♪見〜よ〜、天国の門は、いま閉ざされた。約束の日はも〜う来ない。

♪で〜も〜、とーっても慈悲深い悪魔閣下がこの世と地獄を繋がれた〜。

 

善人も、牧師も、王様も、盗人も、税吏も〜、首切り役人も、

小鬼も、幽霊も、人食いも、神も、聖霊も、御使いも〜

 

 

♪みんな・・・みん〜な、みんな・・・み〜んな

 

♪みんな・・・みん〜な、みんな・・・み〜んな

 

♪みんな・・・みん〜な、みんな・・・み〜んな

 

 

・・・ん〜〜ん〜〜。

 

 

 

 

 

 

・・・・別に、リフレインというわけではないらしい。

 

先刻から一人の・・・まだ、幼いと言って良い年頃の愛らしい少女が

讃美歌に冒涜的な歌詞を付け、でたらめに歌っているのである。

 

・・・おそらく気にいった歌詞が出て来ないのであろう。

 

 

他愛の無い遊びと言ってしまえば、それまでだが・・・、

この少女の年齢にしては、不釣り合いな小洒落た眼鏡・・・。

その奥の瞳の中には、何処か、それを単なる言葉遊びとして、

済まさないような、恐るべき剣呑な輝きが宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんな、み〜んな・・・明日はあたしの腹の中、きゃーはっははははは!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この奇妙な戯歌のいったい何がそこまで可笑しいのか・・・?

 

いつまでも続く少女の美しい笑声は、まるで聞く者の精神をぎしぎしと

軋ませるような邪悪な波動を伴っていた。

 

「む・・・無念」

 

一人の肌の浅黒い痩身の初老の男が、少女の足元に伏していた。

凄まじい闘争の跡のように、その身体には深手の傷が縦横に走っていた。

 

・・・もはや、余命幾ばくもあるまい。

 

名をアージット=ダカール・・・大変動前はパキスタンと呼ばれた国の

”聖なる精霊使い”・・・だが、その高邁なる精神と過去の功績により

与えられた光栄なる名も、間もなく過去の遺物に成り果てる。

 

 

「きゃーははは、ひと仕事するまえに、とーんだ飛び入りのご登場よねえ。

でもねー、美味しそうな獲物を横取りされるなんてまっぴらだしぃ」

 

微笑みながら近寄る少女の姿・・・奇妙にも、身に纏った大きな裂け目の

付いたオーバーオールの、その下は素裸である。

 

足元に血の付いた女児向けの衣類の切れ端が纏わりついているところを見ると、

別に好き好んでそんな格好をしているのではなく、これもまた激しい闘争の

痕跡であることが窺える。

 

しかし、至る所に乾いた血の跡がある少女の素肌は、更に奇妙なことに、

まるで赤ん坊のように艶やかだった。

 

 

「ま、オヤツの時間にはちょーどいいかな?・・・じーさんの肉って

いまいち脂が薄くって好みじゃないんだけどねー。きゃーはははは!!」

 

 

・・・やがて、ごりごりと大型の肉食獣が、骨付き肉を齧るような

耳障りな音が周囲に流れた。

 

 

 

 

仮設雑貨商5000HIT記念

 

 

 

R.U.K.A.    

 

 

 

 

 

 

BY:平 山 俊 哉 (キャラクター原案:Mr.K−U)

 

 

 

 

 

 

西暦2000年・・・、謎の小天体の太平洋落下に拠る世界的な大変動。

 

・・・それは、世界勢力の均衡を悉く覆した。

 

数々の国家の栄誉とその標榜する正義、そして、何よりも利益を確固足るものに

すべく、密かに研究が進められ、秘匿され続けてきた様々なおぞましきモノ共・・・、

 

現代における悪霊の群れが、一気に解き放たれてしまったのである。

 

・・・それは、まるでパンドラの箱が開くがごとく。

 

ただひとつ、神話と違っていたことは、この世に”希望”なぞ、欠片も

残されてはいなかったということである。

 

 

だが、これも、先の少女の戯歌に出て来た悪魔閣下の言を借りれば・・・

 

「何、希望だと?・・・ワーハハハ、オロカな事を・・・

そのようなもの、我輩が手間暇かけて奪わずとも、ヤツらが

とうに食い潰しておるではないか。ワーッハハハハハ!!」

 

 

・・・となるだろう。

 

物語は、この光明無き時代から始まる。

 

 

 

 

 

 

 

ヒョオオオオオオ・・・

 

枯れた森を突き抜け、寒風が吹き荒ぶ。

この先には、かってドイツ連合共和国国防軍の国境守備隊の駐屯地が

存在していた。

 

だが、現在、そこに巣食うモノたちは、もはや喪われた国家に義理立てする

つもりなぞ微塵もなかった・・・、外圧からの防壁となるどころか、同朋をも

食い散らす、狂猛な獣の集団と化していたのである。

 

彼らは、自らを、”蒼醒めた狼(ブラオヴォルフ)”と名乗った。

この地方では、蒼は古来から鬼火や幽鬼、死神、そして疫病を象徴する。

 

この不吉なネーミングは、この集団の首領格である、旧NATO軍少佐

ヴォルク=スタイナーの趣味であろうか?

 

・・・また、この集団は異様なほど狼の意匠にこだわった。

 

主だったメンバーは、大変動後に各地で発生したこの手の集団の

御多分に漏れず、軍からの離脱者、重犯罪者、そして食い詰め者の

チンピラなどで構成されている。

 

性質(たち)の悪いことに、この群盗共は、軍の装備をそのまま使っていた。

・・・が、それ自体はやはり、この混迷の時代においてさして珍しいものではない。

 

この武装集団を一際、特異足らしめる要素は他にあるのである。

 

 

 

 

 

 

ォロロロロロ・・・・

 

・・・アウトバーンを一台の小さな車が走って来る。

 

骸骨のようなフレームが剥き出しになった、乗用玩具をいくらか

マシにしたような車体・・・どうやら、大変動以前に流行した

ハイテク=レジャービハイクル、モーターカートの一種らしい。

 

だが、乗っているのは一人の年端もいかない少女である。

無論、動力付きの車体ということで、比較的高く設定された年齢資格に

反する・・・が、かっての秩序の崩壊した大変動後のこの地では、誰も

見咎めるはずもない。

 

・・・にしても、奇妙な点はまだまだある。

 

少女が運転している素振りが無いのは、高性能のフルオートナビでも

搭載しているからだとしても・・・・元来キャリアで目的地まで運び、

乗りまわすための小さな車体で、この長いアウトバーンをいままで

ひた走ってきたと言うのだろうか?

 

(ましてや、現在は、民営のサービス機関=ガソリンスタンドの類なぞ、

ひとつも機能していないというのに・・・)

 

 

そして、元来、無駄無く作られているはずの軽合金フレームの、至る

ところにへばり付いた用途の知れないパーツや、それらに蛇のように

巻きつく剥き出しになったコードや、極細のパイプの類はいったい

何のためのものだろう?

 

特に異彩を放つのは、フロントのまるで古代船のフィギュアヘッドを

連想させる女神像の頭部のようなパーツである。

 

 

・・・また、車体(シャーシ)の基幹部に存在するはずのエンジンや

燃料タンクの類、あるいはエレカ仕様の燃料電池の類も、ほとんど

見当たらない・・・何やらコンパクトにまとまった奇妙な金属製の

箱がぽつりと存在するのみである。

 

 

だが、これだけ風変わりな車体でありながら、不思議とジャンクの

寄せ合わせのような不均質感を受けない・・・まるである種の機械を

解体し、そのまま別の形に組み直したような印象さえ与える。

 

 

 

 

 

 

「ちっ、まーだ付いて来やがるのか、あのクソヤローども!!」

 

振り返り上空を見上げながら、その可憐な見かけからは想像も出来ぬほどの

悪態をつく少女・・・その鋭い視線の先には、ただ、どんよりとした低い空に

酸を孕んだ濁った雲が漂っているだけだった・・・

 

この風変わりな少女には、独言の悪癖でも染み付いているのだろうか?

 

 

「ね〜ルカちん、あたし走ってばっかじゃつまんないだけど〜〜〜?」

 

「るせえっ、あの女みてえなトロい喋りしてんじゃねえっ!!

それ以上ガタガタ言うと首根っこぶっこ抜くぞ!!!」

 

今度は、はっきりと少女の相手をする声が聞こえる。

だが、これまた奇妙なことにその姿がどこにも見えない。

 

ルカと呼ばれたこの少女は、いったい何を、その瞳に写し、

そして、誰と話しているのか?

 

 

・・・奇妙なモーターカートは、のろのろと旧市街地目掛け走っていく。

 

 

 

 

 

 

「いやああああああっ!!」

 

寂れた街角に幼い少女の声が響く・・・。

先程のルカと呼ばれた少女よりもまだ年下であろうか。

 

擦り切れた衣服とうす汚れた顔、よほど窮乏した生活に追われているのか・・・、

目立たないが、それでも、目鼻立ちのすっきりした愛らしい顔をしている。

 

「ふへへえええええ・・・」

 

旧ドイツ国防軍の軍服がはちきれそうな巨体の男が、か細い少女の腕を掴む。

 

「この界隈で生きていきたけりゃあ・・・オレたちブラオヴォルフに

おとなしく奉仕するこった。なーに、ちっとガマンすりゃすぐ済むって」

 

「やれやれ、まーた始めやがった・・・」

 

「相変わらずの好き者だな、・・・あれで、散々弄った後、しまいにゃ・・・」

 

同様に軍服を着込んだ仲間らしい男たちが呆れたように眉をそびやかす。

皆、階級章を外してあるところを見ると、彼らの行動の規範は、また

別の価値観に拠るらしい。

 

それは何か?・・・この一団を見ていれば、自ずと明白となるであろう。

 

 

「おじちゃん、おじちゃん?」

 

「んんーーーっ?」

 

いったい、何時からそこに紛れ込んでいたのか?

大男の脇腹を、枯れた小枝でつんつんと突っつく者がいた。

 

言うまでもなく、先刻の奇妙な少女・・・ルカである。

 

それにしても、先刻の戦いの名残りなのであろうか。

オーバーオールのジーンズ地の下は、あいも変わらず素裸である。

 

・・・既に晩秋だというのに寒さを感じないのであろうか?

 

「ねーねー、そんなばっちーコ置いといてー、ルカと遊ぼーよー」

 

「ああんだあ、てめえは!?」

 

「スラブ系か?・・・この辺のヤツじゃねえな、どこから来やがった!?」

 

ぬううっと丸太のような腕が前方に突き出され、仲間を制した。

 

「ま、いいじゃねえか・・・、こんなガキ一匹に何が出来るとも思えねえ」

 

どこか眼前の幼い少女には年齢を感じさせぬ・・・なんとも言えぬ艶がある。

上から下まで好色な視線でルカの肢体を嘗め回し、舌なめずりする大男。

 

「へへへ、この辺の垢じみた娘やガキたちにゃ、いいかげん飽き飽きしてたところよ」

 

「し、・・・しかしよぉ」

 

「ああーー?、うるせーぞ!!・・・このオレさまにむかって!!」

 

歯を剥く大男・・・異様なほどに発達した、獣のような犬歯が剥き出しになる!

その様を見て、すごすごと引き下がる男たち。

 

・・・こちらの様は、野良犬の集団か何かを奇妙に連想させる。

 

自動小銃やSMG(サブマシンガン)といった武装だけ見れば、拳銃しか持たぬ

大男を制することも可能なはずなのだが・・・軍装に身を包んではいるものの、

この一団には、どこか人の集団の有するはずの規律性が著しく欠けている。

 

「へへへ・・・さあ、行こうじゃねえか」

 

「あ・・・あの!!」

 

先刻の少女が、思い切って、ルカに向かって声を掛けようとする。

風体といい、現在の時勢といい、旅行者とはまず思えないが・・・

この男たちに、連れていかれて無事で済むはずがない・・・

 

それは彼女がよく知っていた・・・ごくわずかな、本当に粗末な食物と引換に、

その幼い肢体に散々思い知らされて来たのである。

 

ところが、当のルカはと言えば、ただ、にこお・・・と笑って、小うるさそうに

掌をひらひらさせるだけだった。

 

・・・待ち受けている事態を知っているのか、知らぬのか。

 

「あ・・・・・・」

 

寄り添ったルカと大男の背が、近くにある部隊の兵員詰所に向かって、小さくなって

いくのを、呆然と見つめる少女。

 

「ご・・・ごめんなさい」

 

このような荒廃の巷に生きるには似つかわしくないほど、純朴な気質の少女は、

ルカの奇妙な行為を、自分を助けるためではないかと思い込み始め・・・、

その消えつつある背に向かって手を合わせた。

 

 

 

 

 

 

「げへへへ・・・、さあ始めようじゃねえか」

 

詰所の二階の奥の部屋・・・、先刻の大男が、ルカの小さな体を抱きかかえ、

ろくに手入れも施されてないダブルベッドに押し倒した・・・少なくとも

軍施設には似つかわしくない代物である・・・。

 

おそらくは、どこかの民家から掠め取ってきたものであろう。

 

「あん・・・、もうせっかちなんだからあ・・・・」

 

妖しい魅力を放つ少女のか細い喉から、ぞくりとするような艶のある囁きが漏れた。

 

「おお・・・いいぜいいぜ、なかなかガキのくせに色気があるじゃねえか」

 

「ふふっ・・・、たくましいのね、おじちゃん、骨なんかこおんなに太くって、

がっちりしてて・・・、ルカ、気にいっちゃったあ」

 

・・・よくよく聞いてみれば、誉め言葉にしては、なにか妙である。

 

しかし、子供とはいえ、久々の上玉相手に舞い上がっているのか、

この粗暴な大男は、洞察力というものを全く働かせていなかった。

 

「そうかそうか・・・待ってな、すぐ悦ばせてやっからなあ」

 

おそらくは、食い詰めて、遠くから流れてきた少女娼婦の類であろうと

その程度の想像しか、男には思い浮かばなかったのである。

 

・・・事実、それ事体、大変動後の社会においては珍しくもないのだが。

 

 

 

 

 

 

はあ・・・はあ・・・、息を切らせて少女が駆けていく。

先刻、結果的にルカに助けられることになったあの少女である。

 

生来、善良な気質の少女は、あれからずっと罪の意識に苛まれ続け、

ふと、日頃から彼女の心の拠所になっているシスターの教えが

聞きたくなり、廃屋寸前の慈善院への路をひた走っていた。

 

 

「!!」

 

目的の場所にたどり着いた時、少女がまず目にしたものは・・・・

立ち上る硝煙と、朱に染まり無残に晒された老いたシスターの死体。

 

そして、視界の傍らで威容を見せ付ける、かって、国の防りに就いていた、

装輪式軽装甲車の上で、焼け焦げた・・・おそらくは、千切れた子供の腕を、

骨付き肉のように貪る悪鬼のような者たち・・・

 

紛れもなく、先刻、彼女に絡んだ者たちの仲間・・・。

あのブラオヴォルフの一団だった。

 

「おお、おお、痩せこけた年寄りと、貧相な餓鬼しかいねえと思ったが・・・

まだ、こんな上物が残ってたんじゃねえか」

 

「ツイてるぜえ・・・総帥は、あれでなかなか好みがうるさいからなあ。

このまま手ぶらで帰って、懲罰でも食らっちゃ堪らねえ」

 

(こ、これって・・・・もしかして?)

 

わずかな糧を得るために、その幼い身を鬻(ひさ)いでいた時、この群盗の仲間が

寝物語に語っていた・・・・ブラオヴォルフ総帥の謝肉祭(ファスト=ナハト)

 

・・・そのための子供狩り!?

 

少女は、呆然としながらも、自分の命運がもはや黄昏の中の陽光のごとく

尽きかけていることを理解した。

 

永い貧困の中、精神(こころ)の拠り所にしていた老シスターも、十字架に

磔られた神子(みこ)の偶像も、最後の最後には彼女を助けられず、ただ、

その無残な形骸を晒すのみだった・・・。

 

幸薄い生涯を思い起こし、結局、彼女を救ってくれたものはと言えば・・・・

 

 

(ごめんなさい、お姉ちゃま・・・せっかく助けてくれたのに・・・)

 

 

 

 

 

 

「ぐえへへへへ・・・・、さあ、この世で最後のお楽しみといこうかい」

 

みき・・・・めし。

 

素裸のまま横たわるルカの目の前で、あの大男の姿が見る見る変容を始める。

全身の筋肉が異様なまでに緊張し、体表に獣のような剛毛が生え始め・・・

それに伴い、骨格が異様な音響とともに、奇妙に捩じれ、変形していく。

 

 

・・・ヴェアヴォルフ・オッフェンバルク!!

 

 

この地方・・・、主にハルツ山近隣に古くから伝わる奇現象、即ち狼憑きである!!

 

 

「ふゅえへへへ・・・ごええがああっ!!?、いばがら、もだえじぬまでぐんと

がわいがっでやるぜえええっ・・・ぞれがら、ほねまでぐらってやっからなあ!!

 

口が異様に裂け、声帯も人語を放つに適さないほど変貌しているのであろう。

異様な発音で、ルカを恫喝する大男・・・だが!!

 

 

「きゃーはっははは、すごいすごおおい、カッコいいーーーっ!!」

 

 

場違いなまでに大きな笑い声をあげるルカ・・・。

この風変わりな魂の持ち主は、既に狂気の虜と成り果ててまったのか?

 

きし・・・・みき、め

 

骨の変容していく音は、一向に止む気配が無い・・・。

 

「・・・あがああっ!

 

大男の素振りに、狼狽の色が濃くなる。

どうやら、この人外の巨漢にとっても予想外のことらしい。

 

「うくく・・・、わーざわざ、こんな辺鄙な片田舎まで来た甲斐があったってもんよね。

とおっても面白いコレクションが手に入りそうだしぃ」

 

「あが・・・、ぎ、ぎざま?・・・・・ぎゃあああああ!!!」

 

シュッ・・・・・!!

 

次の瞬間、変貌する巨漢の内側から、首筋を突き抜けて長大な刃のようなものが屹立する。

 

ヴゅウワううううう!!!

 

まるで噴水のように血液が迸る・・・

それを全身に浴びながら、凄絶な哄笑を上げるルカ!!

 

「きゃーはははは、人狼を材料にした骨剣なんて、そうそう手に入るもんじゃない・・・

ほーんと、何から何まで素敵だったよ。ね、おじちゃん?

きゃーはっははははは、あーはっはははははは!!!」

 

 

それは、まさに、この狂ったように笑い続ける魔性の少女の仕業だった。

この奇怪な凶器の生成(ジェネレイト)は、いったい、いかなる邪悪な魔術に因るものか?

 

・・・これは正しく、この巨漢の骨格が変貌したものなのである!!

 

 

まるで生き物が育つように・・・なおも巨大になっていく骨の大剣(グレートソード)の前に、

半ば変貌しつつあった大男の太い首がついに千切れ・・・、恐怖の表情を張り付かせたまま、

ぽとりとルカの眼前に落ちる。

 

 

「きゃーはっははは、魔道都市、影プラハから盗み出された変化の秘蹟を解析して、

軍事利用しようとしたバカってーのは、やーっぱ、ここの親玉だったわねえ」

 

 

その短躯からは信じられぬほどの膂力で、自分の背よりはるかに長い骨剣を右手に掲げ、

左の手に人狼の首を持ち、まるで刈り取った果実のように一口齧り付く魔性の少女!!

 

 

邪悪!!・・・、まさに不浄の魔物すら食らい己が血肉とする邪悪の化身の姿がそこにあった!!

 

 

「さあっ、狩り(ハンティング)を始めよーか!!」

 

 

異常を聞きつけた人狼の仲間・・・ブラオヴォルフの兵士が次々に集まってくる。

それをまた、異常に発達した感覚で察知するルカ。

 

「けっ、しゃらくせえっ・・・、来い、マリアーーーっ!!」

 

 

「はいはーい、待ってたわあ、ルカちーーん!!」

 

駆け付けるSPzルックス装輪戦闘車の傍らを、あのモーターカートが、なんと無人のまま、

猛スピードで擦り抜いていく!!

 

兵員詰所の二階の窓を蹴破り、宙を舞いながら、モーターカートの車上にすっくと

降り立つルカ!!

 

Roken’Roll!!

 

マリアと呼ばれたモノの叫びと共に、一陣の狂風が、今、破壊と殺戮の

旋律(ビート)を刻みはじめる。

 

 

ZIG、ZIG、DA、DA、ZIG、DA、DA♪

ZIG、ZIG、DA、DA、ZIG、DA、DAAH♪

 

 

きしん、・・・きし、・・・・きしーーーん!!

 

マリアの車体が、まるでひとりでに解体されるように、部品を展開し、やがて、

また別の形状に変形していく。

 

カシーン・・・、カシン、カシーーーン!!

 

「んーーー、やっぱ、この姿のほうが伸び伸びとしますわぁああ」

 

まるで、深窓の令嬢のようなおっとりした美声が零れる・・・だが、それを放ったものは

なんと、体高3メートル強はある巨体の機械人形(モーターパペット)だった!!

 

「うわああああ、な、なんだ、人形が・・!?」

 

「ひ、怯むな、た、た・・・ただのこけおどしじゃ・・・ねえのかよ!!」

 

驚嘆するブラオヴォルフの兵士たち。

オレたちは、伝説に住む闇の化物じゃねえか・・・、

 

人類史上、かって例の無い魔物の軍勢(ヴィルデ=ヤークト)・・・、

天下無敵の存在のはずの・・・。

 

 

だが・・・いま、目の前にいるモノたちは・・・、

正真正銘・・・まさに地獄から這い出て来た魔物ではないのか!?

 

自分たちのように変能細胞とそれをコントロールするレトロウィルスを脳下垂体に

注入され、怪しげな呪(まじな)いで、変貌する紛い物では無く・・・。

 

日頃の放埓な振舞いを支える、揺るぎ無いはずの自信がきしきしと歪みはじめていく。

 

「「「ぬあああああああああーーーーーっ!!!」」」

 

狂ったように手にした短機関銃(SMG)や、自動小銃を乱射する兵士たち。

だが、自分たちの記憶にある光景・・・子供のころ見た、安物の・・・

まるで娯楽SFX映画の一コマのようなシーンが、そこに再現されていた。

 

銃弾を軽々と跳ね返し、悠然と立っている機械人形の姿が!!

 

 

(き、へへ・・・、けへへ・・・、そうだよ、効かないんだよ・・・こんなもの)

 

 

次の瞬間、マリアが信じられないほどの速度で動いた!

 

「あぶろおおおっつ!!」

 

「ぎゃぼおおおおっ!」

 

そして、人間ではありえない角度とリーチ、そしてすさまじい怪力で、その鋼の

四肢を、ただでたらめに振り回し・・・人狼のイミテーションたちを、まるで血肉の

充満したずた袋のように、手当たり次第に粉砕していった!

 

 

ZAKA、ZAKA、ZAKA、ZAKA、YA、YA、YAAH♪

ZAKA、ZAKA、ZAKA、ZAKA、YA、YA、YAAH♪

 

 

 

 

 

 

ちゃぷ・・・・ん

 

湯浴みの名残りの水滴が、つるりとした華奢な肢体から滑り落ちる。

 

痩せこけ、少々肋骨が浮いているものの、数回に及ぶ高温蒸気と香しい香気に

満ちた湯殿での洗浄で、少女はその生来の天使のように可憐な美しさを

取り戻していた。

 

これほどまでに、贅沢に湯を使った経験などろくに無い少女は、目眩を覚えるまで、

丹念に・・・、丹念にそのか細い肢体を磨かれていた。

 

 

 

うふふふ・・・・

 

くすくすくす・・・・

 

まあまあ、あんな垢だらけの身体が、磨けばこのように・・・

 

ほんに美味しそうに茹で上がったこと・・・

 

これほどの素材なら、美食家の総帥もきっとお悦びになるでしょう・・・

 

 

 

まるで人形と戯れるかのように少女の素肌に磨きをかけていたのは、

この荒廃の地の、いったいどこに潜んでいたのかと思われるような・・・、

素晴らしい美貌とプロポーションの・・・、まるで女神のような女たちである。

 

 

(美味しそう?・・・・素材?・・・・いったい何のこと?)

 

 

・・・・くら

 

 

不意に意識が遠のいていく・・・、湯あたりばかりではない。

まるで、脳や身体の芯まで染み込んでいくような立ち込める芳香が緩やかに、

少女を二度と覚醒することのない暗黒の眠りに誘っていた。

 

 

 

 

 

 

・ウウウ・・・ン!!

 

轟く砲声と怒号・・・、漂う硝煙と血臭。

 

一人の子供とただ一台の機械人形(モーターパペット)相手に、市街戦の規模は、

いまや信じ難いほどに膨れ上がっていた。

 

 

「げええああああああーーーーっ!!」

 

あの大男のように半獣人化したブラオ=ヴォルフの兵士の一人が、

両手に戦闘ナイフを携え、跳躍しながらルカの背後から襲い掛かる。

 

「奪ったあああっ!!」

 

近代戦の装備に、狼の卓越した戦闘力とストーキング能力を加えた彼らは、

一人一人が、恐るべき白兵戦能力を備えている・・・・が!

 

にこお・・・・

 

不意に振り返った少女の顔には、恐怖も、緊迫感の欠片すらも

浮かんではいなかった・・・猿(ましら)のように身を翻す少女・・・、

 

その体勢から繰り出されるのは、信じられないほどの威力を伴った電光の

ような貫手!

 

 

「あごああああっ!!?」

 

ごぼ・・・・ごぼ、ごぼ

 

胸板を貫かれた人狼が、たちまち、空気の漏れた風船のように萎んでいく。

その突き立てた手から、大量の体液と、生命磁気(オド)を吸い取って

いるのである。

 

・・・まるで、伝説の吸血鬼(ヴァンパネラ)のように・・・

 

 

「んー、伝説の人狼の味ってのもなかなかオツなものじゃない。

さー、どんどんお代わり持ってきてえ、楽しい晩餐会はこれからよおおお!!

きゃーはっはっははははは!!」

 

「こ、こいつ、見かけ通りのガキじゃねえ・・・、こいつ自身化け物だ!!」

 

「装甲車を前に出して囲め!!・・・榴弾(グレネード)や重機で粉々にしちまえ!!」

 

 

だが、火力に拠る重囲の完成を待つほど、魔性の少女と鋼鉄の機械人形は気が長くも

寛容でもなかった!!

 

「きゃーははっははーー、弱い、弱い、よっわーーい、腑抜け、腑抜けえええ!!」

 

同格の軽装甲車やソフトスキンと呼ばれる非装甲車両ならたちどころに粉砕する

ラインメタル20ミリ機関砲や、砲塔のハッチ脇にマウントされた12、7ミリ

対人・対空機銃による火箭が集中するまえに、電光のようなスピードで、ルカが

身を躍らせる!!

 

 

「な・・・、なんだとおおおお!!」

 

「きゃーははっはははははは、のろまのろまのろまあああ!!!!」

 

手にした唯一の武器、あの巨漢の骨格を変形させて造り上げた、あの骨剣が閃く!

いったい、いかなるパワーが付加されているものか・・・、所詮、骨のみで造られた

刃によって、ルックス装輪戦闘車の装甲が信じ難いことに、まるでボール紙細工の

ように断ち割れていく!!

 

「ばぁけものがあああああああ!!」

 

露出された臓物や詰まった汚物、血にまみれた車内・・・その中でかろうじて

生き延びた人狼の青年の・・・、もはや、恐怖の発露とも獣の咆哮ともつかぬ

叫びが、サプライズアタックを仕掛けてきた幼い少女に注がれる。

 

ギン・・・!!

 

「ひぎゅあああああああああああっ!!」

 

いかなる体内機能の作用によるものか・・・

煌煌と満月のように輝く金色の瞳が、その人狼の見た最後のものになった。

 

 

破壊に次ぐ破壊、いまやブラオヴォルフの指揮系統は混乱を極めていた。

 

「ち・・・ちくしょおお、戦力の出し惜しみをするなああああああっ!!

レオパルドを・・・戦闘ヘリを出せええっ!!」

 

「いや、あ・・・あれは、総帥の許可がないと・・・」

 

「ばっきゃろう、そんなに死にてえか!!・・・あいつらは、ヤワじゃねえ

ほ・・・本物の地獄の化け物だ!!」

 

ュラュラュラ・・・

 

無限軌道の独特の走行音を響かせ、大変動前は最強の主力戦車(MBT)の

一つと謳われた陸の王者レオパルド2が、その巨体らしからぬ地面を滑るような

軽快な動きで、兵舎の前を駆け抜ける。

 

 

ZAKA、ZAKA、ZAKA、ZAKA、YA、YA、YAAH♪

ZAKA、ZAKA、ZAKA、ZAKA、YA、YA、YAAH♪

 

 

「さーーて、祭りの山車(だし)のご到来ーーーっ、きゃーはははっは」

 

ュウイイ・・・・イイン!!

 

ルカが中空にその小さな手を翳し、思念を集中すると・・・

今まで吸収してきた生命磁気(オド)が解き放たれ、徐々に増幅され強大な

磁場が形成されていく。

 

にま・・・・・・。

 

残忍な笑みを浮かべるルカ。

 

いまや空間自体が、まるで小石を投げ込まれた水面のように揺らいでいく。

そこに吸い込まれていく人狼の骸や兵器の残骸そのものが空中で回転しながら

凝集し、恐るべき超高密度の砲弾と化す。

 

 

・・・その名も、屍砲(コープス=キャノン)!!

 

 

 

AKOOOOOOOOOOOOOOOOON!!

 

 

「わああああああっ、ば、馬鹿なああっ!!」

 

その圧倒的な運動エネルギーの威力の前に、もっとも堅牢な前面装甲を半ば

溶解させ、軽々と弾け飛び、横転するレオパルド2。

 

 

「なっ!!」

 

ガンシップ仕様に仕立てたUH−1イロコイス汎用ヘリを従え、地上のレオパルド2と

連携を図ろうとしていた戦闘ヘリAH−1”ヒュイコブラ”のパイロットは、仰天して

目を剥いた。

 

純粋な破壊力、打撃力で警戒すべきは、あの3メートルの機械人形(モーターパペット)と

踏んでいたのである・・・それが!!

 

 

ローター音に被る逆巻く狂風の唸り・・・、まるで地獄の歌を思わせるような・・・。

 

 

 

怯えて地に伏せ豚共よ、さあ贖罪の夜が来た♪

重ねしあさましき罪の数、免罪はこの世の富では購えぬ♪

 

怯えよ汚穢な豚共よ、盲いた神はかくも無力なり♪

我らが閣下の賜れる、狂気の歌がせめてもの慈悲なり♪

 

 

 

ーっははは、おろせえええええーーーっ!!

 

 

 

ZAKA、ZAKA、ZAKA、ZAKA、YA、YA、YAAH♪

ZAKA、ZAKA、ZAKA、ZAKA、YA、YA、YAAH♪

 

 

 

ュウイイ・・・・イン。

 

機械人形マリアの鋼鉄の体内で、異次元をも震わせる蠕動が巻き起こる。

 

・・・メビウス=クロックワーク機関。

 

異世界の物理法則に干渉し、封じられた歪みの元に膨大なエネルギーを現出させる

今は喪われた太古の魔道による超越技術(ハイパーテクノロジー)、

 

そして、そこから汲み上げられたパワーを動力にした必殺の武器!!

モーターパペット=マリアの両眼から真紅の火線が迸る。

 

「ぎゃあああああーーーっ!!」

 

大変動によって電離層が異常を来し、かっての音速軍用機が過去の遺物と

なった現在において、最強の空の覇者、AH−1”ヒュイコブラ”が、

為す術もなく炎に包まれる。

 

 

ォウウゥゥ・・・・・ン

 

狂った猛牛の咆哮のような音を立て、まるでベトナムのゲリラ掃討戦を思わせる

ガンシップ仕様のUH−1に積載された7、62ミリミ二ガンがルカただ一人に

乱射される。

 

すでにルカたちの恐ろしさは十分に知れ渡っている。

とにかく、反撃を食らわない距離から遠巻きにして攻撃するしか手がない。

 

「はーんっ、チキン(臆病者)味の狼なんて興醒めもいいとこ・・・」

 

至近弾の衝撃波に傷つくに任せ、それでも血塗れの少女は悠然と構えている。

いかに汎用ヘリの積載量(ペイロード)とて、戦闘機クラスの主力火器20ミリ

バルカン砲を、スケールダウンしたガトリング形式の火砲の発射速度では、

程なく弾薬を使いきってしまう。

 

 

オオオオオオ・・・・・ン!!

 

 

・・・だが、反撃の時を待つまでもなく、UH−1イロコイスは、いかなる理由に

拠るものか、唐突に炎に包まれ爆散してしまった!!

 

 

(ちっ・・・、あいつら、余計なことしやがって・・・)

 

 

おおおおおおお・・・・。

ょおおおおおおお・・・・。

 

重なる風の唸りしか聞こえない、今や何者も存在しないはずの闇の空を見上げ、

ルカは忌々しげに舌打ちした。

 

 

濛々と立ち上る硝煙の中、もはや、立って動くものの姿もなく、

腰を抜かしたままの中級指揮官が無様に無線機に向かって叫ぶ。

 

「あぎゃああ、ボス、助けてえっ、・・・ボスううううう!!!」

 

「(ザ・・・)生憎、私は今、極上のディナーの真っ最中でな(ザ・・・ザ)

たかだか仔鬼の一匹や二匹、貴官らでなんとかすることだ・・・」

 

「そ・・・それが、それがああああっ!!」

 

いつの間に忍び寄ったのか・・・、ルカの小さな腕(かいな)が、

無様に大きく裂けた口から泡を吹く指揮官の毛むくじゃらの太い首に

巻き付いた。

 

「じゃ、ばいばーーい」

 

「がああ、あぼらああああああああああーーーーっ!!」

 

きめしいいいっ!!!

 

骨の砕ける音があたり一面に響いた。

 

 

「ふむ、所詮は粗悪な試作品ども・・・、戦力としては頼りにならぬ二線級の

出来栄えか。だが・・・、既に第三世代の形質と能力までは、”実験”で確立

している。・・・”商品”の価値としては、比較にならぬて」

 

 

件の駐屯地からやや離れた市街地の中心、そこにある豪華ホテルの地下。

 

そこには、権力欲の権化の求めるもの・・・、限りなき飽食とあまたの肉感的な美女、

そして、黄金や宝石といった富の象徴に囲まれた・・・まったく独創性のかけらも無い。

人間のあさましさを、余す所無く戯画化したような男の姿がそこにあった。

 

”蒼醒めた狼(ブラオヴォルフ)”の総帥・ヴォルク=スタイナーである。

 

 

カチャ・・・カチャと、フォークを滑らす度、薄い鮮紅色の肉片が口元に運ばれる。

その傍らで、笑いさざめき相伴に預かる肉感的な美女たち。

 

贅を尽くした豪奢な食卓・・・、その中央に据えられた大皿に漏られたもの。

軽いボイルを施され、胸元から鮮やかに切り開かれ、血液を抜かれた生白い

少女の肢体・・・。

 

もはや、もの言わぬあの少女の・・・、死して、なお愛らしい金髪に飾られた

生首のみが、色鮮やかな他の食材に囲まれ、ぽつりと虚空を見詰めていた。

 

 

ゥオオオオ・・・・ーーーー!!

 

突如鳴り響く、すさまじい轟音!!

 

総帥の居城として、幾重にも堅牢に改造工事を重ねたホテルの外部障壁が呆気なく

瓦解していく。

 

そして、大暴れする巨大な機械人形を追い越し、悠々と衛兵や防御装置を蹴散らして、

滑るように地下に移動していく影。

 

脅威の来訪者の正体・・・、言うまでもなく、あの魔少女ルカである!!

 

 

「きゃーはははは、見ーーーーっけ!!・・・ねーねーねー、魔道の都、

影プラハから人獣変化の秘蹟を盗んだナチスの連中からあ、これまたドサマギに

掠め取っちゃったちんけな盗人の親玉ってアンタのことでしょ?」

 

 

大胆にもヴォルクを真正面に見据え、まるで遊びに勝ち誇る子供のように

愉快そうな笑声を上げるルカ。

 

 

「ふっ、たしかに、あの異次元の魔道都市から秘蹟の鍵を奪ったのはナチスだ。

だが、そのあとが少し違う。・・・最後の大隊(ラストバタリオン)を夢見たのは、

何もあの狂った画家崩れのみではない・・・狂気の種は常に世の闇の中に

潜んでいるのだよ・・・」

 

虚勢か、それともブラオヴォルフを壊滅させた少女の姿をした魔物を、

いまだに侮っているのか・・・、悠然と答えるヴォルク。

 

 

「滅び去ろうとしているナチスから、首尾よく秘蹟を奪い取り、なお研究を推し

進めていたのは、他ならぬ独裁者を倒し、生まれ変わって民主主義を標榜する、

この国家そのものだった・・・、私は、かってその忠実な配下にすぎなかったのだよ」

 

 

この人の皮を被った悪魔の告白は、なおも淀み無く続く。

 

 

「・・・だが、私はこの実験に関わるうちに、自分自身のある秘密に気付いた。

ハルツ山、そして魔女の集会場として名高きブロッケンの山々に伝わる人外の

モノ共の伝説・・・そう、人狼(ヴェアヴォルフ)や、魔狼(ルゥガルー)と

呼ばれるモノたちは、なにも古の無知蒙昧な輩共の妄想の産物のみではない。

 

確かな血肉を持った存在、・・・所謂、”夜の眷属たち(ナイトミディアンズ)”は、

この世界に実在するのだよ・・・」

 

 

言い放ち、むくりと立ち上がるヴォルフ。

その体躯が、何か奇妙に膨張し始めているように見えるのは目の錯覚か・・・?

 

 

「そして、私自身にも、その忌まわしき血が、脈々と流れておるのだ!!

私は、影プラハより齎された貴重な資料の元、自らの肉体を験体とすることで、

獣人化(ゾアントロビー)の秘密のヴェールのいくつかを、科学的に解明する

ことに成功した・・・その成果のひとつが、あのブラオヴォルフ共だ!!」

 

 

みし・・・きしきしきし・・・

 

 

徐々に変貌していくヴォルク・・・、ブラオヴォルフの雑兵共などとは格が違う。

まさに伝説の魔狼(ルゥガルー)の姿がそこにあった!!

 

 

ふふふふふ・・・

あははははは・・・

 

恐れもせずに、傍らに寄り添う美女たちの口元からも、異様に発達した犬歯がのぞく。

 

彼女たちは、ヴォルクの情婦というだけではなく、その身辺を警護する親衛隊的な

役割をも担っていた・・・先刻のヴォルクの独白に出てきた第3世代の験体・・・

より完成された人狼戦士たちとは、彼女たちのことなのである!!

 

 

 

「小娘・・・、貴様はいったい何だ?・・・いずこより来た何者だ?

わかっておるぞ、貴様も夜族・・・いや、あの機械人形を見ると、どこかの国の

殺戮兵器の実験体かも知れぬな・・・どうだ、我と手を組まぬか?

さすれば、我らはいずれ・・・、この世の栄華のほぼ全てに手が届くであろう」

 

 

無言のまま、居並ぶおぞましき魔狼たちを見詰めるルカ。

それを怯えとみたのか、嘲弄の声を漏らす魔狼(ルゥガルー)ヴォルク。

 

 

「ぐふふふ、竦んだか・・・、まあ詮無いこと。この”狼王(ロボ)”の名に

ふさわしい威容を目の当たりにしては、そこいらのケチな夜族なぞ・・・」

 

 

くっくっく・・・・、あは、あはははは。

 

 

微かな含み笑いが、いつしかヴォルクのそれと重なっていく。

 

 

「うくくく・・・、あーーはっはっは、きゃーはっははははは!!!!

ばーか、バーカ、馬ー鹿、なにそれ?・・・そーーんなつまんないハッタリで、

このルカさまがびびると思ってるーっ?」

 

 

それは底冷えのするような哄笑・・・いや、まさに魔性(デアボリカ)の咆哮だった。

 

 

「こ、小娘、貴様あああっ!!」

 

逆に激昂したヴォルクの巨体が宙を切る・・・、半瞬遅れ、ルカもまた床面を蹴った!!

中空で交差するルカとヴォルク!!

 

二人の攻撃は、互いに効を奏さなかったのか?・・・両者の位置のみが入れ代る!!

 

OOOOOO!!

AWAWWW!!

 

「きゃーははははは、鬼さんこちらあ!!」

 

着地した態勢を好機と見て、襲いくる狼女たちの攻撃を、まるでトライに挑むラグビーの

名手のように、瞬時に掻い潜るルカ。

 

 

「・・・ぐぅお!?・・・あぐうおおおおおおお!!」

 

 

突然、奇妙な唸りを上げ、苦しみだすヴォルク・・・、

先刻のごく僅かなやり取りの間に、いったい何事が起こったのか?

 

 

う・・・うぐぐぐ・・・

がああああ・・・・

 

 

そして、まるで伝染病のように、狼女たちまでが苦しみもがき出す。

ヴォルクの巨体と狼女たちの艶かしい肢体が、まるで支え合うように積み重なり、

奇妙に絡み合い縺れ合っていく。

 

「ご・・・、ごむずめえええ、ぎざまあああ・・・なにをじたああああ!?」

 

 

「きゃーはっはははは、豚、豚、豚、汚らしいさかりの付いたオスぶたああっ!!

オマエごときが狼なんて呼ばれるのは似合わない!

ぶーぶーぶーぶー鳴く豚がお似合いーっ!!」

 

少女の皮を被った魔性の哄笑が一際甲高くなる。

 

あごあああ・・・ぐわあおおおおおおお!!

 

かって狼王(ロボ)と称した男の奇怪な叫びが響き渡る。

融ける・・・、この堅牢な筋肉に覆われた魔狼の肉体が、骨格がどろりと・・・、

成す術もなく蕩けていく!!

 

 

ゅああ・・・

ええ・・・

ヴォ、ヴォぐざあ・・・

 

 

「ルカの屍肉憑きの味はいかがかなあ?・・・よーくよーくよおおおく味わってね、

あーはっはは、きゃーはっははは!!」

 

オリジナルのルゥガルーより早く、女たちの断末魔が途切れていく。

恐るべきその効果・・・、いったい、いつの間に放たれた技なのか?

 

粘り付く女たちの腐肉や腐汁を全身に纏いながら、それでもルカ目掛け、

のろのろと歩み寄ろうとするヴォルフ。

 

どうしたわけか、女たちの豊満な乳房の部位だけは、その多くが原型を保ち、

いまや溶け細ったヴォルクの全身に、異様な装飾品のように張り付いていく。

 

奇しくもその姿は・・・狩猟と多産、そして狼の守護女神、アルテミスの石像の

醜怪な映し絵のようだった!!

 

 

「ふふっ、そろそろ厄介払いといこーかなー・・・、みんなー、お目当ての

獲物だよーーーっ!!

 

ルカの呼んだモノ・・・それは影も姿も無い。

だが、風のように確実に迫り来るもの・・・・それは!!

 

 

ォオオオオオオーーーーン!!

 

 

遠吼え・・・・、それは、まさに狼の遠吼えであった!!

 

 

「きゃーはははは、そいつらはねー、おバカでどーしよーもないほどお人良しの

精霊使いが飼ってたヤツらさ・・・そう、狼の精霊(ウルフェン)ってヤツ!!」

 

 

あの老精霊使い、アージット=ダカールは、死の間際に自らの血肉に呪術を

施していた・・・そして、なんと自分を殺したルカに憑いてまで、その使命を

果たそうとしたのである・・・なんという恐るべき執念であろう・・・。

 

 

ぐうわああああああああああーーーーーっ!!

 

 

何も見えない空間に、骨の浮き出た腕(かいな)を振るうヴォルク。

超感覚を備えた眼は、腐りかけてもなおそれが見えるのだろう。

 

その耐えがたい禍禍しさ、根源的な恐怖!!

腐り死にゆく男にさえ、生存本能を呼び覚ますほどの・・・

 

 

「その鼻持ちならない高慢ちきなヤツらに認められたら、オマエも一族の三下くらい

勤まるかも知れないけどぉ・・・」

 

 

ルカの言葉が合図になったかのように、見えない包囲が収斂し、一気に狭まっていく!!

 

 

ガッ!!

ゴオオッ!!

 

がびゃああああげえおおおおおーーーーっ!!

 

恐るべき目に見えぬ猛襲!!

狂った音律の断末魔の絶叫を上げながら、たちまち腐った肉塊が千切れ行く!

 

 

「あーははは、やっぱ嫌われたあ、・・・ざーんねんでしたあ、きゃーははは!!」

 

 

あぐえええがああああ・・・・

 

一面に振りまかれる魔狼の血肉・・・、もはや再生なぞ適うはずも無い。

 

・・・それが、驚異の人狼部隊、”ブラオヴォルフ”総帥の惨めな最期だった!!

 

 

ウウウウウ・・・・ンンン!!!

 

邪悪の居城となった豪華ホテルが、マリアの放った劫火に包まれ崩壊していく。

ヴォルク=スタイナーの研究成果も、完全に闇に葬られ・・・、結果的に、

アージット=ダカールの生命を賭した最後のミッションは果たされたことになる。

 

(ちっ、噂ほどの歯応えも無い・・・、これじゃリハビリにも何にもなりやしねえ!!)

 

瞑目し、いつしか過去に想いを馳せるルカ・・・。

 

敢然と立ちはだかる黒衣の美女と、勇敢な金銀妖瞳(ヘテロクロミア)の少女。

 

その前に、唯一の屈辱の敗北を喫し、・・・膨大な時間を掛け、大量の犠牲の血肉を

むさぼり・・・ようやく、ここまで復元出来たのである。

 

(見ていろおおお、あのクソ女・・・、あのクソ餓鬼がああ・・・

今に、ハラワタ抉り出して、無様にブチ殺してやるからなああああ!!!)

 

 

ふ・・・・。

 

 

 

 

 

 

いつのまにか、無数の気配が、ルカを取り巻いていた。

 

・・・ヴォルクの残忍な嗜好の犠牲となった哀れな女性や子供たちの霊である。

 

彼らは、恨みを抱いたまま、この地に縛られていたのだが、

悪の首魁が惨めな最期を遂げ、ようやく解放されようとしていた。

魔少女ルカに向かい、拝み称えるように亡霊たちが額づく。

 

 

「けっ、うざってえっ!!・・・こちとら、そんなつもりでやったんじゃねえ!!

とっとと消え失せろ!!」

 

 

地獄の獣も怯えるような邪悪な咆哮を上げ、亡霊たちを追い払うルカ。

 

・・・いかなルカでも、一度死した者を、再度食い殺す事は出来ない。

 

 

 

(・・・・おねえちゃま・・・、ありがと・・・)

 

いつしか、あの少女の霊が、ただひとり・・・ルカの傍らに残っていた。

 

「ちいっ、オマエか・・・・、別に助けたつもりはねえんだよ!!」

 

凶悪な表情が失せ、らしくもなく苦虫を噛み潰したような顔をするだけのルカ。

 

少女は、唯ひとり、現世で自分を救ってくれた魔性の少女に、死者と思えぬ、

穏やかな暖かい微笑みを向けていた。

 

 

「おおい、ウルフェン共・・・もう、用は済んだだろうが!?

この甘ったれのくそ餓鬼を連れてさっさと失せちまえ!!・・・・・・・

そーそー、送り狼になるんじゃねえぞ・・・、きゃーっはははああ!!!」

 

 

たまたま口にした自分のジョークがよほど気に入ったのか、その振りをしているのか

 

・・・またも、けたたましく笑い転げるルカ。

 

その間に、狼の精霊(ウルフェン)が、少女の霊を背に乗せて冥界に飛び立っていく。

 

 

「きゃーはははあ、あーははは・・・・あ・・・は」

 

 

その姿を見送った後、ほんの一瞬・・・・、狂気の光が薄らぎ、ぽつりと言葉が洩れる。

 

 

 

 

 

「・・・・こん畜生が・・・・、ガラじゃねえや」

 

 

 

 

既に狂い風は止み・・・、暖かい陽光が大地に満ち満ちていた。

 

 

 

(仮説雑貨商5000HIT記念・・・・・・・・親愛なるMr.K−Uに捧ぐ)

 

 

 

 

 

 

********** END **********

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平山俊哉さんに是非、是非是非ご感想を!

 

そして私ことK−Uより一言・・・平山さん、ありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは純真にして狡猾なり。

それは生者にして死者なり。

それは人間にして怪物なり。

それは天然にして人工なり。

 

そして・・・それは狂暴にして残虐この上なしなり!!!

 

 

 

COMING SOON 

 

DANCING MAD PIERROT

 

 

 

「死にたく無えなら殺してやるぜぇぇぇぇぇ!きゃーはははははー!!!