G.S.M. a preview tale...
...in several years(今より何年か後・・・)
太陽が強かった。
時が午後へと傾いていた。
荒涼と広がる大地に人の存在を示すかのように一台の車両が走っていた。
まるで世界を分断するように敷かれた一本の道路の上を走る路線バスだった。
そして、それはこの辺りに点在する集落に居住する者や、ここを通過する旅行者にとって、
この時代、事実上唯一無二の交通手段でもあった。
しかし・・・いつもとは少しばかり様子が違っていた。
運転手は普段よりも深くアクセルを踏み込み続けていた。
普段ならば喧噪に溢れている筈の車内が重苦しい沈黙に包まれていた。
運転手を含め、乗り合わせた10人程の老若男女は皆、恐慌と重圧を表情に表していた。
いや、運転手の真後ろに座る一人の男だけは違っていた。
男はまるでこの「ドライブ」を楽しんでいるかのように陽気な態度だった。
運転手の後頭部に散弾銃の銃口を向けながら鼻歌混じりに座るこの男だけは。
動機は解らない。
そして、目的も解らない。
唯、解っているのは、全ての命運がこの狂人の指一本に委ねられている事実だけである。
バスが走っていた。
加熱過剰直前までエンジンを唸らせながら文字どおり爆走していた。
まるで「支配者」の精神状態を表すかのように狂ったように走り続けていた。
やがて、ここが定期路線であることを証明するかのように一つのバス停が近づいてきた。
男の目に小さく映るその場所に数人の人間が待っていたのが微かに見えた。
唯、僅かに速度を緩めかけた運転手に対し、銃口を押しつける力を強めた男の態度により
その数名は次のバスを待つことが決定した。
・・・それはある種「幸運」と呼ぶに相応しかったかもしれない。
そして車両はバス停を、文字どおり凄まじい勢いのまま通り過ぎた。
その瞬間を2人の人間がベンチに座り、一人の人間が立ったまま見ていた。
その瞬間を男はその様子を歪んだ笑顔で文字どおり見下ろしていた。
・・・そう、それはまさしく「瞬間」だった。
やがて・・・
車両はバス停の3人の視界から姿を消した。
そして・・・
「行ってしまいましたねえ。」
ベンチに座ったままの老婦人が幾ばくかの失望からかそう漏らした。
それはその穏やかな風貌に相応しい、何処かのんびりとした口調だった。
「けしからん。いくら時代が変わったからと言っても時間が消えた訳でもあるまいに。」
その隣に座っていた老紳士が憤慨した様子でそう漏らした。
高齢にも関わらず背筋を伸ばしたままの姿勢に相応しい厳格な口調だった。
その時、ベンチを覆う簡素な天涯の合間を風が吹き抜けた。
「あはは、まあこんなこともあるわよ。」
その風に乗って、そんな軽やかな声が2人の元へと届いた。
2人の失望と憤慨を癒すように穏やかで、それでいて活気に溢れた口調だった。
一人の東洋人の女性がそこに立っていた。
時折強く吹く風に腰まで伸びた黒髪を遊ばせていた20代半ば程の女性だった。
そして、その黒い瞳を老夫婦に向けながら、細身の体躯を改めてベンチに座らせた。
「これからどうするね。」
「そぉねぇ〜・・・やぁっぱり次のバスを待つわぁ〜」
そう言って女性はバス停に張られた時刻表を見た。
「・・・それ、古いのよ。今なら確か・・・」
「2日後だ。来る前に確かめておいた。客人を見送るのだからな。」
「はらぁ〜、そぉなのぉ〜」
柱にかろうじて張り付いていた時刻表が空しく風に玩ばれていた。
それは防げなかった時の流れを示すように千切れかけ、変色していた。
「あははー、それじゃあ後はこれだけねぇ〜」
女性はしなやかな足を、まるで子供のように地面に水平に伸ばしながら快活にそう言った。
「歩くというのかね?次の町まで途中に何もないのだが・・・」
老紳士は改めて女性の姿を見た。
華奢としか言いようのない体躯に浮き世離れしているかのような態度・・・
一見すれば到底今のこの恐るべき時代を生き抜けるとは思えない、だが偽りの姿でもない。
・・・老紳士はこの瞬間まで生き抜いてきた「力」を垣間見たように感じた。
「・・・良ければ次のバスが来るまでの間・・・もう2,3日程泊まって行きなさい。」
「あらぁ〜、よろしいのかしらぁ〜、私だったらぁ・・・」
「うら若い女性を荒野に放り出すような真似を儂にさせるつもりかね?」
老紳士はそう言いながら厳格な表情のまま、しかし優しげな眼差しを女性に向けた。
「あなたならいつでも大歓迎よ。自分の家のつもりでゆっくりしていってね。」
老婦人はそう言って女性の手を握り、親愛そのものの態度を示した。
そんな、何処か陽気で穏やかな会話が青空の下で続いていた。
その頃、あのバスの方でも安堵が訪れていた。
予定を優先した為、戻ることは無かったが、それを除けば普段どおりの運行に戻っていた。
運転手には普段のペースが戻ってきた。
乗客にも予定と日常が戻ってきていた。
・・・あの男一人を除いては。
何処からか放たれた一発の弾丸に額を撃ち抜かれ、屍と化したあの男を除いては・・・
雲が流れていた。
大地に風が吹き続けていた。
陽射しを含んだ熱い風が女性を包み続けていた。
瞳が地平線を写していた。
バスが通り過ぎた時、一瞬にして車内を把握したその瞳が。
白くか細い手が風を感じていた。
その一瞬、傍らの老夫婦ですら気付かぬ程の瞬技で銃を撃ち放った手が。
そして、弾丸を放つと同時に傍らに納めた銃口が生んだ硝煙は既に天空へ去っていた。
「それじゃヤハギさ・・・あ、そうそう、サキさんでいいって言ってくれてたわね・・・
何時までもこうしてても仕方ないし・・・そろそろ行きましょうよ。」
「はぁい、じゃ、よろしくお願いしまぁす。」
好意を素直に受けることとしたその言葉に2人も好意以外の何ものも感じなかった。
数日前にふらりと現れた素性も解らない、この「赤の他人」に・・・
そしてサキと呼ばれた女性はすっと立ち上がり、集落の方へと向いた。
それは何処か・・・そう、まるで流れ行く風のように颯爽とした姿だった。
Several years western
GUN SMOKE MAGICIAN