エイジリンク(age LINK)
− 第3話 −
by:SCSI−10000
よく整備された自転車はブレーキをかけても甲高い音をたてることもなく自転車はスピードを落とす。
石造りの水路沿いに自転車を走らせ水の中を覗き込むと都市では見られる事もなくなった光景が目の中に飛び込む。
「魚が泳いでる。」
「おいしそうでしょ。」
「え?」
「冗談よ。でもね、このお魚さん達はね。朱樹さんのおじいさんが放した魚なのよ。5年ぐらい前から育てはじめたのよ、
と言っても放しっぱなしで餌とかはあげてないみたいなのよね。でも、たまに捕まえては燻製とかバター焼きにしていたわよ。
そうそう、あなたたちも食べさせたいっていってたわねぇ。」
「へぇ、結構いるね。ニジマスかな。」
「魚の種類までは分からないわ。」
「鯉はいないね。」
そう重信が言うと静音はクスリと笑って重信に答える。
「それはねぇ、おじいさん・・・・・鯉が嫌いなの。」
「どうして?」
「大量に泳ぐ錦鯉の派手な斑模様が大嫌いなんですって。」
「そ、そうなの・・・。」
「えぇ。「わしの目の中に入る鯉の許容数は1匹じゃ。」とかも言ってたわ。
まぁ、実際に見たわけじゃないんだけどね・・・とある泉が親水公園になったときに右手に日本刀を左手には銛(もり)をもって出かけたそうよ。」
そう言った後一拍をおいて「嘘か真(まこと)かどうかは分からないけどね。」と付け加える。
重信は苦笑いを返しながら返答する。
「か、過激だなぁ。」
「でも、泉には錦鯉のような派手な色の魚は似合わないわね。」
「そうだね。」
「親水公園とか称して護岸はコンクリートにして錦鯉しか泳いでいない泉が多いもの。
ごく一部の人の趣味で作られた親水公園なんて提供されても私はうれしくないわね。」
「ごく一部の人ねぇ。」
静音の含みの有る言い方にたいして重信は興味の無いように答える。
「えぇ、そうよぉ。ちなみに私の家の隣に住んでいておまけに県知事よ。」
「・・・・・・そんな人がそばに住んでるんだ。」
「うん。」
彼は足をぶらぶらと振りながら世の中狭いねぇと考える。
会話が止まり重信は静音にもたれかかる。
景色がゆっくりと流れる。
水路が広くなる。
水の流れはさらに緩やかになり水面には生垣が写る。
「もうちょっとでつくわよ。」
「うん。」
その家、というよりは屋敷はとても広かった。
この地区の家の周りは防犯と消防を兼ねて水路で囲まれていたが、屋敷の周りだけは1.5〜2メートルもの幅があり水路というよりは堀のように見える。
さらに地上部分の1/3は生垣で囲まれていたが残りは姫路城のような真白な土塀でできていた。
屋敷の門も古く瓦葺(かわらぶき)の門扉(もんぴ)部分こそ柱に比べると新しい薄い杉の合板だったが、
それを支える2本の柱は60センチを超えたどうどうとしたもので来客者を威圧していた。
庭は3つでそれぞれに水路から導かれた水の溜りがあり、水溜り同士も屋敷内の水路でつながっている。
自転車は石橋を渡り門をくぐり、門の段差をなくすために作れらたスロープをこえる。
と、左に赤松の巨木が生える日本庭園、右の庭に芝と花壇が配置されそこに椅子とパラソルの刺さった丸テーブルに爺が座っていた。
老人はテーブルから降りると重信に声をかける。
「遅い到着じゃないか。何かあったのか。」
重信は首を軽く横に振ってから返答する。
「特に何も無いよ。」
「ほう、そうかい。まぁ、とりあえずは遠路はるばるよく来たな。静音さんもありがとな。」
「いえ、そんな。」
というと静音は目の前で両手を振りそのまま続けて話す。
「重信君と話してると楽しかったですよ。」
「ほぅ、そうかい。それはよかった。」
「じゃぁ、シャワーか水風呂に入って寝るよ。」
そう言うと重信は玄関をくぐって屋敷の中に入ろうとするが、老人は腕を伸ばすと重信の首根っこを掴み引き寄せる。
「またんかい・・・・・・・・おみあげはどうした、おみあげは。」
「おみあげ?」
「そうじゃ、まんじゅうなりカステラなり買ってきただろう。」
蝉の音が庭に響く。
しばしの静寂のあとに重信は静音を見上げると。
「静音さんの家はどこなのかな、今から遊びに言っていい?」
と言って爺さんに対してしかとを決め込んだ。
「え? えーと、かまわないけどぉ。」
と言ってから静音は朱樹の爺のほうに困った顔を向ける。
ふてくされてこの老人は腕を組みあらぬ方向を向いて答える。
「えーんじゃよぉ、静音さん・・・・。老人はただ消えていくだけなんじゃよぉ。重信と一緒に遊びにいってくれい。」
そう言うと鼻をすすりながら椅子に座る。
いじめすぎたかなぁと思った重信が声をかけようとしたところ、どこからともなく現れた老婆がとことこと歩いてきたかと思うと、爺の頭を軽く小突く。
「嘘泣きはよしなさいな辰郎(たつろう)さん。」
「う、嘘泣きじゃないわい。わしは本当に悲しいんじゃ。」
そう言うと鼻を鳴らして泣く真似を続ける。
そんな辰郎を見ながら老婆はため息をつく。
「それ以上続けると・・・・色々とばらしますよ。」
「い、いろいろじゃと?」
「たとえば、あなたの筆おろしの相手とか・・・ね。」
「や、やめてくれい。」
「では、その件はいいじゃないですか。」
「なっとくいかんのぉ。」
辰郎を黙らせた老婆は重信に微笑み話しかける。
「私のことは覚えてるかい?」
「えーと。・・・・・ごめんなさい。」
「まぁ、知らなくても仕方ないよ。お前が私を見たのは2・3度ぐらいだと思うからねぇ。ちなみに婆の名前は麒麟(きりん)というんじゃ。」
「はぁ。」
「でな。」
「うん。」
「おみあげはなにかのぉ。」
その言葉に辰郎は麒麟に食って掛かる。
「なんじゃいなんじゃい結局お前さんもおみあげを要求しとるじゃあないか。」
麒麟は重信の頭をなでながら辰郎に返答する。
「この子はね。あんたに冗談を言ったんだよ。なぁ。」
麒麟の催促するような言いように重信は困った表情を顔に浮かべ辰郎のほうを向き答える。
「エー、あー。うん。ごめん。宅急便で送ったから今日か明日には届くよ。」
辰郎は重信の頬を両手で掴むとぐいぐいと左右に振る。
「こいつは悪戯をしおってぇ。」
「ぬぁー。ごめんよぉ。」
「ゆるさんわい。」
麒麟はニコニコと微笑み静音はおろおろとしながら重信に合わせるように体を左右に動かす。
「許してよぉ。」
「わははははは。まだ、ゆるせんわい。」
辰郎の笑い声と重信の許しを請う声が青空の下駆け抜けていった。
智信は歩いていた。
まだ屋敷は見えてこない。
重信の悲鳴がかすかに聞こえたような気がしたが幻聴だろうと割り切った。
日はまだ高く目的地は見えない。
智信は深い深いため息をつきつつ歩き続けた。
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