This short storys

based upon "Ressya monogatari"

created and illustrations by  Mr. K.Murayama

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Deferred Pricing In Advance

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜色が辺りを照らしていた。

星を射んとする銀弓の様な月が浮かんでいた。

そして、その下を僅かな光跡と輪音を響かせながら列車が走っていた。

 

 

 

ガタン、ゴトン・・・ガタン、ゴトン・・・

 

 

 

それは果てしなく繋がれたかに見える程の長さだった。

 

「ふう・・・」

 

その中の車両の一つに小さな溜息が一つ響いた。

乗っていたのは一人の少女。

他は誰もいない中に唯1人。

 

 

 

ガタン、ゴトン・・・ガタン、ゴトン・・・

 

 

 

膝の上にはワープロ。

目の前の空席には幾ばくかの荷物。

そして傍らに文字の詰まった紙の束。

 

しばしの時を夜空に傾けた後、紙束を手に取り目を凝らす。

最初のタイトルから「終わり」の文字までざっと目を通す。

そして前の席にきちんと揃えて大事に置く。

 

 

 

ガタン、ゴトン・・・ガタン、ゴトン・・・

 

 

そして目を閉じ旅に出る。

少女が生んだその世界への。

今さっき書き上げた一つの物語への。

それは恐らくこの世界とは違う、どこかの世界の異国情調に溢れた物語。

時には主役に、時には脇役になり、まるで小さな小さな神様のように世界を吟味する。

 

「・・・うん。」

 

小さな納得の声が一つ響く。

それは自分への・・・自分の「せいいっぱい」がきちんと形になったことへの言葉。

 

それから少女は膝のワープロを前の席に置き、代わりにそこから一つの箱を持ってくる。

それは未だ暖かみのある箱。

蓋を取ると甘いような辛いような・・・

一言で言えば「美味しそうな匂い」が僅かに立ち込めた。

 

それは一刻前に届けられた夜食の弁当。

つまり今日の報酬。

もう一度紙の束に目をやりながらその「報酬」に口をつけ始める。

ゆっくりと、でも何処か自身深げに。

 

 

 

ガタン、ゴトン・・・ガタン、ゴトン・・・

 

 

 

やがて車輪の織りなす鼓動が静かな夜を刻む中、前の席に空となった箱を置き、

代わりにお茶の入った小さな入れ物を窓辺に置く。

 

静寂。

透明な闇色の時間。

窓にうっすらと浮かぶ夜露が無数のプラネタリウムを作っている。

 

もう殆どの乗客は寝静まっている時間。

勿論少女もいつもなら夢の世界にいる時間。

 

しかし何故だか今日は少しも眠くならなかった。

 

やがて、少女は再びワープロを膝に置き・・・そして、もう一つの報酬に手を伸ばした。

 

 

 

それはこの世界ではありふれた、と言うよりアンティークとして登場させた程の品物。

・・・「鉱石ラジオ」という名の品物だった。

 

目の前に置かれた少女のワープロとの対比が一層の「古さ」を感じさせる。

 

 

 

唯、少女はこの持ち主の言葉も思い出す。

 

 

 

・・・見かけはその辺のと同じですけどね、その辺のヤツとは訳が違うんですよ・・・

 

・・・何たって鉱石が違う、もうとんでも無く広い世界の音を拾えるんですよ・・・

 

小さな女の子を連れたその男性の陽気な声が脳裏に浮かんでくる。

 

・・・娘の誕生日にあなたの物語をプレゼントに使いたいんです・・・

 

・・・どうです?代価に夜食のお弁当とこれを一晩お貸しするというのでは?・・・

 

そう、貰ったのでなくて借りただけ。

何故かというと・・・それしか持っていなかったから。

そして・・・これはもう世界に一つしかないから。

 

その男性が生きてきた国だけで採掘されるという鉱石を使ったラジオ。

でももうその国は今の地図には何処にも乗ってない。

乗っていた地図は・・・戦火で焼かれたから・・・

 

 

 

貧しい衣服に身を包んだ父親が娘に出来る、それが精一杯。

 

だから少女も精一杯の・・・

 

 

 

ガタン、ゴトン・・・ガタン、ゴトン・・・

 

 

 

月明かりに浮かぶくすんだ乳白色の小箱が窓縁に置かれていた。

少女はそこから伸びたコードの先にあるイヤホンを耳に付け、スイッチを入れた。

 

 

 

・・・そして・・・「世界」がやって来た。

 

 

 

最初に聞こえて来たのは無数の鍾乳石から落ちる雫が奏でる音階。

少女は太古の海に浮かぶような清浄感に包まれる。

 

ダイヤルを廻す。

次に聞こえて来たのは、漂流中と称す男性の実況中継。

最後に「巨大な・・・」の声を最後に放送がとぎれ雑音だけになる。

 

ダイヤルを廻す。

次に聞こえたのは知らない町の知らない店の知らない品物の宣伝。

遠窓の町明かりと共に、少女はしばし遠き暮らしに思いを馳せる。

 

ダイヤルを廻す。

次に聞こえてたのは荒野を流離う女性と少女の手に汗握る連続活劇。

唯、結末が雑音で途切れ、思わず2人の運命を夢想する。

 

ダイヤルを廻す。

次に聞こえたのは霊媒師の口を借りた今は亡きコメディアンの語る新作ジョーク。

怖さが無ければ大声で笑いそうになる。

 

ダイヤルを廻す。

次に聞こえてたのは朗読、何かの物語を淡々とした口調で語るお婆さんの優しげな声。

それは最初は何気なく、そして何時しか段々と。

 

 

 

そして・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタン、ゴトン・・・ガタン、ゴトン・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の朝・・・

 

 

 

「・・・はっ!」

 

その小さな声が朝の車内に響いた。

何時しか夜の色は去り、やっと訪れた朝の色が車内に溢れ始めていた頃だった。

他の乗客の大半も夢の中にいる頃で、未だその車両には少女一人しかいなかった。

やがて、少女は覚醒しきっていない自分の頭を慣らすように辺りをぼんやりと眺めた後、

散らかった自分の荷物を整理すると、目の前に置かれたままの紙束・・・昨夜書き上げた

物語と、少女の耳に未だ何かの音を伝え続けていた鉱石ラジオの2つを取りまとめると、

それらを持って約束の車両へと向かっていった。

 

 

 

「もう出来たのですか。」

 

その一言で、先程危惧した「寝坊」はどうやら回避されたらしいことを少女は知った。

顔を綻ばした男性と、未だ夢の世界にいる幼い女の子の姿にしばしの安堵を覚える。

 

「は、はい、ええっと・・・一応今日が娘さんのお誕生日と伺ってましたので。」

 

男性の態度から少女はそれを実感しつつ、幾分気取った風な言葉を口にした。

唯、頼まれた物語、そして一晩分の報酬だった鉱石ラジオを男性に返したときに、自分が

誰が見ても眠気をはらんだ表情だったことは少女は未だ気付いていなかった。

 

「・・・ひょっとして徹夜を?」

「えっ!?ええっと・・・」

「・・・すみません、もっと早くにお願いすれば・・・」

「い、いえ、お話その物は前から頭の中にありましたから・・・あの、実は・・・」

 

幾分詫びを感じたような男性の言葉に、少女は慌てて「夜更かし」の理由を口にしかけた。

 

「はい?」

「・・・い、いえ何でもありません。それよりあの・・・」

 

結局その理由を口にしないままに短い会話を続けた後、少女はその車両を後にした。

優しげな眼差しで傍らに眠る娘を見る男性と、そして、その男性が胸元にそっと持たした

紙の束を、何時しか大事そうに抱えたまま寝息を立てている小さな女の子を後にしながら。

 

 

 

ガタン、ゴトン・・・ガタン、ゴトン・・・

 

 

 

少女は席に戻りながら昨夜の<音>を思い出していた。

眠る前に聞いた<音>、いや<声>を。

先程思わず口に仕掛けた・・・口にするには余りにも突飛な昨夜の<言葉>を。

 

 

 

それはいわゆる公演だった。

ある年輩の女性が語る成功談だった。

唯、良くある「自慢話」と言った類とは少しばかり違っていた。

それは、その女性の人柄から来るものか、今悩んだり苦しんでいる他の人々を励ます為に

自分の苦しかった経験を語っているのがと言うことが素直に伝わってくる口調だった。

少女も最初は次作のヒント程度に聞いていたにも関わらず、何時しか内容その物への興味

から聞き続けることが出来た程であった。

 

唯、少女が本当に内容全てを覚えていたかと言うと・・・多分、自信は無かっただろう。

何故なら少女の記憶にあることは・・・

 

公演の最後に話題に持ち出したそれを思い出の品だと語ったのだから。

幼いときに父から貰い、今までそれを生きる支えにしてきた宝物とも語ったのだから。

そして少女と同じ名前の作者名が書かれた・・・昨夜少女が完成させ、そして先程渡した

ばかりのあの物語と一字一句違わない物語をそう語っていたのだから。

 

 

 

 

 

 

あの女の子と同じ名前の女性が、数十年後の暦と共に語っていたのだから・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタン、ゴトン・・・ガタン、ゴトン・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その車両では薄手の毛布を羽織った少女が遅い微睡みについていた。

遠く離れた別の車両では小さな女の子が驚きと喜びの声を響かせていた。

 

列車は今日も走っていた。

いつもと変わらぬ速度で・・・そして昨日と違う線路の上を。

 

 

 

 

 

 

                                     END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この作品はK.Murayamaさんの著作列車物語を元に私が創作した作品です。

なお、この作品を掲載することを快く承諾していただきましたこと、そしてお忙しい中、

この作品に対しても挿絵を描いて頂いたご本人に対し、この場を借りてお礼申し上げます。

 

K.Murayamaさん、ありがとうございました!

 

 

 

                    ご意見、ご感想等、何かございましたら掲示板まで。