「キル!、キル!」

 

「何処だ?何処だ?」

 

「探せ!探せ!」

 

黒ずくめの一団が何者かを求め、徘徊する。

 

「くそ、しつこいなあ・・・まだ、諦めないのかな?」

 

学校からの帰宅途中に、奇怪な男達に追われ、

物陰に隠れて、やりすごそうとする少年。

名を碇シンジといった。

 

 

 

 

 


 

恋する自動 (オートマータ)

   


第1話「アスカ覚醒」


 

 

BY  平 山 俊 哉 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プロフェッサー=リツコ・・・まだ見つからんのか?」

 

その声は、黒衣の美女の背後の巨大な墓石を思わせるプレートから

聞こえて来る。

 

「現在、アポストルが追跡中ですわ。間もなく見つかる筈です」

 

その部屋は広大な面積を持っていた。

設備から、ある種の司令施設であることは疑う余地が無い。

リツコと呼ばれた美女の応えが合図のように一斉に照明が灯り、

全部で13枚の巨大なプレートが浮かび上がる。

 

 

「我ら”ゼーレ”を裏切りし、碇ユイ博士・・・・」

 

「そのサイバネティクス・・・及びロボトロニクス技術は世界随一」

 

「何としても、我らのもとに連れ戻すのだ!」

 

「我らの活動の中核となる戦士達(ナンバーズ)・・・

その依代(よりしろ)たる”ゼーレ破壊部隊(デストロイヤーズ)”の

プロトタイプも、既に最後の一体が完成している」

 

「”ゼーレ破壊部隊”・・・我ら”ゼーレ”の破壊工作の担い手」

 

「完全自律システムを持つ多機能ロボット戦闘部隊・・・」

 

「我らが理想世界を築く神の雛形達よ・・・」

 

「この不死の戦士たちに較べれば、我らの表向きの「商品」とされるロボット群。

完全自走装甲車”プラウラー”や、

第3世界供与用の空軍パイロットロボット”タロン”、

海上封鎖用の自動機雷ロボット”トリトンV”などは子供騙しの玩具にすぎぬ」

 

「デストロイヤーズ級の量産ラインの構築ともなれば、どうしてもあの女の力が

必要になる・・・」

 

「あの女の息子を人質にするのだ!!」

 

「心得ておりますわ、・・・委員会のお歴々」

プロフェッサー=リツコが薄笑いを浮かべて一人ごちる。

 

(碇ユイ、母を追い落とした天才科学者・・・

あなたは”ゼーレ”の手の内からは、決して逃れられはしないのよ)

 


 

包囲の輪は確実に狭まっている。

シンジは、何時の間にか洋館を改造した母の研究所の中に追い込まれていた。

 

「くそっ、やっぱり・・・」

それは、シンジの内で確信となる。

 

「母さんの残した研究を狙っているやつらが、まだいたのか?

こんなときにミサトさんがいてくれたら・・・」

 

以前にも、ユイの研究成果を狙って、何処よりの者とも知れぬ胡乱な輩が

この研究所やシンジの身辺を跳梁していた。

それらを一掃したのが、私立探偵葛城ミサトと、

彼女の元恋人、加地リョウジ刑事であった。

 

ミサトは行方不明になっている母、碇ユイの後輩であり、

元自衛官という、一風変わった経歴を持っている。

幾分、私生活にルーズなところはあるが、自分を可愛がってくれたユイには忠実で、

二心を持つことは決して無かった。

シンジは、現在はミサトの好意で、彼女の元に身を寄せていた。

 

 

ミシ・・・ミシ・・・

 

 

施設の奥へ奥へと歩を進めると、ある一室から灯りが漏れているのが見える。

常備灯にしては、妙に明るすぎる。

 

 

「な、何なんだ!?」

 

シンジの見たもの・・・それは・・・

 

「お・・・女のコ!?」

 

近寄って、更に注意深く観察するシンジ。

それは、恐ろしくリアルに作られた金髪の少女の人形だった。

 

壁面にレリーフのように半身を収められている、そのしなやかで、繊細な肢体・・・

おそらくは未完成個所であろう、下腹部の露出した球体(コア)や、

人造皮膚から露出した作り物の関節が、目に入らなければ、

西欧あたりの血を色濃く引く、裸身の美少女の剥製としか思えない。

 

その光景は、天使降臨か、小女神の生誕をモチーフとした、

一幅の美しい絵の様だった。

 

「こ・・・これは・・・」

 

シンジは、以前これによく似た光景を見たことがある。

 

「キョウコ叔母さんの作品にそっくりだ・・・」

 

母の親友である惣流キョウコは、腕の良い人形師だった。

その作品は時として、驚く程の値がついたという。

幾つかの連作は数千万は下らないとも・・・

 

しかし、眼前の少女人形は、確かに愛らしい容姿をしているが

単なる愛玩用の人形とはとても思えない。

 

美しく長い髪が、黄金の幕のように広がり、光ファイバー=ケーブルに

一本一本が接続され、壁面の慌しく点滅を続ける機械に伸びていく。

それは膨大な量のデータを、この少女人形が必要とする証しであった。

 

 

「ん・・・この子?・・・」

 

シンジは、この少女人形の顔に見覚えがあるような気がした。

それは既視感(デジャ=ビュ)というものであろうか。

 

「ボクは・・・この子を知ってる。どこかで見たことがある」

 

更に追憶に囚われるシンジ・・・

 

「あ、アスカ・・・幼なじみのアスカ?」

 

そう、それは幼いころに離れ離れになった彼の幼なじみ。

惣流キョウコの娘で日独系のクォーターの少女。

名は確か・・・・惣流アスカ=ラングレー。

 

だが、それは長くは続かなかった。

 

 

「ア・・ナタ・・・・ダ・・・レ?」

 

少女人形の眼がいつのまにか開いていた。

細く美しい首が滑らかに動く。

深い碧の瞳が、シンジの顔を真正面から捉える。

 

「うわっ、に・・・人形がしゃべった!?」

 

「アナタ・・・・ダレ?」

 

「あ・・・ああ・・・」

 

「・・・アナタ・・・・ダレ?」

 

「シ・・・シンジ」

 

「し・・・しんじ・・・・シ・・・シンジ・・・」

 

「違うよ、ただのシンジだよ!!・・・シ・ン・ジ」

 

「シ・ン・ジ・・・メモリーニ記憶アリ・・・・・」

 

それは、またも、シンジのある記憶を呼び起こした。

 

「・・・・これって・・・まさか、母さんの?」

 

ユイが行方不明になる前・・・・幾度となく訪れたこの研究室。

その時に見た母の造った、生命あるかのようなロボット達・・・

 

(あの時は、母さんがまるで魔法使いのように見えたっけ・・・)

 

この美しい少女人形の仕種は、それらを想起させるのに充分だった。

 

 

「この子は母さんとキョウコ叔母さんが作った人形・・・

いや、自動人形(オートマータ)なのか!?」

 

幼い頃に読んだ童話を思わせるような、幻想的な時が静かに過ぎる。

それは、どの程度の長さだったか・・・シンジには自覚できなかった。

ドアを蹴破る音で、彼が現実に引き戻された時には、あの黒尽くめの男達が

目前に迫っていた。

 

 

「キル、キル!!」

 

奇声を上げて迫り来る男たち、・・・否、それは人間では無かった!!

 

「ば・・・化け物!?」

 

拙劣な変装のようなマスクや衣類を脱ぎ捨てた後に、現れるのは、

ある種の類人猿のようにずんぐりした体型・・・

人の首と見せかけていたものが、ポロリと落ちる。

彼らには、元々首と呼べる物は存在しなかった。

その替りの様に、カラスの頭骨を簡略化したような仮面が胸の位置にある。

異様に長い腕の先に付いているものは、鋭い兇器のような3本の爪だった。

かすかな機械音がシンジの耳に入ってくる。

 

「ち、違う・・・これもアンドロイドなのか!?」

 

長い爪を振り立てて、突進する黒尽くめのアンドロイド達。

その先には微弱な電流が流されている。

おそらくはスタン=ガン的な使用法だろう。

 

必死のシンジが身をかわす。

長い爪はそのまま、勢い余ってコンソール=パネルに叩きつけられる。

 

 

バシッ・・・・バシッ・・・

 

 

砕かれて、ショートの火花を散らすコンソール=パネル。

それを見たシンジの背に冷たいものが走る。

このアンドロイド達は、おそらくシンジの捕獲を命ぜられているのだろう。

しかし、生身の人間を取り扱うにあたって、デリケートなパワー制御など

してくれる様には見えなかった。

勢い余って撲殺される可能性が、充分に有り得る。

 

「た、助けてっ!!ミサトさんっ、ミサトさあ〜ん!!」

 

恐怖に駆られて叫ぶシンジ。

その叫びも、人一人いない洋館の中で、空しく響くだけかに思われた。

 

・・・だが、その声を聞き届けたものがいた!

艶やかな黄金の滝のような髪が、束縛から切り離され、ふわりと裸身を包む。

封印されていた、しなやかな四肢が今、開放される。

 

・・・Starting Program Eva 02・・・

 

ASUKA”・・・起動開始!!

 


 

「では・・・儀式を始めよう・・・」

 

何処とも知れぬ、昏く広い部屋の中・・・

墓石のようなモノリスの下部から無数の光ファイバーケーブルが

棺桶のような黒い箱に接続されている。

 

「我がゼーレの戦士、ブラック=カプリコーン」

 

「比類無き跳躍力と破壊力を持つものよ・・・」

 

「其は魂の器なり・・・」

 

「汝にゼーレ破壊部隊(デストロイヤーズ)初陣の栄誉を与えよう」

 

「我らの意志を継ぐものを、今、産み出さん」

 

「SEELE(魂)を寄り代へ・・・」

 

「・・・ゼーレを寄り代へ・・・」

 

光の乱舞が、暗闇に幻想的な彩りを添える。

そして、唱和が終わると共に、部屋の中で爆発音が響き渡った。

 

 

 

UEEEEEEEE!!

 

棺桶の蓋が跳ね飛ばされ、奇声と共に内部から現れ出るもの。

それは、迷信深い者が見たら、涜神的なイメージを想起せずには

いられない様な姿の闇の獣・・・魔女たちを統べる悪魔バフォメットの如き、

黒山羊の頭部を持つ奇怪なロボットだった。

 

「どう?・・・マギ=システム、インストール後の調子は?」

黒衣に身を包んだプロフェッサー=リツコが声を掛ける。

 

「良好ですな、プロフェッサー。・・・・動作に何の違和感も無い。

ふははは、素晴らしいぞ。この身体は!!」

 

怪物じみたロボットの発声器から、流暢な人間の声が漏れる。

このロボットの自律中枢は、一般のAIの類とは明らかに異なっている。

 

人格移植OS、通称マギ=システムとは、ゼーレに選ばれた戦士そのものの

パーソナル情報を、戦闘ロボットに移植したものである。

この男は、試合中に多くの対戦相手を殺した、元ムエタイ=チャンプだった。

 

人間の知能と能力に、超戦闘ロボットの破壊力を加えた、現代の合成獣(キマイラ)。

それこそが、ゼーレ破壊部隊(デストロイヤーズ)の真の姿であった。

 


 

「う・・・動いた・・・?」

 

内部が露出していた部位は、いつの間にか艶やかな皮膚が被さっている。

目の前で動き出したものは、本当に人形なのか?・・・

童話のピノキオか、ギリシャ神話のピュグマリオンを思わせる光景に

シンジはただ、驚くしかなかった。

 

奇怪なアンドロイド(プロフェッサー=リツコが、アポストル(使徒)と呼ぶ)が

一斉に立ち並び、次々に爪を振り立てる。

その中を、舞踏のような軽やかさで、潜り抜ける少女。

鮮やかな腕の振りと体捌きが、殺到する爪を受け流していく。

 

「な、何やってんだろ?・・・このままじゃ」

 

シンジは、唐突に始まった少女人形の壮麗なダンスに半ば見とれながらも、

それが一体何のつもりなのか理解出来なかった。

このままでは、あのアンドロイドたちに破壊されてしまう。

(そして、それが終われは自分が・・・)

人形と接続していた装置に目をやると、ディスプレイに赤い表示文字が

慌ただしく流れている。

 

ORNING ASUKA、自動回避モードが起動しています。

 

(こ・・・このコ、やっぱりアスカっていうんだ・・・)

 

やはり、自分の記憶は正しかった。

シンジは、あの頃の小さなアスカの姿を懸命に思い出そうとしたが・・・

 

ERROR404、リモートアクセスによる行動モードに支障。

 

ERROR707、戦闘モード起動せず。

 

表示されるメッセージの異常さに中断せざるを得なかった。

 

(エラー?・・・せ、戦闘モード!?

あのコが・・・戦うためのロボット・・・・

まさか・・・あんな、か細い女の子の人形が・・・!?)

 

ワークステーション上で作動しているのは、

あの自動人形(オートマータ)の診断(ダイアグノーズ)用プログラムらしい。

母親の影響で、この手のアプリケーションの扱いに慣れているシンジが、

付属機器のポインタで、メッセージをクリックしヘルプ機能を呼び出す。

 

ERROR404・・・

頭部ヘッドセット装着による、自律行動モードへ移行して下さい。

 

ERROR707・・・

自律行動モード移行後、戦闘マニュアルの自動読込みを開始します。

 

「と、頭部ヘッドセットって!?」

 

いつの間に開いていたのか・・・壁面の片隅から、赤いレシーバのような装置が現れ

る。

シンジは、それがASUKAのためのものだと一瞬のうちに理解した。

 

「キル、キル!!」

 

包囲と集中攻撃を試みるアポストル達だが、

ASUKAの滑るような動きが、その中を悠々と突破していく。

闇に隠れ潜むゼーレの性格を体現するかのように、任務遂行中の目撃者、

邪魔物の”排除”を優先するようにプログラミングされている彼らだが、

今回は勝手が違っていた。

まるで、自分達の動きが前持って、予測されているかのような動きである。

 

しかし、彼らに与えられた単純な知能では、この金髪碧眼の少女人形が、

自分達を殲滅するために造られた戦士などという推論が浮ぶ筈もない。

 

「あすかあああっつ!!」

 

ヘッドセットを手に、懸命に叫ぶシンジ。

少女人形は、それに応えて優美に振り替えった。

 

 

にこ・・・

 

 

「え・・・?」

 

シンジは一瞬、自分の目を疑った。

微笑んだ?・・・人形が?

 

フィギュア=スケートの演技のフィニッシュのように高々と跳躍しながら、

彼女は一足飛びにシンジの胸元に飛び込んできた。

 

「う・・・うわああっつ!!」

 

勢いのついた少女人形は、少年の細い腕では支えられなかった。

そのまま、押し倒されるように転ぶシンジ。

その上には・・・一糸纏わぬ美しい少女の顔があった。

 

(う・・・うわっ!!な、何をドキドキしてるんだ!?

こ、このコは人間じゃないんだ・・・・人間じゃ・・・)

 

「シ・ン・ジ・・・マイ=マスター」

 

シンジを見据える金髪碧眼の人形の顔には、

はっきりとした表情が浮かんでいた。

真上からまっすぐに・・・

まるで、自分の瞳にシンジの全てを焼き付けるかのように・・・

 

(と・・・とても作り物なんて思えないよぉ・・・

アスカだ・・・あの小さいアスカが帰ってきたのか?)

 

ひとまず押し退けようとして、少女の胸に手が触れる。

 

 

ふか・・・

 

 

「わ、わああっ!!」

状況もわきまえず狼狽し、手を振りまわすシンジ。

そのまま体制を崩し、 少女人形の身体が更に密着する。

柔らかい・・・まるで産まれたての小動物のように、繊細で暖かい・・・

どこか懐かしい感じのする感触。

 

 

・・・あの頃のアスカ?

・・・違う、あのコは人形なんかじゃなかった・・・

・・・いつも、可愛く笑って、はしゃいでて・・・

・・・でも、すぐに怒って、拗ねてた・・・・

・・・そう、ふつうの女の子だったはずだ・・・

 

 

「お、落ち着いて・・・この子はヒトじゃないんだ・・・」

 

シンジが、破裂しそうな胸の鼓動に懸命に堪えながら、

ASUKAを抱き起こした。

 

「アスカ・・・いくよ・・・」

 

まるで、幼い女王の戴冠式のように、

赤いヘッドセットをASUKAの頭部に掲げるシンジ。

 

 

ずっと前にも、こんなことが・・・

またも、既視感に囚われるシンジ。

それは、幼い日の戯れだったろうか・・・色褪せた記憶が、

今、より鮮やかな色彩を纏って蘇ろうとしていた。

 

 

静かに行われる二人の儀式めいた行為。

アポストル達が祝福では無く、殺意をもって取り囲み、

そのまま一斉に爪を振り上げた!!

 

 

「わああああっ!!」

 

その時、シンジの知覚が一瞬のうちに流れた。

ASUKAが、驚くほどの膂力で自分を抱きかかえ、

宙を軽やかに舞っている・・・

彼がそのことに気づくには、あと数秒の刻が必要だった。

 

シンジの感覚が元に戻った時、真っ先に目に入ったのは、

互いの爪で、胸の仮面のような顔を、潰し合ったアポストル達の姿だった。

やがて、その四肢がぽろぽろと外れて積み重なっていく。

 

「こ・・・これは?」

 

アポストルの内部の露出した部分を見て驚くシンジ。

彼らはシンジが思っていたようなアンドロイドなどという、高度な技術の産物では

無かった・・・武器に使われる末端部のメカを除いては・・・

ゼーレの下僕・・・アポストルこそ、本物の人形でしか無かったのである。

 

「ま・・・まるで魔法じゃないか・・・」

 

シンジは、更に非現実的なことを想像せざるを得ない・・・・その時!!

 

オオオオ・・・ン!!

 

洋館の頑丈な壁面が、爆発を起こしたかのように吹き飛んだ。

 

UEEEEEE!!

 

ぱらぱらと舞散るレンガや構造材の破片の中から、

奇声と共に猛々しく飛び込んできた者。

サバトの黒山羊を模したような頭部を持つ怪ロボットである。

 

「ひっ・・・か、怪物!!」

 

怯えて、声も出ないシンジ。

その破壊力と禍禍しいまでの存在感、威圧感は、アポストルなどとは格が違う。

 

「起きろ、役立たずのアポストル共!!」

 

黒い怪物の一喝とともに放たれる光を浴び、割れた仮面が再生していく。

外れた四肢がもぞもぞと生き物のように這い回り、元来の位置に戻っていく。

やがて、アポストルが一斉に起きあがり、忌まわしき山羊頭の怪物の傍らに恭しく畏まる。

 

「我は、栄光あるゼーレ破壊部隊(デストロイヤーズ)の

戦士団(ナンバーズ)の一員である!!」

 

ゼーレの戒律により、ナンバーズは自ら名を明かすことは無い。

 

「このボディの時は、”ブラック=カプリコーン”と呼んでもらおう。

汝も碇ユイ博士の造ったロボットだな!?」

 

ASUKAは無言で、そのほっそりした首を縦に振る。

 

「ふむ、何のために造られたのかは判らぬが・・・良かろう。

ならば、我に従え。そして、その小僧と共に来るのだ。

汝の主たる”世界の王”の住まう場所、偉大なるゼーレのもとに!!」

 

「・・・イ・ヤ・よ・・・」

 

「なんだとっ!?」

 

「イ・ヤ!!」

 

「アスカ!?」

 

シンジは、ASUKAの機械じみた単調な口調が、

滑らかで美しい律動を伴ったものに変わっていくのに驚きを隠せなかった。

シンジは知る由も無かったが、この怪ロボットの放つ波長が、

彼女に劇的な変化を与えていたのである。

それはシンジに、思考ルーチンの高速化といった散文的な事実の認識よりも、

魂の目覚めという幻想めいたイメージの喚起を促した。

 

 

「ゼーレの操り人形の言うことなんか聞くもんか!!

アタシは、アンタ達を壊すために、二人のママに造られたのよ!!」

 

「な、何とっ!?」

 

「悪い目的に使われるママの造った機械(マシーン)の力・・・

それに、電子の流れに姿を変えて纏わりつく狂気の魂・・・

アタシはそれを裁き、無に還す!!

ママが・・・ゼーレが悪いことをするのを、嘆き、哀しむから・・・

アタシはそのために、この世界に生まれてきたの!!」

 

「我ら、選ばれしゼーレの戦士を裁くと!?

く、狂っておるのか?・・・この人形めが!!

ロボットが人間を裁くなど、戯けたことを・・・」

 

ゼーレの戦士、ブラック=カプリコーンの言葉は、

有名なアシモフのロボット三原則への抵触を指している。

ゼーレ破壊部隊(デストロイヤーズ)=ロボットの人格移植OS”マギ”は、

人間の頭脳、そして魂(こころ)のデュプリケイト(複製)である。

それは、半ば不文律となったこれらの事項を、狡猾に潜り抜けることになる。

 

しかし、例え、ゼーレの戦闘ロボットの中枢が、”マギ”の代わりに、

生身の人間の脳髄を用いたものであろうと、

碇ユイ博士は、ASUKAの思考論理(ロジック)を改めることは

無かっただろう。

 

・・・人の歪みし狂気がもたらす殺戮と破壊・・・

それこそが、この地上で最も忌避される”罪”であるから・・・

 

 

・・・だが、それは同時にASUKAに重い十字架を背負わせることになる!!

 

 

「これ以上、戯言に付き合っている暇は無い。

アポストル共、その子供を引き立ていっ!!」

 

「わああっつ・・・!!」

 

「アタシのマスターをいじめるなあああっ!!」

 

それは、まさに幼い魂(こころ)の覚醒を告げる叫びだった。

 

 

「モード=スタート!!

”審判の大天使(アークエンジェル=オブ=ジャッジメント)”」

 

涼やかに響く声。

そのしなやかな指をヘッドセットに添えると同時に、

ASUKAのボディがガラスのように透き通っていく。

同時に体内に収められた、ナノマシンが機能し、

迸るエナジーの輝くボディの基幹部に、赤い金属粒子が凝集・・・

瞬時に超金属ネオ=ウィスカーが形成・蒸着していく。

 

「1、2、3!!」

 

今までの自衛モードよりも、更に高次の戦闘モードが発動したのである。

 

「あ、アスカが・・・変身していく!!」

神より降魔の役を授かりし、紅き鋼を纏った大天使(アークエンジェル)、

聖ミカエルのように変貌していくアスカ・・・

シンジは、ただ呆然と見守るだけだった。

 


 

凄まじい攻防・・・アポストルが原型を止めぬまでに粉砕され、

その残骸が巻き散らされる・・・徐々に戦いの場が屋外に移っていく。

 

「食らえい、電子銃(ジョー=ガン)!!」

 

黒山羊の口が開き、放たれる輝く弾丸のシャワー。

 

「ハングドマン=スラッシュ!!」

 

サッカーのオーバーヘッドキックを思わせる、凄まじいスピードの乗った蹴り足。

鋼鉄の蹄(ひずめ)が赤熱化し、破壊力を増加させる。

 

「デモーニッシュ=バスター!!」

 

更に肘より伸びる電磁スパイクを用いての、肘打ち(ティーソーク)。

黒い怪ロボットの、矢継ぎ早に繰り出される連打(コンボ)。

どの一打をとっても、確実に標的を爆砕出来る威力を持っている。

 

だが、それも命中すればこそ・・・

風に逆らわぬ胡蝶のように、鮮やかな体捌きを見せるアスカに、

ブラック=カプリコーンの攻撃は尽く、紙一重で躱されていた。

 

「な、なんだと!?」

 

「今度はアタシの番!!」

 

アスカの声が、まるでゲームの順番が回ってきたかのように楽しげに響く。

 

「”力の鉄拳(パワード・フィスト)”!!」

 

飛燕のように宙を舞い、突き出した両拳が怪ロボットの両肩を破壊する。

 

「お、おのれっ、ゴートホーン!!」

 

反り返っていた山羊の角が、電磁エネルギーを纏い屹立する。

そのまま、一直線に突進するブラック=カプリコーン。

その威力は、国連軍のMBT(メインバトルタンク)をも一撃で粉砕する。

しかし、アスカは避けるどころか、その懐中に自ら飛び込んだ。

 

「”煌く運命の輪(シャイニング・ホイール=オブ=フォーチュン)”!!」

 

そのまま突進力を利用し、怪ロボットの懐にしがみついたアスカが、

地面を穿ちながら、大車輪のように押し進む。

フィニッシュに、空中高く投げ捨てられるブラック=カプリコーン。

 

「ぐわああああっ!!」

 

「”正義の刃(エッジ=オブ=ジャスティス)”!!」

 

アスカの両腕にエネルギーの奔流が巻きつく。

十字に組み合わされる手刀、それは万物を打ち砕く、神の剣に変貌する。

 

「デーーンジ=エーーンド!!」

 

宙に輝く、十字の閃光。

ゼーレ破壊部隊(デストロイヤーズ)の先鋒は、ここに敗れ去った。

 

「ば、馬鹿な・・・このアダマンタイト製のボディがあっ!!」

 

不破と信じていた超合金の胸部に、屈辱の十字の裂傷を受け、

大地に叩きつけられるブラック=カプリコーン。

 


 

(無様ね・・・即刻、”マギシステム”をサルベージします!!)

 

「や、やめろ・・・プロフェッサー!!」

 

(何を言っているの?・・・デストロイヤーズ(破壊ロボット)のボディは、

作戦に応じて交換の利く・・・碇ユイの造った魂の入れ物に過ぎないわ。

今回は委員会から懲罰の裁定が下るかもしれないけど、あなた自身は、

貴重な適格者であり、選ばれた戦士であることを忘れてもらっては困るわ・・・)

 

「やめろと言っているのだ・・・ふっ、所詮、貴女のような人種に、

戦う者の魂が理解出来るはずもないか・・・」

 

(馬鹿なことを!!サルベージに失敗すれば、あなたは廃人になってしまうのよ!!)

 

「かまわぬ、我はとうに御仏に見放された身・・・それが破れた戦士の掟!!」

 

ぶすぶすと白煙を上げる黒い山羊の頭部が、アスカに向き直る。

 

「良いか・・・美しき自動人形(オートマータ)よ。

これから、汝は多くの兄弟たるロボットを殺し、そして、人の魂を殺していく。

それこそが、我らとの戦いの・・・意味するものだからだ。

その幼き魂が、真実目覚めた時・・・汝はその重さに耐えられるか!?」

 

力無く、伸ばされる怪ロボットの指の示す先・・・

戦闘フォームのアスカは、その面に一切の表情を浮かべることが無い。

 

「我が真(まこと)の名は、チャムナン=スィートクン・・・

そのメモリーに、しかと刻み込むが良い。

これが・・・汝が最初に殺した人間の名だ!!」

 

その言葉が終わると同時に、大爆発を起こすブラック=カプリコーン。

そして、それは一人の男の人生の終焉でもあった。

 


 

「くっ、なんということ・・・あの女・・・どこまで私たちの邪魔をするの!!」

 

プロフェッサー=リツコの激しい怒りは、黒き悪魔、”ブラック=カプリコーン”を倒した

自動人形(オート=マータ)よりも、それを造った碇ユイ博士に向けられていた。

 

「それにしても、ナンバーズの一員ともあろうものが、使命をわきまえぬ身勝手な!!

・・・・これでは計画の遅延は免れないわ!!」

 

 

「プロフェッサー・・・いかに極東支部のプロジェクト=リーダーといえども、

同志への侮辱は許さぬ!!」

 

その重々しい声にリツコが振り替えると、

ゼーレのシンボル”ヤーヴェの眼”の旗の掲げられた壁面に、

12体の禍禍しいフォルムの戦闘ロボットのシルエットが、ずらりと浮かび上がっていた。

 

「ふ・・・あなたたちが計画の遅れを取り戻してくれるというの?」

 

リツコのその言葉に、唸りひしめく怪ロボット群。

 

 

 

真紅の獅子王、”クリムゾン=レオ”

 

黄金の牡羊、”ゴールデン=アリエス”

 

沈黙の双魚、”パープル=ピスケス”

 

深淵の死神、”ブルー=キャンサー”

 

双頭の灰色狼、”グレイ=ジェミニ”

 

死の白き処女、”ホワイト=ヴァルゴ”

 

混沌の裁定者、”ブロンズ=リブラ”

 

浄化の乙女、”コバルト=アクエリアス”

 

猛き魔牛、”シルバー=タウラス”

 

輪廻の蛇、”グリーン=サーペント”

 

砂塵の魔王、”スカーレット=スコルピオ”

 

破壊の弩弓、”サジタリウス=ザ=プラチナム”

 

 

 

「無論・・・我らがゼーレのシナリオの元に!!」

 


 

デストロイヤーズから逃れるように、私室に移ったリツコの顔に昏い笑みが浮んだ。

 

その視線の向けられた先には、一人の蒼い髪の少女・・・

いや、アスカと同じ自動人形(オートマータ)が居た。

 

「うふふ・・・レイ、あなたの妹が見つかったわ。

こともあろうに、ゼーレに弓引くものとしてね・・・」

 

その少女人形は、ゆっくりと面(おもて)を上げた。

が、応えを返す事は無く、血の様に紅い瞳には表情の欠片も浮ばなかった。

 

細い首には、リツコへの隷従を示すかのように鋲付きの首輪が巻かれている。

黒い拘束衣と両手首・両足首に巻かれた鎖に縛められたアスカよりも華奢な肢体が、

現在の彼女の置かれている立場を雄弁に物語っている。

 

「あなたは、碇ユイオリジナルの・・・

言わば、”アウト=オブ=ナンバーズ”(規格外品)。

どう?・・・あなた、自分の妹・・・あの金髪のママー人形と戦ってみる気は無い?」

 

 

「・・・命令があればそうするわ」

 

 

「ふふふ・・・・あーはははは!!

いい娘ねぇ、レイ・・・いいえ、00”(ダブルオー)。

そう、それでいい・・・あなたはそれでいいの。

あなたは、あの女・・・碇ユイの移し身、ゼーレの奴隷人形なのだから」

 


 

死せる戦士に黄泉路を示すかのように、

いつまでも止まぬ黒煙と炎を見つめながら、呆然と立ち尽くすシンジ。

 

アスカがその側にそっと寄り添う。

彼らの長く苦しい旅は、たった今、始まったばかりであった。

 

 

 

アスカは行く・・・果てしなき戦いの路を・・・

 

 

 

(続く)

 

 

 


設定協力: Mr.K−U


 

 

 


< 次回予告 >


 

 

次回、「恋する自動人形(オートマータ)」、

 

ゼーレ破壊部隊(デストロイヤーズ)の次なる使者は・・・

 

豪力、”シルバー=タウラス”!!

 

幼い少女のようなアスカに、人間としての生き方を教えようとするシンジ。

しかし、ミサトはそれを傲慢と悟す。

 

シンジとはぐれ、一人街中をさ迷うアスカ。

 

プロフェッサー=リツコの、”魔笛”がアスカの幼い心を追いつめ、

シルバー=タウラスの、必殺”ジャイアント=ミキサー”が大地を砕く!!

 

この絶対の危機に、アスカは・・・そして、シンジは?

 

次回、「恋する自動人形(オートマータ)」、

 

「彷徨う少女人形」にご期待下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ 平山俊哉さんに是非ご感想を!!!

 

 

 

第2話へ続く