」

 

その相変わらずの笑顔に対し、男は懐から無造作に札束を取り出すとそれらを全部渡した。

 

「・・・それなら足りるだろう。」

 

そう言って渡された札束をサキは見事しか言い様のない手際で素早く数えると、その内の

数枚を抜いてから残りをそのままテーブルに置いた。

 

「・・・割と正直な姉さんだな。」

 

男はそう呟きながら紙幣を一枚だけ残し、残りを懐にしまった。

 

「あらぁ〜、チップかしらぁ〜」

「・・・駄賃だ・・・部屋にある俺の鞄を取ってきてくれ。」

「はぁい。じゃ、ちょぉっと待っててねぇ〜」

 

その言葉を残して軽快な足取りでサキが二階へと上がり始めた頃、男は食事に口を付け、

そして・・・その余りの重さで先程とは打って変わった動きでサキが戻ってきた頃、その

食事は全てきれいに無くなっていた。

 

 

 

「・・・重かったろう。」

「・・・確かにねぇ〜」

 

幾分息を切らしながらサキがそう言った時、その前に再び数枚の紙幣が置かれた。

 

「・・・今度はどんなご用事なのかしらぁ〜」

「・・・口止めだ。」

 

男はそう言うと今傍らに置かれたばかりの自分の鞄を開けた。

それは個人で持ち歩くにはこの時代でも大げさすぎる上、まるで手当たり次第かき集めて

きたとしか思えない量や種別の武器や弾薬が詰まっていた鞄だった。

 

・・・

 

その場に機械油と饐えた火薬の臭い、そして沈黙が漂いだした。

その様子を鼻孔に感じた老人が身構えるような視線を送っていた。

だが、男は緩慢な手つきで一丁の銃をホルスターに納めると、もはやそれに興味を失った

かのように続いて奥にあった一つの箱を取り出すという動作を行った。

 

「・・・」

 

沈黙が続いていた。

箱を開けたその小さな音が不思議と店内に響いた。

そして男は左腕をめくるとそこから取り出した物をおもむろに使用した。

 

「・・・うっ。」

 

小さな呻き声が響いた。

その傷病の爪痕が残る左腕の一点から僅かな血が滲み出ていた。

しかし、先程まで男を包んでいた筈の疲労と苦痛は既にその表情から消え去っていた。

 

「・・・そぉいうことねぇ〜」

 

その言葉を残しサキはその場を立ち去った。

 

「・・・そういうことだ。」

 

男は先程までとは違って幾分楽そうな口調でそういった。

 

 

 

「・・・ご飯のお代わりは必要かしらぁ?」

 

そして幾ばくかの後、カウンターに戻って洗い物を続けつつサキは背中から言葉を続けた。

 

それは一見、先程の会話とかみ合わないような言葉ではあった。

だが、それは男の鞄の中身、そして・・・たった今使ったその効果の程から、この時代に

おいても民間人の所有は厳しく罰せられる薬品の一種であろうことを知ったという事実を

男の望みどおり口外しないことへの了承を含む言葉であった。

・・・勿論、この時代では男の行動の意味は<念のため>程度ではあったが・・・

 

 

 

「・・・」

 

 

 

男の返事はなかった。

 

 

 

「・・・もう今日は終わりだな。」

 

代わりに老人の声が静かに響いた。

 

「そぉねぇ〜・・・お客さんももぉ来そうにないからねぇ〜」

 

その口調に合わせるようにサキも言葉を発した。

 

 

 

「・・・お前さんに渡したのは店だけだったな?」

「確かにそぉよぉ〜」

「なら店が終わった以上ここは儂の家だ。だから・・・お前さんは先に寝ろ。」

「・・・体はいいのかしらぁ〜」

「久しぶりに随分と休んだお陰で大分楽になったからな。店の灯り消すのと・・・それに

毛布を掛けてやるぐらいは造作ないさ。」

 

そう言って老人は視線を一つのテーブルにやった。

その先には・・・テーブルに突っ伏したまま泥のように眠る男の姿があった。

 

「・・・部屋代は返さなきゃならないわねぇ〜」

「・・・毛布代はきちっと貰っとけよ。」

 

 

 

そんな会話が店内に静かに響いていた。

外では・・・片隅にそんな響きを内包した夜が闇を広げていた・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして・・・次の日の朝・・・

 

 

 

 

 

 

「よっ、昨日は良く眠れたかい?」

 

男はそう言って好意的な視線と共にそう話しかけた。

その場にいる幾人かの客達も同様の視線を送っていた。

 

「ああ、おはよう。お陰様で久しぶりに良く眠れたよ。」

 

それは昨日のあの青年だった。

その視線に相応しい好感の持てる表情をしながら話した言葉だった。

 

「そうかい、どうやら昨日みてぇなことは無かったようだな。」

「はは、まあね。」

「まあねか。あんたもあちこち動いてるから結構色んなこともあったんだろうがな・・・

昨日のありゃ、『まあ』で済ますにゃちょい考えても結構キツイと思うぜ。」

 

男は先程よりも幾分苦い表情をしながらそういった。

その言葉と共にそこにいる全員に昨日の光景が再び浮かびだしていた。

 

 

 

昨日の昼頃、昼食を済ませた女性と入れ違いに一人の男が入ってきた。

その男は全身に傷病を帯び、見る者に陰鬱さを与える風貌の男だった。

そして相変わらずの酒宴が続く喧噪にも関わらず店の隅に座ろうとしたその時だった。

 

いきなりの銃声だった。

その唐突さにその場が沈黙に支配された。

そしてそこにいた全員がその光景を目にした。

 

 

すぐ間近で酔色の混じった人当たりの良い表情のまま、未だ熱を帯びた銃口をその方向へ

男へ向けていた青年の姿と、そこに先程の男が憎しみそのものの視線を青年に向けながら

右腕を押さえ、その場にうずくまっている姿、そして、その瞬間の後、弾かれた男の銃が

床に重い音を立てて落ちるのを・・・

 

 

 

「・・・あの野郎みたいに出会い頭にいきなり銃を向けてくる気違いも・・・まあ確かに

昔から珍しいこっちゃねえけどな・・・今はもう弁護士だとか訳の分からない連中っては

昔みてぇにしゃしゃり出て来ねえ世の中なんだぜ。」

 

それは先程とは違い、幾分訴えるような口調になっていた。

 

無理もない。

その青年は明らかに青年の命を狙った男に対し、見る者に見事と言わせるほどの銃技にて

その動きを封じたものの、とどめを刺すどころか怒りと酒の勢いで私刑を始めた他の連中

を止めるという行動に出たからだ。

 

「・・・あの野郎・・・いつの間にかいなくなってたらしいぜ。」

 

別の一人がそう告げた。

それは先程の言葉に同調し、青年に苦言を与える響きを持っていた言葉だった。

 

 

 

以外に思うかも知れないが、この時代でも確かに『法』は存在している。

そしてそれに要する司法、行政、立法の三機関も昔と同様、当然のようにある。

 

ただし、世界の流れを激変させたあの事件から以後、この国でその恩恵を受けられるのは

いわゆる首都と各地に点在する都市部及びその僅かな周辺部分のみでしかなく、その他の

大部分については申し訳程度に少人数の警官が配備される程度であるが為、当然のように

大半の場所で暴力と無法が横行する有様となり果てているのである。

 

なお、それはほんの数年前まで日常茶飯事だった災害や戦争により、それに携わるものの

絶対数が不足していたと言うのも確かに大きな理由の一つだが、それよりも国家にとって

有益なモノだけに庇護を優先的に与えた方が国益に繋がるとの考えから来る部分が遙かに

大きかったからであるということを付け加えておく・・・

 

 

 

「・・・一寸出掛けてくるよ。」

 

青年はそう言うと出口の方へ向かって歩を進めだした。

 

「何処に行くんだ?」

「理由は知らないけど用事があるのは僕だけみたいだからね。」

「お前さん・・・」

「まあ、多分何かの誤解だと思うから・・・話せば解ってくれるんじゃないかな。」

 

そう言い残し、陰鬱になり始めた客達に笑みを向けつつ店の外に出ていった。

 

 

 

 

 

 

そして青年は雑踏の中を歩いていた。

開きつつある店、時折行き交う車、そして人々のざわめき・・・

そんな朝の光景の中を一人で歩き、やがてそれは広い通りの一つに入った頃だった。

 

「・・・ん?」

 

ふと、その声が漏れた。

既に近隣でも噂になっているのか、道行く人々が時折送る好意的な視線に対し、その噂に

違わない仕草で歩いていた青年はその声と共に歩みを止めた。

 

それは・・・鳴き声だった。

その前を通り過ぎた途端に聞こえてきた鳴き声だった。

広場に設けられたベンチの一つ座る女性が抱く赤子の鳴き声だった。

 

「どうしたんだい?」

「えっ、ええ、何だか急に泣き出しちゃって・・・おお、よしよし。」

 

青年より幾分年上のその母親はそう言って胸の赤子をあやし続けていた。

 

「へえ。」

 

そう言って青年は苦笑しつつベンチへと顔を向け始めた・・・その瞬間だった!

 

鼻先を掠る程の軌跡に青年が動きを止める!

見る者をはっとさせるほどの見事な動きを見せその方向へ視線と銃口を向ける!

そして・・・銃声・・・

 

 

 

・・・だが!

 

 

 

「・・・当てるってこたぁ・・・馬鹿じゃねえってことか・・・」

 

陰鬱な声が響いた。

それは青年にも聞き覚えのある声だった。

 

「・・・無事だったのか?」

「・・・どっかの馬鹿のお情けでな・・・」

 

碧眼に込めた殺意の視線と共にその言葉が帰ってきた。

それは青年にも見覚えのある・・・そう、昨日のあの男からだった。

 

その腕からは明らかに先程の銃弾で穿かれた新たな弾痕よりの出血が確認できた。

しかし、男の様子からはそこから来る筈の激痛や衝撃は全く感じられなかった。

 

「・・・」

 

沈黙する青年に対し、まるでその疑問に答えるように男はもう片方の腕を真横に延ばし、

そして、その握った拳をゆっくりと開いた。

 

「・・・!」

 

そこからは・・・昨夜痛み止めで使用した劇薬のアンプルが何本も地面に落下していた。

 

「・・・外したのは昨日の礼のつもりだぜ。」

「・・・どういうつもりだ?」

「なに、昨日の続きさ・・・気に入らなきゃとっとと撃っていいぜ。」

 

青年はその言葉に従わなかった。

通常弾丸に人体が穿かれた場合、その弾丸がもたらす衝撃が命中箇所のみならず、他方へ

も刺激を与え、時には人体が跳ねたような反応すら見せる場合がある。

だが、男の使用した薬物は現状を見る限りそれすらも麻痺させる程の効果を示していた。

それはその効能その物の力か、過剰な投与を行った故かは解らない。

 

ただ解っているのは、即死させない限り今動きを封じることは不可能であろうということ、

そして・・・その非常識が現実のモノとして目の前にいるということである。

 

「何してる!?とっとと撃っちまえ!」

「そうだそうだ!そんなクズ殺しても誰も文句言わねえぜ!」

 

男と青年、そして身動きの取れない母親と赤子の周辺に立ちこめる淡々とした雰囲気とは

対照的に、何時しか出来ていたその周りを取り囲む人だかりから野次が飛び始めていた。

 

「・・・おい、周りの連中もああいってんだから・・・とっととそうしたらどうだ?」

「・・・何故だ・・・こんなことに何の意味がある。」

「・・・意味か・・・意味があるとしたら・・・」

 

その瞬間言葉がとぎれた。

同時に青年が人だかりの一ヶ所へ睨むような視線を送った。

そこには、男の頭部を狙った弾丸が外れたことに蒼白となる一人の野次馬がいた。

 

「・・・英雄気取りの馬鹿か・・・じゃ・・・もっと悪役らしい所を見せてやるぜ!」

 

先程の口調とは打って変わったような激しい口調で吐き捨てるように言葉が放たれる。

それと共に男は身に纏っていた薄汚れたコートを脱ぎ放つ。

 

「!」

 

その姿に青年が息を飲む!

 

「ひぃぃぃぃ!」

 

傍らのベンチに座ったままの母親が赤子を強く抱きながら叫び声をあげる!

 

「うっ!うわっ!」

 

多種多様の叫びと共に人だかりの輪が一瞬広がる!

 

「・・・あの野郎・・・マジでイカレてやがる・・・」

 

そしてその様子を取り巻いていた一人が漏らしたその一言が全てを言い表した。

 

「・・・試したことは無えが・・・周りの連中も無事じゃすまねえだろうなあ。」

 

男はそんな様子に平然とそう言った。

何処か楽しげな雰囲気を漂わせながら。

その身にありったけの爆薬を巻き付けた姿を衆目に曝しながら!

 

「手前ら、当てるんなら頭だ!ただし絶対外すんじゃねえぞ!」

 

返事は無かった。

この成り行きに視線を送る者はただ成り行きを見ているだけだった。

 

 

 

「・・・何が望みだ?」

「・・・望みか・・・おい奥さんよ!」

「ひっ!」

「旦那に言って車を持ってこさせな。それから俺と少々ドライブにつきあってくれ。」

「な、何を・・・」

「おっと、餓鬼は面倒だから旦那に預けても構わねぇぜ・・・簡単だろ?」

「い、嫌です・・・た、助けて下さい。」

 

母親は小刻みに震えながらそう言った。

それはこの恐怖の中でやっとの思いで絞り出した意志表示だった。

 

「その人は関係ないじゃないか!僕を殺したいなら今すぐそうしろ!」

 

その言葉に答えるような力強い声だった。

それだけでも<その勇気>を改めて皆に感じさせる者だった。

 

「その後でリンチを喰らうのは願い下げにしてぇんでな・・・俺達は町を出てから外れの

『通り』に行くから後でこの奥さんを一人で迎えに来な。」

「・・・何?」

「安心しな。人質にゃ指一本触れる気は無え・・・ただそうしねえと英雄気取りの馬鹿が

また邪魔しに来ねえとも限らねえからな・・・」

「・・・本当か?本当に僕が一人で行けばその人は無事に帰してくれるのか?」

「・・・今の俺は小便すら一苦労なんだぜ。」

 

男は何処か冗談めかした言葉を自嘲的な口調でそう話した。

 

「・・・」

 

青年は沈黙を続けた。

そして母親をゆっくりと見た。

 

「ひっ!」

 

その視線に反応した母親は新たな悲鳴を上げた。

 

「・・・済まない。」

「・・・え・・・」

「解るだろ?ここでこいつをどうにかするには他の人達に余りにもリスクが大きいんだ。

だから・・・だから・・・必ず助けに行くからここは辛抱してくれ。」

 

青年は苦渋の表情を作りながら諭すようにそう言った。

 

「・・・そ、そんな・・・助けて、助けて下さい!」

 

だが、至極当然のことではあるが、恐怖で錯乱の兆候すら見え始めた母親にはその言葉は

自らへの死刑宣告にしか聞こえないものであった。

 

「ま、待ってくれ!車はやる!そ、それに人質なら俺が代わりになる!だ、だから・・・

だから妻と子は解放してくれ!」

 

その叫びと共に人だかりを割って一人の男が入ってきた。

近隣の農地に所在し、朝の物資搬入をつい先程まで行っていた男だった。

それはその言葉が示すとおり、恐怖の縁に立たされたままの母親の夫であると共に、泣き

疲れてその姿も弱々しく感じる赤子の父親だった。

 

「・・・悪いな・・・男じゃ英雄さんも今一乗る気がしねえと思うんでな。」

 

だが、その父親の姿を目の当たりにしても男はその言葉を口にするだけだった。

 

「頼む!頼む!何でもするから二人は許してくれ!」

 

その言葉と共に地面に伏し、父親は懇願を続けていた。

 

「・・・許してやるさ・・・ただしこいつ次第だがな・・・」

 

男はそう言うと再び青年へ視線を戻した。

そこに一層険しい表情が写っていた。

 

父親の声は何時しか嗚咽へと変わっていた。

男を罵る声はあちこちから飛び交っていた。

青年の視線が敵意その物へと変わっていた。

 

多くの人間がその場にいた。

皆、この事態の成り行きを見守っていた。

しかし、その母子を恐怖から解放しようとする者はその中に誰もいなかった。

 

 

 

・・・だが!

 

 

 

「それじゃ女ならいいのかしらぁ〜」

 

 

 

その声に辺りの怒号が一斉に止んだ。

決して強い口調の言葉では無かった。

むしろその場にそぐわない部類に入るほどの穏やかささえ持っていた。

それはそよ風のように柔らかで、だが一陣の突風のように皆に響いた一言だった!

 

「・・・」

 

人だかりの視線が方位を変え、一斉にそこを向いた。

 

「お嬢さん!」

「・・・姉さんか・・・」

 

先程まで硬質の緊張を続けていた男と青年も一瞬それを忘れたかの如く視線を向けていた。

 

 

 

そこに一人の女性が立っていた。

 

おそらく朝の買い物を終えたばかりだろう、食料の詰まった買い物籠を持っていた。

その特徴的な、腰まで伸びた長い髪を僅かに風に遊ばせていた。

そして・・・その慈愛その物の黒い瞳を怯える母親と赤子に向け続けていた。

それはあの・・・自らをサキと名乗った一人の東洋人だった。

 

「あははー、お兄さぁん、私でも助けに来て下さるかしらぁ〜」

「勿論!僕は貴方みたいな勇気ある人を絶対見捨てません!」

 

青年はその言葉を反射的に放った。

 

「それじゃ商談成立ということでぇ〜・・・ちょぉっとお時間頂けるかしらぁ?」

 

そう言うとサキは振り返り、後ろにいた中年男の一人に買い物籠を差し出した。

 

「えっ?」

 

何処か悪戯っぽい瞳と共に突如差し出されたそれに中年男は困惑の表情を作っていた。

 

「ごめんなさぁい、これ、町外れのお店に届けて頂けけないかしらぁ?」

 

その様子にサキはいつもの何処か楽しげな口調で言葉を続けた。

 

その様子は、買い物籠を託された中年男にとって、薬物を過剰接種した挙げ句この凶行に

及んだ得体の知れない流れ者の犠牲になりかけている母子の身代わりにこれから代わろう

とする人物と、目の前で確かに起こった現実を持ってしてもどうしても結びつかなかった。

・・・それがとても男に抗えそうにない、華奢な体格のうら若き女性としたら尚更・・・

 

「・・・わ、解った。」

 

そして微かな混乱すら感じ始めた後、結局その返事が口から出ることとなった。

理由は・・・当人にも説明が出来ない・・・

 

「・・・姉さん・・・俺はまだ承知してねぇぜ・・・」

 

そんな様子を訝しんだ目で見ていた男は冷徹な口調でそう言葉を発した。

 

「はらぁ〜そぉなのぉ〜・・・それじゃこれでどぉかしらぁ〜」

 

だがその言葉を背中で受けたサキが振り向いた時、男の冷徹な視線に一瞬驚きが加わった。

 

銃口。

それはサキが男の目の前で構え、そしてその頭に向けた銃口だった。

 

「・・・やるな・・・」

 

気が付けばサキは青年を覗いて男に一番近い位置に歩み寄っていた。

それは・・・ある程度訓練した者ならば当てることも不可能ではない距離だった。

 

「・・・」

 

沈黙が再びその場を支配した。

 

青年は言葉を飲んでいた。

男は無言でサキを睨みつつ、その銃を握る腕に力を込め始めた。

周りの野次馬も次に聞こえるであろう銃声の時に固唾を飲むでいた。

 

 

 

が・・・

 

 

 

「あらぁ〜、やぁっぱりこれはいらないみたいねぇ〜」

「!?」

 

その言葉と共にそれは短く宙に舞った。

そして地面に落下すると共に小さく乾いた金属音を立てた。

 

「・・・姉さん・・・正気か・・・」

 

男がそう口にする程、それは皆に取って<以外>という他は無い光景だった。

だが、乾いた音を立てて地面に転がった・・・サキ自らがその手で、まるで鼻紙を捨てる

ように放り投げ、地面に無造作に転がった銃が現実の出来事であることを証明していた。

 

「・・・」

 

再び沈黙がその場に訪れた。

ただ、それは先程の緊張とは明らかに別種の沈黙だった。

それは、どちらかと言えば<呆れてものが言えない>といった種別に近いものだった。

 

「はぁい、それじゃそろそろ出掛けましょぉかぁ?」

「・・・解った・・・」

 

その言葉を残しサキと男は人垣の開いた一ヶ所から外へ出た。

そしてエンジンが始動したままの先程の父親が使っていた貨物自動車に乗ると、そのまま

郊外へと走り去ることで皆の視界から消えた。

 

後には呆気に取られた野次馬と、慄然とした姿勢を取る青年。

それから赤子を抱きしめつつ赤子以上に泣きじゃくる母親と・・・

その二人を抱いてその二人以上に大声で泣いている父親の姿があった・・・

 

 

 

 

 

 

そして・・・

 

 

 

 

 

 

約一時間程たった頃だった・・・

 

 

 

「約束通り一人で来たぞ!さあ、その人を解放してもらおうか!」

 

強い声だった。

その年齢に相応しい力と張りのあるあの青年の声だった。

 

「・・・約束は・・・用事が済んでからだぜ・・・」

 

陰鬱な声だった。

まるで呼吸の合間に漏れる喉笛にも似た生気を感じさせないようなあの男の声だった。

 

一人の女性がそれを聞いていた。

男の運転により、この場に連れてこられたサキだった。

そうして対峙する二人を数十メートル先の瓦礫に腰掛けながらその視界に納めていた。

 

かつてその辺りは高級住宅地と呼ばれた場所だった。

豪奢な邸宅、広大な庭地、行き来する高額車両・・・

それらに代表されるような羨望とステータスの称号の地の一つだった。

だが、あの時よりそうではなくなっていた。

当然のように起こった社会的混乱、そのステータス故に日常茶飯事と化したテロリズム、

そして相次ぐ戦火の余波・・・

 

そう、ここも今では地表に広く取られた区画と瓦礫が点在するばかりの・・・

人が作りし無数の荒野の一つにしか過ぎない場所であった・・・

 

「・・・見届け人はお前も必要だろ?」

「・・・その割には随分と離してるな。」

 

青年はサキを横目で身ながらそう言った。

 

「・・・まあ、念のために逃げたら町に襲撃をかけるって脅しちゃいるがな・・・」

「・・・巻き添えは最小限にか・・・以外と気の付くタイプなんだな・・・」

 

男はその言葉に唇を歪めただけだった。

青年は男の身体に巻かれた爆薬と、その傷病故の精一杯の苦笑いを視界に納めていた。

 

 

 

「・・・教えてくれ・・・そんなあんたが何故僕を狙う?僕が何かしたのか?」

 

短い沈黙の後、青年はその疑問を口にした。

 

「・・・お前・・・数ヶ月前何処にいたか覚えているか?」

 

更に短い沈黙の後、男はその言葉を皮切りにそれに答え始めた。

 

「・・・その時お前がそこで何をして・・・そこが一体どうなったか知っているか?」

 

それはやはり陰鬱な口調の言葉だった。

だが、淡々とした口調の中に隠るもののある言葉だった。

 

「・・・確かに手前は大した腕だったよ。それに・・・町の連中おろか悪さをした挙げ句、

手前を殺しに来た連中ですら最後にゃ改心させて仲間にしちまうぐれぇの器のデカさを見

せまくってたしな・・・大したもんだったよ実際・・・」

 

ゆっくりと語り続けていた。

潰れかけた声帯から引きずり出したような掠れた声で語り続けていた。

その一言一言によってあの時の光景を鮮明にするかの如くゆっくりと語っていた。

 

「・・・」

「だがな・・・手前がいつもの調子で撃退した連中の中にゃあ・・・改心どころか・・・

性懲りもなくやって来る奴らもいたんだよなあ・・・」

「・・・?」

 

その時、無言のままだった青年の表情に別の色が混ざり始めた。

 

「・・・そいつらお前の居所を知るために女やガキまでリンチにかけた上・・・どっかで

拾ったんだろうな・・・最後には神経ガスまで使いやがったんだよ・・・」

 

・・・それはもはや・・・語るべき種類の言葉では無くなっていた。

事実、男の脳裏には今この現実の視界さえも閉ざしかねない程に、あの時の光景が鮮明に

浮かぶばかりでしか無かった。

 

それは・・・

 

怒号と銃声。

暴力と陵辱。

そして異臭と・・・その殺臭を放った連中すらも巻き込んだ急な空気の流れの変貌・・・

 

「・・・い、生き残ったのは・・・」

「ここにいるだろ・・・最後の一人がよ・・・殺さねえことで英雄を気取る癖に、手前が

しでかした尻拭いも出来ねえ糞野郎を当てにしてた馬鹿がよ!」

 

怒号だった。

それは唯1人生き残ったが故、肉塊同然と化した住人達を、そして文字どおり親でも判別

不可能な程変わり果てた我が子を荼毘に付したときでも露にしなかった感情だった。

 

返答は無かった。

答えるべき青年はただ顔を伏せたように立ち尽くすだけだった。

 

「・・・彼奴らとは途中で別れた・・・それに流れ者は長居はしちゃいけない・・・」

 

そして、絞るようにそう声を発した青年は構えていた銃を前へ投げ出した。

 

「・・・何だそりゃ・・・姉さんの真似か・・・」

「・・・これで気が済むなら・・・そうしてくれ。」

「気が済むならか・・・」

「・・・ああ。」

 

暫しの沈黙が流れた。

その流れは、まるで真昼の日差しが灼ける程の重さを感じさせた。

 

 

 

「・・・考えてみりゃ・・・別にお前の責任って訳じゃねえな・・・」

「・・・?」

 

そして男が声を発した。

だが、その響きは幾分青年には以外に感じるモノだった。

 

「・・・確かに手前は唯の流れ者だし、町で雇ってたとかそういうことは無かった・・・

それに、こんな時代だからこそ誰も殺したくないって態度・・・確かにイカレているかも

知らねえが、お前みてぇな奴が本当にいるって思うだけで・・・俺もそうだったぐれぇだ

からな・・・皆も安心出来たってのも解らなくはねえ・・・」

 

男は話し続けていた。

それはもはや返答を必要としない、唯の独白となっていた言葉だった。

 

「それにお前をどうにかしたって・・・死んだ奴らはもうどうにもならねえよな・・・」

 

青年は何も言わなかった。

ただ、男の言いたいままにさせるようにその項垂れた姿勢を保ったままだった。

 

「まともに考えりゃそうかも知らねえ・・・まともに考えりゃな・・・」

 

再び短い沈黙。

独白が終わった。

 

「だがな、手前の前にいるのは・・・いつもまともな人間たぁ限らねえんだぜぇ!!!」

 

そして怒号!

それは男の審判の言葉!

 

そして向ける!

その腕を動かし銃口を青年に向ける!

まるでその一瞬に全てを乗せるが如く!

 

そして一発の銃声が人工の荒野に轟く。

やがて・・・あっけないほどにその場に転がった・・・屍が一つ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢さん、もう大丈夫ですよ。」

 

 

 

最初に聞こえてきたのはその声だった。

 

 

 

「へっ、女の前だからってカッコつけんなよな!」

 

次に聞こえてきたのはそんな声だった。

それは倒壊寸前の廃ビルより未だ熱を帯びたライフルを下げて出てきた・・・青年と同じ

ぐらいの年齢の男性だった。

 

「そうそう、お前のやり方は一寸演出過剰だぜ。」

 

別の場所から別の声が聞こえてきた。

それは打ち捨てられた廃車の中から出てきた、やはり青年程度の年齢の男性だった。

 

「全くだ。トラック相手じゃ抜くのは簡単だけどさあ・・・見つからないようにってのは

結構大変なんだぜ。」

 

やはり別の声だった。

廃屋の後ろからドアの閉まる音と共に現れた、やはり青年と同じぐらいの年齢の男だった。

 

 

 

そして男達が集まってきた。

ゆっくりとした足取りでやってくるサキを出迎えるように集まってきた。

 

「おいおい皆、確かにシナリオには無かったけど、一応僕たちはプロなんだからあんまり

女性の前で泣き言ってのは・・・一寸アレじゃないか?」

 

それは男達に向けられた声だった。

終わると共に笑い声が付加された声だった。

 

その声の主はその笑い声に相応しい表情をしていた。

先程まで己の銃を投げ捨てるほどに相手の言葉にうなだれていた表情の筈だった。

だが今、その表情にはそんなモノは微塵も感じることは出来なかった。

 

愉快そうな表情だった。

知る者は見慣れた表情だった。

人好きのする明るさを持った表情だった。

 

仲間と密かに結託し、側頭部を狙撃させた屍を前にしても変わらぬ表情だった。

そして・・・その屍を側の下水溝に汚物のように蹴り落としても変わらぬ表情だった。

 

そう・・・あの青年の表情は!

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

 

 

そんな光景をサキはその視界に納めていた。

その声に答えるように男達が待っている場所へ飄々とした足取りで歩んでいた。

それはいつものような、何処か流れ行く光景でも見ているかのような佇まいだった。

だが、最後に響いた声を耳にしたとき、その瞳に溢れていた色はいっそう強くなった。

 

「ついでに持ってきたんだが・・・これ、いらなかったみたいだな。」

 

その人物はそう言ってその腕にあるモノをつまらなそうに見た。

やはり皆と同様にその場に姿を現した、その青年と同じ程度の年格好の男性がそれを乱雑

に扱い始めたとき、辺りにその声が一層強く響きだした。

 

それは鳴き声!

あの赤子の泣き声!

不安と恐怖と抗議をあらん限りの力で主張するかの如き響きの鳴き声が!

 

 

 

 

 

 

「・・・ご説明いただけるかしらぁ〜」

 

・・・いつもの口調だった。

その足取りと同様の軽やかな口調だった。

ただ、その青年達とは幾分遠い距離から語られた口調だった。

それはまるで・・・近寄ることすら嫌悪を感じているかのようだった。

 

「一言で言えば・・・そうだね、こういう仕事だってことかな。」

 

青年は平然とそう言った。

そしてその言葉を皮切りに他の者が口々に言葉を紡ぎだした。

 

「こんな時代だからね・・・怯えながら暮らしている人達の前に颯爽と現れて悪人を退治

する英雄なんてのがいればどれだけ皆安心して暮らせると思う?」

 

・・・この時代は前述したとおり、大半の場所で無法が常となっている世界である。

それは日々不安に怯える大半の人々や反対に犯罪を平然と行う者どころか、それならばと

この機に乗じて力による強大な支配を目指したり、あるいは人々をまとめ現政府の打倒を

<本気で>考える者もいなくは無い程である。

 

「でも、そんなヤツって・・・はは、普通アニメや漫画の中にしかいないだろ?」

 

・・・ただ、政府としてもそこまで放置することは無かった。

勿論そこまでの事態ともなれば鎮圧可能なように軍隊の力は常に最優先で保たれているが、

少なくとも内乱まで至らぬように色々な対策を取り続けている。

 

「勿論、僕たちも特別な訓練を受けてるから本物の悪党でもわけはないけどね・・・」

 

・・・それは物資の補給に代表されるようなライフラインの最低限の確保、それに各地の

医療業務の中継基地となるように作られた『病院街』といった、その実務的な役目も勿論

だが、大半の人々に対し現政府が当てになる存在であると強く印象づけると共に、先程の

様な中心になろうとする連中を愚かなパラノイア扱いさせることで、大規模な内乱を阻止

することに非常に効果を発揮していた。

 

「でも僕達の仕事は悪人を倒すんじゃなく、皆に安心して貰うことだからね。」

 

・・・そしてその手段にはそういった目に見えるモノ以外に、未だ試験的ではあるが一応

の効果を見せつつあるものが幾つかあった。

 

「だから基本的には行く先でこうやって英雄と悪役とを交代でやっているって訳さ。」

 

その内の一つ・・・残念ながらそれについては詳細は不明である。

ただ、所詮同種の目的の為の手段である。

それも多分、他と同様に人々に対し<与えるつもりのない希望>の夢を見せ続けるという

卑劣極まりない手段であろう・・・

 

「はらぁ〜そぉだったのぉ〜、お仕事大変ねぇ〜」

「はは、ありがとう。」

「でもごめんなさぁい。私が聞きたいのはそぉいうことじゃないんだけどぉ〜」

「・・・ん?ああ、こいつのことかい?」

 

青年はそういって乾ききった下水溝に収まった屍を一瞥した。

 

「僕は殺してないだろ?だって銃を撃ったのは・・・ほら、こいつを裏切って僕が止める

暇もなく撃ち殺した無法仲間だしね。」

「・・・その子もその人のお仲間がさらってきたってことかしらぁ〜」

「極悪非道な連中だからねえ・・・なんたって身代わりに人質を申し出た勇気あるか弱い

女性すら無慈悲になぶり殺すぐらいなんだからその程度はやっても変じゃないね。」

 

そして先程と同様、平然とした口調でそう言った。

他の者も同様の態度を見せていた。

そしてもう一つの点・・・ある一ヶ所に送る視線が共通していた。

その場所にいる最後の一人・・・その女性に向ける、殺意と悪意の混じる視線が・・・

 

 

 

・・・銃声。

 

 

 

「気持ちは解るけどさ・・・一寸そりゃ無茶過ぎるよ。」

 

それは青年とは別の者が口にした言葉だった。

右手に持つ銃で地面の一点を穿った後の言葉だった。

 

「そぉみたいねぇ〜」

 

相変わらずの口調だった。

その銃弾に僅かに見せかけた動きを止めてもそれはいつもと変わらぬものだった。

その動きはごく僅かなものだった。

だが、ある程度の訓練を詰んだ者なら、それが先程青年が捨てたあの銃へ向かって走ろう

とする動きそのままにしか見えない動きだった。

 

「後、聞きたいことは?・・・ああ、この赤ん坊ならどうする気もないよ。」

 

青年はそうつまらなそうに言った。

先程仲間から<嘲りの道具>として渡された赤子に嫌悪の視線を送りながらそう言った。

 

「そぉなのぉ〜・・・それじゃ後で返しに行っていただけるということねぇ〜」

 

その視線の先に泣き疲れて力無く黙る赤子の姿があった。

 

「いや、なにせ結構陰惨な展開になりそうなんでね・・・僕達は流れ者らしくこれで町を

去るからきちんとこの場で解放するってことさ。」

「・・・つまり・・・この場に置き去りってことかしらぁ〜」

 

その声はやはりいつもの口調だった。

刺すような日差しと草木一本無い、人が作りし死の荒野で口にした言葉だった。

だが、青年の腕で弱り切った姿の赤子から決して逸らさない瞳で語った言葉だった。

 

「この子の親はまともそうだからその内迎えにくるさ、だから・・・」

 

 

 

再び銃声。

再び地面が穿かれる。

再びサキは動きを止める。

 

「・・・だから・・・そこに行くまでに体重が何割増しにもなるよ。」

「あらぁ〜、それじゃダイエットが必要になるわねぇ〜」

「・・・健康に気を使いたいなら銃を捨てるべきじゃなかったね。」

 

青年は何処か小馬鹿にしたような口調でそう言った。

地面に新たな弾痕を穿った仲間と、そこの全員が同様の感情を有する様子を見せていた。

 

無理もない。

この時代にわざわざ赤の他人のために平気で命懸けの行為を、しかも無償で行う者など、

青年にとって侮蔑と嘲笑以外の何の感情も呼ばない存在だったからだ。

 

 

 

「・・・後、聞きたいことはあるかい?」

 

やがて少しばかりの沈黙の後、その言葉が辺りに響いた。

そして青年の仲間が一斉に銃口を向けた。

 

「そぉねぇ〜・・・それじゃ後一つだけよろしいかしらぁ〜」

 

そしてその銃口を前にしても変わらぬ口調でサキはそう訪ねた。

 

「・・・なんだい?」

 

その自分たちを意に介さないが如き口調に苛立ちを感じながら青年はそう声を発した。

 

「その子、さっきからなんて言ってるかお解りかしらぁ?」

「?・・・ま、男じゃその辺は一寸解らないな・・・なんて言ってるんだい?」

 

済ました表情で青年はそう言った。

 

「・・・でも何か狙っているなら無駄だよ。お嬢さんもスジは悪くないみたいだけどさ、

僕たちは正式な訓練と実戦を重ねてきてるからね・・・絶対に勝てないよ。」

 

そしてその嘲笑めいた言葉と共に幾ばくかの沈黙が訪れた。

 

 

 

「あらぁ〜、それじゃ最後の言葉ははっきり言わないと行けないわねぇ〜」

 

その一言がその場に響いた。

その時、一陣の風が辺りを吹き抜けた。

 

強い風だった。

まるで地表の汚れを吹き飛ばすような強い風だった。

巻き上げられた砂埃に青年達が怪訝な表情を一斉に作る程の風だった。

その風を背にしたサキの腰まで伸びた長い黒髪を巻くように吹いていた。

それはまるで、サキを中心に吹いているかのような錯覚を青年達に感じさせる光景だった。

 

 

 

 

 

 

・・・その時!

 

 

 

 

 

 

「You are Good−for−nothing!!!」

 

 

 

 

 

 

放つ!

言葉を放つ!

いつもと変わらぬ表情のまま、だがその瞳に怒りを満面にしたサキが言葉を放つ!

 

同時!サキはその歩を進め出す!

同時!青年達の銃口が改めてサキを補足するため再び一斉に動く!

しかし!

・・・???!!!!!

 

青年達はやっと気付いた。

先程からサキが続けていた<無駄なあがき>は全てこの一瞬を作る為だと。

その動きを見せると同時に自分達が銃の方へ銃口を一瞬向けることを読んでいたことを。

そして・・・そしてその一瞬で充分だと言うことを。

青年達が一瞬垣間見た・・・既に銃を構えていた姿のサキにとっては!

 

一閃!

 

初弾!一人目が銃口を向ける暇も無く額に風穴を穿かれる!

次弾!二人目が心臓を撃ち抜かれたままその場に撃ち倒される!

三弾!三人目が胸に受けた弾丸の衝撃でまるで弾かれたように短く身体を宙に飛ばす!

四弾!四人目が銃口と共に向けた視線のままに飛来した銃弾を最後に意識を終える!

 

 

 

・・・・この間・・・実に0.4秒・・・

 

 

 

「・・・あ、ああ・・・」

 

唖然・・・正にその言葉どおりのまま青年は一人で立ちつくしていた。

 

無理もない。

その瞬間に起こった現実は青年如きでは認識に難を要する程の速さだったからだ。

 

「あらぁ〜、どぉかしたかしらぁ?」

 

それはやはりいつもの何処か浮世離れしたような声だった。

だがそれは瞬撃の弾丸を放った銃を青年に向けたまま話した声だった。

 

「・・・い、一体・・・」

 

理解不能・・・青年の表情はその言葉そのものだった。

確かにあの時銃を捨てた。そして自分の銃は未だに地面に転がったまま。

青年はこれまでの知る限りの光景を思い浮かべながら疑問の奈落へ沈んでいた。

 

無理もない。

青年はその時町で一人の間抜けな男が安堵しているのを知らなかったからだ。

そう、あの広場で野次馬として楽しんでいるときに突如託された買い物籠に呆気に取られ、

そして・・・誰もいなくなった広場にいつの間にか無くなっていた自分の銃を見つけた、

あの中年男の存在を・・・

 

「きゃっ、きゃっ。」

 

笑い声。

自分の腕から聞こえてきたその声に青年は思わず視線を送った。

そこには・・・自分に向けられた慈愛そのものの視線を感じ取る反面、青年を意に介する

素振りも見せないような笑い声をあげる赤子がいた。

 

「く、くそっ!」

 

その態度に感情を露にした青年が片腕を後ろに回す。

そこに納めている予備の銃に手を伸ばし赤子に銃口を向ける!

 

「じ、銃を捨てろ!さもな・・・!」

 

言葉が止まった。

いや、青年に向けられた強き視線が楔の如く言葉を打ち止めたと言った方が正しいだろう。

 

「・・・赤ちゃん、お返し願えるかしらぁ〜」

 

穏やかな口調だった。

まるで春の日の風の如き口調だった。

だが、青年にはそれはまるで酷寒の突風の如く感じる口調でもあった。

 

「・・・う・・・」

 

再び言葉が詰まった。

焦りが幾つかの未来を青年の脳裏に浮かばせていた。

 

人質をとり続けたとき・・・

今から銃を相手に向けた後・・・

赤子に向かって引き金を引いたとき・・・

 

しかしどの場合でも最後には自分が屍と化していることしか思い浮かばなかった。

 

 

 

「・・・わ、解った・・・」

 

青年はそう言うと銃を傍らに捨て、サキに向かってゆっくりと歩き出した。

 

「あははー、ご理解いただき嬉しいわぁ〜」

 

そしてサキもその言葉と共に歩を進めだした。

 

青年が歩く。

サキが歩く。

赤子を抱いたまま青年が近づく。

そしてサキは銃をホルスターに納めつつゆっくりと両手を広げ出す。

 

・・・だがその時!

 

「お嬢さん、落とすんじゃないよ!」

 

投げる!

その幼き命をまるで物のように青年はサキに向かって投げる!

赤子が宙を進む!

その姿を受け止めんとサキが両手を更に延ばす!

同時!

その時生じた死角の後ろで青年が腕を伸ばす!

更に隠し持っていた・・・予備の銃を構えた腕を!

 

銃声!

だがその銃弾は青年の肩を砕きその銃を取り落とさせた銃声!

青年の動きを遙かに凌ぐ速度で延ばした腕を戻し、構え直した銃からサキが放った銃声!

 

更に銃声!

そしてそれは青年の残る肩と両膝、そして卑俗な慢心を撃ち砕いた銃声!

その胸と片腕で赤子を柔らかく抱きながらその安堵を妨げない程の技量で放った銃声!

 

「がっ!」

 

一瞬の衝撃に青年の体躯が弾かれたように地に伏す!

そしてその勢いに短い距離を転がった後、その体躯があの排水溝に落下する!

それはまるで・・・まるでその場に最も相応しい者であるかの如く・・・

 

 

 

 

 

 

「それじゃ赤ちゃん届けてくるからぁ・・・安心して姿を消して良いわよぉ〜」

 

そしてその声と赤子の笑い声がドアの閉まる音と共に消え、そして貨物自動車の行く音が

消えた後、その人造の荒野には立ち行く者は一人もいなくなった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

・・・く・・・

 

 

 

午後に入り、更に強くなった日差しが刺していた。

あの無水の排水溝をゆっくりと這っている人間を刺していた。

 

・・・く、くそ・・・こんなところで・・・

 

それはあの青年だった。

両腕と両膝をサキに砕かれ、まるで巨大なウジ虫のように身体を動かして進んでいた。

 

・・・こんなところで・・・し・・・死んでたまるか・・・

 

数十メートル先に土が盛り、なだらかな坂になっている場所があった。

そしてこの場所には普段自分たちが使っている特殊車両が残っていた。

それはこの時代においても驚くほどの装備を幾つか持っており、その中にはたとえ運転を

行わなくとも政府が管理した緊急ポイントへ戻るシステムが搭載されていた。

 

・・・戻ってきてやる・・・戻って・・・あいつを必ず・・・

 

それは確かにあの青年だった。

だが人好きを受けた筈のその表情は既にその性根に相応しく悪鬼の如き形相と変わり果て、

そしてその目にはもはや狂気しか存在していなかった。

 

・・・たとえ何をしても・・・町一つ潰しても・・・

 

そうやって青年は這い続けていた。

報復と再び始まる筈の華麗なる偽りの日々を目指して這っていた。

 

 

 

 

 

 

その足の方に一つの屍があった。

それは先程撃ち殺されたあの男の屍だった。

その突然の死故、懐に潜り込んだ腕に銃を握ったままの屍だった。

 

 

 

日差しは強いままだった。

当然のように屍を刺し続けて、その骸から水分を無慈悲に奪い続けていた。

その・・・・ありったけの爆薬を身体に巻き付けたままの屍から・・・

 

 

 

 

 

 

「・・・ん?」

 

その頃ベッドで一人の老人が目を覚ました。

数日前と違ってその表情には生気が溢れていた。

おそらく適度な休息と滋養のある食事が与えた結果だろう。

 

「・・・気のせいか・・・」

 

そして老人はそう漏らすと洗顔のために寝室を後にした。

その脳裏には<遠くで何かが爆発した音>が聞こえた気がしたことはもう無かった・・・

 

 

 

 

 

 

あれから老夫婦の店は細々とながら平穏無事に営業を続けていた。

それは老人が健康を取り戻したこともあるが、かつて風変わりな女性客が見知らぬ男との

ドライブにつき合った際に、その男より託された大金を老人に更に託した結果、その妻の

治療が無事終えられたことも大きかったということである。

 

あの夫婦と赤子もその後何と言うこともない日々を暮らしていた。

ただ、そんな暮らしを3人で続けていた時に4人目が出来、そしてそれがどうやら女の子

であることを知ったときに、あの女性の名前を聞いておけばと幾分後悔したらしい。

 

そして、あの町では一つの物語が生まれていた。

それは、流れ者達と戦い命を落とした一人の青年の物語だった。

しかし、人々はその物語に物語以上の意味を誰も感じてはいなかった。

 

 

 

多分・・・旅を続ける一人の女性にとっても・・・それは・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  G.S.M.Epsode02:" Blameless Blemish "...THE END

 

 

 

 

 

 

G.S.M.Epsode03:" Chipping Calix "...COMING SOON!

 

 

 

 

 

 

...Tomorrow will take care of itself.

 

 

 

 

 

 

ご意見、ご感想等、何かございましたら掲示板まで。