「リツコ〜、昨日は何やってたのよ〜。今日はいつもにも増して暗いわよ」
「寝てないから……」
「いや〜ん! リツコったらあ!」
そう言いながら顔を赤くし、身をよじるミサトに、リツコは無表情のままこう応じる。
「違うわよ」
「あら」
そのまま流れた気まずい沈黙を、リツコはこう言って破る。
「……ミサト」
「?」
「私って、魅力ないのかしら」
「はあ!?」
「だって……全然相手にされなかったし……」
「あ、フラれたのね」
「そんなストレートに……」
「これから深山楽器行こうと思ってたんだけど、そういう事情じゃね……」
「うん……もうあの店、行きたくない……」
こうしてますますドツボにはまるリツコをみかねて、ミサトはこう叫ぶ。
「だったら、気分転換! 美容院にGO!」
「はい?」
「ちょうどこれからますます暑くなる事だし、髪型でも変えてみましょ?」
「……それもそうね」
「今日はどうしますか?」
「え、ええと……」
何を言っていいものか困り果てるリツコの代わりに、付き添いのミサトはこう返答する。
「ばっさり行っちゃってください! 気分転換だから!」
「……いいんですね?」
「は、はい……」
そして、リツコのまさに呆れるほど長い髪は次々と床に落ちて行く。
それを見て、リツコは思った。
『本当にこの程度で……自分が変われるのなら楽なんだけど……』
そのうち、昨夜一睡もしていなかった彼女は睡魔に襲われ、そのままその誘惑に負けて意識を失った。
「出来ました!」
「ふぁ……」
寝ぼけた声でそう返答すると、目を開けるリツコ。
その時彼女の視界に入ったのは。
「……え?」
「いや、葛城さんが『いっその事それくらい思い切ったイメチェンしちゃえ』
と仰ったものですから」
直後。
ミサトが無駄に爽やかな笑顔とともに、いつもの調子でこう言い放つ。
「いやあ、見事なイメチェンよ! よく似合ってる……わ……ぷぷぷ……」
目に涙を溜めるほど笑っている彼女の姿を見て、リツコは激怒した。
今までの彼女なら黙っているところなのだが、それでも激怒した。
彼女は、昨日と今日の出来事を通して、こう思ったのだ。
『そうよ……怒る時は怒らないと、言いたいことを言わないと損するのは自分なのよ。昨日私を助けてくれたあの女の人のように、はっきりとした言い方をしないと駄目なのよ!』
そして、彼女は少々声を震わせながらも、静かにこう言い放つ。
「そう」
「そ、そうよ!」
「でもね……」
「?」
「誰がヤンキーにしてくれって言ったのかしら」
凄みを利かせた声で、リツコがそう言うという予想外の展開を受けて、ミサトは全身から嫌な汗を吹き出しつつ、こう返答する。
「いや、それはその……」
「美容師さん」
「は、はい!」
「お金は私が出しますから、彼女もやってあげてください」
「かしこまりました。では、どのように?」
5秒経過。
「……え?」
「だから、アフロ。ええもう、ロッキーのアポロのように」
「ちょ、ちょっとリツコ!?」
「遠慮しなくていいのよ、ミサト? ん?」
「…………」
ミサトはその瞬間、自分が目覚めさせてはいけない人物を覚醒させてしまった事を悟り、次第に意識が遠のいて行くのを覚えた。
その後、ミサトがアフロになったのかどうかは定かではない。
だが、リツコは結局就職活動の1時期を除いて、その後10年以上をずっと金髪で過ごす事になる。
この10年ほど後になって、エイジは彼女らと再会する事になるのだが……彼はしばらくの間『パーティで口止めした女』と『金髪の女』が同一人物である事に気付かないまま過ごしたのだった。
後にリツコの結婚式でそれを知らされたエイジは、
「くそ、それだったらもっとめちゃくちゃなスピーチが出来たのによ!」
と歯噛みしつつバーボンを朝まであおり続けたという話が伝わっている。