...In several years(今より何年か後・・・)
白昼だった。
何処かの町の、今は人気の絶えた廃墟の一画だった。
「チェックメイト!」
得意気な声が響いていた。
10代半ばを越えた風貌の、一人の青年の声であった。
それは間近に立つ30代程度の一人の男へ、己の銃を向けながらの声であった。
「・・・ちっ、こんなチンケな終わり方たあな・・・しゃあねえ!とっとと殺れ!」
自嘲気味の響きのある言葉を男は吐いた。
苦笑と共に相手より一呼吸遅れた己の銃を傍らへと放り投げた。
それは何処か”ろくでなし”なりの自尊心を最後に示さんとするようであった。
だが・・・
「・・・聞かせろオッサン。この辺でテメエより強ぇヤツ知ってるか?」
青年が行ったのは、その言葉を口にすることだった。
鈍器さながらのパーツを付けた自動式拳銃の銃口を向けながらだった。
だが構えた己の銃の引き金を引くでなく、当たり前のようにそう言っただけだった。
「・・・はあ?」
拍子抜けしたような表情がそこにあった。
死を覚悟した身に向けるしてはやや不釣り合いな言葉に思わず男が紡いだ表情だった。
「知らねえのか?なら悪党の居そうな場所教えろよ!オレはもっと戦いてえんだ!」
良く言えば純粋と言えなくもない表情だった。
殺し合いではない、スポーツの類に熱中する少年のそれに近い表情だった。
そして同時に、対峙する男を呆れさせつつ、それでも答えを口にさせた言葉だった。
「・・・ここから街道を西に向かって最初の鉄道の駅だ。その外れに一つの集落がある。
俺も行ったことはねえが、そこは数年前から流れの軍人崩れ共が牛耳ってる所らしいぜ」
「へえ・・・」
「おまけに噂じゃ凶悪な人狩り(Man-Hunter)連中共・・・
ま、多分そいつらだろうが、その近くを猟場にしてるって話もあるにはあるがな」
淡々とした口調だった。
ただ、年長者が若輩者を諭すようにも思える口調でもあった。
そう、何処かそれは、『大異変』以後の現実を改めて説明するような口調だった。
しかし・・・
「中々面白そうじゃねえか!おっし!次はそこに決めたぜ!」
「ま、まさかお前!?バカか!?命が幾つあっても足・・・!?」
言葉が途中で途絶えた。
その瞬間、その場に男は意識を失ったまま崩れ落ちた。
用事は終わったとばかりに青年が構えていた銃器で頭部を殴打したためであった。
「サンキューオッサン!んじゃもちっとこれからマジメに生きろよ!」
青年は快活そのものの表情でそう言葉を放った。
一切振り返ることを行わない、文字どおり背中越しの言葉だった。
そしてその場に昏倒させた男に軽く手を振りながら、その場から立ち去っていった。
己自身に対する過剰なほどの自信に満ちたような・・・力強い足取りで・・・
Several years western
GUN SMOKE MAGICIAN
Epsode04:”Disabled Destiny”
BY:K−U
それから、数日後のことだった。
それは、快晴と呼ぶべき類の日の出来事だった。
午後へ向う太陽を滑らせる天空が、晩秋の冷たさを青に含ませていた頃だった。
そして場所で言えば、徒歩から鉄道を含め、行き交う人々が「街道」と呼ぶ主要道・・・
その外れの丘陵地帯のやや奥に位置する、人口100人程度の集落での出来事だった。
「・・・俺の記憶違いか?確かここのノルマは皆でちゃんと決めたよなあ?」
「も、勿論覚えてます・・・で、ですが今月は思ったよりお客さんが・・・」
それは集落内の数少ない店舗の一つ、その中での光景だった。
宿舎と食堂を兼ねた店舗の、一階カウンター部分の隅に存在した光景だった。
「おいおい、そりゃこの店の主のお前の責任だろ?俺に言い訳してどうなるよ?」
「そ、そうです・・・よね・・・ははは・・・」
言い争いと呼ぶには随分と静かな光景だった。
20代程度の線の細い青年がカウンターの中で軽い狼狽を作っていた。
くたびれた軍服に身を包む40代後半の大柄な男性がその前で威圧の笑みを作っていた。
「決めたことは守んなきゃならねえよな?んで守れなきゃどうするかも知ってるよな?」
「はい・・・」
暴力はおろか怒号一つさえなかった。
店舗奥の、勝手口にほど近い光景故、客席の大半からは諍いにすら見えない光景だった。
・・・最も、現在この店舗に客として存在しているのはただ一人、それは・・・
「・・・お、お客様、追加の注文は如何ですか?」
うわずったような言葉が小さく響いた。
10代半ば前程度の、ウェイトレスの制服に身を包む一人の娘だった。
店舗の片隅の出来事の意味を充分承知している故の、懇願の表情からの言葉を発していた。
「い、今ならサービスします・・・い、色々と・・・」
ブラウスのボタンが胸元まで外れていた。
娘の未だ成熟にはほど遠い胸を包む質素な下着が僅かに覗いていた。
そして”それ”すら覚悟を要したのか、そこから頬まで羞恥の朱を薄く浮かばせていた。
だが・・・
「んー?いやオレもうハラ一杯、後は特にいらねえよ」
平然とした言葉だった。
小一時間前来店したばかりの”余所者”である、あの青年の言葉だった。
そして邪念無き少年のような笑みで口にした、相手に落胆を与えるに足る言葉だった。
「・・・そう・・・ですか・・・そ、それならお酒は如何ですか?」
「オレ酒嫌いなんだよ。食い過ぎもそうだけどケンカのとき動けなくなるからな」
「・・・」
「それよかオメエ、胸元見えかかってんぞ。ハハハ、だらしねえなあ」
「!?・・・し、失礼しました!」
その言葉を残し、娘は青年に背を向けた。
朱に染まり始めた耳たぶを覗かせながらテーブルを足早に立ち去った。
羞恥で胸を両手で押さえながら、そして目にうっすらと浮かんだ涙を耐えながら・・・
「・・・おおっ!?アイツそうか?」
程なく、歓喜混じりの呟きを青年が発した。
何となく娘がカウンターに戻るまでを視線で追っていた後の言葉だった。
そこに悪人然とした軍服姿の男を見つけた瞬間、思わず発した呟きであった。
・・・だが。
「・・・?おい邪魔だ!そこどけよ!」
突然だった。
軽い敵意を含んだ言葉を青年は思わず発していた。
威勢良く立ち上がった青年を阻害するように入ってきた一人の客に対してであった。
「あははー、ごめんなさぁい・・・ところでこちら、まだお部屋は開いてるかしらぁ〜」
それは20代半ば程の人物だった。
黒く澄んだ瞳と腰まで伸びた黒髪を持つ東洋人風の旅行者だった。
そして、その口調に相応しいような涼やかで明るい雰囲気を醸し出す女性だった。
「え?あ?あ、開いてます!勿論開いてますよお客さん!・・・兄さん!」
「し、少々お待ち下さい!すぐ案内させます!お荷物も運ばせます!」
「そぉねぇ〜・・・それじゃとりあえずこれでお昼ご飯もお願いするわぁ〜」
この言葉に続いて男性と娘・・・その妹の瞳に歓喜と安堵が浮かんだ。
女性がポケットから取り出した10枚ほどの紙幣をカウンターに置く姿を見せた。
それは数日間の滞在と食事、そして店側の”不足分”を充分埋めるに足る現金だった。
「なんだオメエら!?おい!オレを無視するんじゃねえ!」
唐突に怒号が店に響いた。
その光景を目にしながら突如青年が発した言葉だった。
それは産まれかけた良好な雰囲気を打ち消すような負を含んだような言葉だった。
「・・・兄さん、この姉さんの知り合いか?それとも店になんか問題でもあったのか?」
「あらぁ〜、どっかでお会いした人だったかしらぁ〜」
「用事があるのはテメエだ!おい悪党!オレと勝負しろ!」
「・・・はあ?俺もお前なんか知らねえぞ?誰かと勘違いしてねえか?」
「悪いがオレもここに来たばかりでな。へへっ、テメエなんか知らねえよ!」
得意気な表情で青年はそう言い放った。
まるで高揚した感情をそのまま示すように、不敵な笑みと共にそう口にした。
だがその言葉は青年の内面とはほど遠い雰囲気を醸し出させただけだった。
「・・・では改めて、これが今月分です」
「確かに受け取ったぜ・・・んじゃ姉さん、この店は安全だからゆっくりしてきな」
「あははー、そぉさせて頂くわぁ〜」
「お、おいテメエ!逃げんじゃ・・・何だオマエ!?そこどけよ!」
「・・・」
来たときと同様に勝手口から去ろうとした男を青年は追いかけようとした。
だが今度はその前に無言で立ち塞がった娘により、結局阻止されることとなった。
そして程なく、青年は自分が元いたテーブルへ不満げな表情と共に戻っていった。
やがて・・・
「・・・ん?オレは注文なんかしてねえぞ?」
「サキ・ヤハギさ・・・向こうのお客さんからです」
テーブルに置かれたジュースに続いて青年はそちらを見た。
表情を変えずにそれをテーブルに置いた娘がふと漏らした・・・
つい先程宿帳にその名前を書いた、カウンターで食事を待つ女性の姿を視界に入れた。
「・・・おい・・・何のマネだ?」
「私からのおごりよぉ〜・・・多分最初で最後のかもだけどねぇ〜」
「へっ、年上の余裕ってのか?・・・んじゃ遠慮無く頂くぜ”オバサン”」
「あははー、きかん坊には何か口に入れてあげるのが一番だからご遠慮なくねぇ〜」
軽やかな口調だった。
青年の言動に不快を示すどころか、楽しんでいるようにさえ感じる様子だった。
だがそれは青年の手を止め、怒りの表情と共に招くに等しい結果ともなった言葉だった。
「テメエ!オレをガキ扱いする気か!」
「お客さん!やめて下さい!」
「オマエは黙ってろ!・・・舐めるなよ、オレはもう何回も命懸けを経験してんだぞ!」
「はらぁ〜そぉだったのぉ〜、それじゃお詫びに”けぇき”も奢ろうかしらぁ〜」
「・・・テメエ、オレをマジでバカにしてんのか!?女だからってオレは手加減しねえぞ!
だったら試してやる!銃でも拳でも何でもいいから勝負の方法を決めろ!今すぐだ!」
荒々しい態度だった。
とても冷静な話など出来そうになかった。
短気を具象化したような様相を見せつけるように青年は言葉を吐き続けていた。
・・・だが。
「そぉねぇ〜、それじゃ負けたら殺されるってことでぇ・・・コレでお願いするわぁ〜」
やはり同様の態度、そして余りにも自然な一言ではあった。
だが耳にした者の心身に氷風を吹かせたような言葉でもあった。
それは激高に熱を帯びていた筈の青年ですら同様の感覚を与えるに足るものだった。
「・・・なっ!?なんだと!?」
「どぉかしたかしらぁ?確か勝負の方法を決めろって言ったんじゃなかったかしらぁ?」
「い、いや・・・オ、オレが言ったのは・・・」
いつの間にか、カウンターの隅に置かれていたそれを笑顔で手に取っていた。
それは客達が酒と共に時間を過ごすための一組のカード、いわゆるトランプだった。
・・・そう、つまり文字どおり『命をチップにする』と事も無げに言ったからであった。
「ヤ、ヤハギ様、いくら何でもそれは冗談が過ぎます!」
「あははー、私のことはサキでいいわよぉ〜」
「は、はい・・・じゃなくてサキ様!いくら何でもそれは無茶苦茶過ぎですよ!」
「だあってぇ〜、いつも命懸けの人からの勝負だったらそれしかないと思ったものぉ〜」
何処か、戯けたような言動をサキは行っていた。
そこだけ切り取れば質の悪い冗談に思えなくもなかった。
・・・人を殺せる冷酷さなど微塵も感じさせていなかった。
ましてや倫理や常識が欠如した狂人どころか、青年と同類にすら思わせなかった。
だがそれでもサキの言動は『本気』をこの場の全員に感じさせるに足るものであった。
「なっ!?ば、バカか、テ、テメエ、ま、マジかよ・・・」
「あはは。まあこんなこともあるわよ」
「お、おい・・・お、オレが言った勝負ってのはそういうんじゃなくて・・・」
「あらぁ〜、何度も命懸け経験してる貴方に合わせただけだけどぉ?まだ不足かしらぁ〜」
軽やかな手つきでカードを切りながらサキは事も無げにそう言った。
程なく、切り終えたそれを青年の方へ検分のために挑戦的な笑顔と共に差し出した。
だが青年が中々それをを取ろうとしない様子に、程なく表情を悪戯っぽいものへと変えた。
「・・・そぉねぇ〜、それじゃ今回は命じゃなくてお金ってことでどぉかしらぁ〜」
「え?」
「よく考えたらどっちが勝ってもこのお店に迷惑になるだけだものぉ〜」
「・・・あ、ああ!そうだ!関係ねえヤツ巻き込むのはオレのルールじゃねえからな!」
「じゃそぉいうことでぇ〜、私のお昼はさんどうぃっちか何かにして貰えるかしらぁ〜」
「へっ、メシ喰いながらたぁ余裕だな。だがコイツも勝負なら有り金全部は覚悟しろよ!」
「あははー、お部屋代を先に払っといて正解だったかもねぇ〜」
その後、時間にして小一時間程の”勝負”がその店で行われた。
ちなみに種目は一枚のカードで勝敗を決める簡易版インディアンポーカーだった。
なお、過程については記載を省くが、結果については・・・
・
・
・
その夜のことだった。
集落から漏れる団欒の響きが単音同然となっていた頃だった。
「ははは!それで有り金全部巻き上げられちまったってか!若いの!」
「負けっ放しじゃねえぞ!最初はオレが勝ってたんだ!だからあれは引き分けだって!」
集落の外れだった。
人足で踏破出来る限界の場所だった。
家屋の間を抜け、獣道同然まで崩落した道路を歩んだ果ての場所だった。
「文無しにされても負けてないとはな・・・やれやれ、とんだ負けず嫌いじゃわい」
「へっ、こんな程度で認めるかよ!オレは一度だって負けってのを認めたことねえんだ!」
一斉の笑い声がその場に軽く響いた。
あの青年を囲むように座る、8名ほどの老人達が発した響きだった。
寒気と夜が包む小さな空き地、そこで光源と熱を微かに放つ焚き火の側で響いていた。
「自分が認めない限り絶対負けたことにはならないか・・・はは、確かにそうじゃな」
「しかしまた随分と威勢の良いヤツじゃのう・・・ま、若いもんはそんぐらいがええか」
「おいおい、儂らはこういうのを見たら説教の一つもせにゃならん立場だろが?」
「よせよせ!今更儂らが誰に説教出来るってんじゃ?」
「ははは、それもそうじゃな!・・・おい若いの、お前も飲むか?それともまだ喰うか?」
その言葉と共に青年に一番近い老人が両手を差し出した。
両手のそれぞれに中身の残った肉の缶詰と粗悪なアルコールの入ったガラス瓶があった。
皺だらけの、薄汚い笑顔だった。
他の老人達とそう変わりのない、粗末な身なりに相応しい笑顔だった。
そして、空腹のまま野宿の場所を探し、ここまで迷い込んだ青年に向けた笑顔でもあった。
「・・・ところでジイさん達・・・なんでなんだ?」
「お前さんをもてなしたことか?そんなら気にするな。単なる儂らの気まぐれよ」
「・・・いや、オレが聞いてんのはジイさんたち、なんでここで暮らしてんだってことだ」
「・・・」
「おかしいじゃねえか!大体なんでジイさんはこんな汚ぇとこにいなきゃならねえんだ?
あそこに住んでるヤツらは今頃ハラ一杯になってベッドに横になってるだろうに!」
吐き出すような言葉だった。
胸内に発生した憤りを排出するような言葉だった。
やがて、幾ばくかの沈黙の後、老人達は漏らすように言葉を発し始めた。
「・・・今日、昼前だろうな・・・儂らの仲間が五人死んどった」
「・・・なっ!?」
「今夜は弔いのつもりでな・・・お陰でお前さんにも”とっておき”を振る舞えたんじゃ」
「全員銃で一撃じゃ・・・何人掛かりかわからんが人を撃つのに慣れた奴らじゃろう」
何時しか語彙が強くなっていた。
口々に語る老人達の表情が険しさを帯び始めていた。
それは先程までの好々爺然とした表情とは違った、いわゆる”本音”のようであった。
「・・・あいつらだな?ここを牛耳ってるっていう軍服姿のあいつらだな!」
「それは解らん。じゃがそうだったとしても儂らにはどうにもできんよ」
「そうじゃ、儂らには身寄りも金も力も、それから逃げ出す体力も気力も無い」
「建前上、奴らも儂らにも食い物をくれるからな・・・口減らしってとこじゃろ」
「・・・解るじゃろ?儂らは厄介者、虫けら以下のゴミ同然の存在じゃ!クソッタレが!」
自嘲、と言うには強い口調だった。
集団から距離を置き、明日をも知れぬ者の言葉だった。
それは乞食同然の暮らしをする者でも自尊心を有していることを証明するようだった。
「・・・」
再び沈黙が訪れた。
時折、焚き火にくべられた木片が爆ぜる音が響くだけだった。
やがて、重苦しい雰囲気が訪れた中、再び青年が言葉を発し始めた。
「・・・なあジイさん達、あそこの奴らのこともう少し詳しく聞かせてくんねえか?」
「ん・そりゃ構わんが・・・どうするつもりじゃ?」
「へへっ、なあに、ちょいと面白くなりそうなこと思い付いたんでな」
不敵な笑みがそこにあった。
それはある年代のみにしか作れない表情だった。
「・・・ほう、そりゃちょいと楽しみじゃの」
その表情に老人達も再び笑みで返した。
それはある程度の年齢と経験を重ねた者にしか作れない表情であった。
やがて、老人達と青年は再び会話を始めた。
それは先程までと違って何処か活気のある、陽性に属する部類の会話だった。
そして燃料をくべられた焚き火がその光景を彩るように熱と橙光を放ち続けていた。
・・・そう、放ち続けていた。
そこから先を無視するように放ち続けていた。
まるでこの場所から先の世界を覆い隠すように放ち続けていた。
全て黒だった。
まるで、闇が沈殿しているかのようだった。
獣の遠吠えはおろか、虫の声一つそこからは聞こえなかった。
現在の集落から見れば、谷間と呼べる場所だった。
そして、今では好き好んで訪れようとするものなどいない場所だった。
だがかつてその場所こそが、大異変直前まで数万人が暮らしていた『街』であった。
勿論、日中に来れば在りし日の残照を目に出来よう。
だがその直後、その者は多分目を覆ってその場から急ぎ立ち去ろうとするだろう。
そう、未だ弔う総べなく打ち捨てられたままの数万人分の屍を脳裏に焼き付かせながら・・・
そして・・・
・
・
・
朝が訪れ始めていた。
夜の冷気が現れ始めた陽光に晒されていた。
家屋内からは今日を始めようとする音が聞こえ始めていた頃だった。
歩いていた。
あの青年が歩いていた。
白い息を吐きながら人気のない集落の通りを歩いていた。
不敵な笑みを浮かべながら堂々と、そしてたった一人で歩いていた。
「・・・」
やがて、立ち止まった。
昨夜、老人達から聞いた場所の前辺りだった。
年月により判別がし辛くなった看板がかろうじてそれが何処かを示していた。
一軒の大型店舗だった。
食料品や日用品を主として扱う、いわゆる”スーパーマーケット”だった。
ただし、店舗部分の大半は倒壊し、未だに瓦礫の山となっている場所に残るそれであった。
・・・ただ、単なる廃墟の一つでは無かった。
その役割上、比較的堅剛な作りだった倉庫部分はそのまま残っていた。
そして入り口付近に仮設で設けられた建物辺りには数名分の人影が見えていた。
その様子に青年は笑みを強めた。
姿を見せる数名はいずれも軍服姿、そして全員銃器を所持していた。
かつてのように気軽に買い物など出来る様子でないのは明白だった。
『集落全ての食糧を独占し、君臨の基礎としている』場所・・・本拠地・・・
そう、それは耳にした話と、自身の『願望』がリンクした故の笑みであった。
ここが間違いなく『悪党に牛耳られている』ことに確信を持てた笑みだった。
そして、これから『自分が悪党を倒す』という高ぶるを押さえかねるが故の笑みだった。
「さて!いっちょゲームを始めるか!」
誰かに聞かせるような言葉を吐いた。
勿論、青年の廻りにはそれを耳にする人間はいない。
誰かに見せるように両手の指を軽く鳴らし始めた。
勿論、青年の廻りにはそれを目にする人間はいない。
そして再び歩みを始めた。
勿論、青年の廻りにはそれを止めようとする人間はいない。
やがて・・・
・
・
・
「いやあ大漁大漁!しかしこりゃうんめーなあ!」
10分程の後だった。
まるで悪戯を成功させた子供のようにそう言っていた。
手に持った大ぶりのハムを囓りながら店舗から青年が一人出てきていた。
・・・『悪党退治』を成功させていた。
先程姿を見かけた一人目と二人目は拳で。
その騒ぎに中から出てきた三人目は銃器による殴打で。
倉庫部分に入るやいなや小麦粉の袋を幾つも引き裂いた・・・
粉塵爆発を恐れ、銃器の使用をためらった四人目と五人目を脚で。
不意を突かれた店舗内の男達は全員意識を失ったままだった。
保管されていた食糧を食い散らかしても誰も止める者はいなかった。
その『戦果』に青年は満腹と愉悦と言って良いほどの満足を感じていた。
だから・・・
「よう!朝から買い物か?感心感心。よしっ!オメエにゃ先着一名無料サービスだ!」
「え・・・あ・・・あ・・・」
「あ?だーいじょーぶだって!悪党共はオレが眠らせた。遠慮なんかすんなよ!」
得意気に声を掛けた。
親しみではなく自身の戦果を誇るように声を掛けた。
朝食の仕込みのためにたまたまここへやって来た・・・
あの娘の驚愕の表情の意味を全く解さないように!
「だ・・・むぐっ!?」
その瞬間、娘は言葉を塞がれた。
当然と言えば当然の行動を阻害された。
『暴力により食糧を強奪した人間』を目前にして発そうとした叫びを防がれた。
「おっと、そこまでじゃお嬢ちゃん・・・悪いが騒がないでくれ」
「ジイさん!?」
「なんじゃ、もう終わっとったのか・・・これでも加勢に来たつもりだったんじゃがな」
三名程の老人がいた。
いずれも昨夜、青年が見知った老人達だった。
荒事を予想していたのか、咄嗟に娘の口を塞いだ老人を含め全員銃器を背負っていた。
「おい、ジイさん、来てくれたのは嬉しいが・・・」
「心配するな、この子にはちょっとばかし静かにしてもらうだけじゃ」
「なら任せた!んじゃ、残りのジイさん達・・・へへっ、今の内に頂くもん頂こうぜ!」
その言葉を残し、青年達は再び店舗に入っていった。
その様子を残った老人は皺枯れた笑みと共に見送っていた。
だが、その直後、老人が気を抜いた直後、その笑みは苦痛に歪んだ!
「・・・っつ!?あ!こ!こら!待て!」
その手から血が流れていた。
娘の歯形がくっきりと刻まれていた。
そしてその目に戒めを解かれた娘が逃走して行くのが見えた。
それは咄嗟の出来事だった。
突然の出来事故と抗弁出来なくもない場面だった。
そう、傷みと逃げられたことに対し、老人が娘に向かって銃口を向けたことは・・・
何気に振り返った娘が、恐怖に引きつった表情を見せてもなお逸らさなかったことは!
銃声!
「なんだ!?」
「お前さんは奥に行っとれ!儂らが見てくる!」
「待てジイさん!危険だ!」
「様子を見るだけじゃ!良いか!儂らが戻るまで不用意な行動は起こすなよ!」
「わかった!ジイさん達も気をつけろよ!」
その言葉を残し、青年が倉庫の中に進むと同時に老人達も外へと向かった。
宣言どおり、用心深く所持していた銃器を構え、入り口付近から恐る恐る顔を覗かせた。
10メートル先ほどで娘は路面に横たわっていた。
一滴の血も流さず、呼吸に動く身体が気絶をしている様子を示していた。
仲間であった老人はそこにいた。
小銃を構えたまま、即死の表情で額から血を流し横たわってた。
それから・・・
もう一人いた。
娘の間近で、彼女を庇うようにして立っていた。
吹き抜ける風に硝煙を燻らす銀色の光沢を片手に提げながら立っていた。
その『光景』に老人達は銃を構えた。
そして何の躊躇も無く引き金にかけた指に力を入れ始めた。
それは殺意と言うよりは、生存本能からと言った方が適切な行動だった。
・・・だが同時に、無意味な行動でもあった。
まるで光沢が閃光へと変貌したかのように見えただけだった。
そう、抗うどころか何が起きたかすら解らぬまま、彼らは光景に幕を下ろしたからである。
・・・二発分の銃声と共に。
そして・・・
・
・
・
あれから、二日が経過した頃だった。
それなりの騒ぎになったあの事件から迎えた二度目の、遅い朝だった。
「お、おはよう・・・に、兄さん・・・」
「・・・お前・・・もういいのか?」
「ま、まだ人前は怖いけど・・・で、でも厨房の中だけなら・・・多分・・・」
食堂の中の光景だった。
店の主の男性の前にウェイトレス姿の娘がいた。
先日までの快活さが嘘のような、おどおどとした様相で立っていた。
だがそれでも絞り出すような、健気そのものの笑顔でそこに立っていた。
「・・・解った。それじゃ暫く僕がそれ以外の仕事をやるよ」
「兄さん、ごめんなさい・・・」
「はは、まあ泊まりのお客様はヤハギ様一人だし、最近の入りならそれで大丈夫さ」
その笑顔に男性は笑顔でそう答えていた。
年上の肉親故に出来る、抱擁を感じさせる笑顔でそう答えた。
『殺されかかったショック』からそれでも立ち直ろうとする妹の姿にそう答えていた。
・・・あの後、倒れたときのそれを除けば結局無傷のまま程なく救出された。
だが、『たまたま朝の散歩に出ていた』サキが連れ帰った時、それは酷い精神状態だった。
無理もない。
客商売故に、いつもの通り食材を分けてもらいにいっただけだった。
それがいきなり”強盗”に出くわしたかと思うと突然年上の男に押さえ込まれた。
そして必死で逃げ出したら、今度は何の躊躇も無く銃口を向けられてしまったのだ。
何の罪もない・・・まだ子供と言って良い年齢の娘が・・・
「それじゃ、ちょっと出かけてくる・・・なにすぐ戻るさ」
「・・・え?・・・どこ行くの?」
「いや、今朝分けてもらった食材・・・実は今から追加をもらいに行こうかと・・・」
笑顔が苦笑に変わっていた。
その様子は、娘に何処か安堵を感じさせるものだった。
それは普段の『何処か抜けている頼りない兄』そのままの姿だったからである。
「・・・また?・・・なんで兄さんいつも・・・お金の計算は私より上手なのに・・・」
「い、いやあ・・・なんか料理ってどっかアバウトなとこがあってだな・・・」
「な、ならとっとと行って来なさいよ。わ、私に言い訳したって・・・」
「たはは。それじゃ小一時間で戻って来るからな」
その言葉を残し男性は屋外へと出た。
いつの間にか先程と同様の笑顔になっていた。
それは妹が”還ってきた”ことに安堵するような笑顔だった。
そして丸一日以上、別人のように焦燥していた姿の記憶を振り払うような笑顔だった。
「あらぁ〜、お出かけかしらぁ〜」
「あれ、ヤハギさ・・・サキ様、何時からそこに?」
楽しげな表情がそこにあった。
『CLOSED』の文字を確認をしたその視線の先だった。
店の入り口部分近くの壁にもたれかかっているようにして立っていた。
「そぉねぇ〜、貴方が充分な量の食材をまだ追加するって言った頃かしらぁ〜」
「いやあ、ばれてましたか・・・でもあそこに用事があるのは本当ですよ」
「・・・あそこの人たちの”好意”を断りに行くことかしらぁ〜」
「ええ、今日は二人で店を開きますからね、昼・・・夕食は期待してて下さいよ」
その表情に笑顔で答えていた。
客に向けるというより、親しい知人に向けるそれに近かった。
それは一切の見返りを口にせず、一晩中妹の介抱を手伝ってくれた相手への・・・
その結果を語るに足る表情だった。
「それは楽しみねぇ〜・・・それじゃ私はちょぉっとお小遣い稼ぎでもしよぉかしらぁ〜」
「『駅』の方ですか?ご存じと思いますがあそこは結構イカサマ師が多いですよ」
「あははー、それじゃしろぉとの私には厳しそぉねぇ〜」
「ははは、サキ様でしたら確かにそんな連中には厳しそうですね・・・あ、そうだ」
男性がややトーンを落とした。
心持ち表情も先程より硬いものになった。
そして周囲、いや屋内の妹が聞いていないことを改めて確認してから言葉を続けた。
「・・・あの三人を射殺してくれた犯人・・・何処かにいったってことになりましたよ」
「そぉなのぉ〜・・・でもそれってちょぉっと物騒な話じゃないのかしらぁ〜」
「あの時妹は気絶してましたし、他に目撃者なしで結局誰だか解らないまま・・・
でも自警団はあっても今は警官のいないここじゃそれが精一杯の結論ですよ」
「それもそぉねぇ〜」
「ええ、まともに疑えばサキ様や僕を含めてほとんど全員が怪しいですから・・・
あ、でも今の話は妹にはちょっとまだ刺激が強いと思うんで・・・」
「勿論おふこぉすぅよぉ〜・・・ところでそろそろお出かけじゃないかしらぁ〜」
「おっとそうでした・・・それじゃ僕はこれで。サキ様もごゆっくり」
その言葉を残し男性は自分の店を後にした。
そして程なくサキもそれに合わせるように移動し始めた。
それで『この時代では珍しくもない』光景は終わりを告げた。
大異変以後、政府は主要都市の治安維持のため、生き残った警察官を集中させた。
そのため地方の自衛に関してはほぼ完全にその地域に委ねられる場合が多かった。
なお、一応国によっては銃器の個人所有を禁止している法律も生きてはいるのだが、
そもそも法を執行すべき警官がいない状況故、自己防衛を理由に黙認状態である。
殺人が人々の禁則倫理の一つであることは変わらないのにそれを事実上容認・・・
これが欧州全体を事実上の無法地帯とさせた、そして色々な悲喜劇の要因の一つであった。
・
・
・
「クソっ!人が留守にしてるときに散々荒しやがってあのガキ!」
「喚く暇があったら手を動かせ!おい、そっちはどうだった!?」
「隊長、段ボールが潰れて中身が散乱しただけです。中身も数も無事を確認しました」
「よし!じゃお前ももう飯にしろ。そっちはどうだ?」
「中身は何とかですが冷蔵庫自体が駄目でさあ・・・この季節でもそうは持ちやせんぜ」
「・・・仕方ねえ、今ある肉は全部燻製、残りは今日配る分だ!食い切るしかねえ!」
騒然としていた。
あの倉庫の中での光景だった。
食糧を始め、日用品や文具雑貨が散乱する場所を動き続けていた。
”隊長”と呼ばれた50代の男性を中心に十数人の男達が慌ただしく動いていた。
「はぁい、次の人どぉぞぉ〜」
対照的な雰囲気の声がその外部で響いていた。
くたびれたエプロン姿で一人働き続けるサキ本人の声だった。
倉庫の近くに仮設された大型テント内のキッチン部分からの声だった。
・・・男性が口にした、そして断ろうとした”好意”がこれだった。
食事係が負傷させられたことから全員の食事を作りに来ることを依頼されたのだった。
勿論、手の空いている者さえいればその程度は依頼されることはなかった。
だが青年が荒らした倉庫の片付けが忙しく、空けられる手を誰も持っていなかった。
理由はそれだけしか言わなかった。
娘の状態も、男性が店を開くことが困難なことも知っていても言わなかった。
彼らは確かに『軍人崩れ』の流れ者であった。
お世辞にも聖人君子とは呼べない過去を全員持っていた。
凄惨な戦闘、荒んだ毎日を経験した・・・だがそれでもそういう人間達であった。
だから・・・
「姉さん、こりゃ中々うめえぜ!」
「あははー、気に入っていただけて嬉しいわぁ〜」
男達が舌鼓を打っていた。
それがサキが口にした”お小遣い稼ぎ”だった。
『男性の代わりにその依頼を遂行する、報酬は男性が受け取る筈だった後金』・・・
それが前金の返却のためにここまで来た男性に同行したサキが申し出た内容だった。
「右に同じだ。しかしよくもあんな材料でここまででっちあげられるもんだな」
「それじゃあっちが終わってからレシピをお教えするわぁ〜」
「・・・あっちか・・・すまねえな、姉さん。つまんねえ用事まで頼んじまって」
不意に口調がやや重いものになった。
男達が何処かうんざりしたような雰囲気を表情に浮かべていた。
そして誰からともなく敷地の外れに設けられていた簡素な小屋に視線を送った。
「そぉねぇ〜、正直ちょぉっとご飯抜きの方がおしおきになるって思うけどねぇ〜」
「俺達は捕虜の飯を欠かしたことが無いんでな・・・ま、姉さんにはオレも同感だがよ」
「それにあのクソガキ、俺達だと狂犬みてえになりやがるからなあ・・・」
「兵隊さんも色々大変ねぇ〜・・・それじゃ後よろしくお願いねぇ〜」
その言葉を残し、サキは用意していたバスケットを提げながら小屋の方へと歩き出した。
そして、その姿が小屋の中に消えて程なく、怒号と罵声が響き渡ったのを男達は耳にした。
・
・
・
「・・・いいから早くオレをここから出せ!あの悪党共をやっつけるの手伝えよ!」
約半時間ほど後だった。
敷地の隅に設けられた、10u程の小屋の中での光景だった。
机と椅子が一式、後は動物用の檻で一画を仕切っただけの簡単な内装からの声だった。
「そぉ言われてもねぇ〜・・・私はお昼をもってけってしか言われてないんだけどぉ〜」
のんびりとした口調だった。
何処か優雅ささえ感じる姿で椅子に座るサキの声だった。
そして、入って程なく発せられた怒号と罵声にもやはり変わらなかった口調だった。
「バカかテメエ!あんなヤツらの肩持つってのかよ!?」
「あらぁ〜、それに何か問題があるのかしらぁ〜」
「人が死んでんだぞ!気の良いジイさん達を何人も殺したヤツらだぞ!」
「はらぁ〜、そぉだったのぉ〜・・・てことは貴方はその現場を見たのねぇ〜」
「バカヤロウ!見てたらあいつらぶっ飛ばしてらあ!勿論三人のジイさん達も無事さ!」
「確かにそぉなったかもねぇ〜」
「・・・いいから早くオレをここから出せ!あの悪党共をやっつけるの手伝えよ!」
「そぉ言われてもねぇ〜・・・私はお昼をもってけってしか言われてないんだけどぉ〜」
「バカかテメエ!あんなヤツらの・・・
・・・大体こんな感じだった。
先程から、文字どおり会話が廻っていた。
何処か滑稽ささえ感じる会話の繰り返しを、サキは相変わらずの態度で続けていた。
勿論、相手は格子の中の、異変に駆けつけた別の男達に結局拘束された青年とであった。
・・・だが、それは永遠に繰り返される会話では無かった。
「・・・そぉねぇ〜、やっぱり貴方のお願いは二つの理由でお受けできないわねぇ〜」
不意だった。
短い沈黙の後、そんな言葉をサキは発した。
口調こそ相変わらずではあったが、会話の流れを変えるに充分な言葉だった。
「・・・二つの理由?なんだ?」
「そぉねぇ〜、一つ目は貴方の言う悪党が誰のことか私には解らないってことかしらぁ〜」
「!?バカかテメエ!ここで一体何を見てやがった!」
「あらぁ〜、私が見たのは乱暴者がここの食べ物を駄目にしたってことぐらいだけどぉ〜」
平然とした口調だった。
やはりのんびりとした印象に変わりのない口調だった。
ただ、それは先程まで繰り返された会話とは全く違う何かを含んだ言葉だった。
「なん・・・だと・・・テメエ!オレを悪党扱いするってのか!!!」
「だぁってぇ〜、”見えたものしか見えなかったら”そぉなるものぉ〜」
「はあ?」
「もっともぉ〜、”見たいものしか見なかったら”どぉなるかは解らないけどねぇ〜」
その言葉に、青年は”解らない”といった顔をするだけだった。
勿論、サキの言葉の意味が本当に解らなかった故かも知れない。
だがそれはもしかしたら”言われたことを理解した”が故の言葉だったのかも知れない。
青年は義侠心が強い人物であることはもはや疑うまでもない。
そして相応の実力とその言動から、方々で自分なりに悪徳と戦って来た様である。
・・・では青年はそんな自分自身をどう捕らえているのであろうか?
短慮で無鉄砲ではあるが、単なる暴力衝動の解消が目的だけとは思いにくい。
ましてや金銭等が関係する、いわゆる損得勘定という理由では余りにも無理がありすぎる。
・・・もしかしたら漫画のような『正義の味方』に自身を準えているのかも知れない。
少年時代特有の夢の一つ、『世界最強の男』を目指す主人公になったつもりかも知れない。
そう、それらからの”万能感”から『今回も自分は正しい』と思っているのかも知れない。
・・・だから、青年はそんな表情をしたのかも知れない。
理解した瞬間、自身の今までが『とてつもなく愚かなピエロ』になる故だった。
身勝手な空想と現実を取り違えた『傍迷惑な厄介者』になってしまうが故だった。
そう、それは『解りたくなかった』という一種の自己防衛本能からだったのかも知れない。
...The men trust what they wish.
そして・・・
「・・・ちっ、結局オレが信用出来ねえってことかよ・・・で、もう一つはなんだ?」
程なく、そんな声が格子の向こうから聞こえてきた。
先程からとは何処かとははっきり言えない程度の、だが違う口調だった。
それは格子の向こうで、痣だらけの顔にふてくされたような表情を乗せた青年の声だった。
「そぉねぇ〜、さっきあの人達からちょぉっとお仕事のお話を頂いたからかしらぁ〜」
その様子にサキがそう答えた。
素直としか言いようの無い笑顔での言葉だった。
先程よりはやや軽く、何処かこの状況を楽しんでいるようにも感じる声だった。
「・・・おい、あんな奴らから仕事請け負うって、テメエ何考えてんだ!」
「あらぁ〜、誰かが駄目にした分の食べ物の買い付けのお手伝いなんだけどぉ〜」
「・・・けっ、大層なこった。しかしテメエみてえなのがよくも信用されたもんだなあ?」
皮肉をあからさまにしたような言葉だった。
何となく、意趣返しを含ませているような言葉だった。
だが勿論、激高どころか表情一つさえ崩すことさえ出来なかった言葉ではあった。
「あははー、そぉ思うならやっぱり私一人が持ってくってのは正解みたいねぇ〜」
「・・・はぁ?」
「・・・これ、さっき預けてもらったのぉ〜・・・大さぁびすでお見せするわぁ〜」
「・・・なっ!?」
驚きの表情があった。
数百枚はありそうな紙幣の束にしか見えなかった。
それはサキがエプロンのポケットからほんの僅かだけ覗かせたものだった。
「・・・つまりアレか?オレがここを出る頃にゃソイツはもう用無しだからって意味か?」
「そぉいえばそぉなるわねぇ〜・・・あははー、ゆっくりしていってねぇ〜」
「舐めんな!こんなとこすぐにでも抜け出てやらあ!それで必ずあ・・・?なんだ?」
その瞬間だった。
その唐突さに青年は思わず言葉を中断した。
それはバスケットを覆っていた布ナプキンだった。
それをサキは無言のまま手に取ると両手でゆっくりと広げ始めた。
まるで手品のように広げた白布の裏表を青年に向かって何度も両手で見せ続けた。
単なる一枚の布であった。
少なくとも青年にはそうとしか見えなかった。
いや、この場に誰がいても同じくそうとしか見えなかったであろう。
・・・だがそれはサキが両手を離す直前までのことだった。
素早く伸ばした右手が落下する布に包まれる直前までのことだった。
そう、布に包まれた瞬間、明らかに銃器を持ったシルエットを形作るまでのことだった!
「なぁっ!?」
驚愕の表情だった。
何が起きたか全く理解出来なかった。
青年に出来たのは平常を取り戻すために何か声を発するぐらいだった。
「て!テメエ何のマネだ!?」
「・・・理由をもぉ一つ追加させて頂くわぁ〜」
先程とは全く違う、静かな口調だった。
その言葉に合わせるように隙間風が一陣吹いた。
”見間違い”を期待した青年を嘲笑うように揺れた布地が更なるシルエットを見せた。
「ま、丸腰だぞオレは!な、ならオレにも銃を寄越せ!し、勝負しろ!」
「・・・貴方が出られた時に・・・まず一番にすべきことに気付こうとしないからよぉ〜」
狼狽が威勢良く発せられていた。
寸分違わず向け続けられるそれに対し、ある意味青年らしい反応ではあった。
そして射るように向けられた、怒りを満たした瞳に対する精一杯の虚勢でもあった。
・・・ではあの娘なら?
なんの咎も無かった筈のあの娘なら?
戦いに慣れた青年でこれなら、そんなものとは縁の無かった娘なら?
ヒーローごっこ同然の虚善により『殺されかかった』あの娘は心にどれだけの・・・
「・・・」
短い沈黙が流れた。
程なく、サキは無言のまま青年に背を向けた。
同時に白布が空中に広がった。
右手だけで保持された白布が、何かを吐き出すように広がった。
”それ”が青年の足下に計ったように落ちた。
驚くべきことに格子の僅かな隙間を掠りさえせず潜り抜けてであった。
「は・・・」
呆然としていた。
床に軽い音と共に転がった”それ”を見ての態度だった。
それは先程までの激高が冗談のような、安堵さえ感じているかのようだった。
「・・・例えチャンスがあってもここを勝手に出ないことをお薦めするわぁ〜」
「て・・・テメエ・・・」
「・・・少なくとも貴方が今も生きてられる理由が解るまではねぇ〜」
その言葉を最後にサキはその場を立ち去っていった。
後に残る青年に一瞥すら加えないまま、足早に立ち去っていった。
カップに入った薄いスープと、雑穀混じりの硬いパン・・・
男達と同じ内容の食事が青年の手の届くところに置かれたままだった。
そして勿論、床に転がった”それ”も残ったままだった。
倉庫の中で埃を被り、今回山積みのゴミの一つとなった雑貨・・・
そう、透明のプラスチックで作られた・・・安っぽい玩具の『水鉄砲』が・・・
そして・・・
・
・
・
翌日のことだった。
暁へと歩む陽光が寒気に晒されていた。
冷気を含んだ空が冷ややかな蒼を一面に広げていた。
そこは、幅広のアスファルトの帯が大地に断片的な線を描いていた。
かつては主要道として都市の物流の中心を担っていた、一本の道路であった。
だが今では、かろうじて車両が通行出来る程度の、まるで骸の如き有様を晒す場所だった。
かつては豊かな新緑と穏やかな田園風景を行き交う人々に見せていた。
今では大地は僅かな雑草の緑を除けば、乾いた不毛の色を敷き詰めるだけだった。
そして山肌は赤茶け、そして刺々しく剥き出しになった岩石の集合体にしか過ぎなかった。
そこは『集落』から『駅』への道程の一つだった。
最短にして最も広く、そして耐え難い陰鬱さを最も感じさせるルートだった。
そう、そしてそこは行き交う人々に気候とは異なる寒気を与えるに足る場所だった。
「・・・」
歩いていた。
たった一人で、そんな路上を足早に歩いていた。
腰まで伸びた長い黒髪を寒風に遊ばせながら駅の方へ一人の人間が歩いていた。
微かな音が後方から響いてきた。
荷台を幌で覆う、古ぼけた一台のトラックのエンジン音だった。
そして程なくその一人に追いついたかと思うと今度はブレーキ音を聞かせた。
「何かご用かしらぁ〜」
その一人・・・サキが声を発した。
この場にそぐわない、のんびりとしたいつもの口調だった。
徒歩に慣れているのか、集落からの距離の割に疲れを感じさせない口調だった。
「いやあ、こんなとこ誰かが歩いとるなんて珍しいもんでなあ・・・駅までかね?」
運転席の窓が開くと程なくそんな声がした。
それはあの夜、青年をもてなした老人の一人だった。
そしてあの夜に青年に向けたのと同じ、気さくそうな笑顔と共にサキに話しかけた。
「あははー、ちょぉっとねぇ〜」
「そうかね。しかし選りに選ってこの道を歩いて通るとはのう・・・」
「あらぁ〜、この辺って何か問題でもあるのかしらぁ〜」
「・・・知らんかったのか?幾ら余所者とは言えその程度教えんとはなんてヤツらじゃ!」
吐き捨てるような声が響いた。
後ろ側・・・集落のある方へ向きながら老人が発した声だった。
そして程なく響いた、無人の助手席側が解錠された音を招いたような声だった。
「・・・乗んなさい、お嬢さん。ここは一人では余りにも危険な場所じゃ」
「はらぁ〜、そぉだったのぉ〜」
「・・・何日か前、儂らの仲間が5人も殺された・・・ここはそんな輩がいるところじゃ」
「あらぁ〜、それはお気の毒だったわねぇ〜」
その言葉に老人は答えなかった。
薄く空を見上げるような仕草と共に短い沈黙を響かせただけだった。
そして後は、トラックからのアイドリング音だけがくすんだ音色を与えるだけだった。
「・・・さ、早く乗んなされ、見てのとおり儂一人・・・年寄り一人なら安心じゃろ」
「あははー、貴方だったら確かに安心ねぇ〜」
「わはは。50年ぐらい前なら男としてもちっと危険に思ってもらえたかものう」
皺だらけの表情が再び笑顔で向けられた。
戯けるような仕草でウィンクをサキに行っていた。
そしてそんな老人にサキは相変わらずの笑顔で言葉を続けた。
「あらぁ〜、今でも充分よぉ〜」
「ほう?そうかね?」
「だぁってぇ〜、私がいなかったら一人でこぉんなとこ通ってたぐらいの人だものねぇ?」
それはやはり相変わらずの口調で発した言葉だった。
向けられた老人も当初は何気なく聞き流しかけた言葉だった。
だがそれは明確な疑念を含めた、皮肉以外の何ものでもない言葉だった。
「・・・ん?わはは!期待させて悪いがついつい急ぐ余りってヤツじゃよ」
「あらぁ〜、そぉんなに急いでる人が私のために車を止めてくれたのぉ〜」
「・・・お嬢さん、疑いの目で見れば誰でも悪人になっちまうぞ」
怒るでもない表情だった。
若輩者を培った経験に基づき諭す年長者そのものだった。
その様子にサキは軽く戯けたような仕草を見せつつ、再び言葉を発した。
「・・・前に『人を信じないと誕生日を祝って貰えない』って聞いたことがあるわぁ〜」
「・・・ま、こんな時代じゃから仕方が無いのかも知れんがの・・・哀しいことじゃな」
「そぉねぇ〜、その時『過信すると誕生日を迎えられない』ってのも聞いたものねぇ〜」
「!?・・・お嬢さん・・・あんた・・・」
何とも言い難い表情だった。
その瞬間、サキに向けて老人が向けた表情だった。
それは怒りと落胆、そして微かに驚愕と恐怖が入り交じった表情だった。
・・・その時。
「そこまでじゃ・・・やれやれ、もう少し上手く立ち回れんかのう」
荷台の方からだった。
這い出すように出てきた三人の老人の一人だった。
それは他の二人と同様、腰溜で自動小銃を構えていた老人が発した声だった。
「あははー、始めましてぇ〜・・・でも荷台は腰に良くないわよぉ〜」
「・・・しかし外見からは想像も付かんぐらい鋭いお嬢さんじゃな・・・儂も驚いたよ」
「あらぁ〜、お褒めの言葉頂けるとは恐縮ねぇ〜」
「そんな鋭いお嬢さんじゃ、儂らの要求は説明するまでもないだろう?」
その言葉と共に重い金属音が短く響いた。
何の躊躇も無くサキの方へ向けられた四つの銃口だった。
降りてきた三人それぞれの自動小銃と、運転席の老人が慌てて構えた拳銃の銃口だった。
「・・・何時知ったのかしらぁ?」
「あの小屋は頑丈じゃが、壁そのものは隙間無しってわけでもないんじゃなあ」
「・・・それに気付いたのはあそこに入れられて何回目なのかしらぁ?」
「さあな、何せトシなんでその辺は覚えておらんよ・・・ということで出して貰おうか?」
その言葉を受けたように、サキは無言で右手を動かした。
そしてコートの内ポケットからゆっくりとした手つきで”それ”を取り出した。
そして程なく、『札束を持ったサキの姿』に微かな歓喜の溜息が響くことととなった。
「・・・すまんね。儂らも生きて行かねばならんでな」
「・・・どのみち私を殺してから捜した方が早かったんじゃ無いかしらぁ〜」
「前までならな・・・ま、この辺は儂らにとっても物騒になってきたってとこじゃよ」
「一応言っとくがの・・・儂らの仲間が5人殺されたってのは本当のことじゃ」
運転席の方からそんな声が付け加えられた。
如何にも済まなそうな口調の、先程の老人の声だった。
だが微動だにせぬ銃口と、サキの手にあるものへ歓喜の視線を送りながらの声でもあった。
「あそこに住んでるなら食べ物ぐらいは貰えるって聞いたけどぉ〜」
「人はパンのみに生きるに非ず・・・つまりこれも生きる権利の内じゃ」
「そうそう、美味い酒と食い物、それぐらいないと人生つまらんからのう」
「ただし女の方はちとトシ取り過ぎじゃ・・・わはは、その点だけは安心じゃぞ!」
老人達が喋り続けていた。
老醜さながらの様相で喋り続けていた。
噂された人狩り(Man-Hunter)達としか思えなかった。
この老人達こそがこの辺りの悪評の元凶であることはほぼ確実だった。
享楽のために人命を奪うことを『生きる権利』と言い切る、ただの薄汚い存在・・・
「・・・それじゃ最後に・・・ひとぉつお伺いしてよろしいかしらぁ?」
・・・静かな口調だった。
相変わらずの笑顔で、だが老人達の言葉を打ち切らすような言葉だった。
その質問の代償のつもりか、手に持った”それ”で顔半分を隠すような姿での言葉だった。
「んー?なんじゃねお嬢さん?」
薄笑いと共にそう答えた。
複数の銃口に囲まれてるサキに向かってそう答えた。
まるで手に持った”それ”で命を購おうとするかの如く見える哀れな姿に・・・
「・・・貴方達が今まで権利を行使した皆さんがなんて言ってたかご存じかしらぁ?」
・・・その時、風が吹いた。
まるでその言葉に呼ばれたかのような一陣の風がその場を吹き抜けた。
「ふん、そんなの知らんのう・・・良ければ教えてくれんか?」
表情を歪ませながらそう答えた。
まるで顔面を斬るように吹いた寒風の感触に老人達は表情を歪ませていた。
「それじゃ・・・謹んでお教えするわぁ・・・」
それは、やはり笑顔のままで発した言葉だった。
先程からと同様、表情の半分を隠しながらの言葉だった。
ただ同時に挑戦的な、いや、獲物を狙う猛禽にも似た瞳で始めた言葉だった!
「” ...You must ... achieve duty now!!! ”」
瞬間!
視界に白が満ちる!
言葉と同時に”それ”が一気に弾ける!
「!?」
理解中断!
視界にサキが持っていた”それ”が爆ぜるように広がる!
ただの紙の束!あの水鉄砲と同じく捨てられていた”メモ帳”を切っただけの紙切れが!
「こ、このくそアマがあ!!!」
その様相に老人達が気付く。
自分達が隠れていたことを知られていたことに!
そう、その上で”見たいものを見せられてしまった”ということに!
銃口が強くなる!
引き金に掛かる指が怒りと恥辱に後押しされる!
だが等の相手は既にその右手で自身の拳銃を・・・直後!
銃声!
間髪無し!
運転席の老人が至近距離から銃弾を額に受ける!
銃声!
躊躇不存在!
その血飛沫が飛び散る前に更なる弾丸が別の老人の額を砕く!
銃声!
それは驚速の鉄槌!
血飛沫を優雅に回避しながら放った弾丸がまた別の老人に死を与える!
銃声!
まるで閃光の断罪!
三人が瞬殺された状況をようやく知覚し始めた老人の人生を衝撃と共に終わらせる!
・・・この間・・・僅か0.8秒・・・
「・・・な、なんじゃあの女は・・・し、信じられん・・・」
そんな声が漏れていた。
いわゆる独り言の部類の声だった。
呆然とした表情をした、一人の老人の声だった。
山肌の一画、サキから100メートル程距離を置いた岩場の影からだった。
「・・・す、凄腕どころか・・・ば、化け物・・・い、いや、あれは魔女じゃ・・・」
言葉を震わしながら遠距離射撃用ライフルを構え始めた。
ブラフに使った本物の紙幣を回収・・・”気付いてない姿”を捕らえていた。
そんな、スコープ越しに見た一部始終による”結論”を実行しようとしていた。
それは老人達のバックアップとして当初からそこに隠れていた、最後の一人だった。
・・・不意に、風が吹き抜ける。
合わせるようにバレエダンサーの様な優雅な動きを見せる。
流れる風に身を任すような軽やかさでサキが姿勢を転じさせる。
スコープ越しの光景の中で、明らかにこちらを向いた笑顔が見える。
「・・・!?」
震える指が引き金に掛かる。
”気付いた姿”に銃口を向け続ける。
『相手は拳銃のまま、有効射程を考えれば問題ない』と自分に言い聞かせる。
だがスコープ越しの光景の中で、両手で構えた銃口がこちらを向いているのが見える。
・・・その瞬間、ある想像が老人の脳裏にふと浮かぶ。
数日前に殺された仲間達は全員一撃で撃ち殺されていた。
目前の”魔女”はひょっとしたら集落を訪れる時もここを通ったのではないか?
・・・その想像が更なる恐怖を呼び起こす。
今まで自分達がやって来た”狩り”は、今の自分のようなやり方だった。
つまり、まず隠れたところから”獲物”を狙撃し、安全を確保するやり方だった。
それが通用せず全員やられたからこそ、今回はこんな回りくどい方法を行ったのである。
・・・そう・・・それでも・・・全員・・・一撃で・・・殺された・・・
・・・つまり・・・安全と・・・思って・・・銃口を・・・向けてしまった・・・
・・・権利を主張するなら相応の義務を果たすべきである。
勿論、それが『生きる』という権利ならば・・・そう、『 死 』という義務を・・・
・・・銃声!
・
・
・
そして・・・
「それじゃお世話になりましたぁ〜」
「は、はい、い、色々ありがとうございました」
「お気を付けて。また気が向いたら立ち寄って下さい」
数日後の太陽が快晴を装っていた頃だった。
朝と言うにはやや遅く、昼にはまだ早い頃だった。
それはあの『宿』の出口付近で佇む3人の人間が織りなす光景の一つだった。
「えっと、こ、今年最後のお客様がサキ様で良かったです」
「・・・しばらくはここの人ばっかりとお話ってことになるわねぇ〜」
「は、はい。それだけ時間があれば・・・多分直ると思います」
冬の訪れと共にこの辺りは事実上閉ざされる。
以前はそれ程でも無かったが、大異変の影響で今では完全な豪雪地帯となっていた。
ただ、その間外部の人間と接触しないで済むというのは、娘には不幸中の幸いであった。
「・・・あ、それと聞きましたよ。お陰様で何とか皆冬を越せそうです」
「それは良かったわぁ〜・・・でも私は結局ちょぉっと口添えしただけよぉ〜」
「それでも助かったのは事実です・・・色々ありがとうございました」
・・・それが、サキが依頼された『本当の仕事』だった。
それは確かに、他に適当な人間がいないという理由で依頼されたことだった。
だがそれは現金輸送などではなく、実際は『駅』での食糧買付交渉への参加だった。
実のところ状況はかなり厳しいものだった。
既に『何者か』に何度か襲撃を受けたことで業者は当初契約を拒否。
それを何とか再契約までこぎ着けたものの今度は輸送拒否に加え値上げ・・・
契約前に奪われた分まで要求されたが、それでも他の業者よりまだ安かった。
金をかき集めるしかなかった。
農作物の収穫量による自給は夢の又夢だった。
小規模接客業や簡素な工芸品による僅かな現金しか収入が無くともだった。
厳しい食糧統制でもやらなければ餓死者を出しかねない程でも、いや、だからこそだった。
・・・交渉の内容についてはここでは記さない。
だが用意できた現金で必要分を漏らさず確保できたこと。
業者に対し、次回以降は適正価格での交渉を確約させたこと。
そして約束された自身の報酬を含め、少額だが余剰金を確保したことだけは記しておく。
「あはは。まあこんなこともあるわよ・・・それじゃこれからも頑張ってねぇ〜」
そして、その言葉を残し、サキは程なく店舗を後にした。
自分が見えなくなるまで見送り続ける兄妹に時折手を振りながらだった。
それはこの時代においても時折見かける『陽気な旅人』の姿そのものだった。
だが、その姿が見えるまで見続けた二人の視線は、それ以上に向けたものだった。
やがて・・・
「・・・貴方も駅の方へ向かうのかしらぁ〜」
不意に、そんな声を発した。
集落の外れ、幾つかあるルートの分岐手前でのことだった。
それは振り返るどころか全く自然な様子のままサキはそう発していた。
「・・・やっぱりばれたか・・・ま、あんたを待ってたんだよ」
道沿いの廃屋の影からそんな声が聞こえてきた。
程なくそこから一人の人間がゆっくりと姿を現した。
それは、あれから顔面に更に負傷の後を増やしたあの青年だった。
「・・・その程度で済んで良かったわねぇ〜」
「全くだ。結局あいつら・・・オッサン達から拳一発ずつで出してもらえたからな」
「・・・」
「ああ・・・結局あの後ジイさん達が助けにきたさ・・・でもオレは出なかったんだ」
青年は言葉を続けていた。
当初現れた時と比べて随分沈んだ感じの言葉だった。
だがそれも青年が自身の言葉で語っていることは明白な言葉だった。
「・・・オッサン達・・・そんなに悪いヤツらって程じゃなかったよ」
「・・・」
「・・・それとジイさん達、そんなにイイ奴ってんじゃ・・・なかったみたいだな・・・」
無言で聞いていた。
何時しかうっすらと涙を見せながらの言葉を聞いていた。
そして程なく、いつもの笑顔のままで青年に向かって言葉を発し始めた。
「・・・どぉやらお見送りって感じじゃなさそぉねぇ〜」
「ああ・・・あんたマジで強ぇんだろ?オレにもそれぐらいは解ったよ」
「だとしたらどぉってことかしらぁ〜」
「頼む!オレと一度勝負してくれ!オレにケジメを付けさせてくれ!」
その言葉を発した直後、青年が地面に伏せた。
そしてサキに向かって地面にすりつけるように頭を下げた。
いわゆる”土下座”という行為・・・それも青年なりの言葉の一つだった。
「はらぁ〜、どぉしてそぉなるのかしらぁ〜」
「オレ自身が納得出来ねえんだ!このまんまじゃ誰にも、あの女の子にも謝れねえ!」
「それでも謝るべきとは思わないのかしらぁ〜」
「解ってる!んなこと解ってるよ!だがよ・・・だがよ・・・うっ・・・ううう・・・」
泣いていた。
青年なりの正義感と自尊心がそうさせていた。
地面にうずくまったままくぐもったような声を発するだけだった。
「・・・」
暫くその様子を無言で見ていた。
無鉄砲で単細胞だが決して悪人ではなかった青年を見ていた。
例えるなら”真面目だが出来の悪い弟”に向けるような笑顔で見ていた。
「・・・勝負の方法はこちらで選んで良いのかしらぁ〜」
「・・・受けてくれるのか!?ありがてえ!」
その声に、反射したか如く青年は顔を上げた。
泣き濡れた顔を右袖で拭うと勢いよくその場に立ち上がった。
そして程なく最初に現れた時と同様の覇気を感じさせる表情を見せ始めた。
「感謝するぜ!それで勝負の方法だがよ・・・」
「あらぁ〜、その前に賭けるものぐらいは決めて頂きたいわねぇ〜」
「決まってる!最初のカードん時と同じだ!オレは命を賭ける!覚悟は出来てるぜ!」
「そぉなのぉ〜・・・それじゃ勝負は一番てっとり早そぉな”これ”にさせて頂くわぁ〜」
立ち上がった青年にサキは近づいていた。
身体のあちこちについた泥を払ってやりながら腰のそれを軽く叩いた。
それはハーフコートの下にある、拳銃のホルスターの膨らみであった。
「・・・わかった・・・それじゃオレもこれでやらせてもらう」
「それじゃ最後に・・・何時から始めるか決めて頂けるかしらぁ〜」
「そうだな・・・それじゃ今からだっ!」
その言葉の直後!
青年の右手が一気に動く!
傲慢不遜な態度を取るだけの正確にして素早い動きを見せる!
そして銃口!
それが微動だにせず目前に見える!
正に一瞬、その一瞬で文字どおり勝敗が・・・
「あははー、賭けるのが命だからこれで充分よねぇ〜」
「あ、ああ・・・」
「・・・もしこの続きを希望するなら・・・”命を失う”覚悟でお願いするわぁ〜」
・・・何が起きたか解らなかった。
それは完全に青年の知覚も及ばぬ速度で行われた。
そう、自分には及びも付かぬ技量で自分のホルスターから奪い取った・・・
砂を詰めただけの、あの時の『水鉄砲』の銃口が笑顔と共に自分に向けられていた!
「・・・は、はは。ま、負けた。負けたよあんたには」
「あははー、皆さんには出来るだけみっともなく謝ってねぇ〜」
「ははは!チクショウ!そうしてやらあ!」
その言葉と共に今度は地面に座り込んだ。
『謝罪として殺される』つもりだった青年は今も笑っていた。
胸を反らし、後ろ手で上半身を支えながら空を見上げる格好を取りながらだった。
「・・・それじゃ私はそろそろ行かせて頂くわぁ〜」
「・・・なあ、最後に教えてくれよ・・・どうしたらアンタみたいになれるんだ?」
「そぉねぇ〜・・・あははー、私は私として生きてきただけだからよく解らないわぁ〜」
その言葉に再び笑い声がその場に響いた。
何か重しが取れたような、年齢相応の快活な青年の声だった。
そして、この地を立ち去るサキに対する最後の見送りの言葉となった声だった。
その後・・・
春になる頃には娘の心の傷も癒えたようであった。
相変わらず兄を支えつつ、たまに訪れる客に以前同様の笑顔を見せているらしい。
人々は相変わらず貧しかったが、年ごとに野山に増す緑色を活力の一つとしているらしい。
あの青年はまだ集落にいた。
弁償を兼ねて男達の元で一冬無償で働き、そのまま春を迎えたらしい。
何故か、春が来ても旅立たなかったため、人々に住み着くようだと思われているらしい。
勿論、新たな住人はおおむね歓迎されるべき出来事ではあった。
ただ、娘が謝罪を受け入れた後も青年は時折尋ねてくるようになったのだが・・・
時々、それを心待ちにする様子を見せることに、兄は少しばかり複雑な気分らしい。
そう、そこではそんな、人の生きる場所としてありふれた日常が続いていたらしい。
そしてそれは、旅を続ける一人の女性にとっても・・・
G.S.M.Epsode04:" Disabled Destiny "...THE END
G.S.M.Epsode05:" Enigmatic Executor "...COMING SOON!
...Tomorrow will take care of itself.