氷室のような寒気・・・・さっきから感じる妖しい気配。
ひゅううっつ・・・・えっ!?
あたしの細くなった気道から、澄んだ笛の音色のような音が零れる。
いやだ・・・よりにもよって、こんな時に・・・・
喘息発作・・・寒冷アレルギー体質の子供のころからの持病。
それは、ほんの僅かな先触れと共にやってくる。
発作が起きると、僅かな横臥でさえ耐え切れない。
それだけで、もう気道が詰まってしまうからだ。
この辛さ・・・この苦しみは、あたしの家族の誰も知らない。
結局、十二になっても治らなかった・・・隔世遺伝・・・
死んだおばあちゃんの体質を、あたしだけが受け継いでしまった。
昏く底冷えのする部屋・・・それが、あたしの夜の記憶。
形もはっきりとしない、得体の知れないモノたちがわらわらと、
幾度と無く、目の端を過ぎっていく・・・・不思議と怖くはない。
暁が来るまでの・・・それが、あたしと闇の攻めぎあいの記憶。
いつもなら、やがて、体力を使い果たして自然に床に横たわっている。
でも、今日ばかりは、それは許されない・・・
あたしは、今・・・試されているのだ。
開祖様の時代より、代々、修練に使われてきたといわれている、
”試しの祠”・・・その中に・・・・
暗 夜 無 拍 子
”ANYA−MUBYOUSHI”
BY 平 山 俊 哉
古より、人を害する”あやかし”に対抗するため・・・
伝えられし、多くの呪的防御の秘儀・・・・
それを、生業とする護霊部の家の・・・あたしは、三女として生まれた。
二人ずついる兄さまと姉さまたち・・・皆、家の歴史を誇りに思い、
その身に秘儀を受け継ぐために、厳しい修練に耐えてきた。
しかし、不思議なことに、誰一人として認められなかった。
それが、あたしには、信じられなかった。
ひ弱なあたしなんかより、ずっと、逞しく・・・
才気に満ちた立派な人達なのに・・・・どうして?
ひゅううう・・・苦しい・・・くるしい・・・
相応の処置をしないと、発作は止まない。
一度こうなると、塵や埃は、あたしにとって毒気と同じ。
・・・だから、お友達のように、お洒落で髪を伸ばすことも出来ない。
虚弱体質・・・色素の薄いあたしの髪、いつでも、男の子のように、
短く切り揃えられている・・・
歩くこともままならず・・・あたしは、這うように進むしかない。
まるで亀の足取りみたい・・・惨めな姿・・・いや!
部屋の片隅・・・お灯明の光が、奇妙に歪む。
そこの暗がりに何かがいる!?
あ、あなた・・・誰?
呼び掛けようとしたけれど、声が出ない!
「あららー、しまった・・・気配を出しちまったか。
その音色、なんか惹かれるもんでね・・・」
どことなく、おどけた口調で男の子のような声が帰ってきた。
・・・身体を動かそうとする時・・・人の身体は、酸素を貪欲に欲する。
・・・息が出来なければ、人は死ぬ・・・当たり前のこと。
・・・あたしは、苦しいのに一所懸命堪えてるだけ・・・
・・・惹かれるですって?・・・ばかにしてっ!!
「オレは、アンタたちの一族と誓約を結んでる精霊でね。
名前はイサハヤってぇんだ。」
・・・じゃあ、このひとが!?
あたしは、ここに入る前に、母さまから渡された御神刀を握り締めた。
この世のものならぬ”あやかし”を、調伏する”魂伏丸(たまふせまる)”。
「オレを捉えることが出来れば、ま、合格というわけさ。
つい最近、若い奴等を、四人ほど相手にしてきたけどよ。
ダメだねぇ、アイツ等・・・・ぜんぜんなってねえよなあ・・・」
・・・それって・・・兄さまたちのこと?・・・・ひどい!
・・・皆、大人で・・・とても厳しい人達だけど・・・
・・・あたしにはとても優しかった・・・
・・・みそっかすのあたしを、いつも可愛がってくれた・・・
・・・兄さまたちを侮辱するなんて・・・許せない!
想いが弾けたその時・・・頭の中が白くなり、全身の感覚が無くなった。
あたしは、すっと音も無く・・・ただの一挙動で立ち上がった。
・・・この間、あたしは呼吸をしてない!
そのあと、どうするのか・・・どう動くのか、それすらも考えてない。
一度、戦さに身を置いた時・・・常人なら、刀を抜き、それから斬りかかる。
二つの呼吸の間、ゆえに二拍子。
兄さまたちのように、修練を積んだ者なら、身を間合いに置き、一呼吸で斬る。
俗に言う”居合”の技、ゆえに一拍子。
しかし、護霊部家に伝わる技・・・真の退魔の”技”は違う。
”あやかし”は、人の呼吸を読む・・・ゆえに”人の技”は通じない。
無我の境地の中、霊気に満ちた護刀が、生命を持つかのように
舞うように差し伸べる手に、一人でに飛び込み、魔を捉える。
この間、ただの一つの呼吸無く・・・ゆえに無拍子!!
「ま・・・まいった!!」
うろたえきったイサハヤの声が聞こえる・・・あたしの意識は、もう闇のな・・・か
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「なるほどな・・・それで、みなほに出来て、我らに出来なかったのか・・・」
「”無拍子”の極意・・・その弱き身体ゆえ、知らず知らず身に付いていたと・・・」
「・・・それにしても・・・あんな、酷い有り様で、本当に良く堪えたこと・・・」
「ええ・・・さすが、あたくしたちの妹ですわ・・・」
気が付くと・・・あたしは、暖かいお蒲団の中、兄さまたちの輪の中にいた。
「よくやったな・・・みなほ・・・」
「他の誰でも無い・・・おまえこそが選ばれたのだ・・・」
「これから、ずっと・・・我らが、おまえを守り立てていこう・・・」
「今は、まだ・・・ゆっくりとお休み・・・」
兄さまたちの表情は、今まで、見たことのないほど優しかった・・・
安心したあたしは、また軽い眠気を感じ、ゆっくり瞳を閉じかけた。
選ばれた者にふさわしい・・・誇らしげな表情を浮かべていることを祈りつつ・・・
(了)
そして、管理人より平山さんへささやかながら・・・image teama "MINAHO"