−愚民街−
by SCSI_ten_thousand

愚民街と言われる場所
その荒廃したビルの壁をラップを流しながら白く塗りつぶす。
少年は特にそのリズムに乗るわけでもなく淡々とその作業を行っていた。
足元には今塗っている白色のほかにも赤や青そして蛍光色の塗料が詰まったスプレーが転がっている。
ある程度塗ると満足したのか白のスプレー缶を放り投げる。
投げたスプレー缶は彼の乗り物らしいバイクの籠にはいり軽い金属音を上げる。
それを確認すると彼は白く塗りたてだった壁を見た。
白く塗った壁は、白い壁でなくなっていた。
血と肉の香りを放つ紅白の壁になっていた。
少年は目を剥いて壁に埋め込まれた人間を見た。
生きている。
出血多量でショック死しておかしくないはずだった。
「まさか、お前・・・・貴人か。」
壁に埋まった人間は目を動かした。
少年と目が合う。
壁男の口が動いた。
「少年よ。名は?」
少年は立ちすくんで応えない。
「もう一度問う。少年よ、名はなんと言う。」
少年は唾を飲み込むと応えた。
「クロウ、クロウ=ホワイト。みんなは俺の事をそう言う。」
「なるほど。では、クロウよ。君にはこれをやろう」
壁男は手を伸ばす。
手には紅く濡れた珠が握られている。
その瞬間に少年の目の前で血が爆(は)ぜる。
「ぬあぁぁぁ」
間抜けな叫び声と共に地面を転がる少年。
そして目の前にもう一人の貴人・・・・化け物が立っていた。
「公康(きみやす)、お前軽いからよく飛ぶんだな。」
壁男が応(こた)える。
「もっと簡単に考えろよ。単にお前が馬鹿力なだけだろうが。」
化け物が笑いながら応える。
「ほっはっはっはぁ。そうともさ、それが俺の売りだからな。他の得意分野は他人に任せればいいのよ。」
壁男・・・公康と呼ばれた男はクロウを見る。
「クロウよ。その珠もっていけ。そして下水道に捨てろいいな。」
公康はクロウにそう言うと壁から抜け出る。
クロウは見た。
壁に広がっていた血が、地面に染み込んでいた血が彼の体に戻っていくのを・・・。
「こ、これが貴人か」
最後に珠を握っていた手が広がり体にくっつく。
目の前の貴人からは蒸気が立ち上っていた。
「さぁ、早くいけ。さもないとお前の血を頂くぞ。」
その声に弾かれたようにクロウは立つとバイクにまたがる。
バイクのスターターを入れる。
入らない!!
しかし、後には貴人がいた。
奴らは化け物だ。
逃げなくては、一刻も早くこの場から離れなくては!!
何度入れたかは分からないが彼は自分のバイクのアクセルをいれ離れる。
くねった道の角を何度も曲がりその場から離れる。
大体3分強過ぎたころだろうか、貴人たちが居た辺りから爆弾が着弾したかのような音と光と熱風が発生した。
クロウはバイクから投げ出され意識を失う。
彼は、意識を失う前に貴人の恐ろしさを再確認した。

「行ったか」
公康はクロウがこの場から逃げ出した事を確認すると目の前の巨漢に目をお合わせる。
彼は自分の今の状態を確認した。
−目の前の男には自分は敵わないだろう。奴の不意打ちでの体の損壊、そして貴人の第2の心臓である珠をクロウへ譲渡、今の自分の状態では時間稼ぎにもならないだろう。−
少しうつむき自蔑のためか唇が歪む。
そして、彼は面(おもて)を上げると言い放った
「さて、地獄の門は開いたかな」
その言葉に巨漢も応じる。
「おう、俺様が開門させてるからあとはお前を投げ込むだけだ。」
巨漢は手に持つ金属性の棒を頭上で1回転させると腰溜めに構える。
公康からは濃密な蒸気が溢れ出し巨漢から彼を視認するのは困難になっていた。
巨漢は目を瞑る。
僅かな時間だが時が止まった。
巨漢が棒を突き出す。
「せーーーーーーーーーーい」
その勢いで蒸気は棒を軸にして渦を巻く。
棒の先には公康が刺さっていたかに見えた。
しかし、巨漢はそれを無視し棒を右に薙ぐ。
棒を薙いだ先にも公康がいた。
「この幻影使いが。小手先の業(わざ)など片腹痛いわ。」
彼は、棒を持ち帰ると背後に向けて突き出す。
だが、そこにいたのも公康の幻影だった。
「まさか、逃げたのか・・・」
巨漢は構えをとくと最後に棒を突き出し幻影を崩した場所に脚を進める。
乾いた木を踏み折った音がした。
背中を冷や汗が流れる。
「しまった、あいつやりやがったな。」
巨漢が踏み折ったのは少し前まで公康だった物だった。
大きく跳躍しその場から逃げようとする男、しかし無情にも巨漢を光が覆う。
「公康よ。俺はこの程度では死なんぞ。」
巨漢のその声は爆発に飲み込まれ聞こえたものはいなかった。

爆発から何分が過ぎたのだろうか。
巨漢は目で辺りを確認する。
爆心地となった公康の体があった場所は直径にして1メートルほどのクレーターができていた。
「気絶をしていたとわな・・・ふん。まだ修行が足りんか。」
彼はそう口に出して言った後、自分の体の状態確認を開始する。
「内臓は破裂、両足ともに炭化して使い物にならないか。これでは歩いて帰らんな。まぁ、直せるところから直せばいい。」
そう呟くと目を閉じた。
炭化して黒ずんでいた彼の皮膚に亀裂が走る。
息を吸い吐く。
体にこびりついていた炭化した皮膚が剥がれ落ち赤子のような肌が表面に浮かぶ。
「皮膚が若々しくなったのは良いが、体毛が全て焼け落ちたのは少々かっこ悪いな。まぁ、毛なんぞすぐに生えてくるからいいか。」
腕を振るい体に乗っている瓦礫を吹き飛ばすと身を起こすとその勢いに任せて腹這いなる。
「この格好も格好悪いが仕方あるまい。」
彼はそう言うと腕を動かし移動をはじめる。
しかし、その移動は5メートルを進んだところで遮らる事になる。
「おやおや、気品高き貴人ともあろうものが這いつくばってお散歩とはねぇ。」
その声に巨漢は一度停止し一つ溜め息をつく。
が、彼の口から出たのは溜め息だけで彼女の言葉には全く興味が無い。
だから彼は手を進めようと右手を上げた。
「無視すんじゃねーよ。」
そう言うと彼女は持っていた槍を彼の右手の接地予定地に突き刺す。
「あんたらが破壊したのは私達のテリトリーなんだ。貴人だろうが償ってもらうよ。」
リーダーと思われる女が手を上げると瓦礫の間から沢山の少女たちが現れる。
彼女たちは手に手に鋭い刃を持つ投げ槍を持っていた。
「これは対貴人用の槍だ。たった一人でしかも傷ついた貴人を倒すのは実に簡単な事だ。」
「だからどうした。」
巨漢はあきれた顔で女を見る。
その顔には恐れなど無く、ただ興味深そうな表情が浮いていた。
「その顔むかつくね。」
女はそう吐き捨てると左手を上げる。
「そんな馬鹿な男にはお仕置きだ。やれ。」
そう言い放つと後ろに跳び退る。
数十の風を切る音がすると巨漢の居た場所に槍が突き刺さる。
「折角の対貴人用の槍という物も当たらなければ意味が無いな。」
上空から巨漢の野太い声が聞こえる。
女が槍を投擲するが巨漢は体を上空でひねり易々とかわす。
「くぅ、化け物が。」
地響きと共に巨人が着地した・・・女の目の前に。
「服は邪魔だな。」
「なに。」
そう言うと巨漢は左腕を薙ぐ。
女の服が破け裸体が表にさらされる。
「き、貴様何をする・・・」
女は全てを話す事ができなかった。
巨漢は大きく口を開けると女の頭を噛み砕いた。
咀嚼し飲み込む。
彼の周りが凍りいた。
血が巨漢の顔を紅く濡らし、それが彼の周りに囲んでいた者を恐怖に陥れる。
そんな間も巨漢の食事は続き女の腕が地面に落ちた。
その音に反応した一人の少女は持っていた槍を投擲する。
槍の刃が巨漢に刺さる。
巨漢は後ろを向き槍を投げた少女を見ると口にしていた女の骨を吐き出し牙を出して見せた。
その顔に少女は怯(ひる)み尻餅をつく。
しかし、それを合図にしたかのように再び槍が放たれる。
今度は先程の何十倍もの数の槍が。
巨漢は女の死体を捨てると先程と同じように跳ね逃れようとする。
「甘いよ貴人さん。同じ手は通じない。」
その声に顔を動かそうとするがそれは適わなかった。
50本をこえる槍が体に、顔面に突き刺さったからだ。
空中でハリネズミのようになったその男が地上に落下すると男を構成していた肉が四散する。
その状態でも彼は生きていた。
何故ならば、彼は貴人だからだ。
貴人は人間を遥かに超えた生き物だった。
「ぶっ殺してやる。」
彼は心の中で叫ぶ。
「その内臓を思う存分咀嚼し味わってくれる。」
彼は全身を再構成しようと試みる。
「リーダー、肉片が動いてます。」
「あぁ、このままじゃまずいね。」
半肉隗となった巨漢は叫んだ。
再生しかけた口からそれが漏れる。
「くっっぅてやぁああある。」
「ふーん。さすが化け物だ。もう再生してやがる。さっさとガソリンを撒きな。ゴミはさっさと燃やしてしまうんだ。」
その声に巨漢は叫ぶ。
「やめろーーーーー。」
「うるさいよ。」
女は巨漢の口に槍を突き刺す。
巨漢に大量のガソリンが撒かれる。
「さて、対貴人用の新兵器炎の槍を試させてもらうよ。と言っても感想はあんたの燃えカスにでも聞くからな。」
女が槍をひねると同時に槍から火が噴出す。
巨漢には意識があった。
全身から伝わる痛みに必死に耐えていた。
耐えて耐えて体の再構成を続ける。
1時間が過ぎても彼の体は燃えていた。
体の再生は追いつかなかった。
10分ほど前から彼は頭を中心に燃やされ始めてから初めて知った。
「こいつら俺の体で遊んでやがった。」
巨漢は自分の完全な敗北と現世からの永遠の別れを悟った。
燃え盛る巨漢の炎の照り返しを受けながら女は叫ぶ。
「また、貴人を一匹屠った。やつ等は蟲並みの無尽蔵な生命力を誇っているが倒せると言う事が分かっただろう。今回サブチームの頭であるリーンが死んだが、これは奴の油断だ。貴人に対しては油断を見せてはならんのだ。私はこのようなことがまた起きないよう切に願うぞ。では、解散せよ。」
女が解散を宣言すると少女の群れは四方に散っていく。
女はその場に座り込むと炎の番をする。
彼女にはまだする事が沢山あった。