...Some days(その日のこと・・・)
ある日だった。
人々はいつもとさほど変わらぬ日々を生きていた。
その日も人々はこの星の上で昨日の延長程度の無数の場面展開を生きていた。
そう、それは確かにごく何気ない、正しく『穏やか』と呼ぶに相応しい日のことだった。
・・・何かが起きた。
その時『何か』が起きた。
死んだ。
人が死んだ。
大勢の人が死んだ。
例えようもない衝撃がこの星を奔った。
信じがたい地震や津波、それに類する天災が世界中にもたらされた。
死んだ。
人が死んだ。
大勢の人が死んだ。
飢餓や旱魃が当たり前の光景になった。
疫病が当たり前のように蔓延し始めた。
死んだ。
人が死んだ。
飢えて死んだ。
渇いて死んだ。
大勢の人が病で死んだ。
そして当然の如く混乱が訪れた。
戦乱という人災がやはり無数に繰り広げられた。
死んだ。
人が死んだ。
切られて死んだ。
撃たれて死んだ。
焼かれて死んだ。
死んだ、死んだ、死んだ。
それでも生き残り、これからも生きられる筈の大勢の人が殺し合って死んだ。
・・・一体何が?
それは一体何だったのか?
何がその時起こり、この星を悲劇で覆い尽くす原因となったのか?
ある者はこの星にに小惑星が衝突した故だと言った。
核を使用する第三次世界大戦が勃発したのだと言ったものもいた。
他には異星人が侵略を開始したと言った者、南極で神の如き存在が出現したと言った者、
更には神と悪魔の最終決戦の挙げ句悪魔が勝利し故だと言った者すら居た。
・・・だが、それを口にする者でそれを証明出来る者はいなかった。
無理もない。
それは余りに唐突、余りに強大故、目撃出来たであろう者は瞬時に消滅した。
発狂したかの如き変貌を見せた気象や電離層が通信、航空技術に深刻な枷を与えた。
そして何より・・・それを知ろうとする以前に人々はまず生きて行かねばならなかった。
故に、それは何時しか<それ>は総称で呼ぶに留めることが通念となった。
まるで太古の歴史の事象と同列に扱うことで無理矢理観念上の納得を得るが如くに。
その総称・・・
幾つかのヴァリエーションを有する中で最も多数の者が使った名称・・・
そう、人々はその日に起こった事実を話題にする度にこう総称した。
『大異変』と。
...Some time(それから少し後の・・・ある場所での光景・・・)
その時、黄昏は遮断されていた。
ひなびた陽光はその介入を許されていなかった。
まるで外界と切り離さんが如く分厚いカーテンに仕切られた一室だった。
広い部屋だった。
時代がかった上質の調度品がバランス良く配置されていた。
そして中央にやはり同質の数十人は一度にかけられる会議用テーブルが置かれていた。
十数人もの人間がその中に居た。
最長で70代程、最少で30代程の年齢も、そして人種も違う女性達だった。
全員、一ヶ所に表情を向けていた。
理知的な表情を苦悩に曇らせたまま、その一点を見つめていた。
そして同時に・・・全員手に持った『拳銃』を微かに震える手でそこへ向けていた。
そこに一人の女性が居た。
すらりとした体躯に腰まで伸びた長い髪をなびかせるように立っていた。
そして・・・まるで聖母像にも似た慈愛の表情を彼女らに向けながら立っていた。
静寂が人工灯に照らされていた。
沈黙が満ちた空気自体に鉛の如き重さを与えていた。
それらはまるで・・・彼女達に唯一無比の選択を迫る呼び水の如き波動を与えていた。
苦悩が決断へと変貌し始めた。
決断が殺意へと変貌し始めた。
そして殺意が・・・引き金に掛かった彼女達の指に一気に力を与えた!
だが!
"...Noli me tangere!!!"
その言葉と共に彼女の片腕が残光の如く霞んだ。
その言葉と共に全員の聴界に煌びやかな音階が鳴り響いた。
そして、その言葉と共に天上の閃光の如き<煌めき>が全員の視界を満たした。
・・・それだけだった。
その瞬間だけが彼女達に与えられた全てだった。
そう、それが彼女達が人故に苦悩したことに対し、彼女が与えた<返答>の全てだった。
「・・・」
やがて再び、静寂が辺りを包んでいった。
無人の空間に相応しい命色の欠如した空気が再び満ちていた。
そして、そんな部屋を女性は後にした。
黄昏が浸食する廊下を、何事も無かったかのような足取りで歩いていった。
その腰まで伸びた双房の長い金髪を揺らし、童の如き澄んだ碧瞳の笑顔のままに・・・
『仮説雑貨商』5,000ヒット突破記念
それは大地に陽光が満ちていた頃だった。
そこでは遠きに山脈を置く光景に相応しい緑野が広がりを見せていた。
それはまるで、世界の変わり様すら些細とする自然の一表情のようであった。
"GUN SMOKE MAGICIAN" ANOTHER EPSODE 02
そんな中を一人の人間が歩いていた。
細身の体躯に軽快な衣装を纏わせていた。
大小いくつもの荷物をまとめるように持つ、旅行者の様相をしていた。
まるでか細い線のように伸びた小道を軽やかな、しかし確かな足取りで歩いていた。
一人の女性だった。
黒曜石のような黒瞳を廻りの光景そのままの柔和な表情に乗せる東洋人だった。
そして、時折そよぐ微風に腰まで伸びた黒髪を遊ばせる・・・
それは、10代半ばの娘だった。
...In several years(今より何年か後・・・)
自己創作作品数50本到達記念作品
" Wind and Moonlight " another epsode2
EARLY TIME SHINING
BY:K−U
...ACT01:OUTER WORLD STRANGER(ある始まり・・・)
・・・どういうこと?
ある動作が連続していた。
時には速く、時には強く、澱み無く続いている動作だった。
時には前へ、時には後ろへ、そして左右へと流れるように繰り返されていた。
・・・今でも友達よ。でも友達なら相手のことを考えてくれてもいいんじゃない?
一振りの剣を用いた動作だった。
『レイピア』と称される部類に属する細身の刀剣だった。
その握り部分や腰の鞘に極細微の金属細工が幾重にも施された豪奢な品であった。
ただ同時にそれとは対照的な樹脂特有の安っぽい光沢の刀身が特徴的な品でもあった。
・・・どういうこと?
その右手薬指を指輪が一つ飾っていた。
自然光では碧色、そして人工光では紅色を放つアレクサンドライトと呼ばれる希少宝石を
あしらった指輪の台座と同種の意匠を有すことで、その経済力を含め目にする者誰しもを
その剣の所有者であることを納得させられる<事実>としていた。
・・・世の中が随分変わったでしょ?だから新しい友達が必要になったってことよ。
不可思議な動作だった。
一見すると競技である『フェンシング』のような動きだった。
確かに突く以外に斬ることも認証された『サーブル』という種目を連想させる動きだった。
・・・どういうこと?
・・・しつこいわねえ。要するに今の貴女は私にとって何の得にもならない人ってことよ。
ただ、騎兵の軍刀術から発達した故、上半身のみを攻撃対象としたというその種目に類す
必要動作を全て含むものの、明らかにそれ以上の・・・そう、まるで競技とは一線を画す、
それが現役だった頃の最も有益な使用法のエッセンスを忠実に醸し出そうとするような、
洗練された一連の動作を娘は先程から続けていた。
・・・どういうこと?
・・・ねえ、どういうことよ。
・・・それって・・・それってどういうことなのよ!?
そして・・・
「・・・ふう。」
軽い吐息が漏れた。
そんな声が夕暮れに混じっていた。
一連の動作を終了したことを示すような微かな響きだった。
それは最新の環境システムを有する建築物の一室でのことだった。
同時に、文化財と呼ぶに相応しい歴史を纏う建築物の一室でのことだった。
まさしくその部屋の住人とその施設の有する「格」を示すような一室でのことだった。
そこは広大な敷地に古の様式を最大限に利用して築かれていた場所だった。
その建築物以外にも敷地内に同種の齢と同様の様式を有する建築郡の一つであった。
そう、一言で言えば「風光明媚な歴史ある古城」そのままの外観を有する場所であった。
「・・・ふざけんじゃないわよ。」
ただ、そこは観光施設ではなかった。
それどころか近隣在住者以外は世界中でも知る者が僅かという施設であった。
『学園』だった。
全寮制高等女子学校・・・それが知る者が認識するこの施設の意味だった。
ただし、この時代においても世界各国における政財界、或いは高貴なる血統を持つ等の、
いわゆる<最上級の良家の子女>のみが集い学ぶことを許されるとされるのに相応しい、
やはりこの時代においても世界有数レベルの「格」と設備を有す・・・
そして、それ故に昔から地図にすら示されぬ、故に知る者のほとんどいない場所であった。
「・・・いらないわよ・・・あんたなんかこっちこそいらないわよ・・・」
そんな言葉が続いていた。
そんな場所にて一人の娘が発していた言葉だった。
ここの生徒であることを示す制服にしなやかな体躯を包んだ娘だった。
そして鳶色の瞳と肩口で揃えた紅髪が飾る表情をやや曇らせる10代半ば程の娘だった。
「ふん・・・」
やがて幾ばくかの後、同様の呟きを部屋に残して彼女は部屋を後にした。
その時刻に相応しい行動・・・夕食を取るため寮棟内の厨房へと向かうためであった。
ただそれは空腹を満たすと言うよりはそれを理由にしているだけのような行動だった。
・・・勿論、彼女は決してそれを認めようとはしないだろうが。
・・・
見慣れた光景が彼女の視界に写っていた。
そこでは夕食を取るために数十人が在していた。
ここの施設に相応しい豪奢な造りの室内に同年代の娘達ばかりだった。
ここが国際的な規模であることを示すように多種多様の人種からなる娘達だった。
ただ同時に今は安泰を確信した者と絶望を告げられた者との二分化があからさまな・・・
そう、そんな唾棄すべき図式が<見慣れた光景>となった場所だった。
・・・ふん。
彼女はそんな光景を感慨も無く流しながら厨房口へと向かっていた。
そして夕食を受け取ると空きのある、<後者>側のテーブルの方へと歩んでいった。
「そこ開いてるわね。座るわよ。」
やがて彼女はそんな口調を響かせた。
それは強めで、だが返事を目的とした言葉では無かった。
そう、彼女にとってそれはそこに染まらぬ為の意志表示以外しか意味の無い声だった。
・・・その筈だったのだが。
「うぇるかぁむ、どぉぞご自由にぃ〜」
そんな言葉が返ってきた。
彼女が座ろうとした席のすぐ近くから発せられた声だった。
そしてそれは漂う無力感や嫌世感を思い切り台無しにするような呑気な口調だった。
「・・・?」
その声に思わず彼女が向けた視界に自分と同年代の娘が写っていた。
それは黒い瞳と長い黒髪の、この学園の制服に身を包んだ東洋人風の娘だった。
そしてこちらに親しげな笑顔を振り向かせた・・・彼女にとって<見知らぬ娘>だった。
「・・・随分楽しそうね・・・でも誰でもそうじゃないのよ。」
幾ばくかの沈黙と静止の後、彼女はそう口にしながら席に着いた。
それは返事、というよりは自己の不機嫌さをそのまま棘にしたような言葉だった。
「ごめんなさぁい、私さっき着いたばかりでその辺知らなかったのぉ〜」
だがやはり返ってきたのはそんな声だった。
そう、やはり彼女や周辺の陰鬱さをまるで感じさせないような明るげで・・・
だが同時に彼女や周囲と違って虚偽を感じさせない柔らかさを持った声だった。
「さっき着いたって・・・ひょっとしてあんた、転校生?」
「あははー、半分だけあたりぃ〜」
「半分?・・・ってどういうことよ?」
「だぁってぇ〜、確かに私は転校生だけど私の名前は<あんた>じゃないわぁ〜」
やはり平然とした口調だった。
出だしと同様、呑気そのものの楽しげな口調であった。
しかしそれは苛ついた表情を自分に向ける相手に対して発した言葉でもあった。
「・・・それじゃ・・・あんたの名前はなんてのよ・・・」
言葉のトーンは低かった。
だが同時に感情を荒げた声だった。
そう、それはまるで逆鱗に触れられたかのような口調だった。
「あらぁ〜、こぉいう場合ってどっちから先に名乗るものなのかしらぁ〜」
それでも変わらなかった。
その娘は今にも飛びかかられ兼ねない雰囲気すら意に介さないような・・・
いや、それどころか確信犯の如く悪戯っぽい瞳を彼女に向けたまま発した言葉だった。
「その方の仰るとおりよアルファルドさん。」
その時、二人の後ろからその声が響いた。
それは意図はともかくとして、とりあえずその場に満ち始めていた
雰囲気の流れを変えてしまった言葉だった。
「何の用よヴィナス・・・あら、ひょっとしてあんたもこっちの人になったの?」
<隣人>を無視するように<アルファルド>と呼ばれた娘はそこへ視線と声を向けた。
その視界に数人の同年代の娘達に囲まれる、先程声を発した同年代の娘を写していた。
それは背中を覆う程に真っ直ぐに伸びた金髪と整った表情を更に印象づける青瞳を持ち、
良質の金鎖によるアクセサリーが幾つもあしらわれた制服を均整の取れた体躯に纏った、
アルファルドが<ヴィナス>と呼んだ娘の見慣れた姿であった。
・・・念の為だが、勿論この学園にも想像できるような厳しい規則がある。
例えば彼女らがこの場所にて取っている食事が、以外にも他と同様の配膳システムである
のは<教育的配慮に基づく平等性>を旨とする意味から当然とされている一つなのだが、
その一方、ここは他校と違って<世界各国の名家や上流階級等>を対象にしているという
<特異な状況>から生徒達の出身国の風習や制度、或いは宗派というものを尊重せざるを
得ないという理由により他者がよほど不快に感じるか、もしくは授業等の明らかな妨害に
でもならない限り、例えば被服や宝飾等に関してはかなりの寛容を示すようになっている。
・・・勿論「方便」であることは言うまでもないが。
「あらこの人、なに馬鹿なこと言ってるのかしらね?」
「そうそう、このヴィナスさんのご実家もご家族もあの時を過ぎた今でも安泰のまま。
ここの支払を滞らせるまで墜ちたお家の誰かさんと一緒にしない方が良いわよ。」
ヴィナスの周りの幾人かがそう発した。
「はっ、あんたらんとこもそんなに変わんなかったんじゃ・・・あっ、成る程ね。」
何処か投げるようにアルファルドはそう言葉を返した。
典型的な<腰巾着>に対する軽蔑とからかいがあからさまな口調だった。
「あなたもこの方々達と同様、私の庇護が必要なら何時でも申し出て頂いて結構ですわよ。
・・・最も幾ら私といえど色々な意味で限度はございますからその辺ご理解下さいね。」
だがそんな言葉を意に介さないようにヴィナスはそう口にしただけだった。
それはアルファルドの<隣人>とはまるで別種の、高身と悪意を含めての言葉であった。
「・・・そんなつまんないことを言うためにここまで来たの?暇ね?」
「確かに貴女の相手が出来たんですからそう言え無くも無いですわね。でもご安心なさい、
私が用があるのは貴女じゃなくて、そこの転校されてきた方に対してですから。」
そう言うとヴィナスはやはりアルファルドを無視するように視線を外し、そして言葉通り
その<隣人>の転校生へ向かって青磁の如き瞳を向けた。
「・・・本当、卒業までの学費を一度に支払われるなんて、そのようなことが可能なのは
私を含め数人程度なんですけど、そんな方がこの様な中にいるとは以外でしたわ。」
「そぉなのぉ〜・・・ところでどぉいうご用件かしらぁ?」
「ええ、実は私、不勉強で東洋のヤハギという名前のお家は存じ上げませんでしたので、
その辺りをお教え頂きたいのと、よろしければお友達にと思ってやって来ましたの。」
ヴィナスはそう言って笑顔を作って向けた。
その周囲の数名の娘達もやはり笑顔を作って向けていた。
そして<ヤハギ>と呼ばれた東洋人風の娘は・・・相変わらずの笑顔を向けていた。
「・・・」
その光景の横ではアルファルドは顔をわざと背け、つまらなそうな顔をしていた。
実際これから横で行われるであろう会話、既にそれは自分と関係ないことだと思っていた。
そう、ここの莫大な学費を一括で支払えるほどの財力を有する<存在>・・・
それは今の自分、そして今後に待ち受けているであろう、余り考えたくない<未来>には
もう既に縁の無いものであろうと認識していたからだった。
・・・その筈だった。
「あははー、私の両親はとぉっくに死んじゃって生家も無くなってるわぁ〜」
いきなりの一言だった。
アルファルドは思わず食事を運ぶ手を止め、そちらへと視線を向け直した程だった。
そしてその視界にはヴィナスを含む数名が驚きの余り作り物の笑顔を止めていたのと、
その原因たる言葉を発した当人の、何も考えていないような笑顔が確かに写っていた。
「えっ?・・・そ、それじゃ?」
「ここの学費ぃ?そぉねぇ〜、たまたま臨時収入あっただけってとこかしらねぇ〜」
「・・・」
「にしてもあの時以来まともに動いてる学校ってここぐらいだったから来たんだけどぉ〜
これから卒業分までのご飯代とか別に払わなくていいって聞いたんで、どぉせお金なんか
いらないだろってことでぇ・・・あははー、お陰で今は一文無しよぉ〜」
平然とした話し方だった。
ここでは死活問題になりかねない内容にしては余りに当たり前すぎる口調だった。
それは耳にした全員に打算を期待する方が間違っている気にさせるような言葉だった。
「・・・」
その場にいきなり沈黙が訪れた。
その言葉を耳にした全員がその態度に言葉を失ってしまった。
ただそれは重苦しさというよりは、場違いという言葉が相応しいようなそれであったが。
「・・・本当に私は暇だったようですね・・・それでは失礼します。」
「あらぁ〜、お友達の件はどぉなったのかしらぁ〜」
「・・・その件は忘れて下さいね。この場のことは私も忘れますから。」
やがて少しの間の後、その言葉を残しヴィナスらはその場を立ち去っていった。
来たときとは全く別種の物腰が現在の心情を語るような後ろ姿だった。
「一体なんだったのかしらねぇ?」
「・・・私に聞かないでくれる・・・頼むから。」
そう言ってアルファルドは再び横顔を見せた。
ただその表情は険しいというよりは軽い頭痛を感じているようだった。
「でもこれでゆっくりご飯が食べられるわよぉ〜」
「えっ?」
「あははー、他の人の食事の邪魔をする人はお帰り頂くに限るものねぇ〜」
そう言ってヤハギと呼ばれた娘はその横顔に軽めのウィンクを向けた。
それは先程と同様の笑顔に乗せた、やはり確信犯を連想させる悪戯っぽい瞳だった。
「・・・それじゃ私もお邪魔しないように割当のお部屋に行かせていただくわぁ〜」
「あ、あっそ、じゃ、また今度ね。」
「はぁい、それじゃお食事ごゆっくりねぇ〜」
そしてその言葉を残すと、ヤハギと呼ばれた娘も大きなバッグと共に席を後にした。
アルファルドはその長い髪を僅かに揺らして静かに歩き去る後ろ姿を視界に入れていた。
ただ、出入口からその姿が消えてもアルファルドはまだ夕食に向かおうとはしなかった。
「・・・中々晩御飯は食べられないわね。」
やれやれといった表情をしながらそう呟いていた。
しかし食事を止めてその姿が来るのを待っていた。
やがてその姿が間近になると、アルファルドは幾分先程とは違うトーンで言葉を発した。
「ダニエラ?どうしたの?・・・またヴィナスのヤツ?」
その言葉の先に一人の娘が居た。
色素不足により薄桃色にほど近い髪を無造作に二房に束ねた娘だった。
ヴィナスやアルファルドの胸元程度、小学生程度の体躯にここの制服を纏っていた。
そしてその体躯にはやや不釣り合いな、他の娘達と同年代の顔立ちを向けていた・・・
アルファルドが<ダニエラ>と呼んだ、同い年の娘がそこにいた。
「・・・今日はちゃんとかくれてた、でもそうじゃなくて「おしらせ」のことだよ。」
「・・・あんたも知ってたの。」
「うん・・・でも安心して。私のとこだってあと一人ぐらいはなんとかなると思うよ。」
ダニエラと呼ばれた娘はそう言ってアルファルドに笑いかけていた。
そのアルファルドの視界に明かな成長異常を示した体躯に纏う制服から覗く、<あの時>
以前から既にここに居続ける<ぎりぎりの身分>であったことを物語る傷んだブラウスや
靴が<相変わらずの姿>として入っていた。
「・・・」
「いつも助けてもらってるもんね。ともだちだもんね。だからこのぐらいは・・・」
「・・・気持ちは嬉しいけど・・・それは辞退させて頂くわ。」
「えっ!?どうして?だってこのままじゃここから・・・あ、じゃあのテスト受けるんだ。」
「・・・」
「ねっ、受けるんでしょ?」
「・・・考えてはいるわ。」
そういうとアルファルドはテーブルに向かって食事を取り始めた。
それはあからさまな無視というより、もうこれ以上その話題で会話を続けたくないのだが、
それが悪意からではないことを語る代わりの態度といったところだった。
「・・・絶対だいじょうぶだよ、私もおうえんするからね!」
そしてしばらくの沈黙の後、ダニエラと呼ばれた娘はそう言って去っていった。
「・・・」
アルファルドはその後姿に一言も発しなかった。
来た時と同様、いや更に沈みがちになった表情を向けていただけだった。
その後約一時間程、食事を終え自室に戻るまで変わらなかった態度だった。
そしてそれは彼女自身、当分変わらぬであろうと思っていた<普段>の表情だった。
・・・その筈だった。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
しばし無言の状態が続いていた。
アルファルドは自室のドアを開っぱなしで立っていた。
そしてその視線を部屋の奥、出る前まで主の無かったもう一つのベッドへ向けていた。
「・・・あのねえ・・・そういうのってアリなの?」
やがて溜息にも似た言葉を発した。
それは呆れたような、認めたくないことを認めざるを得なくなったような口調だった。
「あはは、まあこんなこともあるわよ。」
その言葉に明るげな言葉が返ってきた。
そんな様子を気にかける素振りすらなさそうな相変わらずの笑顔のままでだった。
「・・・私は聞いてないわよ。」
「あらぁ〜気があうわねぇ〜、私もここに来る前に聞いたばっかなのぉ〜」
その視界に厚手のスエットという寝間着姿の<同室者>が写っていた。
既に入浴を終え、その腰まで伸びた黒髪を整えて後は寝るだけといった様相だった。
そう、それは説明するまでもない、いきなり見慣れてしまったヤハギと呼ばれた娘だった。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・ルイ・・・ルイ・アルファルドよ・・・というわけであなたのお名前は?」
やがて再び訪れた沈黙の後、ルイは何処か観念したような口調でそういった。
「私はサキ、サキ・ヤハギ。ぷりぃずこぉるみぃSAKIよアルファルドさぁん。」
そしてやはりというかなんというか、相変わらずの明るげな口調でサキはそう返事をした。
「・・・その呼ばれ方嫌だから私もルイで良いわ・・・多分短いお付き合いだけどね。」
「はぁいルイ、これから一つ長ぁくよろしくねぇ〜」
「・・・まず言っとくけどねサキ、私は煩いの嫌いだから鼾は止めてよね。」
「あははー、努力させて頂くわぁ〜・・・というわけでぐっどないとぉ〜」
そしてサキはその言葉と共に毛布を被り、早くも寝姿を見せようとし始めた。
「ち、ちょっと、まだ話は終わってないわよ。」
「ルイぃ〜、お湯はちゃぁんと残ってるからゆっくりあったまると良いわよぉ〜」
「えっ?」
「それとお茶も貰って来てるけどぉ、夜更かしするなら風邪にはご注意ねぇ〜」
呆気に取られたようなルイの耳にサキのそんな言葉が聞こえてきた。
まるで知り合ったばかりというのが嘘のような平然さを感じさせる言葉だった。
そして食堂での出会いの際に何処かで感じた、暖かな響きを確かに含んだ言葉だった。
「・・・」
やがて室内に静寂が訪れた。
ルイがどう答えようかと考えあぐねている間に寝息が聞こえてきた故の静寂だった。
そしてルイは不満を感じつつも改めてドアを閉めると、サキの言葉に従う様にいつもより
長めの入浴時間を取った後、消灯後も使えるスタンドの淡い光の下でお茶を口にしていた。
後日、ベッドで眠るのは約半月ぶりだったという話を聞いた同室者の寝姿を時折見ながら。
興味と不思議さとが入り交じった、だが険しさをあまり感じさせない表情のままで・・・
...ACT02:STEP TOWARD HAPPENING(一夜の後・・・)
それは翌日の光景だった。
放課後という時間に午後が満ちていた頃だった。
それは当然の如く学園内に居在する娘達にも<相応な過ごし>を与える時であった。
「よっ、アリシア。さっきのアレなんだったんだ?」
活発な声が片隅に響いていた。
それは鳶色の瞳と背中まで届く茶褐色の髪を頭部で束ねた娘だった。
そして他の生徒より頭一つは出た、長身の体躯が特徴的な娘の声だった。
「理事長に呼ばれたこと?今度の試験問題を作らないかって言われただけよ。」
その声に当たり前のような返答が返されていた。
光の加減で蒼く見える銀髪を頬に掛かる程度まで短くまとめた娘だった。
そして薄紅色の眼鏡が覆う理知的な蒼瞳が特徴的な、アリシアと呼ばれた娘の声だった。
「やっぱ天才少女は違うなあ・・・ま、センセーらよりカタイってのは解るけど。」
「マーゴも受けてみる?なんだったらこっそりレクチャーしても良いわよ。」
「今度の試験ってアレだろ・・・折角の休みを机の上で過ごすつもりはないね。」
「ふふ、マーゴらしいわね・・・でもそう過ごせるのにそうじゃ無い人もいるのよ。」
二人はそんな風に会話を続けていた。
聞く者に友人であることを思わせる風に話していた。
それはこの施設に相応しい、広くそして完全に整えられた中庭庭園の傍らにてであった。
「でもこの試験って直接成績には関係ないんだろ?今更そんな暇なヤツって・・・?」
「あら、何でも一番って名誉が凄く欲しい人は何処にも居るわ。」
「・・・えっ?」
「この大異変を機に有り余る財力で<高貴な血>を取り巻きとして収集する人とかね。」
「・・・成る程ね。」
そして二人は中庭の中央辺りに視線を向けた。
そこにはこういった施設には付き物とも言える掲示板が設置されていた。
それはシンプルながら景観を損なわないようなバランスとデザインを有する品だった。
そして当然の如く、以前は唯の背景程度として娘達の視界に収まっていた程度の品だった。
だがそれはある日を境に、そう、もしもその時から観察している者ならば気付くであろう、
時折その前を通り過ぎる娘達は全く興味を示さないか、あるいはわざと目を背けるような
態度を見せるという、知らない者にとっては幾分奇妙に写る光景を築いた品であった。
「・・・というわけで今度の合格者は大体決まってるみたいなものよ。」
「はは、今度の出題者がそういうんじゃ間違いないだろうなあ・・・ま、アイツもこの前
アリシアが居なきゃ間違いなくトップだったんだからそうみたいってとこかな。」
何気ない口調だった。
それはマーゴがアリシアに向けた普段の調子の口調だった。
だが、それを向けられたアリシアは何処か謎かけの様な表情をマーゴに向けていた。
「・・・もう一人・・・不確定要素の人が参加しないとすればなんだけどね。」
「・・・へ?他にそんなアタマの良いヤツっていたっけ?」
「あるテストでね・・・裏に変な落書きをした人がいたのよ。」
さらりとした口調だった。
知を主張するかのような、何気なさを含めたアリシアの言葉だった。
「落書き?なんだそりゃ?」
「・・・私が出題者の先生方だったら、ちょっと愉快になれそうもない落書きね。」
「センセーらの悪口でも書いてたとか?」
「ふふ、似たようなものよ・・・でもある意味それより遙かに始末が悪いけどね。」
「・・・?」
その言葉に何処か不思議そうな表情をマーゴは作っていた。
ただ、その言葉の意図を読みとったというより、その意味を計り兼ねている風であった。
それにアリシアは何処か満足げな笑みを向けていた。
それは見る者によっては友人に対する親しみを含んだ仕草のようだった。
だがそれは掲示板前の娘達に向けると同質の、愚賤へ向ける優越にも見える表情だった。
・・・それは一つの光景だった。
この状況下においてなお平穏を主張するかの如く催される定例行事・・・
最高点数者一名のみ卒業までの全費用を免除するという<特待生試験>の概要が書かれた、
たかが紙切れ一枚を添付した掲示板の傍らでの光景だった。
そして・・・ここではさほど珍しくもない光景の一つでもあった・・・
その頃・・・
「で、あそこと今の校舎だけが今授業で使ってるとこ・・・覚えたサキ?」
「はぁいルイ、でも以外に使ってないとこが多いのねぇ〜」
「元々人が少ないとこだったし、今じゃ来るヤツなんてよっぽどの変わり者だからね。」
「あははー、私が男の人だったらもぉ少し増やせるのにねぇ〜」
「・・・そんな増やし方してどうすんのよ。」
そんな声が流れていた。
「医務室はさっきの所がメインだけど寮棟にも小さなヤツがあるわ。」
「建物の中ってのはいざって時に便利そぉねぇ〜」
「・・・ウチのは今無人よ。そんな気を使うのは無駄ってことみたいね。」
「健康な人ばっかじゃ確かに無駄だものねぇ〜・・・私も見習わさせて頂くわぁ〜」
「・・・あんたは長生きしそうね。」
それは<学校>の中を歩いていた二人の声だった。
放課後という時間の中を<案内>の名目でサキを連れながら歩くルイの二人だった。
実際、広い施設であった。
古城をそのまま利用しているだけあって本来なら廻るだけで数日は要する筈だった。
だが元々の老朽化により前から既に背景化している場所、そして<大異変>の余波により
ここから姿を消した娘達という要因により既に生活圏自体はその程度になっていた。
「・・・ま、大体はこんな所よ。後解らないとこあったら・・・誰かに聞いてね。」
「はらぁ〜、ルイは教えて頂けないのかしらぁ〜」
「他に使ってるとこないし・・・大体同じ質問に二度答えるのは嫌いなのよ。」
「りょぉかぃ〜、あははー、それじゃ改めて楽しくやりましょうねぇ〜」
気の抜けるような返答がルイの耳に届いた。
皮肉混じりで口にした数々の説明に対して当人が口にした言葉がそれだった。
それはまるで見慣れた光景の<うんざりした気分>を何処か駄目にするような響きだった。
「・・・もう一寸落胆するかと思ったんだけど。」
「あらぁ〜、どぉしてぇ〜」
「わざわざ高いお金払って来た場所がこれじゃ<期待外れ>も良いとこじゃないの?」
「言われて見れば確かにそぉねぇ〜・・・それじゃ今から落ち込んでも良いかしらぁ?」
やはり呑気そうな表情だった。
虚勢の欠片も感じさせてくれなそうな正にそのままの表情だった。
それはふと横を見たルイの視界に写る、そんな言葉に相応しいサキの表情だった。
「・・・ま、他の子のとこみたいにギスギスってのよりは確かにマシだけどね。」
「はらぁ〜、余所のお部屋はそぉんな感じになってるのぉ?」
「・・・あの時から持ってる子とそうでない子で部屋割りを変えたってのは言ったでしょ、
だったら一寸前まではそれなりにバランスが取れてたってぐらい察してよ。」
「それがアレのお陰で持ってない人どぉしのバランスも崩れちゃったって訳ねぇ〜」
そう言いながらサキは前方へと軽く視線をやった。
そんな仕草に釣られるようにルイも何となくそこへ視界を向けた。
その先にはあの中庭庭園と・・・そこに冷徹に設置されたあの掲示板が存在していた。
「・・・実際、最高点取得者たった一名じゃ受ける人同士がいがみ合うのも当然よ。」
「なぁんか救済措置ってより諍いを誘発してるだけみたいねぇ〜」
「それでも卒業までの学費その他一切免除ってのは大きいけどね。」
「確かにねぇ〜」
「・・・ま、あんたには一応ここの学費全部払い込んでるんだから関係ない話だけど。」
投げやりな口調だった。
皮肉っぽさで染めた視界にその光景を写しながらの口調だった。
そしてその場に<どうしようもない>沈黙をもたらすだけの言葉・・・の筈だった。
「あらぁ〜、それって私は隣で騒いだり鼾をかいても良いってことかしらぁ〜」
「・・・えっ?」
「それじゃお夜食からお部屋のおそぉじにお洗濯、他にはそぉねぇ〜・・・
あははー、お望みなら添い寝もお受けするからどぉんどん言って頂けるかしらぁ〜」
軽い口調そのものの声だった。
それは悪戯っぽい瞳を向けながら発したサキの言葉だった。
ただそれは届けられたルイにとって久しく無かった感触を有する響きの言葉だった。
「サキ・・・どういうつもりよ?」
「ルイぃ〜、こぉいう時は「手伝え」って言った方が良いと思うけどぉ〜」
「・・・なによそれ?私に報酬なんか支払えないし・・・支払うつもりも無いわよ。」
「あははー、この程度で報酬なんか要求しないわよぉ〜・・・特にお友達にはねぇ〜」
それは何気ない言葉だった。
打算の欠片も有していないようなごく自然に出たような言葉だった。
ただそれはルイにとって先程感じた感触を更にリアルに感じさせるような言葉だった。
「・・・友達?なによそれ?昨日から同室ってだけで少し馴れ馴れしいんじゃない?」
「はらぁ〜、そぉだったのかしらぁ〜」
「一応言っとくけど・・・大体あんたみたいにふわふわしているだけで周りのことなんか
気付く様子もなさそうな馬鹿って・・・見ていて凄く気分が悪いのよね。」
吐くような口調がその場に響いた。
感情をそのまま表すように口にしたルイの言葉だった。
ただそれはサキに対するよりも、何処か自身に聴かせるようにも聞こえる言葉であった。
「あらぁ〜、それじゃルイは周りのことご存じなのねぇ〜」
「当然よ!私はあんたより前からここにいるし、それ相応の経験もしてるんだからね。」
「あははー、それじゃおあいこかも知れないわよぉ〜」
「・・・なによそれ?どういうことよ?」
「だぁってぇ〜・・・私は一人でここまで来たものぉ〜」
それはやはり平然とした、何気ない口調そのままの言葉だった。
故に届いたルイ自身にもその言葉がどういう意味を持つかはすぐに気付かなかった。
だがそれは徐々に、そして確実にサキを写すルイの視界に一瞬の驚愕を与えた言葉だった。
・・・無理もない。
『外には恐怖が在る。』
『世界はあの時から暗黒に満ちている。』
『自分達の知っている中でここしか自分達が生きられる世界を知らない。』
それが大方の意見であった。
それ故に彼女たちの日々の概略にさほどの変貌は無かった。
恵まれた者は残された時間の長さに安驕し、そして恵まれない者は短さ故に苦嘆に暮れた。
その長短の差しか持ち得ていない大半の者達はそれ故そんな日々を続けるだけだった。
・・・その筈だった。
「・・・嘘でしょう?」
当然のようにその言葉がルイの口から出た。
「・・・」
その言葉に返事は無かった。
もはや相変わらずとなった笑顔をサキは無言で向けるだけだった。
いつもの柔らかそうな・・・しかし偽りを欠片も感じさせないような笑顔を・・・
やがて・・・
「・・・私はこれから図書館で勉強するから・・・部屋には一人で戻ってくれる?」
短い沈黙の後、それだけ言ってルイはサキに背を向けた。
その口調は先程と何処か違う、ルイ本来の姿を何処か感じさせる暗さの無い響きだった。
「ルイぃ〜、図書館には大した本は残って無かったわよぉ〜」
「・・・どういうこと?」
その背中に再び何気ない声が響いた。
ただそれはその場を去ろうとしたルイを呼び止めるに充分な様子だった。
「そぉねぇ〜・・・誰か一人が必要な分を全部抑えたかって所かしらぁ〜」
「・・・ちょっと待ってサキ、あんたにどうしてそんなことが解るの?」
「あらぁ〜、必要な分以外は残っているみたいだから単純な引き算よぉ〜」
それも平然とした言葉だった。
まるでそれが当たり前のことで在るかの如き態度そのままの言葉であった。
だがそれは本日初めて入った図書室を軽く一巡しただけの人間の言葉でもあった。
「・・・さっきの・・・ちょっと信じかけた私が馬鹿だったわ。」
「なんのことかしらぁ?」
「・・・あんたが凄い<大ぼら吹き>ってのは充分解ったってことよ。」
故にやや呆れた感じの口調でルイはそう口にした。
それは一瞬感じた驚きと緊張をほぐしながらの言葉だった。
ただ・・・
「・・・ま、確かに今からじゃそうなってるかもって気は私もするけどね。」
「それじゃどぉするのかしらぁ〜」
「ふん、部屋に戻ってこれから毎日勉強ね。それしか無いんでしょ?」
「あははー、ここの蔵書程度なら無くても別に支障無さそうだものねぇ〜」
再びそう言い切るサキをルイは更に呆れた視界に収めていた。
それはやはり相変わらずの軽くて呑気そうで頼りなげな、会ったときそのままの姿だった。
ただ・・・
「サキ、そこまで言い切るんなら・・・勉強の手伝いもお願いできるかしら?」
「はぁい、ルイのお願いなら添い寝とばりゅぅせっとでお受けするわぁ〜」
「・・・一応言っとくけど私はそういう趣味はないからね。」
「あははー気が合うわねぇ〜、実は私もそぉなのぉ〜」
「・・・あんたねえ。」
そんな会話をしながら二人は何時しか寄宿舎へと歩を進めていった。
それからも続いた呑気そのもののサキの言動に呆れたり苦笑したり・・・
それでもルイにとってそれは久しくなかった友人との会話を楽しむようであった。
ただ・・・
その時のルイにはまだ冗談にしか過ぎなかった。
まるで軽口同然にたった一人でこの変わり果てた世界を通ってきたということと同様、
一瞥程度のことで図書室の蔵書の状況を把握するなぞ確かに冗談としか思えなかった。
当然のことながら知らなかった。
先程アリシアが危惧した、試験用紙の裏に落書きを行った者のことを。
そう、回答こそ七割程度しか埋められなかったがその僅かな時間で行われた・・・
出題教諭ですら解析に丸一夜は要するであろう『問題』を書き込んだ者のことを。
故にこの時点では想像だにしなかった。
自分が一体どんな人間に勉強の手伝いを頼んだかということを。
そして、精々中の上程度の成績故『不可能』と確信していた結果がどうなるのか・・・
...What is worth doing at all is worth doing well.
...ACT03:JUST ONE'S SIGHTS(それから・・・数週間の後・・・)
雨が降っていた。
土砂降りと呼ぶに相応しい雨がこの地域一帯に降っていた。
等しく降っていた。
この学園を覆うように強い雨が降っていた。
それは同様の天空を仰ぎ見る限り当然と言えることだった。
そしてこの学園がやはり世界と隔絶していないことを示す事象の一つだった。
まるで・・・この学園もやはり<大異変>後の世界の一部であるかを示すように・・・
「・・・」
一人の娘が座り込んでいた。
小さな体躯を更にそうするようにうずくまっていた。
校舎群の片隅・・・普段から人気の無い場所に無言のままそうしていた。
「傷みますか?」
そんな声が向けられた。
背中を覆う程伸びた濃い褐色の髪と藍色の瞳を大きな傘で覆っていた。
それは整った体躯をその娘を見下ろすように立たせていた一人の娘だった。
「・・・」
「先程からの光景と今の状態を察するにその痛みは相当なものと察します。」
何処か威圧的・・・というより現越的な言い方だった。
それは周囲の光景と彼女自身が醸し出す、何処か古色な雰囲気に合うものだった。
「ですがダニエラ・クリスリーヴ様、それは自業自得と言うものですよ。」
「・・・」
「確かに貴女の仰ったことは事実ですが、普段からの確執の解消、と言うよりは個人的に
溜飲を下げたいだけという感情からではヴィナス・パイダル・コーラヴァンティア様らが
あのような態度を取ることも止む得ないものですよ。」
清々たる口調だった。
まるで神託を告げる巫女のような口調だった。
そして目前に傷だらけで喋ることさえ苦痛そうな娘を目前にしても変わらぬ口調だった。
「故にこのことで貴女が受けたことは全て納得しなくてはいけないことです。」
「う・・・」
「人の世というのはそういう仕組みに造られているのです・・・御理解頂けますか?」
「あ・・・」
その言葉にうずくまる娘・・・ダニエラはゆっくりと頭を垂れた。
それは向けられた言葉に納得したというより、ただ反射的にそうしただけの行動だった。
・・・瞬間!
「・・・ひっ!」
その小さな体躯が弾かれるように横に飛ぶ!
降り続く雨が築いた泥水の中にダニエラの体躯がいきなり叩き付けられる!
「・・・ですから生徒会長としてこの件の調停を理事長より依頼され、立場上受けざるを
得なくなった私ことマージィ・ウェンガー・フィアネスによる『その結果』も当然として
御納得頂くべき種別のものです・・・よろしいですね?」
「・・・」
「ではそういうことで後はお任せ下さい・・・どうぞご自愛を。」
そう言い残すと自らをマージィと名乗った娘はその場を立ち去った。
降り注ぐ雨に消えて行くように、校舎群の一つへと表情も変えずに歩いていった。
それは瞬間的に閉じ、そして無慈悲にダニエラを殴打した大振りの傘を差しながら・・・
にもかかわらず一滴の雨も受けないままの体躯を平然と揺らしながらだった・・・
やがて・・・
「ルイ・アルファルド!山師の孫風情が煩いですわよ!」
「なによヴィナス!あんたこそ<血統書>を金で買った偽貴族の娘じゃない!」
「なんですって!?」
「何よ?やろうっての!?面白いじゃない!」
その一室に騒然たる雰囲気が満ちていた。
言い争う二人の娘から発されていた不穏さが満ちていた。
それは校舎群の片隅の、生徒数の減少により現在では未使用状態の一室だった。
「はぁい、じゃすともぉめんとぉ〜」
そんな中にそんな声が響いた。
その場の雰囲気をまるで意に介さないようないつものサキの声だった。
そして同時に、まるで歩調を読んだかのように娘達の言葉を止させた響きでもあった。
「マージィさぁん、この場合暴力による解決ってアリなのかしらぁ〜」
「ヤハギ・サキ様。そんな野蛮な手段が最適ならこの様な場を最初から設けませんよ。」
「確かにねぇ〜・・・と言うわけでお二人共<くぅるだぅん>をお願いするわぁ〜」
それからまるで確認を取るようにマージィからの言葉を聞いた後、
サキは相変わらずの笑顔を向けながらヴィナスとルイの二人にそう言葉を発した。
「・・・確かにこんなヤツぶん殴ってもつまんないわよね。」
「冷静にですか・・・確かに私としたことが少し取り乱してしまいましたわね。」
「あはは。まあこんなこともあるわよ。」
「・・・ですが改めて申し上げますと、確かに私は今回の出題者であるアリシア・・・
アリシア・マークリア・イノックスさんに試験に際する学習の手伝いをして頂きました。
しかしそれは問題を教えて貰ったのでは無く既に終えた分の復習程度ですよ。」
淡々とした口調でヴィナスはそういうとルイを横目で見た。
それはまるで・・・いや明らかに嫌悪の仕草そのものだった。
「・・・そんな詭弁を平気で口にしてよくも人に言いがかりを付けられるわね。」
「あら、あなたは自分より劣る人間に教えを請うのですか?」
「・・・どういうことよ?」
「少なくとも私はあなたにものを尋ねる人間ではないということですよ。」
「へえ、どっちが優秀か<あれ>できちっと結果が出たんじゃなかったっけ?」
「・・・確かに姑息で卑怯な手段には長けているというのは認めますわ。」
「ふん、自分が一番になりたいってことだけで可能性のありそうな子にお金で辞退させて
その上、去年一番だったアリシアに手伝わせた挙げ句に寄りによって私に抜かれたんじゃ
確かに怒るのも無理ないでしょうけどね・・・でもあんたが幾ら疑っても私はずるなんか
してない以上、結果に一々文句を付けるのはみっともないだけよ!」
売り言葉に買い言葉・・・正にその様相そのままだった。
それは当事者達を知る者にとってやはりある種当然と呼ぶべき光景であった。
そして『行き着く所まで行き着』かねば解決は図れないと大概が思う様相であった。
しかし・・・
「ヴィナス・パイダル・コーラヴァンティア様。」
その時、声がその場に響いた。
それはまるで冷水の如き響きを持ったマージィと呼ばれた娘の声だった。
そして再び・・・少なくとも片方をその様な不穏さから引き戻した響きだった。
「どうもこの場の調停は私よりサキ・ヤハギ様が相応しいという気がしますが?」
「あら、ヤハギさんはアルファルドさん寄りの方ですわ・・・お呼びもしてませんし。」
「確かご依頼をされた時もそう仰ってましたわね・・・ではサキ・ヤハギ様。」
「はぁい、何かしらぁ〜」
「どうしてお二人の話し合いだというのにこの場に来ているのですか?」
「そぉねぇ〜、ルイのお勉強を手伝ったのが私だってこととぉ〜・・・」
そう言うとサキは周囲を見渡すように首を動かし出した。
それはやはりいつもの・・・何処か戯けたような呑気な仕草だった。
しかしそれは室内に在する、ヴィナス寄りの数名の娘達を示すように行った態度だった。
「・・・確かにそうですね。」
「ホントはもぉ一人・・・ダニエラって子も来る筈だったんだけどねぇ〜」
「来ないということは、ここでの結果を容認するという意志を表しているんでしょう。」
事も無げにそういうとマージィは改めて二人の方へ表情を向けた。
それは平然とした、正にそれが当然と認識して居るかの如き様相だった。
「勿論私は最初から一人でと申し上げていたんですが・・・何分友人の方々の親切を無に
する訳にも行かない性分ですから。」
「何よ親切って?」
「解りません?誰かさんのように不正を行っても恥じるどころか平然とするような狡くて
粗野な方と私が対峙するのを心配して下さった方々ということですよ。」
その言葉は冷笑と共にルイに向けられた。
その美しく整った表情を正に侮蔑そのものの形としてヴィナスが向けた表情だった。
そしてそれはヴィナス寄りの他の娘達がルイに向ける表情と全く同質のものだった。
「あははー、それじゃ私もそれで行かせて頂こうかしらぁ〜」
その時、その声が響いた。
聞いたことのある者が聞き慣れたサキのいつもの口調だった。
ただ、それはその陰湿な雰囲気を実力をもって解消しようとしたルイを押しとどめ・・・
同時にヴィナスらの薄笑と蔑視を押し返すが如き挑戦的な瞳と共にであった。
「・・・どういう意味です?」
「今あなたが言ったこと全てをそっくりお代えしするってことよぉ〜」
「随分とご親切なのですね・・・では、その親切に対してアルファルドさんが約束されて
おられる報酬の3倍を私がお支払いするといったらどうします?」
その瞳にヴィナスは先程と同種の口調で対峙した。
それはある種、自己の有する<力>に対する自負そのままの態度だった。
そして、その<力>で叶わなかったことはないという、<実績>に基づく自信故だった。
・・・が。
「あらぁ〜、あなたにそれは払えないと思うわよぉ〜」
「・・・まずは額を言ってからそう答えて欲しいですわね。」
「はらぁ〜、聞いたこと無かったのかしらぁ〜・・・タダより高い物は無いってねぇ〜」
「・・・!?」
やはり飄々とした態度そのままだった。
それは誰が見ても呑気そうで頼りなさそうな娘が発した言葉だった。
だが、それまで高位めいたヴィナスの表情を明らかに変貌させた態度でもあった。
「・・・随分な信頼ですのね・・・ではそれが本物かどうか試してもよろしいかしら?」
「・・・どぉいう意味かしらぁ?」
「大したことではありません・・・簡単なゲームに付き合って頂くだけですよ。」
そう言うとヴィナスはサキの言葉を待たずにその後方の娘達へ視線を向けた。
その途端、ルイとマージィを除く全員が一斉に動き出し、ある種の<準備>を行い始めた。
「!・・・ヴィナス!一体どういうつもりよ!?」
その様相にルイが思わず言葉を放った。
その視界に写る一つの机、そして対峙するように設置された二つの椅子の片方に座る娘、
そして・・・その机の上に置かれた『拳銃』という光景に対して上げた非難の声だった。
「なぁんか前にテレビで見たことあるけどぉ〜・・・ひょぉっとしてアレかしらぁ?」
「・・・ルールはお互い一回ずつ、まあお望みなら何回引いても良いですよ。」
「もぉ少し近代的な解決方法があるような気がするんだけどぉ?」
「確かに<今時>ですね・・・でも公平なことには違いがないので良しとしましょう。」
一丁のリボルバー(回転式弾装)式拳銃に一発の弾丸を込めた後、それをお互いが交互に
引き金を引いてどちらかが死ぬまで行う「ロシアンルーレット」というゲームがある。
それは今更説明は不要な、物語上ですら古典、或いは陳腐の部類に入るゲームである。
だが同時に勝敗を片方の死によって決める、やはり気違いじみたおぞましいゲームである。
「人に、特に私にそのような態度を向けるのなら、それが虚勢でないと示して下さいね。
でなければ貴方の口にしたこと全て、アルファルドさんの件も含めて全て偽りであったと
認めたと同義に取らせて頂きます。」
それは薄笑いを浮かべながらだった。
その内心に渦巻く自信がどういう形をしているかを示す表情だった。
そして、崩す素振りも見せないであろうと思わせる程の自我に満ちた表情だった。
「マージィ!こんな強引な手段アリなの!?無茶苦茶にも程があるわ!」
「私は調停の為にここに来ました。少なくとも口げんかを見に来たのではありません。」
「どういうことよ!?」
「当事者のお二方の内、片方から一つの解決案が今提示されたということです。」
「なっ!・・・わ、私はこんなの納得出来ないわよ!出来る訳ないじゃない!」
「誠に申し訳ありませんがルイ・アルファルド様の御意志はこの時点では関係ありません、
何故ならこの件の解決を図る目的のためにヴィナス・パイダル・コーラヴァンティア様が
たった今選んだ相手はサキ・ヤハギ様だからです。」
達観そのままの返答だった。
それは即座にこれ以上の会話の無駄をルイに悟らせるものだった。
「サキ!あんたは友達じゃない!だから、だからこんな狂った奴らの相手はやめて!」
そしてその視界に写る、平然と机に付いたサキに向かってそう口にした。
それはいつもの口調、だがそれを叫びにも似た口調に変えての言葉だった。
「ルイぃ〜」
「・・・なによ。」
「それはちょぉっと皆さんに失礼じゃないかしらぁ〜」
「・・・どういうこと?」
「だぁって本当に狂っているのならぁ〜・・・続きをやってくれる筈だものねぇ!」
その言葉を発すと同時!
ルイに向けた表情を再び机の前に向けると間髪入れずにその手を伸ばす!
躊躇いを欠片も感じさせないような、優雅ささえ有するような手つきが机に伸びる!
そしてその銃口を微動の兆候を見せぬまま自身のこめかみに添え付ける!
直後!
「サキ!」
・・・空音。
絶句と安堵。
緊張を解きほぐすような冷たい金属の響きが周囲に小さく響く・・・だが!
「確か何回でも引いて構わないっていったわよねぇ〜」
その言葉を発した瞬間!空音!空音空音空音!
連続!正に連続!
その回数・・・トータル何と連続5回!
それは確かにありえる、だが6連発式の拳銃から放った正に驚愕の響きだった!
「お待たせしましたぁ〜、それじゃ次はお願いするわぁ〜」
「・・・えっ?ええっ!!!???」
変わらぬ口調だった。
優雅ささえ感じる手つきで丁寧にその拳銃を机の上に置きながらの言葉だった。
そしてやはりあの音を発したのと同一人物とは思えないような相変わらずの口調だった。
「ヴ、ヴィナスさん・・・」
「引きなさい。私との友情を大切にしたいのなら貴女の取るべき方法は一つです。」
「で、でも・・・」
「早くしなさい。」
追従の冷笑は既にどこかへ消えていた。
まさかの光景に我を忘れかけた娘にヴィナスはそう言い放つだけだった。
6−5・・・それがもたらす確実な結果を内包する銃を目前にする娘に対してである。
「・・・結果は出たみたいですね。」
その光景に何の感慨も受けなかったが如くマージィがそう言葉を発した。
「では改めて問題を整理しましょう。」
そして無機質ささえ感じるその表情のまま当然のように言葉を発した。
「結論から申しますとルイ・アルファルド様が今度の特待生試験にて最高点を取得され、
そして昨年、同試験で同条件を満たされたアリシア・マークリア・イノックス様と同様、
卒業までの学費を含む諸経費を全て免除されますことは、理事長にも確認を取りましたが
覆らない結果です。」
清々たる口調と共にその<事実>が改めて皆の耳に届いた。
それは確かにルイ自身、申込を決意した日から励んだ結果を振り返るに足る言葉だった。
だが、淡々と・・・と言うより突き放した様な口調のマージィによって示されたそれは、
ルイ自身でさえ感慨というより<口答えできない不快さ>に近い物を感じる言葉だった。
「・・・ですがヴィナス・パイダル・コーラヴァンティア様。」
「・・・なんでしょう?」
「前回の試験に引き続き次点であるとはいえ、貴女の成績が素晴らしいものであることも
当然のことながら全ての方々が認める事実であり、卑下を感じることは一つもありません。
ですからお集まり頂いた皆様にもこういった確執があったことはここでの事のみに収めて
これからも今までと同様の学園生活を送って下さることを、私、マージィ・ウェンガー・
フィアネスは努めてお願い申し上げる次第です。」
最後に一礼を皆に加えるとマージィは言葉を止めた。
そして暫しの間、何とも言えない静寂が辺りを満ち包んだ。
その静寂の中、サキは相変わらずの表情をしていた。
ルイは不快げな表情ながら不満さのない表情だった。
そしてヴィナスに追従する他の娘達は、そのルイが一体どのような手段・・・
詳細こそ割愛させて頂くが、マージィが来る前にサキ自身が語った、ルイに対して行った
<驚愕すべき学習方法>を、たとえ今この場で再現したとしても不穏さを隠さなかったで
あろうことを少なくとも事実として受け止めざるを得ないという表情をしていた。
だが・・・
・・・?
それは奇妙な光景だった。
時間にすればごく僅か、数秒程度だった。
だがルイの視界にはそれは妙にゆっくりと写った光景だった。
・・・えっ?
その視界の中でヴィナスは表情を変えぬままだった。
ただ驚くべき巧みさで身につけた全てのアクセサリーを外していた。
指輪、ネックレス、アミュレット、ブローチ、ペンダントらを外していた。
やがて両手に余るほどのそれらが更なる巧みな手練で一つの形に成り終えた・・・瞬間!
「!?」
ルイが短い叫びを上げようとする!
だが同時にその体躯が真横に引かれたことで中途に終わる!
直後!
衝撃音が宙を走る!
そして入り口近くに鈍音と共に一点と呼ぶには大きすぎる窪みが穿かれる!
・・・それだけだった。
マージィはやはり変わらぬ表情でその光景を見ていた。
ヴィナスは優越すら感じさせる表情のまま右手を伸ばしていた。
その取り巻きたる他の娘達は・・・流石にやや青ざめた表情をしていた。
そして・・・咄嗟に引かれたときと同様にサキに抱かれたままのルイは・・・
「どういう・・・どういうつもりよヴィナス!」
驚愕とこれ以上無い激怒の混じった表情をヴィナスに向けていた。
そう、やはり護身用の名目であろう、高価なアクセサリーに模したパーツとして持ち込み、
それを恐るべき手際で組み終えた大口径拳銃を自分に構えるヴィナスに向かってだった。
「フィアネスさん、もしも自分から不正をしたと認めればその結果はどうなりますか?」
「・・・私は決定する立場に無いのではっきりとしたことは申せませんが、そういう方が
出した結果とあれば残念ながら無かったことになるとは思います。」
だがヴィナスはそんなルイを相手にする様子すら無かった。
やはり<慣れた手つき>の銃口と、そして<慣れた目つき>を向けるだけだった。
「・・・」
そんな様相にルイは黙ったままだった。
まるで銃口に縫いつけられたように動こうとさえしなかった。
マージィさえ放任同然の態度を取ることに不快さが心内に渦巻いていた。
「・・・」
だがそれは少しずつ、少しずつ諦めという色に変質しつつあった。
如何に真実がどうであれ、如何に正論がどうであれ、そんなものは何の意味も持たない。
結局は力ある者が全てを決定し、それに逆らうことは・・・
それは正に世界の縮図のままの唾棄すべき現実として突きつけられた光景だったからだ。
「くっ・・・」
故に口を開き始めた。
目の前の娘が望む答を口にするために。
屈服という名の満足を与える為の言葉を聞かせる為に・・・だが。
「ヴィナスさぁん・・・さっきのアレじゃまだご不満だったってことかしらぁ〜」
「あれはあなたを試させて頂いただけ・・・アルファルドさんとは別ですわ。」
「あらぁ〜、つまりルイが認めない限りこの結果は覆らないって知ってる訳ねぇ〜」
「私はそれこそが間違いだと言っているだけですよ。ヤ・ハ・ギ・さ・ん。」
ヴィナスは不快、いや不遜げな表情をサキに向けた。
それはある種ルイに向けた以上の、剥き出しの殺意にも似た印象を受けるものだった。
だが、サキは臆する様相を欠片も見せないままにマージィにその表情を向けただけだった。
「それじゃマージィさぁん、こぉんな状態で造った事実に意味ってあるのかしらぁ〜」
「このままでは水掛け論です・・・お互いが納得出来ることを事実としましょう。」
「・・・これなら殴り合いで決めた方がまだ公平だと思うんだけどぉ〜」
「いずれにせよ早い解決がお互いの為でしょうね。」
そんなサキにやはりマージィは表情を変える様子すら見せなかった。
そしてサキもそんなマージィを相変わらずの表情を向けていただけだった。
それはある種滑稽ささえ感じられる光景と言えなくはないものではあった。
だが、気付く者に取って当初の喧噪とは比較出来無いほどの緊張を感じる光景だった。
「確かにねぇ〜・・・それじゃ手っ取り早い解決方法を採らせて頂くわぁ〜」
そういうとサキはルイを抱いていた腕から力を抜いた。
呆気に取られたルイの視界に飄々とした足取りで歩き出すサキが写り・・・そして!
「!!!???」
<取り巻き>の娘達が驚愕の表情を向けた。
「止めてサキ!?そんな馬鹿なこともうしないで!!!」
ルイの悲鳴にほど近いような言葉が室内に強く響いた。
「・・・ヤハギさん、どういうつもりです?」
そして無言のマージィに変わるようにヴィナスの冷徹な言葉が続いた。
「・・・」
それらは一様にその意外さがもたらした反応だった。
だが、それらの反応をもたらしたサキは答えなかった。
ただ、普段のように平然とした態度で立っていただけだった。
そう、ヴィナスの構える銃口の僅か数センチ手前にその体躯を立たせていただけだった!
「・・・その気になれば人一人ぐらい・・・無かったことに出来ますのよ。」
「あらぁ〜、今までそぉしてきたことがおありみたいねぇ〜」
「・・・ここではそうしてませんわよ・・・でも、ここではまだってだけですよ。」
「あははー、それじゃ<まだ>のままで済ませて頂けると嬉しいわぁ〜」
言葉が続いていた。
冷徹な口調に合わせるように続く呑気な口調が室内に響いていた。
だがそれは満ち行く緊張とそれ故の沈黙の中で展開されていた光景だった。
やがて・・・
「・・・本気ですか・・・本気で貴女は他人の為に命を懸けようと言うのですか?」
幾ばくかの沈黙の応酬の後ヴィナスが口を開いた。
「・・・あんな・・・変わり果てた外から来たというのにそう考えられるのですか?」
何処か確認するような、ゆっくりとした口調だった。
「お金で何でも手に入れようとするのは・・・間違っていたかも知れないですね。」
そして呟くような口調をそのまま室内に響かせるとヴィナスは銃口を下げ始めた。
「アルファルドさんは・・・良いお友達を持たれたみたいですね。」
「・・・」
「・・・ヤハギさん・・・もしまだ間に合うのなら私もお友達にさせて頂けますか?」
「あははー、そぉいうことなら何時でも大歓迎よぉ〜」
ある種の和やかな雰囲気が漂い始めた。
その場を覆っていた緊張が融解しつつあるかの如きだった。
そしてそれによりその場にいた残りの大半が安堵の表情を示し始めていた。
・・・だがその瞬間!
「・・・などど言うと思いましたかこのJAP風情が!」
銃声!
その雰囲気を破り尽くすような衝撃が室内に走る!
ヴィナスが再び延ばした腕が欠片の躊躇もなくサキに向かって弾丸を放つ!
直後!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
悲鳴!
それは血塗れの屍を目にして反射的に上げた響き!
だが、だがそれは死の手練を解放したヴィナスに驚愕をもたらした響きだった!
「ま、まさか・・・そ、そんな・・・」
「私もまさかだったわぁ〜・・・あなたがここまで愚かだったなんてねぇ!」
一喝の如き響きがヴィナスの耳に届いた。
それはたった今目前で起こったことが現実であることを証明する響きだった。
そう、この至近距離でなおかつ不意を付きながら放った弾丸・・・
だがそれが放たれた瞬間、まるで当たり前のように回避した人間が放った言葉だった!
「あ、あなた・・・あなた一体?」
返事は無かった。
サキはそこへ無言のまま表情を向けるだけだった。
廻りと同様、ほぼ反射的にサキやルイの行動を静止しようとしたヴィナス側の・・・
その挙げ句の変わり果てた姿となった娘の亡骸へと表情を向けるだけだった。
「ルイぃ〜・・・その子を見ないで頂けるかしらぁ〜」
「わ、私は平気よ。ま、前に飛び降り自殺した子、見たことも・・・」
「・・・その子が見て欲しかったのは・・・止めてくれる人だったかも知れないわよぉ〜」
サキはルイに向かってそう口にするだけだった。
驚愕の表情のヴィナスや娘達、そしてそれすら表情を変えぬマージィに何も言わなかった。
ただ、骸となった娘に取り出したハンカチをその表情を隠すようにそっと置くだけだった。
「・・・サキ。」
その姿がルイの視界に鮮明に写っていた。
誰しもが恐怖と嫌悪を覚えるであろう「汚い死体」から決して目を反らさない姿を。
いや、それどころか今はこれしか出来無いことを詫びるような沈黙を続けるサキの姿を。
「・・・サキ・ヤハギ様、後は私がやりますのでお引き取り頂いても結構です。」
「・・・ルイの件も含めて事実は事実として受け取って頂けるということかしらぁ?」
「・・・ヴィナス・パイダル・コーラヴァンティア様もそれでよろしいですね?」
「・・・」
沈黙に等しい口調で流れたマージィの声にヴィナスは返答をしなかった。
その構えた銃口をサキの背中に再び向けかけながら無言で立つだけだった。
そして、正しく一瞬の間にその喉首に当てられた、<傘>による凍り付いた表情だった。
「・・・それじゃルイ・・・そろそろおいとましましょぉかぁ?」
「えっ?」
「マージィさぁん・・・それで別に不都合は無いわねぇ?」
「勿論です。」
「・・・それじゃ・・・葬儀の日取りは今度教えて頂くわぁ〜」
「・・・」
そう言い残すとサキはルイを連れて足早に出ていった。
後には未だ呆然となるヴィナスを含めた娘達とマージィだけが残っていた。
「・・・」
マージィは無言でドアの辺りに視界を向けていた。
血と硝煙が染めたドアを二人の、いやサキの残映を見つめるかの如く佇んでいた。
まるで別人の如く朧気に浮かべた笑みと共に・・・
後日・・・
この件による学校側の処分があの掲示板に張り出されていた。
その一枚の紙切れ、いやここに相応しい簡潔な内容のみであった。
ただ、ある種の人間を喜ばせ、そしてある種の人間を絶望に追いやる内容でもあった。
ヴィナス・パイダル・コーラヴァンティア・・・無期限放校処分。
それは没落したとは言え名のある家系の血統を殺めたにしては軽い・・・
だが彼女の庇護により存続を得た娘達へのある種死刑宣告にも等しいものだった。
マージィ・ウェンガー・フィアネス及びルイ・アルファルド・・・不問。
それそのものは特にこれと言った感慨を与えないものだった。
むしろルイ自身が特待生となったことでつい先日までの競争相手・・・
同室でいがみ合うものがその理由を失ったお陰で以前に戻ったぐらいである。
だが・・・
...ACT04:SEND AN ARROW(それから数日後。)
「はい、終わったわよ。」
そんな声が室内に流れていた。
「へへ、ありがと・・・でも相変わらずルイは器用だね。」
「別に・・・前にも言ったけど小さい頃に何でもやらされたってだけよ。」
「でも運動にお勉強、それにおさいほうも仕立屋さんみたいに出来るなんてすごいよ。」
「・・・私をここに来させるぐらいにウチがなったのはほんの数年前だからね。」
何処かつまらなそうにルイはそう口にした。
その膝上に直しが終わったばかりの制服を置きながらだった。
その年齢より幼いラインの肢体を下着に浮かばせるダニエラを視界に収めながらだった。
「私不器用だし・・・他のみんなみたいにおかね払えないから・・・」
「・・・私はこのぐらいでお金は取らないわ。」
平然とした口調だった。
やはり以前と同様の、何処か突き放すような口調だった。
ただ、以前とは何処か違ったものを内包する響きを有する言葉だった。
・・・勿論、身分が保障された故の余裕からでは無いことは言うまでもないが。
「じゃ、そろそろ私出掛けるから。」
「・・・今日もなの?・・・もうおそいよ。」
「一応ここの規則だからね。ま、着替えを持って行くぐらいだから大したことはないわ。」
既に夜の帳が降り始め、人工灯が照らす室内にてルイはそう言った。
そして立ち上がると、既に洗濯を終えていた別の衣服をやや急ぎ目に籠へと入れ始めた。
「・・・私のせいでおそくなっちゃったね・・・ごめんなさい。」
「あんたの制服の直しを引き受けたのは私・・・だから謝る必要はないわよ。」
「でも・・・」
ダニエラは言葉を続けようとした。
だが当のルイはまるでわざと無視するように作業を続けるだけだった。
「・・・じゃ、私、自分の部屋に戻るから・・・それと・・・ありがと。」
「・・・お休みなさい・・・それと・・・その程度なら何時でも引き受けるわ。」
「・・・うん。」
そしてその言葉を残し、直しの終わった制服を纏いながらダニエラは部屋を去った。
ヴィナスの置き土産同然に痛められた、だが今はその片鱗すら感じさせぬ程直っていた。
それはルイの一面を示すと共にヴィナスの痕跡を消すが如きにも感じられる技量だった。
「・・・さてっと。」
やがて、幾ばくかの時の後、ルイも自室を後にした。
衣類を入れた籠を持ち、いつものように寮棟の外へと歩を進めていった。
夜は既に帳を降ろしていた。
本来なら既に自室内にて過ごすべきと決められている時間だった。
だが、この時代においてなお威厳を示すが如く照らされる庭園を一人ルイは歩いていた。
・・・それは特待生という階級に属する者故ではない。
勿論、ルイが規則を破っているという短絡的な理由故でもない。
それどころかルイは決められたルールを命じられるままに行っているだけであった。
歩を進めていた。
人造の燭光が星光を下回る辺りまで歩いていた。
既に本来使われている施設郡を既に越えた辺りまで歩いていた。
それは、やはりここの施設の一つだった。
他と同様に古い歴史を内包した建造物の一つだった。
だが、他と明らかに違うことは一目で明白な建造物でもあった。
・・・朽ちかけた外観。
非常灯を含む人工灯の儚げさ。
そして、余りにも人気(ひとけ)というものを感じさせないその雰囲気。
「・・・」
この時刻故、一層強まるその雰囲気はルイをしてその場に立ち止まらせるものだった。
「・・・ふん。」
だが、幾ばくかの時の後、再びルイは歩を進め、その中へと入っていった。
全てに優先されるその役目を果たす為に。
その建物の一点、殆ど唯一といって良いその窓に燭光を確認した為に。
「・・・さっさと寝なさいよね。」
他の施設とは余りに違う、朽ちかけた外見に相応しい内装だった。
基礎が剥き出し同然同然となった壁、もはやゴミ同然の机と椅子。
おそらくそれ一つであろう、その上に置かれた電気製品たる簡素なランプ。
そして見るからに堅く、薄汚れたベッドを光景に従えた饐えた臭い・・・
その様な、初めて視界に入れた<懲罰室>の光景を思い出しながらルイはそう呟いた。
・・・いつまでこんなことやらせんのよ。
そんな懲罰室での当面の軟禁生活・・・
それが学園側がサキに架した処分の内容であった。
ルイへの不問とヴィナスが処分を飲む条件として提示したという「噂」がある・・・
・・・あんたの着替えの洗濯、部屋の掃除当番は<貸し>から引くからね。
だがやはり快活そうだった。
ある意味放校より屈辱的な処分・・・にも関わらずやはりサキは笑顔のままだった。
まるで深刻な表情で対峙するのが・・・そう、ばかばかしくなるほどに。
・・・だから・・・だから・・・とっとと出てきなさいよ。
それは夜の一幕だった。
やがて平静を取り戻すはずの、ルイにとっていつもの日課の筈だった。
・・・だが!
「な、何よあんたたち!?」
埃どころか建材すらまばらに散る程傷んだ廊下にそんな声が響いた。
その視界に見慣れぬ人物らを収めたルイが反射的に口にした言葉だった。
「・・・」
無言だった。
サキのいる部屋の正面、その前に立つ二人の人物は無言だった。
「こ、答えなさいよ!」
「・・・」
やはり無言だった。
ごく僅かな光の中でも解るほどの冷徹な目をルイに向けるだけだった。
それはこの薄明かりでも解る程のシルエットを持つ、ここにいるはずのない男性だった。
瞬間!
そのシルエットの一部が弧を描く!
同時!
練られたルイの反射神経が咄嗟にその身を後ろに下げる!
「・・・」
更に慣れたルイの視界にその姿が映し出されていた。
その内の一人、大柄な男性がその片腕に大柄なナイフを構えて立つ姿を!
一閃!
その刃の光沢がルイを巻き込むようなモーメントを描き出す!
裂ける!
ルイの持った籠がその一閃で真っ二つになる!
その勢い、そして慣れぬ足場がルイの歩を乱し、その体躯を真後ろに倒す!
直後!
間髪入れず男が前進する!
その手にナイフを構えたまま!
その切っ先を正確にルイの喉元へと向けたまま!
そして!
「ぐっ!」
くぐもった声が短く響いた。
それは明らかに痛感故に漏らした響きだった。
だが、それは襲いかかった男の喉から洩れた響きだった。
それは予想外の勢いでナイフを廊下の隅へと弾かれた衝撃故に・・・
そう、倒れた時、咄嗟にルイが握った数十センチの鉄パイプがもたらした響きだった!
打つ!
「がっ!」
瞬間的に姿勢を直したルイが男の腹部を打ち据える!
それでも男は倒れない。
再度打つ!
今度は脚部を薙ぐように鉄パイプを奮う!
相当屈強なのであろう・・・堅い筋肉の感触がルイの手に伝わる。
打つ!
倒れない!
打つ!
倒れない!
打つ!打つ!打つ!
腕を、胴体を、そして脚部を打ち据え続ける。
相応に訓練を積んだであろう男が全く反撃できないほどの技量で。
正に反射!
急所を狙わない程度しか理性を残さぬ、鍛えた技量をそのままルイは奮う!
やがて・・・
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・」
荒げた息もそのままにルイは鉄パイプを握ったまま歩を進めた。
傍らに微かな息を漏らすのみで倒れ伏す男に一瞥を加えることもなく歩みを始めた。
「・・・けっ、だらしねえ。」
その声が前方から響いた。
やはり男性、それも浮かぶシルエットと照合して30代後半程度のそれであった。
「・・・どういうことよ?」
「お嬢さんじゃねえよ・・・そこに無様に寝転がってるそいつのことさ。」
「・・・あんた誰よ?この学校の子目的なら寮棟の方へでも行ったらどう?」
「・・・確かに興味はあるがな・・・ま、仕事で来ているんだからそうも行かねえよ。」
淡々とした口調だった。
それは先程倒された男と同質、いやそれ以上の不快さをルイに感じさせるものだった。
「・・・仕事?」
「そう、つまりはこういうことさ。」
そういうと男はゆっくりと片腕を上げた。
その手に金属質の光沢があるのがルイの視界に写った。
だがそれは先程のナイフのそれではない・・・明かな拳銃のそれだった!
「お嬢さん・・・ルイ、アルファルドだろ?」
「・・・だったらどうだって言うのよ!?」
「あんまり人の恨みを買うもんじゃない・・・って言えば解るか?」
謎かけのような言葉だった。
だがルイにははっきりとその意図したことが解った。
そしてその脳裏に・・・あのヴィナスの冷笑が再び浮かんできた。
「・・・それでサキをここに閉じこめ、そして私を・・・」
「本来お嬢さんの順番は明日の予定だったんだがな・・・ま、これも運命ってやつさ。」
微かな金属音が響いた。
それは男が持つ自動式拳銃の撃鉄が引かれた音であった。
「・・・何が運命よ。」
それに合わせるようにルイは姿勢を縮めた。
出来るだけ体面積を小さく、そして瞬時に前方へと動くための姿勢であった。
そして・・・それがルイにとって精一杯の抵抗であった。
余りにも不利であった。
先程とは違い、既に<力>の存在を知られていた。
微動だにせず向けるその腕は、明らかにその技量と冷酷さを示していた。
そしてこの場所は既に他者から隔離され、たとえ銃声が響いても誰も来ない場所だった。
・・・死が迫っていた。
視界に写る全てはこれからの死そのものだった。
余裕そのものの如くゆっくりと引き金を絞るその手の動き・・・
そして更にはっきりとしてきた、そのにや付いた男の表情は正に最後の光景だった。
・・・だが!
「!?」
その光景は一瞬にして変貌した!
微動だにせず向けられていたその腕がいきなり壁の方へと弾かれた!
更にそれでも戻そうとする腕が今度は壁自体に吸い付くように固定された!
「がぁぁ!」
先程までのにや付いた表情は明かな苦痛で歪むそれとなっていた。
「・・・?」
その一瞬の変貌に呆然とする表情を送りかけたルイの視界にその光景が写った!
この薄明かりの中まるで後光の如くランプの光を纏い、ドアを開けて出てきたその姿を!
そう、その手にベッドの構成パーツを利用して作り上げたボウガンを持つ、サキの姿を!
「て、手前!」
その腕を文字どおりボウガンの矢で壁に縫われた男がサキに悪態を付く。
「ルイぃ〜、大丈夫だったかしらぁ〜」
「・・・見てのとおりよ。」
「とするとぉ〜・・・はらぁ〜、とりあえず今夜は着替え無しってわけねぇ〜」
だがサキは男に興味を示すどころか相変わらずの口調を響かせるだけだった。
「こ、この!」
男の残る腕が予備の拳銃へと伸びる!
だがそれより早くサキはボウガンの切っ先を男の額に当てる。
懲罰室の堅い木のドア・・・それすら易々と貫通した鏃が男の目前に迫る。
「取りあえずこれは無しにさせて頂くわぁ〜」
そういうとサキは感覚の無くなっていた腕に握る拳銃を易々と取り上げた。
そして片手で器用にメンテナンス用のレバーを操作し男の目の前で分解を行った。
瞬間!
「えっ!?」
サキがボウガンを放つ!
それも後方・・・ルイの傍らに向けて!
「がっ!」
その短い悲鳴がルイの後方で響く!
それはルイのダメージから立ち直りかけたあの男の上げた声。
壁に縫われた男と同様、その銃を構える腕を床に縫われて上げた悲鳴!
「なっ!?」
壁に縫われた男が続いて声を上げた!
矢を放つと同時に自分の予備の銃を奪って間髪入れず構えたことに対してである。
まるで舞踊のようによどみなく・・・しかも正に一瞬の間に・・・
・・・な、なんだ・・・なんだこいつは・・・
その出来事に男は奇しくも<クライアント>と同様の感想を内心で漏らした。
「・・・お嬢さん・・・拳銃は音の出る武器だって知ってるか?」
しかし、それでも虚勢を張ろうとするのか口から出た言葉はそれだった。
「それぐらいは知ってるつもりだけどぉ〜」
「それじゃ聞くがな・・・その音が俺の仲間に聞こえたらどうなるって思う?」
努めて冷静を装うような口調で男はそういった。
自分達以外に仲間がいる、そして拳銃の発射音は明らかにこの建物に響く・・・
それは確かに警告には充分に足る言葉だった。
事実、その言葉を耳にしたルイはその表情を緊張で堅くした程であった。
だが、当のサキは延ばした腕から向ける銃口を微動だにすらさせなかった。
「あははー、あなたは思ったよりご親切な方だったのねぇ〜」
「・・・何だと。」
「だぁってぇ〜、ご自分の命より・・・私達のことを心配してくれてるものぉ〜」
「・・・?・・・なっ!?」
それは相変わらずの口調で語った言葉だった。
それ故か、男はその言葉の意味にすぐには気付かなかった。
だが、その言葉の意味に気付いた時、男は言いようのない恐怖を感じることとなった。
・・・その音が仲間の元に届いたとき、自分は何処にいるのか?
そして、それが自分が行ったような<ハッタリ>で無いことも直感的に解った。
その、開け放たれた部屋から洩れる薄明かりが浮かばせるサキのシルエット・・・
それがまるで葬送の黒衣を纏う冥界への案内人の如き印象を与えた故かも知れない。
「・・・」
そんな一連をルイは視界に収め続けていた。
自分に対する学習や先日のヴィナスとの一件・・・
それだけでもだけでも驚愕に値するというのに更にこれ程の戦闘能力・・・
普段のあの飄々とした態度から想像も付かないようなサキの姿をその視界に収めていた。
「・・・サキ、一寸聞きたいんだけど?」
「何かしらぁ〜」
「もう私疲れてきたんだけど・・・姿勢を直して構わないわね?」
「はぁい、お気が付かずにごめんなさぁい。」
その言葉と共に苦笑混じりでルイは姿勢を延ばした。
生まれて初めて視界に入れた殺し合い・・・だが不思議とルイは恐怖を感じなかった。
それどころか、この期に及んでも変わらぬその相変わらずさに安堵さえ感じる程であった。
そして、それ故に次の言葉を吐こうとした。
今ならここから逃亡し、そして近場の施設に逃げ込めるのではないか・・・と。
それはある意味正しい選択であった。
そしてルイ自身の性格から言ってもそれは最も望ましい選択だった。
・・・だが!
「えっ!?」
突飛だった。
それはルイに取って予想外そのものだった。
その視界に写るサキがいきなりボウガンを放りだし、いきなり自分に抱きついてきた。
そしてその咄嗟さ故に困惑するルイを抱いたまま自室へと連れ込んでしまったのだ。
直後!
正にその直後!
音色!
あの音色!
まるで天界の宴に供されるが如きあの音色がドア越しにルイの聴覚に届く!
同時!
まるで何かが破裂したような音が二つ!
ドア越しなれど明らかに解る方向からの音が続いて届く!
一つは対面の壁から、そしてもう一つは床から・・・
そう、その音はあの男達がいた場所から聞こえた音であった!
「・・・な、何よサキ・・・い、一体何が起こったのよ。」
サキの腕の中でそんな声が響いた。
それは明らかに恐怖を・・・だがそれでも気丈に振る舞おうとするルイの声だった。
「そぉねぇ〜、多分他の階層にいた人達があの音と一緒に居なくなったこととぉ〜・・・
それからあの音が段々近づいて来てたってことぐらいかしらねぇ〜」
「・・・何で・・・何でそんなことが解るのよ。」
「だぁってぇ〜、ここ防音なんかしてくれてないんだものぉ〜」
「はぁ?」
やはり平然とした口調だった。
聞き取るだけでも困難な筈の音を聞き分けたどころかその意味すら正確に把握・・・
知らない者が聞いたら冗談としか思えないような内容の言葉だった。
「・・・あんたのことで一々驚いたらキリが無さそうね。」
「あらぁ〜、お誉め頂き恐縮ねぇ〜」
「・・・誉めてないわよ。」
「あははー、やぁっぱりぃ〜」
そして何故か・・・いつもの調子の会話へとなりはじめた。
サキの腕に抱かれたまままるで意地のようにルイは次の言葉を出そうとした。
だが、その時のルイは気付かなかった。
そのドアの向こうに一人の人物が音もなく立っていたことを。
サキがボウガンで穿った小さな穴から腰まで届きそうな金髪が見えていたことを。
そしてまるで何かを確認し終えたが如く、再びその場から立ち去って行ったことを。
「・・・何よ。」
ルイに解ったのはそのことだけだった。
サキが<どういう訳か>自分を抱く力を強めた・・・そのことだけだった。
・・・同時刻。
「・・・遅いですわね。」
そこは天井に夜を置く場所だった。
学園の外、茂みに覆われた外部から目立たぬ場所だった。
「お嬢様、当初の予定から行けばまだ時間はあると思いますが。」
「貴方の意見を聞いた覚えはありません。」
「・・・失礼しました。」
そんな声が響いていた。
闇の中、窓から煌々と灯りを漏らす一台の高級車両の中からだった。
それはその車両の運転手、そして後部座席に陣取る一人の娘・・・
そう、あの豪奢なアクセサリーとそれに見合う衣装を纏うヴィナスが発した言葉だった。
「・・・」
静寂がヴィナスを包んでいた。
時節柄滅多になくなったアイドリング・・・その音すら遮断する車内であった。
既に電離層の異常によりラジオの類はゴミ同然と化し、それに付随する他のオーディオも
聞き飽きたという理由で教育された運転手と同様、沈黙を保つのみ・・・
だが!
「な、なんですの!?」
騒音!
余りの唐突さでけたたましく鳴り出した音にヴィナスはいきなり声を荒げた。
「わ、解りません。何もしていないのにいきなり鳴り出したんです!」
「何でも良いから早く止めなさい!」
「わ、解りました。」
そういうと運転手はオーディオシステムに手を伸ばした。
やがて再び室内を静寂が包むこととなった。
「私を脅かすつもりなのですか!」
「い、いえ、決してその様なことは・・・わ、私は本当に触れてもいないんです!」
「・・・だとすると貴方の整備に不十分な点があったということですね?」
「そ、それは・・・」
「問答無用です・・・家に戻ったらしかるべく報告させて頂きます。」
それもいつもの口調だった。
下位の者に対して必ず高位としての態度を取る・・・
ヴィナスを含めた光景としてはそれそのものは別に珍しいことでも無かった。
しかし、それから後の光景はヴィナス自身にとっても驚愕すべきものへとなった。
「・・・」
何気なく見た窓の外にヴィナスは見慣れた顔を見た。
星灯りに浮かぶその姿・・・それはあの<天才少女>アリシアの姿そのままだった。
そのアリシアは奇妙な動作をしていた。
虚空に両腕を伸ばし、何処か楽しげにその指を動かしていた。
一見すると何かのまじないのようにも感じられる不思議な動作だった。
だがそうではない。
それは手慣れた、そしてある種ありふれた動作だった。
その全ての指先を飾る<付け爪>、そしてその整った表情を飾る眼鏡・・・
それらはいわば超微細集積回路の一種であった。
アリシアの目前には今眼鏡に映し出されている像がそれそのものとして写っている。
・・・それは正しくディスプレイ。
アリシアの両手指にそのものの感覚を与え、そしてその動作へと繋げている。
・・・それは正しくキーボード。
そう、アリシアが現在操作を行っているのはヴァーチャルリアリティによって存在する、
世界最高性能を有するコンピューター、正にそれそのものだった!
「くっ!」
ヴィナスの手が動く!
片手が足下の自動式散弾銃を構える!
そして残る手が窓を開けようとする!
だがその手の動きより早く、まるで消失したかの如く一斉に窓か下がる!
「がっ!」
短い悲鳴が前方から響く!
フロントガラスとコンソールが血飛沫で塗りたくられる!
同時!
その光景に一瞬目をやったヴィナスの腕から恐るべき力によって銃器がもぎ取られる!
そして・・・
「貴女方・・・一体どういうつもりです。」
その声が闇に響いた。
アリシアは笑みさえ浮かべながら無言の表情を向けるだけだった。
そして散弾銃を軽々と後ろへ放り投げた娘、マーゴもそれに追従する表情をしていた。
「今のあなたは参加資格を凍結されている身ですよ。」
「それがどうしたというのです。」
「ルールはルールということですよ・・・ヴィナス・パイダル・コーラヴァンティア様。」
それも聞き覚えのある声だった。
闇により一層際だつような清々たる、そして審判を告げるが如き口調・・・
そう、それはその両手に血塗られた長剣を持つ、マージィの声そのものだった。
直後!
銃声!
ヴィナスがあの拳銃を組み上げ、そしてマージィに向かって放つ!
だが!
閉鎖!
先程と同様にそれよりも速く閉じられたガラスがその防弾性能により弾丸を止める!
奮う!
更にアリシアがその指を奮う!
一気にエンジンが唸りを上げて目覚めを示す!
・・・如何なる性能か?如何なる能力か?
幾ら自動制御されたとしてもここまでのコントロールは出来るものであろうか?
だが、確かにアリシアが行っているのは現実、車両全システムのクラッキングだった!
発進!
驚愕のヴィナスの表情を闇に残光として残したまま車が猛スピードで走り出す!
「ああっ!」
そして迫る!
「あああああっ!!!」
虚空が迫る!
それは深さ100メートルを越える断崖絶壁!
初めて恐怖に顔を引きつらせるヴィナスの目にまるで魔獣の口の如くその光景が映る!
そして・・・そしてそしてそして!
「ああっ・・・あああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!」
それは夜の帳が厚みを増していた頃だった。
学園では静寂に包まれた眠りのみが満ち始めていた頃だった。
そして一部の者に取っては・・・正に悪夢そのものの一夜であった・・・
...ACT05:DONE AWAY WITH(そして更に・・・数週間後のこと・・・)
「・・・」
その日は晴とかろうじて呼べる日だった。
ふと空を見上げたルイの視界にひ弱な太陽が光を感じさせていた。
「ルイぃ〜、そろそろよろしいかしらぁ〜」
その声にふと表情をルイは向けた。
そこには相変わらずの表情を向けるサキの姿があった。
「・・・やっぱり行くの?」
「あははー、もぉ学校の方には書類を出しちゃってるものねぇ〜」
ルイの視界に物資運搬用の一台の貨物用トラックが写っていた。
そして、その運転席の横に、多分来たときと同様の私服姿のサキが写っていた。
「・・・」
「あらぁ〜、何かご不審の点でもあるのかしらぁ〜」
「・・・別に・・・大体前から居た私にはこんなの珍しくも無いことよ。」
「そぉ言って頂けると私も安心ねぇ〜・・・それじゃお願いしまぁす。」
その言葉を合図に運転手が車のエンジンをスタートさせた。
そしてやや整備の不備を感じさせる大きめの音と、そして排煙の臭いをルイは感じた。
「サキ・・・」
「ルイぃ〜・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・ホントに出発したいんだけどぉ〜・・・とっとと乗って頂けるかしらぁ〜」
「・・・わ、解ったわよ。」
そしてその言葉と共にルイも乗り込んだ後、車両はいつものように走りだした。
普段から仕事で往復している学園から一番近く、人の足では半日を要する場所の街へと。
優秀な成績を収めた娘、そしてそれを祝いたいと申し出たルームメイトの娘を乗せながら。
・・・勿論、二人とも学園側にはきちんと<外出許可>を取っていたのは言うまでもない。
やがて・・・
「ごちそうさま・・・美味しかったわ。」
数時間が経過した頃、その街の片隅にそんな声が響いていた。
それは街外れ、二人が来た方とは丁度反対側にある小高い丘に位置する建物でであった。
「あははー、お気に召して頂けたかしらぁ〜」
「ここ何日か一人で抜け出してたのはこういうことだったのね。」
「この近くに見合いそぉなお店が無さそうだったからねぇ〜」
「にしてもまさかあんた自身が作るとは思ってなかったけど・・・実際プロ並よ。」
「ルイにそぉいって頂けると自信が出るわねぇ〜・・・これで食べて行こうかしらぁ〜」
そこは一軒のレストランだった。
地元料理を観光客に供してきた証の調度品に飾られた内装を有する小さな店だった。
だが今は客であるルイを含めてたった二人しかいない、既に主を失った店舗だった。
「・・・でもサキ、あんた確か前に一文無しって言ってなかった?」
「はぁい、確かに今も継続中よぉ〜」
「それじゃこの店貸し切りにしたのやさっきの料理の食材ってどうしたのよ?」
「そぉねぇ〜、あの日からご主人さんが居なくなったのを幸いにこのお店を無断しよぉ〜、
ついでに材料もその辺から盗んで来たって答えなら如何かしらぁ〜」
「・・・だったら今直ぐ帰らせて貰うわ!」
そういうとルイはナプキンを叩き付けるようにテーブルに置きながら立ち上がった。
「あらぁ〜、それじゃここの元々の家主に頼まれて鍵を預かっててぇ〜、さっきの食材や
それから往復予定のお車もそれの手間賃の一部って答なら如何かしらぁ〜」
「・・・えっ?」
「あははー、ルイならどっちの答を選んで頂けるのかしらぁ〜」
「・・・」
その言葉にルイは立ち上がりかけた姿勢を再び椅子へと戻した。
その視界には・・・悪戯っぽい瞳を乗せた笑顔を向けるサキの姿があった。
「・・・サキ、あんな馬鹿高い学費を一気に払った人なら、実はまだ遺産が残ってたって
答の方がまだ納得出来るように思えるんだけど?」
「遺産って何かしらぁ〜」
「・・・家の人、亡くなってるって言ってたじゃない。」
「小さい頃事故で死んだ両親は共働きで小さな貿易会社をやってただけの普通の家だしぃ、
それからここに来るまで預けられてた親類の家ではまだ誰も死んでないんだけどぉ〜」
やはり平然とした口調だった。
気が付けばプライベートな所に触れたことに気付き、済まなげなルイとは対照的だった。
それはやはり普段と変わらぬ、だが見ようによってはそんなルイを労るようでもあった。
「じゃ、ここの学費はその親戚の人が?」
「確かに資産家って言えるお家だったけどぉ〜・・・厳密にはちょぉっと違うわねぇ〜」
「・・・どういうことよ?」
「そぉねぇ〜、たかが中学を出たばっかの小娘がその家の資産を勝手に運用した挙げ句に
稼ぎ出した余録を持って飛び出した挙げ句がこれって答は如何かしらぁ〜」
それもいつもの口調だった。
確かに内容は冗談そのもの、そしてルイへ瞳も相変わらずの悪戯味を帯びていた。
だが、向けられた等のルイには・・・何故かそれが真実に聞こえるような言葉だった。
「・・・あんたならやりそうだから取りあえずそれにしておくわ。」
「あらぁ〜、他にも答を用意してるわよぉ〜・・・波瀾万丈の大冒険だけどぉ〜」
「それは今度暇なときに聞かせて貰うわ・・・にしても良く家の人が黙ってないわね。」
「そぉねぇ〜・・・コレもアリだったからその辺も何とかってとこじゃないかしらぁ〜」
そう言いながらサキは傍らより小さく畳まれた布きれを広げながら取り出した。
それは細長く、そして見る者が見ればすぐに解る用途を持った上質の、ある袋だった。
「・・・日本・・・刀("Japanese swords")?」
そう、それは日本刀を収める袋そのものだった。
自身も剣技を習う程、刀剣に興味を持つ故の知識がルイにその一言を漏らさせたとおり、
そしてその袋の上質さから中身も相応であろうと知る者に容易に連想させるものだった。
・・・その筈だった。
「ちなみに中身はさびさびの鉄クズでぇ、目方だと二束三文ってとこだったわぁ〜」
快活そのものの一言だった。
「・・・はぁ?」
呆れそのものの言葉がその場に響いた。
それは言うまでもない、<中身>を期待したルイが思い切り吐いた言葉だった。
「何せ100歳を越えたひいおじいちゃんのくれた餞別だものねぇ〜」
「・・・何よそれ?あんたの家って一体どんな家よ?」
「それは次の機会にさせて頂くわぁ〜」
そういうとサキは笑顔のまま壁に飾られていた時計を指さした。
それは窓から覗く太陽の角度により外出許可期限が迫っていることを示す行為だった。
「ところでルイぃ〜・・・久しぶりの<外>は如何だったかしらぁ〜」
帰り支度を始めるために立ち上がったルイはふとその言葉に動きを止めた。
「・・・」
ルイは脳裏に<初めて>視界に入れた<大異変>の後の光景を写していた。
壊れかけた建物、簡素なバラック郡、そして薄汚れた衣服に身を包んだ人々の姿・・・
それはルイが学園に初めて来たときに通った際に目にしたものとは明らかに違っていた。
「・・・」
ただ、それでも皆生きていた。
世界が一変したあの日、確かに無数の命が消えた。
だがそれでも生き残った人々は人としての営みを止めてはいなかった。
「・・・」
確かに文明を形成する大半は破壊された。
不正と暴力、目を覆いたくなるような光景は確かに珍しいことではなかった。
だがそういう現実を踏まえてもなお、それでも人は人として確かに今も生き続けていた。
・・・まるでそれは「種」としての意地、いや、誇りを感じさせるに値するものだった。
やがて・・・
「・・・そうね・・・思った以上に酷いけど、思ったよりはマシってとこかしら?」
それが答だった。
短い沈黙の後、その様な<現実>を踏まえてルイが口にした答がそれだった。
「・・・それは良かったわぁ〜」
そんな声がルイの耳に届いた。
それは暖かさと柔らさを感じさせるものだった。
そして、ルイ自身に何故か安心感をもたらすような、そんな小さな響きだった。
その後、来たときと同じ車両が店舗から走り出し、再び学園へと向かった。
だが乗っているのは別に用事があると告げて残ったサキを除く運転手とルイだけだった。
・・・ルイ自身は特に不安は感じていなかった。
走行中、サキを<姉御>と呼ぶ運転手が話題代わりに尊敬そのものの口調で、その年下の
小娘を誉め続けていたのも不思議と納得出来たのもそうだが、あれ程恐れ、時には悪夢に
すら見た<外>の現実をかいま見たことが、特待生になれたそのことよりも遙かに良質の
<自信>を湧かせていたからかも知れない。
そう、それがルイ自身の<これから>に影響する程に・・・
そしてそれは・・・多分、サキが残った理由・・・その<用事>を知った後でも・・・
その頃・・・
「・・・徒歩にしては早かったわねぇ〜」
そんな声が室内に響いていた。
それはテーブルに一人座ったまま頬杖をつくサキが漏らすように口にした言葉だった。
「・・・」
一言も帰って来なかった。
厚いフード付きコートでその表情を覆ったまま立っているだけだった。
「発信器か何かは知らないけどぉ〜、さっきの車を正確にトレースしたみたいねぇ〜」
「・・・」
「でも思わなかったかしらぁ?・・・随分とぉまわりしてるってぇ〜」
「・・・」
「それに気付かなかったかしらぁ?・・・上からだとそれ随分目立つってことぉ〜」
やはり無言だった。
その来訪者、総計6名分の沈黙が流れるばかりだった。
それはもはや先程とは別次元な程の、常人には耐え難い雰囲気を満たすものだった。
「・・・それじゃ違う話題にさせていただこうかしらぁ〜」
「・・・」
「この辺の人はあんまり知らないけどぉ〜・・・実はここ地下室があるのよぉ〜」
「・・・」
「そこは内緒の工場なんだけどぉ〜・・・実際機械はぜぇんぶ壊れてるのよぉ〜」
サキはいつもの口調だった。
それそのものは目にする者が全く違和感を感じないであろうままだった。
だがそれはもはや火を付けたら爆発しかねない程満ちた緊張感の中でであった。
「いらなくなったとはいえもったいないとは言ったんだけどねぇ〜」
「・・・」
「あははー、形ある物は必ず壊れるってところかしらぁ〜」
・・・しかし、サキは一体何を話しているのだろうか?
予期していたとはいえ、好意的ではあり得ない<来訪者>に話すことだろうか?
恐怖を感じるどころか、あの時見せた挑戦的な瞳のままで・・・
「・・・というわけでお茶代わりの雑談はこの辺にさせて頂くわぁ〜」
その言葉と共に室内の空気が変わった。
それは<来訪者>達がやはり無言のままゆっくりとサキを取り囲み始めたこと・・・
だが何処からか洩れる、そんな者達を無視するかの如く流れ始めた風のせいだった。
「・・・ちなみにぃ〜・・・その機械がどぉして壊れたか解るかしらぁ?」
風は流れ続けていた。
それは店の奥・・・話題に出た地下室の方からだった。
こじんまりとした店の数倍ものスペースに幾つもの機械が並んでいた。
そしてそれらはサキの言葉通り確かに全て使い物にならないほど壊れていた。
一体何を加工すればこうまで・・・後にある技術者が驚きの余りそう漏らす程だった。
「・・・」
そんな言葉に構う様子もなく<来訪者>達は歩みを続けていた。
それはサキを中心とした、まるで真六角形を形作るようにするまで続いていた。
風は吹き続けていた。
サキの長い髪を揺らがせ、そしてあの傍らに置いたあの袋・・・
かつては名のある日本刀、その残骸を収めていたと言われるあの袋を揺らしていた。
「という訳でぇ・・・」
全員がフードから無言のまま腕を伸ばし始めた。
その手に今の所唯一の個性を示すように色々な種類の銃器を各々が構えていた。
そして、個性を感じさせないが如く、全く同じ動きでその銃口をサキに向けていた!
「・・・その壊れた原因が・・・どぉなったかお見せするわぁ!」
直後!
まるでその言葉を合図にしたかの如く!
6つの殺意が一気にヴォルテージをアップさせる!
絶対致死のヘキサゴンがサキに向かって一気に収束を始める!だが!だがその瞬間!
一閃!
そう一閃!
それは正しく破邪の雷鳴の如き瞬撃!
そして殺意の使いの如き<来訪者>の知覚すら凌駕した閃光の現実がそこにあった!
風が流れた。
先程と同様、室内をまるで何事も無かったかの如く流れた。
その風はその場にゆっくりと立ち上がったサキを包むように流れていた。
その手に一丁の拳銃を持っていた。
周囲6方に同時同然という驚愕の現実を放った根源であった。
未だ熱を帯びる銃身と、風に纏い続ける硝煙がそれを証明し続けていた。
それは・・・
西部劇になじみある者ならすぐに名を呼ぶであろう、古式な形を持つ拳銃だった。
だが同時にサキを知る者に取って、何処か相応しいと感じる名である拳銃だった。
そしてそれは曾祖父よりの餞別と語った<日本刀の成れの果て>たる<鉄クズ>を用い、
1パーツを生み出す毎に一台の機械を破壊するということを続けた<結果>の名だった。
その名・・・Colt ”PEACE−MAKER”
やがて・・・静かに店舗のドアが開いた。
黒い瞳と腰まで伸びた長い髪を持つ一人の娘がそこから出てきた。
・・・後に追従する者は無かった。
何が起きたか気にする様子もなくその建物を足早に後にするだけだった。
それは<来訪者>の一人が有し、そして使う間もなく床に転がった・・・
あの<アクセサリーに模された>拳銃と見知った<持ち主>を目にした時と同様だった。
そう、誰もいなくなったことを確信するかの如く、きちんと戸締まりを行った後も・・・
...ACT06:CODE OF HONOR(そして、それから数刻の後・・・)
・・・なによ・・・これ?
「・・・というわけなんですの。」
「あら、そうなんですか?私はまたてっきり・・・」
黄昏が満ちていた。
暁色の太陽が学園に本日最後の光を与えていた。
・・・どういう・・・ことよ?
「・・・一度お願いしてもよろしいかしら。」
「よろしければ何時でも。ご遠慮なく仰って下さい。」
ルイの視界に談笑しながら歩く幾人かの娘達の姿があった。
それは多分休日の余暇の終わりを過ごしている娘達の、見慣れた光景だった。
その筈だった。
確かに間違いではなかった。
ルイに取ってもそれそのものは情景としてありふれたものの筈だった。
・・・だが。
「助かります・私は・貴女の・話に・大変・興味を・覚えましたから。」
「ソういっテ・頂ケて・私モ・話しタ・カいが在りまスわ。」
「ところ・で・最きん・なにか・おち着いた・と・思いま・せん?」
「タしかに・いワれて・みれば・sonotoori・ですwane・・・タ分・・・
「棒読み」だった。
そうとしか表現できなかった。
それはまるで与えられた言葉を無味乾燥に口に出しているだけだった。
・・・その娘達だけでは無かった。
すれ違う娘、すれ違う娘、声を発する者全てが全く同質のそれを発していた。
・・・一体何が・・・何が起こったっていうのよ?
それは当然の疑問だった。
その余りの変貌に自分達がいない間に何かが・・・そう感じるのは当然だった。
しかしルイはいつしか別の思考・・・言い換えれば別の視点による発想を行っていた。
それは余りにも唐突・・・人によっては<取って付けた>と言いかねないこと。
そして余りにも突飛・・・人によっては<気が狂ってる>と言いかねないこと。
それは・・・
今目に見えていることは・・・それこそが<今まで過ごしていた日常>であること。
そしてそれに違和感を感じるどころか<それを当たり前>として認識していたこと。
だが、どういう訳か今この瞬間そのことに自分は気付いたということ・・・
「・・・」
言葉が出なかった。
ただその場に立ちつくすだけだった。
言いしれぬ恐怖を感じつつもそれをおくびにも出さぬように平静を装いながらだった。
その視界に見慣れた筈の学園内の様相が映し出されていた。
古式と最新が調合された校舎郡や付随施設、そして生活の場である学生寮・・・
だが、あれはなんだろう?
その間に立つ、あの懲罰棟よりも遙かに朽ちかけた幾つもの薄汚い建物は?
その間を縫うように、当たり前のように張り巡らされた、一度も通ったことのない通路は?
・・・視界。
・・・視界。
・・・視界。
・・・全ては電気信号であるという説がある。
目は光が結んだ像を捕らえ、耳は音信号をそのまま捕らえる。
だがそれらは電気信号に変換された上で脳そのものが何かを判断するだけである。
つまり言い換えれば脳こそが正義、判断基準を唯一生み出す器官ということでもある。
・・・妄想と呼ぶのは容易い。
俗な言い方である<電波>そのものかも知れない。
だが、これを読んでいるあなたは今まで「勘違い」を起こしたことは無いか?
根拠の無い「先入観」により実際とは違う風に事物を一度でも見たことは無いか?
そして・・・現実にはあり得ないことの代表である筈の「夢」を見たことは無いか?
そう、今現在も・・・もしかすると・・・
「ルイ・アルファルド様。」
「!」
その声に思わずルイは驚きの表情を作った。
それは余りのことに呆然となりかけたルイに近寄ってきた声だった。
そしてどういう訳か、それだけはルイが聞き慣れたままのマージィのいつもの声だった。
「なっ!?何よマージィ!?いきなりなんて驚くじゃない!」
「申し訳ありませんでした・・・ですがいずれ馴れることですから安心して下さい。」
「・・・どういうことよ?」
「詳しくは後で説明致しますが、まずは参加資格を得ましたことを賞させて頂きます。」
「何のことよ?さっぱり解らないわ?」
その声に一抹の安堵を覚えたのか、ルイは普段通りの口調で言葉を続けていた。
そんなルイにマージィはいつもの清々とした口調で一方的に言葉を続けるだけだった。
「説明そのものは礼拝堂の方で他の方が行う予定ですので後で来て下さい。」
「礼拝堂・・・講堂のこと?」
「私の真後ろに今見えている建物のことです・・・勿論解りますね?」
その言葉にルイは一瞬言葉を失った。
それはルイが今見ている現実がマージィにも見えていることの何よりの証明であった。
この、誰も彼もが時計仕掛けのロボットの如く振る舞う中で、そうでない存在・・・
ルイは自身の正常を認識した安堵と、まるで酸の如くじわりと迫る不安を感じ始めていた。
「出来れば自身の一番得意な物をお持ちの上、それを使うに相応しい様装でおいで下さい。」
「・・・来なかったら?」
「お待ち申し上げるのは私だけではありませんから、その後に付いては確約出来かねます。」
「・・・一応聞くけど・・・私一人だけってわけね?」
そう言いながらルイはふと後ろを振り返った。
そこにはたった今自身が通ってきた学園の正門が小さく見えていた。
・・・あの<ルームメイト>の姿は何処にも存在しないままに。
「・・・一人で出向くしか無いってわけね。」
「御理解いただいて幸いです。」
「念のため聞くけど・・・何を持っていても良いわけね?」
「御意志のままに。」
「・・・解ったわ。」
その言葉と共にルイは足早にその場を立ち去った。
そして寮棟の自室に辿り着くと軽くシャワーを浴びた後衣服を着替えて再び外へと出た。
「あ・おで・かけ・な・のルイ?」
「・・・」
「・・・どう・sita・の?」
「・・・なんでもないわ。ダニエラはこれからご飯?」
「ウん・でもちョっとは・yai・から・ゴ本読んでネ。」
「・・・そう・・・じゃ、私は用事があるからこれでね。」
その時夜色を帯び始めた黄昏がルイを照らしていた。
やがてそれだけは確かに以前と変わらぬと確信したかのような強い足取りで歩み始めた。
そして・・・
古い建物だった。
周りの建築物に引けを取らないほどの年輪を感じさせる造りだった。
古色ゆかしい意匠を施された木の扉を開けると中央に崇拝対象の偶像が見えていた。
ただその前方、礼拝のために信者が使うべき長椅子は大半が朽ちて破損していた。
それはここが使用されなくなってからの年月を如実に示すものだった。
・・・それが<礼拝堂>の姿だった。
「・・・アリガチって言えばアリガチってとこかしら?」
呆れたような声が広い空間に響いた。
それはたった今扉を潜ってきたルイが吐くように口にした言葉だった。
その広い空間の中心辺りに4人分の椅子を同心円に配置したテーブルが一つあった。
そしてその薄暗い中、その内の3つに座る三人の娘達・・・
「ようこそいらっしゃいました。ルイ・アルファルド様。」
その内の一人であるマージィ・ウェンガー・フィアネスが先程と同様の口調を響かせた。
「へえ、とっとと逃げ出すと思ったけど、以外と勇気あるじゃん。」
もう一人である娘、マーゴ・カトラー・ウッドネスがからかうように言葉を発した。
「思ったより早かったのね。私も勿論歓迎させて頂くわ。」
そして最後の一人、アリシア・マークリア・イノックスが楽しげにそう話しかけていた。
「・・・で、そこに座って一緒にお食事会でもするの?」
その姿に感慨もなさげにルイはそういった。
その時のルイは黒を基調とした厚手の上質な布地で織られた衣服姿だった。
だが、その手にあの愛用の剣を下げているのは、外部では余り見られない姿であった。
「それも悪くないけど・・・それより前に聞きたいことがあるんじゃ無いかしら?」
「何をお聞かせ願えるのかしら?あんたの成績自慢なら間に合ってるけど?」
「まずは歴史のお勉強・・・ここの成り立ちそのものについてよ。」
そういうとアリシアは何処か得意げさえ感じる口調で言葉を綴り始めた。
それは昔のことだった。
千年もの時を遡ることだった。
征服者がいた。
その称号は「王」であった。
その名を出せばこの地域では誰しもが知る歴史上の人物だった。
広大な敷地を有していた。
それは当時、各地に在していた有力者達を統べた証だった。
時には平和理に、時には武力、そしてまた謀略を駆使した挙げ句の結果だった。
そして歴史の常として一人の勝者の足下には無数の敗北者がいた。
無論、その多くは武力によるあらがいの結果としてその名を歴史に閉ざした。
ただ、そうでない者達も少なからずいた。
元々与していた者、日に増す力に恭順を示した者、そして抗いの果てに許された者・・・
彼らは勝敗が決し尽くした後も当然のこととして存続を希望していた。
一つの城が築かれた。
それと同時に「王」の名で一つの提案がその者達に伝えられた。
「融和とこれからの発展のために一定期間適齢期の子女達をここに住まわせること。」
困惑が領土内に広がった。
後の日本で行われた参勤交代の如くその者達が刃向かわぬ為の人質・・・
あるいはかつての権力者がほとんど行った「後宮」を作る為と誰しも思った。
だが率先、あるいは苦渋のままに娘達を送り込んだ者達はそれだけでは無いことを知った。
箱庭だった。
それは正に領土の縮図そのものだった。
自国の立地、国力に応じて同居を許された家臣の数、そして隣人との外交・・・
それは未来を生み育てる娘達が体感出来る、正にこの領土の現実そのままだった。
それはその身分故、今まで外部に触れることはほとんど無かったであろう娘達にとって、
新鮮さをもたらすと共にこの「国」の未来に非常に有益なものをもたらす・・・筈だった。
悲劇が起きた。
新たな戦が勃発し、少なくはない人命が失われた。
何処でもない、その城中で発生した諍い元とする<城中>で繰り広げられた戦であった。
それもまた世界の縮図、皮肉なことにこの国の現状のミニチュアモデルそのままだった。
・・・
ある改築がなされた。
驚異的としか表現不可能な技法によってだった。
千年前という時故どころか現在の技術水準と比較してもである。
それは建造物のみならず集落からそこに至る道に至るまで。
それは設計施工のみならずその建造石材の一つに至るまで。
更には庭石一つの形状、人口川の流れ方、更には樹木の種別やその剪定・・・
「幽霊の出る家」という物が現在も存在する。
勿論、ここで言うのは根拠のないオカルトじみた話ではない。
それは一見何の変哲もない、だが柱や梁の角度が微妙に狂っている家のことである。
たったその程度?・・・口に出せば誰しもそう思うかもしれない。
だが「狂い」を常の基準として認識し続けたらその人間は一体どうなるのであろうか?
意識しない故修正の意志が働かず、だが無意識化での許容範囲を越えた場合・・・
それは意図的に行われた造られたものであった。
驚愕の技術を用いて建造された、一見何の変哲もない施設だった。
そう、ここは人の意識をねじ曲げ別の現実を与える為の装置そのものなのである。
「・・・大した仕掛けね。明日からここ遊園地にでもすれば良いんじゃない?」
嘲りにも似た口調が小さく響いた。
その話を得意げに話し続けるアリシアに不快さを感じる表情を向けながらだった。
「で、それがどうしたっての?どうしてここがあんな風に見えるようになったかってのは、
それを理由にするしか無いってのは何となく解るけど、それと私がここに呼びつけられた
理由とどう関係があるっていうの?」
「それだけじゃ無いわ。だって見えるってことは既に特権階級の仲間入りってことよ。」
「・・・どういう意味よ。」
「ここの仕組みを最初っから知っている人以外に見えちゃった人って昔からいたのよね。
でもそういう人にはそういう立場としての役割があるってことよ。」
「・・・何が言いたいの?」
「理事長の方には話はしてあるわ・・・真の学生の指導者の一人としてね。」
アリシアの熱を帯びたような口調が続けられていた。
それは聞く者に魅惑と高揚を感じさせるような、その内容に相応しい響きだった。
だが、向けられた当のルイはそこに更なる不快と言いしれぬ恐怖を感じ始めていた。
「・・・つまりここの子達を自由に操れるから一緒に遊ばないかってこと?」
「少々的確さを欠きますが、概ねは仰る通りで結構です。」
「・・・もしも断ったら?」
「はは、そんなヤツも何人かいたよ・・・誰もここから出られなかったけどな。」
マージィとマーゴの言葉がルイの耳に届いた。
その明らかに高位から発するが如き響きは、ルイに更なる不安を与えるものだった。
「・・・ただ、ルイ・アルファルド様の場合は少々事情が異なります。」
再びマージィの声が響いた。
その普段と変わらぬ神託のような清々たる口調はその場の温度さえ下げるようだった。
「アリシア・マークリア・イノックス様はその卓越した知性により、マーゴ・カトラー・
ウッドネス様はその特異なる知覚能力により、そしてこの私ことマージィ・ウェンガー・
フィアネスは培った、いわば霊感によって入学初期段階から見ることが出来ました。」
マージィは言葉を続けた。
ある宗教国家の指導的立場の家に生まれ、そして後継者の一人である娘の言葉であった。
「・・・で、何だか解らないけどやっと見られた私程度じゃ格不足ってこと?」
「大変失礼な物言いで恐縮ですが、そのとおりです。」
「マージィ、あんた外で私に資格があるって自分で言ったじゃない・・・あれ嘘なの?」
ルイは不満げな表情のままそう口にした。
それは普段のルイらしい強い態度そのままだった。
だがそれは心の底から沸き上がる、言い知れぬ恐怖を必死で押さえている表情でもあった。
「嘘ではありません、でもこの席に座る資格という意味でもありません。」
「・・・どういうことよ?」
「・・・私が試してからということです。5人目の方が現れた時と同様に。」
そう言うとマージィは右手を軽くテーブルの方へ伸ばした。
そしてそれに合わせたように笑みを浮かべながらマーゴがある物を持たせた。
「!」
その様相にルイは一瞬その表情を驚きへと変えた。
それは全長1メートルはあろうかという品であった。
そしてマージィが構えた瞬間、薄暗い室内に奇妙な光沢を放った品であった。
まるで炎を模したが如き各種の曲線を有していた。
確かにそれそのものは美しいと人に思わせるだけの形状をしていた。
だが、刀剣に在る程度の知識を有する者ならそれだけではないと理解できる品だった。
そえは波打つように形作られた、相手に残酷な結果をもたらす為の刃・・・
そう、それは<フランベルジュ>と呼ばれる殺人の為のみに造られた剣であった!
「得意な物を持ってこいって・・・そういうことだったのね。」
「念の為にですが、これは宗教用具として許可を得ています。それと私のこの行為自体も
ここにいる皆様や理事長にも許可を得ていますのでご安心下さい。」
「そっちは真剣でこっちはプラスチックの模擬刀身じゃ余りにも不公平じゃない?」
「それを持参されましたのはルイ・アルファルド様ご自身です。」
「・・・これでやるしかないってことね。」
そう言うとルイは下げていた剣を強く握った。
極細の金属により編まれた鞘を持つ美術品の如きその剣・・・
その一振りは確かに真剣を有していたときと同じ重さに設えられてはいた。
だがその時のルイにはその感覚は、軽く、そしてか細く感じるものだった。
「・・・」
やがてルイは持参した腰帯を着用するとそこへ鞘を下げた。
そして深呼吸を一度行うとゆっくりと抜き、片手で構えを取った。
「・・・」
その様子にマージィも合わせるようにゆっくりと構え始めた。
明らかに真剣のそれである金属の光沢を両手で捧げるように上げていた。
それはまるで一連の儀式の始まりを思わせるような雰囲気すら感じさせるものだった。
・・・瞬間!
両者が動く!
双方一気に間合いを詰める!
フランベルジュが一直線を描く!
ルイの体躯が左へ動く!
フランベルジュが木の床を打ち据える!
空いたマージィの胴へ向かってルイのレイピアが弧を描く!
その動きをなぞるようにマージィも全身を左へと動かす!
同時にその勢いのままにフランベルジュを引き寄せる!
そして引き際にルイの足首をモーメント内に納める!
気付いたルイが一瞬早く体躯を後方へ下げる!
再びマージィがフランベルジュを構える!
だが今度はその動きをなぞるようにルイが懐に入ろうとする!
その胸元へ向かってルイの切っ先が一直線に進む!
だが構え終わる前に振り下ろされたフランベルジュに切っ先毎体躯を逸らす!
衝撃!ルイの足首にマージィの短い蹴りが放たれる!
転倒!その勢いのままにバランスを崩したルイがその場に倒れる!
振り下ろす!マージィの無慈悲そのものの剣光がルイに向かう!
咄嗟に上体を転がし、そのまま離れたところで再びルイが全身を立たせる!
そして・・・
「・・・やるじゃない・・・あんた・・・」
そんな声が響いた。
マージィの間合いの外に立つルイが口にした声だった。
それは余りの展開に幾分の息切れを感じさせつつも未だ闘志を示していた。
「ルイ・アルファルド様も中々筋がよろしいですわ。」
そんな声が帰ってきた。
ルイの間合い外に立つマージィが口にした声だった。
ただそれはルイと比べて息切れはおろか精神の高揚すら感じさせないものだった。
「へえ、思ったよりやるじゃん。こりゃサユリのヤツよりは当たりかな。」
「サユリさんは試してもいなかったものね・・・一寸惜しかったかしら?」
「はは、そうさせたのはアリシアだったろ・・・ホントよく言うよ。」
「そうだったわね・・・ま、どちらにしろ終わったことよ。」
テーブルの上ではそんな声が続いていた。
恐らくルイの前に何かがあった娘のことを話していた。
そしてそれはこの一方的な私刑に楽しむか如き態度を取る者に相応しい声だった。
「・・・まだ・・・続けるの?」
そんな声を意に介する様子もなくルイはそう口にした。
それは正に睨み付けるという言葉が相応しいような表情でだった。
「ええ・・・勿論。」
それがマージィの返答だった。
それを知る者なら本心からであろうと思う様相からの言葉だった。
そう、その一言は普段からは想像も付かない程邪悪に歪んだ笑みと共にだった!
「なっ!?」
咄嗟!
ルイは上方へと剣を振るう!
それは正しく反射、知覚の上では何の根拠もない行動だった。
だが、それは<まぐれ当たり>そのものの正しく幸運な結果をもたらす行為だった。
そして・・・虚音。
ルイの剣の刀身がプラスチックに相応しい音を立てていた。
それは強度の限界をもたらされたことを誰しもに教える頼りない響きだった。
そう、それは同時に信じがたい速度で襲いかかったマージィの剣を防いだ結果だった。
「・・・勝敗は決したと解釈してよろしいでしょうか?」
再び間合いの外から声が響いた。
そう、刀身だけでもルイの剣の倍、更には金属故の重量も相応の物であるにも関わらず、
ルイの剣速に匹敵、いやそれ以上を発揮したマージィの、疲れさえ感じぬが如き声だった。
「・・・これで許してくれるならそれでも良いわよ。」
「ではまだ負けを認めないということですね。」
「・・・前からそうだろうと思ってたけど・・・あんた、嫌なヤツね。」
「人を統べるということには必要な資格の一つですよ・・・そういう点から申し上げても
ルイ・アルファルド様にはやはり資格が不足しているようですね。」
そう言うと再びマージィは剣を構え始めた。
それはまるで折れた剣を虚しく構えるルイを嘲るようにゆっくりとした動きだった。
「・・・」
頬に微かな痛みを感じた。
ルイが何気なく添えた右手親指に紅い色が付いていた。
それは自分の刀身がへし折られた時にそれが頬を掠った故のことだった。
「・・・そんな資格、無いままの方がよっぽど良いわ。」
やがてそう言いながらルイは折れた剣を鞘に納めた。
そして静かに試合前の礼儀のように左手で剣を少し上向きに持った。
それだけ見れば目にする者に<死を前にしての覚悟の程>を示すが如きだけだった。
・・・だが、誰もそうは思わなかった。
ルイが次に取った態度を見た者はそう思うどころか呆れさええ感じた程だった。
右手、いや親指を口元に添えていた。
微かに伸ばした舌でそこに付着した自らの血を軽く舐めていた。
そして、自らに死をもたらす為に構えているマージィに挑戦的な表情を向けていた!
「・・・お見苦しい。」
その言葉が静かに流れ・・・そして!
動く!
マージィが再び動く!
あの剣の重量を感じさせぬが如き動きでルイに迫る!
躊躇皆無!
一点の曇りもない純粋な殺意を放つ!
ルイの上半身を巻き込まんとする刃跡そのままにその刀身を薙ぎ振るう!
だが!
「!」
マージィの表情に一瞬の驚愕が走る!
自らが放った絶対致死の筈のモーメントが虚しく描き終わらんとする!
まるでバレエのように前後に足を伸ばして腰を付けたルイの上半身が射程外に動く!
そして剣光!
それはあの剣、そう、根本からへし折った筈のルイの剣。
しかし同時に正に全身をバネにして居合い抜きの如き速度で抜いた剣!
そして、そして確かに紅色の金属光沢を放ちながら軌跡を描き始めるその剣故に!
・・・何かが落ちる音が床に響いた。
それは重く、そして何処か虚ろな響きを持つ音だった。
そしてそれは・・・取り落とされたマージィの剣が響かせた敗北の音だった・・・
「・・・お返しよ。」
その言葉と共に微かな打音が響いた。
致命傷とならない程度に両手首にダメージを受けたマージィが声も無く倒れた。
それは・・・姿勢を戻すと同時にルイが放った<当て身>故だった。
「・・・」
その手に一振りの剣が握られていた。
祖父が偶然自分の鉱山で発掘した隕鉄により<入学記念>として打たれた剣だった。
一見ただの模擬刀・・・だがある一定の動きを加えることにより普段はほぐした紐の如き
形態により<鞘>としてあつらえられた刀身が再びその形を表すという細工を施された、
”Burning−blood”なる銘を持つ、正にまごうことなき<真剣>であった。
「・・・」
ルイは無言でマージィの姿を見ていた。
不具とならない程度に両手首に傷を負い、そして微かに息をしているだけの姿・・・
それに一抹の安堵を覚えたルイは神経をほぐすことなくテーブルへと視野を向けだした。
「・・・!?」
笑っていた。
視野の端に掛かったその表情は嘲りそのものだった。
この一連の様子を見ていた筈のアリシアがそのような表情をルイに向けていた。
だが、ルイが神経を更に張りつめ始めたのはその為ではない。
何故なら・・・先程までそこに座っていた筈のマーゴの姿が無かったからだ!
「・・・?・・・!!!???」
視野を一気に廻す!
そしてその端にようやく捕らえる!
感知出来ぬ程の速度で移動し、そして拾ったマージィの剣を奮うマーゴの姿を!
どういうことよ!?
迫る!
回避不可!
終わりなの?・・・これで私は終わるの!?
迫る!
反撃不能!
死ぬの!?・・・こんな、こんなところで私は死ぬの!?
それは余りの唐突さ、そして余りの速さ故!
それに気を取られた挙げ句に一瞬の間を与えてしまったルイに再び剣光が襲いかかる!
・・・ちくしょう。
迫り来るマーゴの禍々しい笑みが妙にはっきりと見えていた。
その恐るべき運動能力故としても一抹の油断があったことは確かだった。
それはルイに取って妙にゆっくりと感じられる一瞬だった。
そして今度こそ死を覚悟する時が来たと感じるに充分な時・・・その筈だった!
「えっ!?」
その瞬間、まるで弾き飛ばされたようにマーゴの体躯が真横に動く!
あの剣を頭部に付着させるように持ち、胡乱な表情のままに動いて行く!
そして余りにもあっけなく倒れたマージィの上に重なるようにして倒れ伏す!
・・・ルイにはすぐには解らなかった。
あの一瞬、まるで雷の如き轟音と閃光を感じた以外すぐには解らなかった。
逆光に浮かぶ陰影がまるで<銀の杖を持つ魔法使い>そのままの姿にしか見えなかった。
だが、すぐにそれが何か、いや誰か解った。
「ルイぃ〜、そろそろ晩御飯のお時間よぉ〜」
黒曜石のような黒い瞳に暖かな慈愛の色を浮かべていた。
外界から流れ来る風にその腰まで伸びた長い黒髪をそよがせていた。
そう、それはマーゴの構えた剣に銃弾を撃ち込むことで強烈な殴打にも似た衝撃を加えた
白銀の如き光沢を放つ一丁の拳銃を持って悠然と立つ、見間違いようないサキの姿だった。
「・・・そっちこそ門限の時間はとっくに過ぎてるわよ。サキ。」
「あらぁ〜、懲罰室送りの<ふりょぉ>なら別に珍しくないわよぉ〜」
「・・・そう言えば規則にうるさい生徒会長さんもとっくに寝ちゃってるものね。」
「あははー、お気遣い感謝するわぁ〜」
そう言うとサキは悠然とした態度のまま歩み出した。
まるで微かに燻る硝煙と風を纏いながらルイの元へと歩き出した。
それは昏倒したままのマーゴをその無様さに相応しく気にする様子も無いままにだった。
「・・・やっぱり貴女も資格があったのね・・・サユリさん。」
その様子にアリシアの声が続いた。
3人の内、2人が倒されたというのに同様の欠片も感じさせぬ声だった。
そしてサユリ?・・・ルイにとっては聞き慣れぬ名前が入った奇妙な言葉でもあった。
「サユリ・アサミヤ・・・確か前はそう名乗ってたでしょ?サキ・ヤハギさん。」
「懐かしいわねぇ〜・・・でもそれがどぉかしたかしらぁ?」
「ま、ご両親が亡くなって養女に行った家の都合でそういう名前を名乗らされた・・・
それもその家の直系の女の子に名前が似ているってだけじゃ確かに酷い話ね。」
「随分とお詳しいのねぇ〜・・・それじゃその女の子に会ったこともおありかしらぁ?」
「アキさん?残念ながら会ったこと無いけど、あなたを殺したがってるのは知ってるわ。」
「あははー、困ったものよねぇ〜」
・・・サキ・・・あんた・・・
ルイは普段と変わらない表情でそう答え続けるサキの表情を見ていた。
幼い時に両親を亡くし、引き取り先で名を奪われ、更には家人からその命すら・・・
しかしそれでも負の欠片も混入していない笑顔を自分に向け続けてくれていたその表情を
見続けている内にその姿が何処か滲んで来るのを何処かで感じ始めていた。
「何が困るのよ。こんな地球の裏側に来る前にどうにか出来たんじゃない?」
「・・・どぉいう意味かしらぁ?」
「だってそれが合理的、かつ根本的解決を図る手段よ・・・義理の妹さんとしてもね。」
それは平然とした口調だった。
必要とあらば義理の肉親すら歯牙にかけても当然のことである・・・
ルイにはそうとしか聞こえない、そしてある意味真理を突いている言葉だった。
「アリシア!あんたそれでも人間なの!?」
「ルイさん、その距離ならそんな大声出さなくても聞こえるわよ。」
「うるさい!あんたがどうやってサキのことそんなに知ってるのか私は知らないし、私も
アキさんて人がどんな人か知らないけど、そこまで争いを避けたがってるサキの気持ちが
あんたは解らないの!?」
それは怒号だった。
座ったままのアリシアに切っ先を向けながら放ったルイの言葉だった。
そしてそれは薄っぺらな理屈ではない、正に<ルイ自身>が発していた言葉だった。
「・・・ルイさん、あなた、もう帰っても良いわよ。」
「どういうことよ?」
「あなたより能力のある人が資格を持って現れたのよ・・・もう用事はないわ。」
だがそんなルイに対してアリシアはやはり冷徹な笑みでそう答えるだけだった。
「・・・人を呼んどいてなによそれ・・・ふざけんじゃないわよ!」
その態度に更なる激情を沸き上がらせたルイがそう怒鳴った。
そしてその様相のままアリシアに向かってその歩を進めようとした。
「・・・えっ?」
だがその歩が進み出した直前、それを制すようにサキの腕が軽く伸ばされた。
「ルイぃ〜、アリシアさんが用事があるのはこの私よぉ〜」
「サキ・・・」
「・・・でもぉ〜・・・とぉっても嬉しかったわぁ〜」
その声に再びルイはサキの表情を見た。
こちらに一瞬だけいつもの暖かい、そしてアリシアに向けたそれとは何処か違う・・・
それは、ルイ自身に言葉をかけるべきではないと感じるものだった。
「流石にルイさんよりは物わかりが良さそうね・・・助かるわ。」
「単刀直入にお願いするけどぉ〜・・・この後の展開はどぉなるのかしらぁ?」
「簡単よ。そこの二人やルイさんより優秀ってことで私の直属のパートナーに決まり。」
「はらぁ〜、私の意志はどぉなるのかしらぁ?」
「勿論拒否も自由よ・・・でもそれを選択するのは賢明と思えないけど?」
そう言うとアリシアは笑みを強めた。
まるでそれは下位、いや既に虫けらに向けるそれそのものだった。
そしてそれは・・・同時にあのPCを操作しながらの言葉だった!
「!」
その様相にルイの表情が一瞬にして恐怖のそれへと変貌した。
まるでアリシアの言葉のままに現れたその姿・・・
それはこの薄暗い中でより一層際立つようなおぞましい存在そのもだったからだ。
「昔からそうだったみたいだけど、ここってやっぱり生徒が生徒だけにテロとかの対象に
なりやすかったのよね・・・最も一度も成功したことはないけど。」
「・・・それが撃退の証の名残って訳かしらぁ?」
「実験材料としては廃品ってのは気に入らないけど、ま、役には立ったからね。」
それは10人ほどの男性の姿があった。
恐らくはここを訪れた際のままであろう、戦闘服を皆着ていた。
そして更にその時持参していたであろう、重火器を含む武装も有していた。
だが、ルイが一瞬恐怖したのはそれだけではない。
それはメスや縫合、更には皮膚の一部から露出している何かの部品・・・
そう、それはかつて人であったものの変わり果てた姿であったからだ。
「ま、商品名が<バイオソルジャー>になるって聞いた時は流石に一寸って思ったけど、
前の<犬>よりはお金になりそうだからそのぐらいは我慢すべきよね。」
何処か独り言にも似た得意げな響きを持った言葉だった。
それは軍事体より技術権利を持って富を得る、常人を凌駕する頭脳の持ち主の言葉だった。
そして・・・人間としての<何か>が確実に欠落している十代の娘の言葉だった。
「・・・あんたがやったの?こんな酷いことををあんたがやったの!?」
「ルイさんらしい愚問ね。そっ、自慢じゃないけどここまで出来る人は他にいないわよ。」
「・・・あんた・・・やっぱり人間じゃないわ。」
ルイの言葉が静かに響いた。
もはや届かぬであろう、だがそれでも口にぜずにはいられない言葉だった。
「・・・とりあえず私が承知しないとルイまで巻き添えって訳ねぇ?」
「そういことになるわね・・・ということで、ご返事は?」
アリシアは平然とそう口にするだけだった。
それはこの状況と己自身に絶対の信頼を置いているが故だった。
だがそれはサキがこちらに向けている挑戦的な瞳に気付かないままの言葉であった。
「それじゃひとぉつ・・・条件を付けさせて頂くわぁ・・・」
その言葉が静かに流れた。
「何?大抵のことなら考えてもいいわ。」
「私の要求は・・・逃げないで頂きたいってことだけよぉ!」
その言葉を発した瞬間!
「なっ!?」
銃声!
反撃の間もなく一体の<兵士>が倒れる!
ルイとアリシアが感知したただの一音と共に!
そしてなんとその間に数箇所に銃創を喰らったまま!
更に二人!
アリシアが驚愕の表情を作り終える間に更に二人が倒される!
しかも今度は唯の一撃!
それは先程の一体目でいきなり<兵士>の急所を読みとった故の結果!
「くっ!」
アリシアの指がやっとPCの再操作を始める!
だがその手つきはキーボードではなく何とゲームコントローラーのそれだった。
それは正しくサキの速さと弾倉の回転数から残弾解析した頭脳が判断した動作だった。
・・・そんな古い形式の拳銃をわざわざ・・・やっぱり愚か者ね・・・
確かにサキの銃は後の拳銃と違って一度に弾を込めるシステムを有していない。
故に一度弾が尽きた時は最補充に致命的な程のロスタイムが生じる。
それしか無かった西部開拓時代ならともかく、この現代においては・・・
誰しもそう考えるのは当たり前である、そして誰でもそうなるはずである。
だが、ほくそ笑むアリシアに与えられた現実はその表情に更なる驚愕を与えた!
「う、嘘!?」
思わずアリシアはそう口にした。
それは先程とはまるで懸け離れた、無様そのものの表情だった。
襲いかからんとした姿勢のまま倒れ伏していた。
構えた重火器から一発の弾丸も発することもなくその体躯を停止させていた。
それは自分の武器たる<兵士>がたった1人に苦もなく撃ち倒され続けていたこと・・・
それが、弾丸をではない、まるで自動拳銃のそれの如く、何と回転型弾倉を瞬時に外して
弾丸の詰まった予備と交換し続けることによって成し続けるサキの所行によってである!
・・・この間、正に・・・4.3秒・・・
「・・・あ、ああ・・・」
「・・・これでお終いかしらぁ?」
サキの言葉が静かに響いた。
余りの見事さに呆然となるしかないルイの側で響いた。
それは向けられたアリシアにここで初めて恐怖という色を浮かばせた言葉だった。
「・・・さっきの約束・・・あなたの頭なら覚えているわよねぇ?」
「あ、あなた・・・あなた一体?」
「・・・質問しているのは私なんだけどぉ?」
「こ、殺すの?わ、私を殺すの?あ、あなたみたいな人はそんなこ・・・」
震えるアリシアの言葉が止まった。
それは静かに向けられた、未だ硝煙を放つサキの銃口を目前にしてであった。
「アリシアさぁん、あなたはその頭で他人の何を理解出来るのかしらぁ?」
そしてやっと理解した。
知識や論理ではなく直感によって理解した。
そう、<命>に対して根本的に考え方の違う人間が存在することを。
そしてそれ故に躊躇せず引き金を引く人間が今この瞬間目の前にいることを!
「ひっ!ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
悲鳴だった。
それは飛び出すように逃げ出したアリシアの発した言葉だった。
そしてそれは皮肉にも・・・確かに<人間味>を感じるような姿だった・・・
...ACT07:TRUE OR REAL(そして・・・)
微かに時が過ぎていた。
薄暗い空間の中に立つ二人の前からアリシアが姿を消した頃だった。
「・・・いいの、サキ?」
ルイの呟くような声だった。
何処か<呆れ>の混じるような響きだった。
アリシアがたった今消えた奥の扉をを見ながらの言葉だった。
「あらぁ〜、ルイのほぉこそあの子をあのまま逃がして良いのかしらぁ〜」
何処か楽しげな口調がそれに答えた。
ルイに悪戯っぽい瞳を向けながらの声だった。
それは鷹揚と、アリシアに対してすら慈悲を含むようないつものサキの言葉だった。
「・・・言われてみれば確かにそうね。」
「あははー、それに大体あの子は首謀者じゃないものねぇ〜」
「・・・どういうこと?」
「だぁってぇ〜、あの子が首謀者ならとぉっくに皆ここに来てるわよぉ〜」
やはり平然とした口調だった。
たった今明確な殺意を受けたばかりの人間の言葉だった。
そしてあの恐るべき娘達が<傀儡>、それを示唆する言葉にしては呑気な言葉だった。
「・・・」
そんなサキをルイは無言で見続けていた。
それは今まで漠然としていたある考えを内心で形にしながらの様相だった。
・・・今、目の前に居るのは『狂った無法者』かも知れない。
・・・必要とあらば手段を選ばす死を与え続けた『殺人鬼』かも知れない。
・・・本来なら、いやこの<大異変>後の世界でも『許されざる者』かも知れない。
あの驚異的な技量と驚くべき平常さ・・・
それはルイの培ってきた常識においてそういった言葉を浮かばせるに足りた。
そしてそれを元に非難、罵倒といった言葉を吐くのが当然と感じさせるものだった。
だが・・・
不思議と湧かなかった。
ルイ自身、そんな言葉はおろかそんな感情すら湧かなかった。
・・・違う・・・
それはルイ自身が殺人を容認しているからではない。
むしろそれを今も強く否定しているからこその感情であった。
・・・だって、そんなヤツならとっくに・・・
それも勘違いかも知れない。
この常軌を逸した出来事の連続故の惑いかも知れない。
だが、つい数刻前までここで見たことや聞こえたこと・・・
そんな与えられたことばかりに惑わされ続けたルイ自身故の感情かも知れなかった。
そう、今も目の前でまるで自分に対する<正気の礎>の如く凛を感じさせる姿勢ながら、
たとえ自分が如何なる感情を向けても全てを受け入れ、そしてそれでも向けてくれそうな
虚偽や打算を欠片も感じさせない本当の笑顔を確かに向け続けてくれているサキの姿から
理屈や言葉ではなくルイが自身の深層から得た<思い>故かも知れなかった。
だから・・・
「・・・一応言っておくけど・・・私はそういう趣味はないからね。」
その言葉と共にルイはややぎこちない抱擁でサキを包んだ。
それは確かに何の根拠も無い・・・だがルイにとっては自分と同様、そして多分今までも
誰かの為に手を汚すことを厭わなかった上に、その結果を悔いるどころか甘受をし続けた
であろうとルイ自身が確信した者に対する<せめてもの労い>の行為のようだった。
「・・・それで充分よぉ〜」
その様相にサキは笑顔のままそう口にした。
そして自分に抱擁を加え始めたルイに答えるように抱擁で迎えただけだった。
それは何処か、ルイにとって自分が今<本当に正しい>と確信させるような実感を有した、
そしてとても暖かく感じる抱擁であった・・・
・・・その時だった。
短い静寂が辺りを包み始めた頃だった。
「・・・どうしたの?」
その抱擁に微かなこわばりを感じたルイがサキから離れながらそういった。
「・・・そろそろ行かなきゃいけないみたいねぇ〜」
そう言いながらサキはアリシアの消えたドアの方を見ていた。
「・・・行くって?・・・何処へ?」
「多分あのドアの向こうにいる・・・首謀者さんの所よぉ〜」
「・・・!?ど、どういうこと?」
「あの時の音が聞こえたからぁ・・・多分一人で待ってるみたいだものねぇ〜」
そういうとサキはアリシアが消えたドアの方へ歩を進めだした。
それは懲罰棟で聞いた、そして対決どころかルイと共に沈黙を守った・・・
そして多分アリシアをも歯牙にかけたあの音階を関知したという言葉を残してだった。
「・・・待ちなさいよサキ!私を置いて行く気?」
「あははー、どっちにしろ大して時間はかからないと思うわぁ〜」
「どっちにしろってどういう意味よ!?大体これ全部私の問題じゃない!」
「そぉいわれればそぉねぇ〜・・・あはは。まあこんなこともあるわよ。」
ルイの言葉に立ち止まってそう答えたサキは再びきびすを返し始めた。
そして躊躇の欠片もなく小走りで近づいたルイがその歩に並んだ。
「・・・私はあんたや・・・多分その首謀者に比べたら無力って解ってるわ。」
「・・・」
「・・・でも私は・・・私自身で私自身に起こったことを知りたいのよ。」
「・・・了解したわぁ〜」
そんな言葉が空間に響いた。
やがて、幾ばくかの沈黙を重ねながら二人はそのドアの前まで歩を止めた。
そして・・・どちらからともなくノブにお互いの手を重ね、ゆっくりと・・・
煌めきが満ちていた。
耳慣れぬ、しかし心地よい音楽が微かに響いていた。
それはまるで天界のそれにも似た印象を訪れた者に与えるようだった。
先程とは雲泥な程の広さと明るさだった。
何の装飾だろうか、壁や天井を<クリスタル製の紐のようなもの>が覆っていた。
一見無秩序に曲がりくねり、淡い光を放つそれらは不思議と調和を感じさせるものだった。
長椅子が何列にも配置されていた。
それは一見、先程の礼拝堂と似たような作りの光景だった。
ただ、そこにひしめくように座る者達の姿はある種違う色を空間に与えていた。
人形だった。
見慣れた制服を纏った、蝋細工の如くリアルに作られた娘達だった。
そしてそれすらも装飾の如くある一点へと笑顔を向けるように設置されていた。
そこは確実に違っていた。
それは通常なら祭壇に位置する場所だった。
二人が入って来た方向の対岸、丁度壁の辺りに背を向けて動く一人だけは違っていた。
女性だった。
腰まで伸びた双房の金髪を垂らす10代半ば程の娘だった。
まるで聖衣の如き純白の衣装に包む均整の取れた体躯をもって何かを操作していた。
パイプオルガンに酷似していた。
その動作、燻り続ける音階・・・それだけなら確かにそうだった。
ただ、パイプではなくあの<紐>が繋がれているという奇妙な外観を有していた。
少し注意すれば満ちた音階と淡い光が連動していると気付くかも知れない。
それは勿論、彼女がこの<楽器>を奏でている故であることに繋がることである。
・・・ただ、この情景そのものを別の見方をするものもいるかも知れない。
まるで解剖図、この部屋自体が巨大な脳髄を裏返して造られているようであると・・・
「今日の予定はもうすぐ終わるから・・・もう少しお待ち頂けるかしら?」
音色のような声だった。
満ち続ける音階の主に相応しいような響きだった。
先程から背を向け続けているにも関わらず二人の全てを把握しているような口調だった。
「さっきアリシアさんに聞かされた説明だけじゃ納得出来ないんでしょ?」
演奏を続けていた。
全く澱み無く音色は満ち続けていた。
常人ならば乱れるのが必至の筈の「声を発する」という行為にも関わらずである。
「この仕組みを私が操作して皆さんに<世界>を与えているというのは見ての通りだけど、
そもそもどうしてそんなことをしているのとか、ここが一体何なのかとか・・・
それから、細かいとこじゃ衛星通信やインターネットとか以前に、お手紙やお電話ですら
殆ど駄目になってるのにどうして皆さんのお家のことが解ったかってのもあるわね。」
聞くだけの声だった。
勿論、威圧的なものは一欠片も感じられなかった。
ただ、何処か声をかけるのに躊躇を感じる程の均整を持った言葉だった。
「・・・今日はどんな世界を皆さんに与えていたのかしらぁ?」
サキの声が響いた。
まるで流れ続ける音階に対する不協和音のように聞こえる言葉だった。
だがそれは少しずつ遊離して行く<現実>への楔の如くルイに聞こえる言葉でもあった。
「そうね、一人を花嫁ってことにしてその子を決闘ごっこで取り合う世界かしら?」
「それってぇ〜、女の子同士じゃかなり不毛と思うけどぉ〜」
「ふふ、そんな精神病院のロールプレイ療法みたいな非現実的なことはしてないわ。」
「今もあんまり現実的とは思えないけどねぇ〜」
会話が行われていた。
背を向け続ける娘とその背に表情を向け続けるサキとで行われていた。
まるで世間話そのものの平穏めいた、だが言いようのない緊張を感じさせる会話だった。
「現実ね・・・現実って一体何かしら?」
「あらぁ〜、ここにも患者さんがいるみたいねぇ〜」
「例えば・・・今この瞬間が私を含めて誰かの妄想が生んだ物語の中としたら如何?」
「そぉねぇ〜・・・それでも私が私で在る限り私は私って答は如何かしらぁ?」
何気ない口調だった。
それは耳にしたルイに普段と変わらぬものを感じさせるサキの言葉だった。
ただ、それは同時に会話の中断により訪れた沈黙を辺りに満たす言葉でもあった。
「・・・面白い答ね。」
「お褒め頂き恐縮ってとこかしらねぇ〜・・・ところであなたの答はどぉなのかしらぁ?」
「私の答・・・聞きたいの?」
「是非お願いしたいわぁ〜・・・きちんと人に伝わる言葉で言えるのならねぇ!」
その言葉が放たれた瞬間!
そう正にその瞬間だった!
ルイが凝視したままだった娘の姿が一瞬の閃光にかき消された。
その直後それまで包んでいた音階とは別の音階が鳴り響くのを感じた。
そして・・・そして何かの衝撃波を感じ思わずその方向を向いたルイが見たもの・・・
それは床の大穴を残す以外に見えなくなったサキの姿だった!
「ルイ・アルファルド!」
直後!
正しく一喝の如き言葉!
それは今までの口調とはかけ離れた力を感じさせる・・・
そしてルイの言動はおろか思考すら凍り付かせるような一言だった。
「・・・な、なによ?」
その声に答えるようにあの音階が止まった。
その娘が優雅な仕草で鍵盤らしき物から両手を離した故であった。
そして訪れた静寂の中、ゆっくりと振り向きながら台座から降りる姿を見せだした。
「多種多様の人種、そして階級に属する人々を平静の世界に置くには人為的な意思統一を
計る方法が一番確実というのは理解できるわね。」
静寂の中にその声が響いていた。
正しくここの主に相応しい余裕を感じさせる歩調で近づきながらの声だった。
「でもここだけじゃ不十分だったの・・・だってここの人達って、この星の<在り様>も
その気になれば変えられるかも知れない人ばかりだものね。」
声は少しずつ、少しずつ大きくなっていた。
その姿は少しずつ、少しずつルイの方に近くなってきた。
まるで周囲を覆う光を纏った降臨者の如き姿で近づいてきた。
「だからこのシステムが作られたの・・・世界に安定と平穏をもたらすためにね。」
おびただしく並ぶ人形に愛でるような表情を向けながら歩いていた。
まるで生き写しさながらに作られ、物言わぬ千を越えるオブジェ・・・
それはまるでここの常軌を逸した歴史そのものを具象化したかの如くであった。
「ここと同じように時には和平を、時には戦乱を、時には融和を、そして時には迫害を、
親が子を産み子が孫を生んで行くことで培われてきた歴史という事実・・・個々で見れば
不条理極まりないって思える世界の出来事ってのも決定的な破滅をもたらしていないって
視点から見たら全て調和が取れているって思わない?」
平然極まりない口調だった。
それは一言で言えば今世界を動かしているのは自分・・・
それだけなら常軌を逸したとしか言いようのない内容の言葉であった。
だが同時に「妄想」の一言では片づけられない雰囲気を有する者の言葉でもあった。
「・・・あ・・・」
その娘はルイにゆっくりと近づき続けていた。
それはもはやルイ自身に「見間違う」ことを許さない距離になっていた。
「・・・あんた・・・」
侵征不可を思わせる高貴さがそこにあった。
正にこの学園の最頂点の存在に相応しい存在と誰しもに思わせる存在だった。
「・・・う、うそよ・・・」
まるで聖母像のような安寧を感じさせる表情が目の前にあった。
それまでに起こった出来事と、そしてたった今サキに対して行なわれたことを含めても、
気を抜けば無条件で受け入れてしまいそうな甘美さを誰しもに与えるようだった。
「・・・そ、そんな・・・」
ただ、ルイにとってはそれだけの表情ではなかった。
それはルイ自身にとってとても見覚えのある表情でもあった。
ただ同時にその名前をどうしても口に出来無いままの表情でもあった・・・その時。
「・・・あれえルイどうしたの?げんきなさそうだけどだいじょぶ?」
その声が流れた。
まるで幼児めいた今までとは雲泥の口調・・・
だがそれこそがルイに口を開かせるその引き金とも言える一言でもあった。
「本当に、本当にあんたなの・・・ダニエラ・・・ダニエラ・クリスリーヴ!」
その名前が空間に響いた。
均整の取れた体躯に腰まで伸びた双房の金髪の持ち主に向かってそういった。
そう、それはその年相応に幼さの残る柔和そのものの表情はルイの知る面影を濃く残し、
そしてその余りのイメージの違いから呼ぶことを躊躇った名前であった。
「ふふ、成長障害児そのままの体に知性、お陰でいつも皆に暴力を振るわれていた・・・
さっきまで残ってた先入観がそう見せていただけってことで今は説明は充分でしょ?」
ルイの言葉を肯定するような親しげな口調だった。
平時のダニエラに何処か共通した響きを持つ口調だった。
故にルイにとって幾ばくか普段通りの態度を取り戻せた言葉でもあった。
「充分じゃないわよ・・・サキはどうしたのよ!?」
「ああサキさん?そうね、確かにルイがこうして<本当の私の姿>に到達出来たってのは
あの勉強方法を含めて全部サキさんのお陰かも知れないけど・・・でも安心して。」
「・・・どういう意味よ。」
「運命も実力の内、結果的に残ったのはルイ一人だってことよ。」
その言葉が発された瞬間、ルイが剣を振るわんとする!
だがその右手は充分な瞬発力を内包したまままるで凍り付いたように止まる!
「これ、アリシアさんに造ってもらったのよ・・・設計だけだけどね。」
それは正に瞬きの間に行われたとしか思えない程唐突だった。
ダニエラはやはり聖母像のような笑みのままルイに左手を真っ直ぐ向けていた。
「・・・霊感とカリスマのマージィさん、身体能力のマーゴさん、知性と技術力に秀でた
アリシアさん、それから個々ではその人達に及ばなかったけど総合したら誰より高かった
オールマイティのヴィナスさん・・・皆それぞれの分野でトップクラスへと進める素質の
持ち主ばかりだったけど、ルイはその誰より優れてるって言ったら喜んでくれるかしら?」
その手に、ある奇妙な品を持っていた。
それは銃、しかもあの悪名高い”TOKAREV”に酷似していた。
ただ、そこには金属の光沢は一点も見つけることの出来無い品でもあった。
「・・・ふふ、ここが出来た時からとっくに世界は征服されてたって言ったら信じる?」
主要部品は硬度7を誇るロック・クリスタルで一部の隙もなく形成されていた。
弾丸に当たるものさえ微細な金属片を内包したルチル・クォーツで作られていた。
それは正しく計り知れない技術が用いられたことを証明する文字どおりの結晶であった。
「まあ、思想や宗教、科学や政治によって男の人達が権力闘争に明け暮れているその裏で
ここを直接巣立ってった人のみならずその血肉を分け続けたお子さんやお孫さん方にまで
ここからの<価値観の影響>を受け続けてたってことだけどね。」
それは圧力を加えたクォーツが電気を発生するという特性を利用していた。
銃床を握り引き金を引くプロセスにより複雑な電気信号を内部に走らせる品だった。
「それにそれって一方通行じゃ無くその人達が見たり聞いたり考えたりしたことなんかも
こちらに伝わるの・・・ふふ、<心の繋がり>ってどんな時代も変わらないわね。」
それは瞬間的に電気分解により発生させた純酸素を燃焼させることで発射を行うと共に、
その電気で内包した金属に共鳴作用を起こし、見かけを凌ぐ質量と対象物の固有振動数を
命中の際に瞬時に読むという、信じがたい特性を弾丸に与える仕組みを有する品だった。
「自分こそが絶大な権力と財力を有するって思っている人、強靱な肉体に技と力を有して
誰に対しても覇を唱えようとする人、それに有する知能こそ至上と考えている人・・・
そして今この瞬間、こんな時代でもまだ生きているその他大勢のどうでもいい人々・・・
そっ、皆さん全員ここで築かれた世界の住人よ。」
ダニエラはそう言いながらルイへの笑みを強めた。
それはやはり聖母像にも似た、魅惑を誰しも感じるような表情のままだった。
ただそれは発射の際にその余波による通過光の屈折がまるで虹のような閃光を放つと共に
共鳴作用の余波が形容しがたい音階による発射音を発するという仕組みを有するという、
まるでダニエラ自身を表すようなその世界最美の<殺人道具>を向けながらでもあった!
「・・・な、なによそれダニエラ・・・あんた本気でそんなこと言ってるの?」
「そうね、確かに出来の悪いアニメみたいね・・・ホント、そう思うのも無理無いわ。」
笑みを向け続けながらの言葉だった。
その手に持つ<水晶銃>を下げながらの言葉だった。
それはまるでそれまでが全てジョーク、そんな軽薄ささえ感じるような態度であった。
「今までここで見てたものは嘘ばっかり、如何にもな女の子はやっぱり裏の顔を持ってて
オマケにラスボスはこんなキャラ・・・ふふ、サキさんがああ言ったのも当然ね。」
「・・・それじゃ、今言ったことは全部嘘なの?」
「ええ、たった一つのことだけ信じてくれればそう思ってくれて構わないわよ。」
ルイの耳にそんな言葉が届き続けていた。
それはただ聞き流すならやはり冗談、いややはり妄想で片づけても良い言葉だった。
だが同時に先程とは比べようも無いほどの言い知れぬ不安を感じさせる態度であった。
「・・・ひ、一つのことって・・・」
掠れたような声だった。
精神を支える最後の糸の振動が生んだような響きだった。
「・・・解らない?・・・ふふ・・・私は嘘を付いていないってことだけよ。」
瞬間!
恐怖!・・・そして剣光!
許容不能な恐怖を感じたルイがその剣をダニエラに向かって反射的に振るう!
「!?」
だが瞬間!
まるで消失したが如き!
信じがたい身のこなしによりそれは虚空を切り裂いたのみであった!
「ルイ・・・それじゃ私は倒せないわ。」
直後!
万力の様な力がルイの右手首を包む!
まるで最初からそこにあったか如き速度でダニエラの右手がそこにある!
「くぅぅ!」
痛感!
短い呻き声と共に呆気ない程ルイが剣を取り落とす。
そしてその様相を哀れむようにダニエラは手首を持ったまま表情を向けていた。
「ルイ・・・お話はまだ沢山あるのよ・・・」
その言葉と共にダニエラは体躯をゆっくりと近づける。
「・・・な・・・なによ・・・は、離してよ・・・」
その手を解こうとルイは満身の力を持って抗おうとする。
だがその細腕に如何なる力を秘めているのか、ダニエラの手は毛ほどの怯みも見せない。
「・・・安心して・・・私はルイの友達よ。」
近づく。
<これまで>と同様にダニエラが近づく。
「それからここにいる皆とも・・・ふふ、良い出来でしょう。」
抱擁を感じさせる口調のままだった。
ルイの右手を固定し続ける力を欠片も感じさせない表情だった。
・・・や、やめて・・・
ゆっくりと近づく。
物言わぬ人形の背を受けて近づく。
<何か>を与えるためにダニエラが近づく。
・・・助けて・・・誰か助けて・・・
更に近づける。
引き替えに<何か>を奪うために。
その聖母<像>さながらの・・・正に<作り物>の笑みと共に近づく!
・・・助けておじいちゃん、助けてお父さん、助けておかあさん・・・
そしてダニエラの表情が間近になり、正にそれが行われようとした・・・だがその瞬間!
・・・・助けて・・・助けてサキ!
銃声!
瞬雷の如き響きが辺りを貫く!
瞬発!
ダニエラがルイから離れる!
同時!
その位置した場所、床から弾丸が走る!
更に続く!
銃声銃声銃声!
まるでルイから離れ続けるダニエラを追うように床から銃弾が走る!
「なっ!?」
その声を上げると共に床の穴をルイは覗き込む。
薄暗い、湿った空間・・・だが確かにその姿があった。
「サキ!?」
「ルイぃ〜、ちょぉっと上がるの手伝ってほしいんだけどぉ〜」
腰まで伸びた長い黒髪をたなびかせていた。
床の資材の一端にかけた、その髪をまとめていた一本の紐を持ちながら確かにいた。
そう、それは見間違いようもない、笑顔と共に硝煙を燻らす拳銃を下げたサキだった!
「・・・ど、どうやって?」
「そぉねぇ〜・・・あははー、説明は後にさせて頂けるかしらぁ〜」
「・・・あんたならもう何を聞いても・・・納得するしかなさそうね。」
そういうと苦笑混じりにルイはサキに手を差し伸べた。
それに呼応するようにサキは拳銃をホルスターにしまうとその手を握った。
それはダニエラと似た白く細い、だがルイに確かに人の温かさを感じさせる手だった。
やがて・・・
「・・・ご準備はお済みかしら?」
「あははー、わざわざお待ち頂き恐縮ねぇ〜」
10メートルの距離があった。
醸し出され続ける淡い光が3人の娘を照らしていた。
その空間を置いてダニエラ、そして傍らに立つルイと共にサキが対峙していた。
「にしても背中からの次は足の下?西部の勇者さんにしては姑息じゃないの?」
「あらぁ〜、あなたのレパートリーに西部劇もあったのかしらぁ?」
「それじゃせっかくだから今からそれにさせて頂こうかしら・・・決闘のテイクからね。」
「・・・それじゃあなたの方もご準備をお願いするわぁ〜」
その言葉と共に再び沈黙が訪れた。
まるでダニエラを待つようにサキはゆっくりと拳銃を右手に下げた。
そんなサキに微かな笑みをダニエラは向けていた。
そしてスライドを操作して一発の弾丸を取り出すと真後ろへとこともなげに放った。
音色。
まるで計ったような放物線を描いた弾丸があのオルガンのキーの一つを叩く。
そしてそれが発したただ一つの音が響いた時・・・
「・・・な、なによ・・・なによこれ!」
恐怖を交えながらの一言をルイが口にした。
それも当然のことであろう。
何故ならルイの目前で展開された光景、それは正に人形の森。
そう、その音に導かれる如く全ての人形達が一斉に起立するという光景だったからである。
「・・・それにしても・・・不思議な人ねサキさんって。」
そんなルイを気にする様子もなく平然そのものの口調でダニエラは言葉を再開した。
「そぉかしらぁ?」
そしてサキもそんなダニエラを気にする様子もなくいつもの口調でそれに答えていた。
「あなたはどこかの国や機関に雇われた要員?それともここの支配を奪いに来た野心者?
それとも正義の味方気取りの唯のパラノイア?・・・ホント、解らないわ。」
「はらぁ〜、ひ弱で聞き耳を立てるだけの兎をずっと演じ続ける合間に理事長のお仕事を
やってた多忙なお方にしてはその程度のことすら解らないのは以外ねぇ〜」
その言葉に微かにダニエラの表情が変化を感じさせた。
それは何処がどうという程ではない、だが確かに歪みを感じさせる変化だった。
「・・・最初っから見えてた・・・解ってた癖にとぼけ続けてたわけね?」
「ごめんなさぁい、人の趣味には口を出さないことにしてるのぉ〜」
「あら?それじゃそんな人がどうして今口ばかりか手を出し続けているのかしらね?」
「そぉねぇ〜、私があなたを許したくないって答なら御納得頂けるかしらぁ・・・
特にこの下の光景を見た後なら尚更ねぇ!」
「・・・了解したわ。」
会談が終わった。
その瞬間流れた沈黙と共に双方がそれを認識した。
お互いが構えを取り出した。
サキの右手は軽く下げられていた。
ダニエラの左手も軽く下げられていた。
・・・同じだ。
左右対称・・・双方全く同じ構え方だった。
それは同質の優雅ささえ感じるゆったりとした動きだった。
ルイにはまるで鏡、いやどちらかがどちらかの影のように感じる程だった。
ただルイにはそれらは確信を持って感じられる様相だった。
それはお互いがお互いの実力を完全に把握している動きであること。
そしてその実力をお互い相手に向けるための無駄の一点もない動きであること。
超絶技巧の所有者同士の戦い・・・それがルイの前に今行わんとされている現実だった。
やがて・・・
風が場面に流れた。
外部からここまで流れ込んだ風がサキの黒髪を揺らすように流れた。
光が満ち続けていた。
月の光を物質化させたような金髪を持つダニエラを淡く包み続けていた。
まるで上質の絵画の如き様相を呈していたその光景をルイはただ目に写すのみだった。
・・・そして!
"...Sit tibi ...terra levis."
瞬間!
ダニエラのその言葉を合図にお互いの手が上がる!
直後!
銃声!
サキの弾丸がダニエラに向かって一直線に走る!
同時!
音階!
寸分違わず放たれたダニエラの銃弾が空を切る!
交差!
中空で二発の弾丸、いや二つの意志がすれ違う!
回避!
最小限度の動きでサキが弾丸をかわす!
後方の壁面から生まれた虚しい破砕音が一気に響く!
それはまぐれの欠片もない驚くべき動体視力と反射神経故の動き!
だが第二弾を放つべく向けられたサキの銃口の先にダニエラの姿は既に無い!
音階!
並ぶ人形達の合間から一気に死の結晶が走り来る!
それは一瞬!
そう、迫るサキの弾丸をなんと数メートルもの移動で回避したダニエラの放った弾丸!
再回避!
そして疾走!
僅かな床の音、僅かな空気の流れの乱れ・・・
既に常人では知覚不能な動きの筈のダニエラを追尾するようにサキが移動する!
銃声!
音階!
銃声!音階!
音階!銃声!
銃声!銃声!銃声!銃声!
音階!音階!音階!音階!
瞬撃と回避が続く!
人形の森から放たれるダニエラの銃弾。
そしてその森の外側から銃弾を撃ち続けるサキ。
もはやお互い相手を目視してから撃っているのではない。
盲滅法?否!
その程度のレベルではこの二人にはもはや勝敗を問うことすら愚問である。
そう、それはお互いの動きを完全に予測して行っている超高レベルの殺し合い・・・
そしてそれ故に全く勝敗が付かないものと誰しもに思わせる・・・だが!
「!」
ルイが一瞬息を飲んだ!
そう、これだけの動きを人間が連続して行えるはずがない。
そしてそれを証明するようにルイにも解るほどサキの息が一瞬乱れた!
音階!
それを見越したが如きダニエラの銃弾が無慈悲な軌跡をサキへと描く!
直後!
正に紙一重、それでもかろうじてサキは再び死の誘いから逃れる!
だが、それは誰しもに痛恨の代償を払ったと思わせる様相!
その一瞬崩れて床に膝をついた体勢、そして交換を行えないまま床に転がる弾層・・・
「サキ!」
正しく光臨!
それを見越したが如くダニエラが人形の森から体躯を飛び出させる!
まるで風を切るように双房の金髪を揺らしながらサキの10メートル前に現れる!
「やめてダニエラ!」
ルイが叫び声をあげる!
だが言葉による返答はない。
ダニエラはやはりあの笑みと共に躊躇の無い銃口をサキに向けるだけだった。
その時!
サキが再び銃口をダニエラに向ける!
まるでそれは目にする者に最後の抵抗を思わせる行為。
そしてこの現状から誰しもに虚しく未練がましいと思わせる行為・・・だが!
銃声!
その一点にダニエラの意識が瞬間的に集中する!
それはサキの弾層に残されていた最後の弾丸が放った音!
『姿を現した時に撃たなかった・・・』故の毛ほどの誤算にダニエラが気付く!
同時!
サキの右手が己の銃を中空に投げ放つ!
そして、そして左手が自身の身に纏う衣服の胸元から何かを引きずり出す!
それは金色の光沢を持つ、ルイにも見覚えのある品々。
そう、それはあのヴィナスが身につけていたあのアクセサリー・・・
そして持ち主を遙かに凌ぐ速度で瞬時に組み上げたあの<金色の銃>!
撃つ!
躊躇無し!
フルオート拳銃の限界を超えた速度と精密さでダニエラが全ての弾丸を放つ!
撃つ!
間髪無し!
疲れの姿すら偽りであったかの如く体躯を横へと跳ねさせながらサキも弾丸を放つ!
直後・・・閃光!
そして・・・爆圧!
正に超絶!
それはあの恐怖の銃弾が描く軌跡に寸分違わず走ったサキの弾丸の結果!
そう、それは目にしても誰も信じないであろう・・・弾丸に弾丸を命中させた結果!
そしてルイとダニエラに先程サキが回避を行ったことがまぐれではないことを示す現実!
「・・・!?」
金属音が響く。
舞い上がる誇りと煙の中に小さく響く。
そこはサキが転がした弾倉の真上・・・そして落下してきた銃本体と交換を終えた音!
「くっ!」
再びダニエラが銃口を向ける!
既に隙無く弾倉の交換を終えていた銃口が再びそこへと向く!
だが直後!
一陣の風が吹き抜ける!
誇りと煙を一瞬にして晴らす!
「・・・」
そして、そしてダニエラは確かにその姿を確認する!
瞬時に構えたその銃口を向けながら凛とした姿のサキを。
そう、その銃口が今正に弾丸を弾き出さんとする直前である現実を!
撃つ!
Fanning!
それは両腕を用いた射撃法!
撃つ!
Rapid fire!
それが正に余人を許さない至高の超速度を叩き出す!
撃つ!
撃つ!
撃つ!
討つ!
・・・この間・・・この間、正に電光石火!!!
・・・
そして・・・小さな音色が一つ響いた。
それはダニエラの手から滑るように床に落ちたあの銃が奏でた・・・
そう、サキの銃弾により砕け散った破片が奏でた・・・最後の音だった・・・
...ACT08:Wind TO TOMORROW(やがて・・・)
静寂が辺りに満ちていた。
それはあれから・・・そう、ほんの僅かな刻が過ぎた頃だった。
「・・・」
無言のままだった。
疲労による荒れた息すら沈めるようにサキはただ無言のまま立っていた。
「・・・」
やはり無言のままだった。
傷む右手首にやや顔を歪めつつも、ルイはサキに習うように無言のまま立っていた。
二人は沈黙のまま立っていた。
それはまるで葬送の列に加わって居るかの如きだった。
そしてそれは一人の・・・床に横たわる娘を見下ろしながらの沈黙だった。
「・・・ねえ・・・サキさん・・・ホント・・・狡いわよ・・・」
掠れるような響きだった。
一言の度に生命が失われて行くように感じられる口調だった。
それは床にその均整の取れた体躯を力無く横たえる一人の娘・・・
そう、ダニエラが漏らした微かな響きだった。
「あのロシアン・・・ルーレット・・・向こうの銃を使って反撃しなかった・・・
だからてっきり・・・そういう人・・・」
既に苦痛や疲労すら越えたような表情だった。
ただ後悔や断罪といった意味合いを感じられないような、そんな表情だった。
「・・・ダニエラさんの方が遙かに勝機に恵まれていたわよぉ・・・
少なくともここの皆さんが一度に相手なら私に勝ち目は無かったわぁ〜」
そんなダニエラにサキは口を開いた。
たった今まで驚愕の死闘を行った相手に向けているとは思えない・・・
それはいつもの慈愛の籠もった柔らかな笑顔のままでの言葉だった。
「言った・・・でしょ・・・これは・・・決闘・・・ルールはルール・・・
ふふ・・・でもその銃・・・わざわざ今の時代にそんな・・・
ホント・・・じゃなかったら・・・私も決闘・・・言い出さなかったかも・・・」
・・・ダニエラ・・・
そんな様相をルイはじっと見ていた。
それは憎しみや怒りも既に失せた・・・哀しさそのものの表情でだった。
「・・・でも・・・じゃなかったら・・・私はサキさんが・・・言ったとおりの・・・」
ダニエラは言葉を続けていた。
床にその体躯を横たわらせながら続けていた。
「・・・でも・・・その銃床に・・・刻んだ・・・サキさん・・・もしかして・・・
このルールの仕組み・・・ううん・・・それはもう・・・どう・・・でも・・」
言葉を続けていた。
その左胸に数発の銃弾がもたらした銃傷が確認される状態で続けていた。
更に・・・あろう事かその額部分にも致命傷たる銃傷が確認される状況で続けていた。
「でも・・・私が選んだ手段で私・・・いえ・・・この体・・・敗北を・・・」
一滴の血も流れていなかった。
それらの銃創からはクリスタルが穿かれたのみの痕が覗いているだけだった。
そう、あの銃と同様、ダニエラ自身も高度な技術で加工された<作り物>・・・
それを目にする者誰しもに証明する、確かな現実の一つであった。
「どんな優秀なパイロッ・・・も・・・自動車を飛ばせることが出来無い・・・
ここをずっと管理させられる・・・プログラムを焼き付けられたこの体・・・
だから・・・自滅に相当する行為・・・一切出来なかった・・・」
それでも言葉を続けていた。
確かに、明らかに人とは違う能力を有する体躯故に続けられる行為ではあった。
「・・・この中で圧制を強いた・・・強そうな人達を選んで集めても・・・
でも結果・・・みんな私が倒したか・・・私の操り人形に成り果てた・・・」
だが・・・だがそれだけではなかった。
それはまるで・・・そんな体躯とそれを得た運命に抗うような口調だった。
そう、人であることを精一杯に主張するかの如く続けられる、正に命の言葉だった。
・・・それも千年前のことだった。
かつてこの地に一人の娘がいた。
人を道具以下としか考えない傲慢さ故に生まれたこのシステムを維持する、その為だけの
管理人の役を担わされるという、望まぬ運命を与えられた娘だった。
在する娘達に一定の共通意志を植え付ける世界最古のヴァーチャルシステム。
更には内紛による重要人物たる娘達の死を隠蔽するための、記憶や感情すらも記録可能な
膨大な記憶容量を有する<人間を材料>として精製される蝋に酷似した物質。
そして・・・それらの管理や精製加工に至るまでをインプットされた『核』たる・・・
如何なる技術が用いられたのか、一体誰がそれを可能にしたかはもう誰も知らない。
この国自体の体制が歴史の流れと共に変貌したのに合わせるように消えたのだろう。
故にこのこと自体もたわいないフィクションと受け取って頂くのが相応しいだろう。
そう、今も大英博物館に安置された、驚異の加工技術を証明し続けるオーパーツ・・・
あの目的不明の『水晶の髑髏』と同様、誰もそれを語ることはないのだから。
・・・ただ、もう一度だけ言う。
かつてこの地に一人の娘が生きていた。
彼女は明るく、活発な性格が周囲の人々に好かれていた娘だった。
特に際だった才も無く、身分も辺境農夫の娘にしか過ぎない娘だった。
だから家族も周囲の人々も、そして当人も名もなく平凡な一生を終える筈の存在だった。
本当は・・・本当は・・・本当ならその筈の・・・
「・・・サキさん・・・下に落ちた・・・アリシアさん・・・どうなって・・・」
「・・・もう・・・あなたでも助けられないと思うわぁ〜」
「・・・設計した人らしく・・・あのPCで銃内の電気信号に・・・威力を加減・・・
だから・・・まだ・・・ひょっとしたら・・・」
「・・・あの蝋細工の体でも生かした方が良かったって思うのかしらぁ〜」
「そう・・・ね・・・ヴィナスさんみたい・・・憎悪しか抽出・・・そんな運命・・・」
哀しげな口調だった。
望まぬ運命と力に翻弄され続けられた娘の言葉だった。
そして同時に・・・それでも精一杯命を尊重し続けた一人の人間の言葉だった。
「・・・どうしてよダニエラ・・・私はそんな力のある人間じゃ・・・」
そんなダニエラに今度はルイも口を開いた。
それは自分の身に降りかかったことを知ろうとする・・・
いや、それを語らせることで少しでも相手を楽にさせようとするかのような言葉だった。
「・・・ルイも私と同じ・・・今のこの私と同じ体でも生きて行ける適正が・・・
違うの・・・私は・・・私は・・・だってともだちをこんな目になんか・・・」
「・・・だったら・・・だったらどういうことよ?」
「・・・一人でも・・・良かったの・・・一人でも・・・私のこと解ってくれる・・・」
「・・・!」
そしてルイは言葉を止めた。
今口を開けば嗚咽の哀しげな響きを漏らすだけだと気付いたのかも知れない。
故にルイは無言のままダニエラの頭上に近寄るとその場に腰を下ろし・・・そして・・・
「・・・ありが・・・とうルイ・・・そして・・・ごめんなさい・・・」
「・・・あんたの・・・あんたのせいじゃないんでしょ・・・」
いつもの口調を装うようにそう口にした。
自らの膝の上にその頭を柔らかく乗せさせたダニエラを慈しむように。
そしてその乱れた髪を・・・再び整えさせながら・・・
「・・・サキさんも・・・ごめんなさい・・・私・・・もしもあの時・・・
私にサキさんみたいな・・・私はこんな・・・それなのにルイには・・・」
「・・・私は遅すぎたのかしらぁ?」
「・・・ううん・・・充分・・・間に合った・・・
だからお願い・・・サキさん・・・サキさんなら・・・あれを扱うことが・・・」
その言葉と共にダニエラの腕が微かに上がった。
それは先程とは雲泥の差の、力の欠片も感じられない・・・
だがそれだけで意志を伝えるに充分な行為だった。
「・・・リクエストはあるのかしらぁ?」
「・・・前の楽譜のままに・・・私が弾きたくて・・・遂に一度も・・・」
「・・・了解したわぁ〜」
その言葉を残すとサキはゆっくりと祭壇の方へ背を向けた。
そしてその確かな足取りを終えた後、静かにそこに腰をかけた。
「どういうこと・・・サキは何をするつもりなの?」
「・・・全てのリンクを・・・絶つコード・・・ここを・・・私を終わらせ・・・」
「!そ、それって!?あんたまさか!?」
「言った・・・でしょ・・・自滅に相当する行為・・・私には・・・」
驚異の品がサキの目前にあった。
それはやはりパイプの代わりに水晶の回線、そして本体すらも水晶で造られていた。
そしてその上外観こそ酷似していたが、従来のものとは似ても似つかぬ程に配列された、
従来のものと比べて有に数倍はあろうかという鍵盤・・・
そう、少しでも楽器に触れた者なら誰しも「演奏不可能」と口にするであろう造りだった。
「・・・それとルイ・・・あなたのお家のこと・・・確かに・・・鉱山は海の底・・・
でも・・・ご家族の人々・・・ご近所の人々・・・皆元気なまま・・・」
「ほ、ホントに?」
「ふ・・・ふ・・・ホントよ・・・だから・・・理事長たる私が許可する・・・
ぎくしゃくしたまま・・・知ってるけど・・・落ち着いた・・・一度は・・・」
だが、その鍵盤に延ばされたサキの両腕には怯みの欠片もなかった。
普通ならばその驚くべき造り、或いは値打ちに対して向けられるであろう視線・・・
しかしダニエラが示した楽譜以外にサキは微塵の興味も感じた様子は無かった。
「・・・なんとか・・・なんとかならないの?」
「・・・あの・・・私も予想さえしてなかった・・・<大異変>・・・
大勢の人達・・・解放・・・でも・・・私・・・消えない限り・・・また・・・
そう言う風に・・・作られ・・・」
静寂がサキを包んだ。
その後ろ姿をルイは無言のまま見つめていた。
まるでそれに答えるようにサキは深呼吸を一度行った。
やがて、サキはその両腕を鍵盤群へと降ろし始めた。
ゆっくりと・・・優雅ささえ感じさせるような動作で。
ゆっくりと・・・先程の闘いに匹敵する不可侵さと全身全霊さを帯びながら。
そう、それはダニエラが願った、そして遂に叶わなかった曲を奏でようとするだけだった。
そして・・・
始まった。
ルイ達を音階が包み始めていた。
それはまるで重苦しい静寂に清々たる色彩を与えるような音色だった。
「きれいな曲ね・・・ダニエラ・・・」
「・・・」
「・・・ダニエラ?」
光が辺りを包み始めていた。
あのオルガン自体が発光を始めていた。
あの張り巡らされたクリスタルのロープ群が今まで以上に発光を始めていた。
そして一体何が起こっているのか・・・あの人形達からも何かの光が漏れ始めていた。
「・・・」
「ダニエラ!」
「・・・ダニ・・・エラ・・・う・・・ん・・・私の名前はダニエラ・・・よ・・・」
「しっかり・・・しっかりしなさいダニエラ!」
サキの演奏は全く澱みが無かった。
それどころか更に上がることを示すように光と音階が更に鮮明さを増していった。
「・・・村の人達・・・おとうさんやおかあさんと・・・毎日・・・」
「どういうことよ!あんた何言ってるのよ!」
ロープ群に細かいひびが入り始めた。
それによる拡散がまるで光が抜け始めたように見る者に感じさせた。
人形達からの光も段々と弱くなっていた。
弱まる度に<生き写し>をただの<精巧>な人形へと印象を変えさせるようだった。
「嫌なこともあるけど・・・楽しく平和な・・・」
「世界を動かせるんでしょ!そんなあんたが自分のことぜんぜん出来ないのよ!」
暖かで柔らかな、そして古い曲調の調べが辺りに満ちていた。
それは此の地でかつてありふれた子守歌・・・
それから豊作や結婚の際の宴で使われた祝歌・・・
そして・・・知人の死を悼み、新たな世界へ旅立たせる為の鎮魂歌・・・
「時々・・・男の子なんかと・・・けんか・・・女の子らしくない・・・いつも・・・」
「答えなさいダニエラ!何でも良いから答えなさいよ!」
それは全て名も無き人々が自分たちの中から生んだ曲であった。
そしてそれらを再構成し、まるで絵巻の如く一体とした組曲であった。
そう、権力者や才人が頭の中だけで作ったのではない、存在全てを具象化する曲だった。
「・・・でも・・・ないしょよ・・・ホントは・・・何時か素敵な人のお嫁さ・・・
それから・・・その人と・・・小さなお家で・・・皆で・・・皆で・・・」
やがて一瞬だけ強く光を放ったかと思うとロープ群は光を完全に失った。
・・・既に触れるだけで壊れそうな程にその全体を細かなひびが覆っていた。
「ダニエラ!」
「・・・」
もはや人形達は既に唯の良く出来ただけの人形だった。
古く、そしてやはり触れるだけで壊れそうな程、脆そうな作り物そのままに。
「ダニエラ!ダニエラ!ダニエラ!」
「・・・」
黒色のヴェールの如き静闇が辺りを覆い始めていた。
あのオルガンも最後の音色と最後の光を放ち終わった。
そして・・・
「ダニエラ!ダニエラ!ダニエラ!・・・あああ!ダニエラぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ある一つの光もゆっくりと消えていった。
たった今終了した、歴史に消えた者達の曲の一部だったかのように。
そして・・・まるで夜明けと共に役割を終える、淡い月の光のように・・・
やがて・・・
「・・・サキ。」
小さな声だった。
今は非常灯だけががかすかに照らす室内にルイのそんな声が響いた。
それはダニエラの亡骸を静かに寝かせた後に向かった祭壇上にて漏らした響きだった。
「あはは・・・流石に・・・おおおばぁわぁくねぇ〜」
明らかな疲労を含んだ声だった。
木製の椅子に体躯を沈めるように座ったままのサキの言葉だった。
もはや演奏不可能な程の、原型を保っているだけのオルガンを前にしての言葉だった。
「・・・お疲れさま・・・サキ・・・」
そう言うとルイは座ったままのサキに手を差し伸べ始めた。
「いきなり本番だったけどぉ・・・りくえすとにはお答え出来たみたいねぇ〜」
そしてサキはその仕草に答えるように笑顔を向けると、ゆっくりと手を上げ始めた。
「・・・うん・・・ダニエラも・・・きれいな顔だったよ・・・」
「それは良かったわぁ〜」
穏やかな響きだった。
いつもの、先程までどこかにあった激しさを感じさせないものであった。
そしてそれはルイにとって今触れた手と同様に安堵を感じる暖かさを含んだものだった。
ただ・・・
「・・・というわけでぇ、ダニエラさんが何を言いたかったかお解りかしらぁ?」
それはルイの手を借りてやっと立ち上がったサキの言葉だった。
そしてルイにとって、明らかに別の者に向けられていると感じる言葉だった。
「えっ?どういうことサ・・・!!!!????」
その言葉につられるようにルイも後ろの方を見た。
そして・・・そして確かに目撃した。
"zYogUboGo...gADasAzaGI....gESadASEGibAdA..."
それはあり得ないはずのことだった。
この薄暗さを纏うように立つその姿は信じがたいものだった。
だがそれはゆっくりと・・・そして確実にこちらに向かってきている現実だった!
「う、うそ・・・だ、だってさっき私の腕の中で・・・なんで・・・ダニエラ・・・」
"gaBaDABogOgA...BobOgeBagzORiziZIBudebeBAdAzeGu..."
<それ>は硬化した笑みを浮かべていた。
ルイにとって確かに見知った、だがまるで違うものを感じさせる表情だった。
<それ>は屍以下の命無き作り物・・・だがそれでも意志を感じさせる存在だった。
「そぉよぉルイぃ〜・・・あれはダニエラさんじゃないわぁ〜」
「えっ?」
「・・・あれは・・・あれは一人の女の子を千年も閉じこめた牢獄よぉ!」
その言葉と共にサキは躊躇うことなく銃口を向けた。
銃声・・・ゆっくりと迫り来る<それ>の眉間に違わず銃創が穿かれる。
「・・・!」
だが歩みは止まらない。
僅かな静止を見せた以外は硬化した笑みのまま歩みを続けるだけだった。
"zaBaSA...bAGidoGigiSyoBE...BoBOzOgisOzUgiRaSyOgu..."
再び銃声。
わずか一時の静止・・・そして再び歩み。
三度目の銃声。
まるで嘲笑うが如きの一時の静止・・・そして変わらぬ足取りでの歩み。
・・・た、倒せない・・・サキでも・・・
止まらない。
銃弾でも止められない。
まるで悪夢そのものの様に、おぞましい笑顔のままそれは二人に近づくのみ。
「・・・さ、サキ・・・いいから・・・いいからあんた逃げて!」
先程のダニエラの言葉を思い出したルイがそう口にする。
自分にも適正がある・・・故に今度は自分を求めていることを感じた故であった。
だがそれを向けられた当人は逃げるどころか従う素振りすら見せようとはしなかった。
「ルイぃ〜・・・私はこの方にまだ一つだけご用事があるのよぉ〜」
そう、ゆっくりと歩み出すのみだった。
もう数歩も歩けないであろうよろける寸前の足取りでだった。
だがそれでも先程と同様、敢然と立ち向かうようにルイの前に立つだけだった。
「そぉ、ダニエラさんやルイ、それに私も知らない数え切れない人々の運命をねじ曲げた、
<いらない真実>のこの方に皆さんの一言をお伝えさせていただくってご用事がねぇ〜」
"GABisoSobAZa...gUDodogGIgI...BadAzeGUBe..."
<それ>が再び笑みを向けた。
それは正に満身創痍状態のサキをあざ笑うそのままの仕草だった。
「・・・」
その仕草に答えるようにサキはゆっくりと片手をあげた。
いつもの笑顔と、そして怒りに満ちた瞳を<それ>に向けながら・・・
そして自分の拳銃、その銃床の底に刻印された文字をルイにかざすように向けた。
...V...A...J...R...A...?
それはルイが初めて目にする単語だった。
それはサキがその銃を生み出す際に材料の一部とした刀の残骸に刻まれていた銘を示す、
そして目にしたダニエラが自身の身に対する皮肉を感じた単語だった。
VAJRA(婆裟羅)、それは「従わぬ者」或いは「困難な状況を脱する力」を表す言葉。
そして何者をも打ち砕く存在という意味からある鉱石を示すと言われている言葉・・・
そう、硬度最上位10を誇るその名・・・DIAMOND!
直後!
サキの左手が小さな光を宙に投げ放つ!
それは頼りなげな小さな光を放ちながら宙を舞う小さな品。
そしてサキとの闘いの前に鍵盤から小さな音を生まれさせた品。
そう、それはダニエラの銃に使われていた最後の、そして未使用のあの水晶の弾丸!
”You to death!!!”
直後!
その言葉と共にサキが弾丸を放つ!
瞬間!
光!
それは正にあの、いやそれ以上の光!
それはサキの放った弾丸がダニエラの弾丸に着弾した証!
音階!
それは正にあの、いやそれ以上の音!
そして信じがたいことにあの恐るべき威力を解放させた何よりの証!
走る!
走る走る走る!
虹色の軌跡と音色を振り撒きながら<怒りの結晶>が宙を一気に突き抜ける!
変貌!
<それ>の表情が始めて変わる!
ダニエラが本来自滅用に造った、故に向けられることはあり得ないと認識していた・・・
だが、そのあり得ないことこそが己に襲い来る最後の現実であると知った故!
着弾!
瞬光!!!
砕ける!
正に完膚無き!
まるで閃光さながら!
その身を構成していた全てが粉砕され、細かな破片を四散させる!
それはまるで存在はおろか、その姿すらこの世に存在を許されざる者の如く!
崩れる!
その余波を受けた人形達の体躯がかき消されるが如く次々と崩れさる!
同時にあのロープ群らも同種の破片となってその意匠を崩して行く!
そして、その同胞にそんな構造物を抱いていた建物自体も崩壊の兆しを見せ始める!
「サキ!」
「あはは・・・今度こそ・・・ホントに休ませて頂くわぁ〜」
その状況に思わずルイが声を上げる。
だがルイの目前には床に力無く崩れ落ちるサキの姿があるだけだった。
「何呑気なこと言ってんのよ!こんな所にいたらどうなると思うのよ!」
破片が降り注ぎ始めていた。
建物全体がその倒壊を予告するように軋みの音をかき鳴らしていた。
だがその様な状況下でもサキはその場から動こうとする様子を見せなかった。
「ルイぃ〜・・・ルイだったら私にはどんな末路が相応しいと思うかしらぁ〜」
「どういうことよサキ・・・末路って何よ!?」
「あははー・・・どんな理由があっても何の罪もない人に躊躇わず死を向けたり・・・
その上世界の根幹の一つを壊した魔女同然の存在に相応しい末路ってことよぉ〜」
それは何気ない口調の言葉だった。
ただそれはルイに一瞬この状況を忘れさせる言葉だった。
自嘲や後悔を含まぬ、故に自身を客観視しろと告げているような、そして・・・
「・・・相応しい末路ですって?・・・じゃ、こんな末路はどうよ!」
だが、それがルイの答えだった。
何のためらいもなく即座に放った答えだった。
そう、ルイは怒号にも似た言葉を放つと同時にサキの肩へと手を伸ばした。
そしてやや乱暴な程に、だが確かな動作でサキの体躯をその場に立たせていた。
「・・・そんな・・・答えで・・・良いのかしらぁ〜」
「うるさい!あんたも頑張ったんでしょ!自分の出来ることを一生懸命やったんでしょ!
だから・・・だから・・・とにかく私は今の自分を撤回する気は無いからね!」
「・・・了・・・解・・・したわぁ〜」
そう言うとサキはまるで身を預けるように気を失った。
ルイはそんなサキの体躯を引きずるように歩き始めた。
・・・あんたは・・・あんたは魔女なんかじゃないわよサキ・・・
それはこの状況下では危険な範疇に入るほどの足並みだった。
・・・あんたは童話なんかに出てくる優しい魔法使い・・・そして私の友達よ・・・
だがそれは同時に何のためらいも感じさせない、そう、誇りに満ちた歩みであった。
・・・そう、銀の杖の代わりに拳銃を持つ・・・”GUN SMOKE MAGICIAN”・・・
建物の崩壊は続いていた。
資材の崩落の音が更に強くなり、落下する破片も大きなものへとなっていた。
だが、礼拝堂を抜けた時、ルイはそんな状況下でその歩みを止めてしまっていた。
「・・・」
二人の前に気を取り直したマージィとマーゴが立っていた。
やはりこの状況下を気にする様子も無く、出口に向かう二人に視線を送っていた。
どちらか片方でも今の二人にとっては明かな驚異・・・だが。
「なにやってんのよ!死にたくないならあんたらもとっとと逃げなさい!」
投げつけるような口調だった。
そんな二人に向かって当然のように放ったルイの言葉だった。
強く、だが悪意や打算のない、ただ命を大事に思うだけの言葉に感じさせる声だった。
「あははー、この言葉には従ったほぉが良いわよぉ〜」
何時しか意識を回復したサキもそんな口調の言葉を添えた。
ルイの一言に呆然となる二人に向かっていつもの調子で口にした・・・
そして何処かそんなルイの言葉を大事に思うように感じさせる言葉であった。
そんな言葉が室内に流れていた。
全てが瓦礫へと名前を変える寸前の建物内でだった。
そう、皮肉にもそれは命を操り命を弄び続けたこの伏魔殿の最後を飾る言葉だった。
既に時刻は夜だった。
深淵の星空に無数の星々が瞬いていた。
そして一際輝く満月が放つなだらかな光がその小さな瓦礫の山を照らしていた。
その前に立つ娘達を共に・・・
夜風に黒髪を遊ばせたまま立つ一人の娘を含む・・・4人の娘達を・・・
・・・やがて・・・悲劇的な<事故>がそこに在した娘達の記憶に残った。
学園の現状を自分なりに憂いたダニエラの相談を受けたマージィが雄志らと共に理事長と
直接会談することになった。
が、理事長も立場上、現時点では非公式とするということで使用されていない旧礼拝堂を
その場所に選んだ。
それが悲劇の元だった。
補強されていない古い造りそのままとはいえ、今まで剥離一つ起こしたことの無い・・・
故に安心して使えた筈の建物がその時一気に崩壊した。
理事長とダニエラ、そしてアリシアがその事故の犠牲となった。
かろうじて生き残ったマージィが語ったその<事実>に皆が悲嘆にくれた。
特に誰もが大なり小なり阻害の対象としてきた筈のダニエラがそこまで自分たちのことを
考えていてくれたということに娘達は誰しも心を痛めた。
・・・それがきっかけだった。
ある者は国元の一族に働きかけ、資金や人材の援助を行うことにした。
ある者は今までまるで与えられていたかのような敵意を喪失したかの如く穏和になった。
勿論、争いやいがみ合いもあった。
だがそれは年頃特有の喜怒哀楽から派生したものであり、時と共に和解するだけだった。
それが現実だった。
人々が認識した真実により人々が選択した小さな、だが確かな現実だった。
まるでそれは崩壊した秩序にそれでも人として生きて行こうとする・・・
誰の介入も受けずともそれを行う人間という生物の誇りの縮図であるかの如く・・・
Epilogues:TIME IS NOW(”Ru−A−HA”)
「ふにゃ〜」
情けないような響きだった。
何処かの街の何処かの建物の一室だった。
そして、そこの調度品であるソファーの上から発されていた声だった。
「はにゅ〜」
子供の声だった。
短くまとめられた金髪が飾る表情を上気させていた。
成長の兆しを見せ始めたばかりの裸身に火照りとバスタオルを羽織っていた。
それはどう見ても湯当たり寸前の体躯をソファーの上で休める10歳程の少女だった。
「あははー、ほやほや状態ねぇ〜」
呑気な声が聞こえていた。
水滴の煌めきを宿す黒髪が飾る表情から少女に向ける黒瞳に慈愛を満たす東洋人だった。
それはバスタオルで覆った細身の裸身を優雅に椅子に預けた、20代半ばの女性だった。
「・・・で、私の店の裏口の鍵をあっさり開けた挙げ句にお風呂まで勝手に使って頂いた、
相変わらずのとんでもないお方に私はどういう態度を取ればよろしいのかしら?サキ?」
そして一人がその口調に相応しい、仁王立ちそのままの姿勢でその前に立っていた。
その組んだ両腕、その片方の手の指にあのアレキサンドライトの指輪が飾られていた。
それは機能的かつ優れたデザインの衣服に身を包む、やはり20代半ばの女性だった。
「そぉねぇ〜・・・ルイにはとりあえずふるぅつ牛乳でも出して貰おうかしらぁ〜」
「へにゅ〜」
「なによそれ!?そんなもん今時置いてないわよ!大体ここは被服店、忘れたの!」
「ふにょ〜」
「あははー、お商売も順調そぉで何よりねぇ〜」
「ほみゅ〜」
「ま、かろうじて食べるに困らないって程度・・・ンなことどうでも良いわよ!」
そこは場所で言えば・・・どこかの街だった。
この時代では裕福な部類のその街の一角に設けられた、中古衣料を中心に扱う店舗・・・
言い換えれば<ルイ自身の店>でのことだった。
「全く相変わらずっていうか・・・久しぶりにやって来たと思ったら・・・」
それは20代半ばのルイの声だった。
呆れの中に嬉しさと懐かしさを含めた表情を20代半ばのサキに向けながらの声だった。
そう、そして時で言えば・・・あれから10年程の時が経過していた。
ルイは学校を主席のまま卒業し、一度郷里に着いた。
そして全てを失った家族や隣人、だがそれでも懸命に生きている姿に再会した。
やがて程なく得意だった被服関係の仕事を行うために知人の業者の元へと働きに出た。
その仕事は古着の回収とリペア。
ただ古着と言っても、民間の経済状態が悪化している上、新品などは中々入手出来る筈も
無い状況が当たり前の現状故、かつてのアンティーク趣味とは違って現役の商品であった。
やがて数年の後、ルイはあるアイデアを生かすために独立しこの街で店を開いた。
それはかつて裕福だった頃に幾つも触れた<高級ブランド品のコピー>である。
細部までの記憶を正確に再現出来るまでに慣れた腕、<大異変>の影響によって著作権は
おろか会社自体が消滅したかつてのオリジナルより遙かに安価な品、そしてこの街自体が
比較的裕福で治安も安定していることに加え、こんな時代、いや、こんな時代だからこそ
着飾りたいという女性達の気持ちを得ることに成功し、今に至っている。
「・・・でもあの時のことってやっぱり話が上手すぎる気がするんだけど・・・」
「さあぁ〜、別に悪くなってないからこれでも良いんじゃないかしらぁ〜」
「でもマージィが口裏を合わせてくれただけでどうして皆納得したのかしら?」
・・・マージィは卒業と同時にマーゴを連れて自国へと戻った。
ルイ達以外ではあの事件の真相に近いものを知っていたにも関わらず、別の事実を公言し、
そしてアリシアがあの驚異的な運動力を与える為に行い、そして失われた技術の後遺症で
情緒低下が著しくなったマーゴの面倒を代わってずっとみていた。
なぜそうしたかは遂にルイは聞くことはなかった。
それが彼女なりのけじめの一つだったのかも知れないと感じ取っていた故かも知れない。
ただ卒業式の後、最後に会った時にその体躯に幼児のようなマーゴをすがりつかせながら、
満足げな、人間らしい笑みと共にゆっくりと頭を下げた姿が今でも印象に残っていた。
そう、余命幾ばくも無いほどに後遺症が明らかに進行していたマーゴと、その後大規模な
政変の噂を聞かせた国にそれでも責任を果たそうと帰ったマージィ・・・
今では時折思い出す記憶でしか便りを出せない二人であった。
「あはは。まあこんなこともあるわよ。」
そんな声が目の前から届いた。
まるで過去の全てを代表したかのような声だった。
そして同時にルイにとって・・・今この<現在>が語ったように聞こえた声だった。
「またそれ?あんたやっぱり全然変わって無いわね。」
そう言うとルイはサキに向けて笑みを返した。
そしてサキもその言葉通りの、あの時と変わらぬ笑顔を向けていた。
それは卒業後、時折こうして訪れる時以外は全く消息の解らない・・・
だがそれでも今でも確かに友人であることをルイに取って確信出来る姿だった。
「あらぁ〜ケイぃ〜、それだとお腹が冷えるわよぉ〜」
やがてそんなルイの前でサキは席を立ち、ソファーの元へゆっくりと歩み寄った。
そして思い切りずれて<あられもない格好>になった少女に再びバスタオルをかけた。
「・・・いいよサキ・・・平気だし・・・それに私・・・暑っくるしいのは・・・」
「だぁってぇ、幾らここ女ばっかでもちょぉっとせくしぃ過ぎる格好だものぉ〜」
「・・・えっ?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・サキ・・・私のぱんつ・・・どこ?」
それが今のサキの仕事だった。
約一週間前ふとしたきっかけで一切の面倒を見ることになった一人の少女・・・
しかしそれは今まで3日と保ったものが居ない程難しい仕事でもあった。
それはいつか、別の機会で語るかも知れない少女の特異性に起因することではあったが、
そんな少女に対してもサキはたったそれだけの期間で姉妹同然の仲の良さを築いていた。
・・・ふふ、結構サマになってるじゃない・・・
その様子にルイは何時しか目を細めていた。
それは大人そのものの、そして娘時代から変わらぬものが生んだ柔らかい表情だった。
そしてルイはそんな表情のままその一室を立ち去り、店舗の方へと戻っていった。
帰ってくるなり見つけたメモに書かれた・・・
サキ用と、顔を火照り以外で赤らめたその少女用の服を在庫の中から吟味するためだった。
やがて何気なくカウンターの隅を飾るある一品に目をやった後、店舗内へと気をやった。
それは雑多で小規模な空間に在する数少ない調度品、そして困った意味で珍しくはない、
質素な内装故に訪れる誰しもにその指輪と同様、安価なまがい物にしか見えない・・・
だが今も毛程の曇りも無いままあの頃と同じ光沢を微かに放つ、そう、あの刀剣だった。
・・・
その日も風は吹いていた。
今日も生き続ける人々をいつも包むように通り過ぎる、ありふれた自然現象だった。
ただ、ある者にはこの星の命を感じさせるような・・・暖かで柔らかい風だった・・・
THE END
...Tomorrow will take care of itself
SPECIAL THANKS TO Mr.SCSI−10000
(ダニエラの水晶銃”PURICATIONER”に対する私の設定及び作中使用了承について。)